<マドリッド観光ルート>ソルからプラド美術館へ散策ルート

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今日はソルから

「0キロ」地点。今日はここからスタート。

「プエルタ・デル・ソル」日本語に直すと「太陽の門」もともとここに城門があったが今は取り払われてい名前だけが残った。 すべてのスペインの道路はここから計られています。

 

国王が住む宮殿から朝の太陽が昇るのが見えたそう。
今は名前のみ残る。

 

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地元の人は「Sol」「ソル」=「太陽}と呼ぶ

 

銅像ですが・・・・・
良く地元の人が待ち合わせに使うマドリッドのクマ。

昔この辺りは森だった。マドローニョ(ヤマモモ)の木が茂っていて
クマが実を食べているところがマドリッド市の紋章
マドリッド市に関係のあるものにはこのマークが付いています。

 

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例えばこれはゴミ箱
このように色々なところにこの紋章が付いています。
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地下鉄1号線2号線3号線 と国鉄(Renfe)が乗り入れています。
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地元デパートやお店や飲食店がいっぱいでこの辺りをセントロと呼ぶ

ソルからカジャオ(日曜祝日お店開いています)

ソル(sol)からカジャオ(callao)はヨーロッパで1番混んでいる通り

この辺は日曜日、祝日もお店が開いています。

12月25日と1月1日のみお休みなので1年間363日営業です。
この通りにはスペイン・ブランド各種
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カジャオ(Callao)までお店が続きます。
レアル・マドリッドのオフィシャルショップも近く
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スペイン系・デパート エル・コルテ・イングレス「El Corte Ingles」
この会社はソルにあった小さな仕立て屋さんだった。
コルテはカットという意味でイングレスはイギリス。
「英国仕立て」と言う意味のデパートです。

地元デパート・カジャオ店グルメコーナー

エル・コルテ・イングレス・グラン・ビア通り寄りにあるカジャオ店9階にグルメコーナー

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ワインの品そろえも一流です。
写真は「ベガ・シシリア」の「バルブエナ」
「ベガ・シシリア」はスペイン・カスティーリャ・レオン州にある有名なワイナリー
原産地呼称制度デノミナシオン・デル・オリヘンのリベラ・デル・ドゥエロに所在。
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同じ「ベガ・シシリア」でも「ウニコ」(unico)2007年は215ユーロ
こちらはこのワイナリーの旗艦銘柄。
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他にももっと安い普段飲みのワインも数々あります。
産地ごとに置いてあるので探しやすい。
スペインワインは安くて美味しいので定評が有ります。
黒トリュフ等高級食材も揃います。
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各種バルも入っていて夕方は地元民で賑わいます。
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大きなテラス。外に出ると絶景です。
ここでお茶して休憩も良いですね。
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グランビアを歩こう

スペイン広場からアルカラ通りとの交差点まで1.6キロ。目抜き通りです。
カジャオからグラン・ビアをシベーレスまでゆっくり歩いても15分くらい
途中世界で1番豪華なマック。
元宝石店です。
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入り口は神殿風、中に入ると大理石張りでエレガント
同じお値段でお得感たっぷり。
グラン・ビアもこの辺りまで来ると110年前の建物がそのまま利用されていて
建築見ながら楽しく散策できます。
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シベーレス広場は絶対外せない

 

グランビアからさらにアルカラ通りを進むとゴージャスな広場に

シベーレス広場 Plaza de Ciberes

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シベーレスは広場の真ん中にある女神の名前
二頭のライオンに引かれた神話の女神。
豊かさを象徴とする神様
そして幸運の神様
レアル・マドリッドが優勝するとここでお祝い
もちろん選手もやってきます。
2010ワールドカップでナショナル・チームが優勝した時もここでキャプテン・カシージャスが優勝杯を捧げた。
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正面の立派な建物は元郵便局です。
しつこいですが郵便局だったんですよ〜〜

 

今はパラシオ・デ・シベーレス(シベーレス宮殿)と呼ばれ市役所が使っています
中に入って上の方までエレベーターで上がれます。
手荷物検査がありますが無料です。

 

バル、レストランもありますよ。

プラドの遊歩道へ

広場から綺麗な遊歩道街路樹が見事です。
ゴヤの時代に造られたパセオ・デ・プラド(プラドの遊歩道)
プラタナスの幹が200年前の道ということを証明しています。

 

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ナポレオン戦争で戦った民衆を祀った無名戦士のお墓
オベリスク前に火が灯っていて
この場所自体が民衆の処刑場になったところです。
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広場はネプチューン
マドリッドのもう1つのチーム、アトゥレティコ・マドリッドが優勝するとここ
でお祝いです。アトゥレティコは貧乏なのにレアル・マドリッドと互角に戦う凄いチームです。
下町の人気チーム。なかなか優勝できないのでファンを「Sfridores」苦しむ人々と呼ぶ。
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ティッセン・ボルネミッサ美術館
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ミュージアムショップ迄は自由に入れます。
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元貴族のお屋敷をラファエル・モネオ(スペイン・ナンバーワン建築家)が改築。
月曜日12時半から無料です。
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ティッセン男爵2代の個人のコレクションだった物です。
遺産相続で作品がバラバラになってしまわないようにという希望で
スペイン文科省に売り渡された。個人のコレクションとは思えない膨大で質のいい作品を鑑賞出来ます。
ネプチューンを挟んで反対側にプラド美術館
閉館2時間前から入場無料(平日18時から日曜17時から)
無料でも切符売り場には並びますのでそれぞれ各時間の30分〜40分前には並びましょう。
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サグラダ・ファミリア 教会

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サグラダ・ファミリア(聖家族教会)
サグラダファミリア教会
あまりにも有名でどこから手をつけよう。

カタルーニャという国があった

バルセロナがあるカタルーニャ州はスペイン北東部
緯度は青森くらいにあるが地中海に面した温暖な気候

 

カタルーニャは元々ひとつの国
民主主義の発達した立派な国家だった

 

民族はカタラン人
話している言葉はカタラン語
南フランス一体で話されているオック語(オクシデンタル語圏)の仲間
「ありがとう」はスペイン語の「グラシアス」では無く「メルセイ」

「出口」は「サリーダ」では無く「ソルティーダ」
フランス語に近い

 

入江の港があって古くから戦略的にも重要な場所
王様の結婚や戦争で中央のカスティーリャ王国に併合され
独立のチャンスは2度あったが今もスペインのひとつの州だ。

 

歴史ある誇り高い民族がフランコ独裁政権時代弾圧されて来た。
今も独立問題が度々ニュースになり彼らは自分たちの国旗を持つ。

 

ところで日本の皆さんスペイン人は働かないと思っていませんか?

 

しかしカタラン人は良く働くんです。
お金儲け大好きな商魂逞しい民族でケチで有名。

 

多くの若い企業も沢山あって活気あふれる地域です。

 

19世紀産業革命の中いち早く機械化を取り入れ
スペインで最初の鉄道もバルセロナからマタロ間

 

芸術が花開くのには後ろに経済の発展が必要で
イタリアのルネッサンスをメディチ家が支えたように
カタルーニャも多くの実業家達が登場し
財をなした豊かな人々がアーティストのパトロンとなった。

バルセロナオリンピックまではあまり知られていなかった

特に注文が建築だったこともあり外国へ出ることが不可能だった。
フランコ独裁政権時代は紹介されることも無くあまり知られていなかった。

 

1992年のバルセロナ・オリンピックでほとんど初めて世界に紹介され脚光を浴びた。
ガウディを語るのにエウセビオ・グエルは外せない。
青年実業家だったグエルがまだ若かったガウディを見つけ
そのパトロンとなり多くの建築や家具、内装を依頼した。
ガウディの作品にグエルの名前が付くものが多いのはそのせい。

 

サグラダファミリア教会
その傍らサグラダ・ファミリアの建築に没頭して行く。

1882年からガウディの手に

1882年明治15年最初の建築家と教会側の意見が対立し
まだ若かったガウディが引き継ぐことに。
構想を一気に変えてあの不思議な建物を作り始めた
未来の技術が必ず完成させると信じて

 

テクノロジーの核はこの部屋
3Dプリンターで模型を作っていく。
サグラダファミリア教会中枢
晩年は着るものも構わず浮浪者に間違えられる事も有ったようだが
投げられたコインも有難く頂戴して教会建築に使ったと言われる。

中に入ると森の中のイメージ。

柱は樹木で天井は森の木々の葉っぱ
天から注ぐ太陽は木漏れ日のよう。

あと6年で完成?

以前は資金が無く後300年かかると言っていましたが今では2027年完成予定
凄いスピードで建築が進んでいます。

 

入場料も随分上がって15ユーロ
エレベーターも別料金。

 

後10年。
完成の頃ここはまだスペインなのでしょうか?

光が差してステンドグラスが輝き始めると頭の中で色が音楽に変換されていく。

ステンドグラス

 



行き方時間等

行き方 地下鉄2号線・5号線 Sagrada Familia

時間 9時から20時

不定休 ミサなど宗教行事は閉まる

切符 インターネット予約する方がいい。大変混んでいます。当日券もありますが並ぶ。又は売り切れも。一緒に塔に上る切符も予約するといいです。

 

 

 

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マニュアル「スペイン人の取り扱い方」スペイン人について理解を深めるために。

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スペイン人

よくイギリス人が2人いたら2つの政党ができると言われるが
スペイン人が2人いたら絶対に3つ出来る

反骨精神旺盛で幼少の頃にみんなで同じ動きをさせないので                 何だかてんでバラバラ、動きだけじゃ無くて考え方も。子供の時にみんな一緒にお遊戯とか運動会の整列行進とかは無い。

でも仲間意識はとっても強くて信頼をいったん手に入れたらとても大切にしてくれる。乳児から保育園に入るからなのか仲間といるのが大好き。横の繋がりは大切にする人達です。

大切すぎて縁故主義とか身内主義が横行しています。

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1: 挨拶は何処でもマスト絶対。

スーパーやコンビニで日本であいさつなんてしないと思いますが

まずは挨拶は常識です。「オラー」でいいので。スーパーやバル、美術館やタクシーとにかく人にあったら挨拶をしましょう。エレベーターで乗り合わせた人にも挨拶をします。お店で
店員さんに声かける時も「ディスクルペ」とか「ペルドン」など丁寧に話しかけましょう。

レストランなどでウェイターさん忙しそう〜〜〜だけど追加何か頼みたい時の魔法の言葉は
「クアンド・プエダ・ポルファ」「出来る時にでいいので、お願い」と声をかけると割とすぐ「ディメ・ディメ」「なに、なに」って来てくれますよ。
先ずは何処にいっても誰と会っても挨拶をしましょう。あ、にっこり笑ってね。

挨拶をしないと横柄だと思われるんですね。日本だと無言で何でもできますがヨーロッパでは知らない人にも挨拶をかわします。意外と楽しい出会いになったり気持ちが通じたような気がして幸せな気分になれますよ。一番簡単な挨拶オラ―を覚えておきましょう。

 

2: 絶対的に持っているのが人間は皆平等意識。

神の前には皆一緒。なので必ず嫌われるのが上から目線。無礼な態度がとっても嫌がられます。お金払っている人ともらっている人も同等。お客様とバルのおじさんも対等です。政治家と私も、社長と貴方も。親切にした人と、してもらった人も同格「ありがとうございました〜ー」と深々と頭をさげるとびっくりされるし席を譲っても軽く「グラシアス」時には無言。
「やってあげたのにけしからん、お礼も無い」なんて誰も思わない。当たり前のことを普通にしただけだから日本の感覚だと礼を言え〜「無礼じゃ〜謝れ〜〜」となるかと思いますが。
文化の違いとご理解下さい。

 

3 :相手の気持ちを探る習慣が無いので察し無くていいし察してくれなくても怒らない。

慣れるまで戸惑うかもしれませんがこの辺がストレートで直球でわかりやすく楽なところ。日本人の優しいところで相手の事を先に考えて「こんなこと言ったらこう思うだろう」とか「こんな事したらこういう風に思われる」とか考えない。日本人のこれは特殊能力なんだと思っています。スペイン人はそんな能力は持っていないのでだた喜ばせたいとか親切にしたいとかはありますが。なにげに遠慮したり察してくれるところもあるんです。基本わからないことは主張したり話し合ったりして解決です。

4、待つことに慣れましょう

相手が何かやっている時に強引に何か言うと大抵無視。
日本でも嫌がられると思いますがこれは間違いの元。
少し待ちましょう。
又は無視じゃなくて聞こえていない事も
耳が遠いのとスペイン人は話し声が大きいから小さい声は聞こえないように
脳がプログラムされているんじゃないかなあ。
みんな集中力が凄いので何かやっている時に別のこと言われるのダメなんです。




5:とにかく会話力が必要(テーマは何でも大丈夫)

みんな何処いってもよく喋ってる
日本じゃ黙って行動する方が美徳ですが
こちらは話しをして理解し何かを作っていく文化。
子供の時から自分の意見を持つように育てられる。
政治家が国会で用意された紙を読んでるなんて見たことない。
とにかく口は達者で小さな子供でもしっかり意見を持っている。
無駄に話しているようですがそこには重要なコムニケーション。

 

今日の会話が明日のトラブルの解決になる事ってあるんです。
本当にそれで何度も窮地脱出ありました。

6、大きな声で目を見て話そう

スペイン人の声は大きい。何人かいると相手より大きな声で話そうとするからもっと声は大きくなる。あまり小さな声では聞こえないのか無視されるのが落ち。後はしっかり目を見て話しましょう。日本ではあまり相手の目を見ないほうが良いようなケースがありますがバルでビールを注文するときさえもしっかり相手を見つめましょう。

(火傷に注意)

怒らせたらすごい罵声を浴びます
どこにこんなにボキャブラリーがあるんだというくらい相手を罵る言葉が泉の様に怒りに任せて溢れ出るので、スイッチ押さない様。あ特に、セニョーラね。女性。

 

簡単なスペイン語を使ってみましょう

簡単なスペイン語ができるだけでスペイン人との距離は縮まります。うまく話せなくても挨拶や簡単な飲み物の名前が言えるだけで対応は絶対に違う。簡単なスペイン語が話せる記事もありますので時間があるときに見てください。

すぐに使えるスペイン語1<キーワード>

バルで使えるスペイン語

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スペインの食事は1日5回

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スペイン人の食事時間

国によって色々習慣に違いがありますが食事1日5回食べる民族って他にいるんでしょうか?朝食は通常2回やってきます。お昼が正餐で山盛りの食事で本来家族そろってテーブルを囲みました。19時頃におやつの時間がやって来て夕食は21時~22時頃に簡単に。これが一般的なスペインの食事の仕方です。

1度目の朝食

スペイン人最初の朝食は朝起きて家でコーヒーと小さなガジェータというビスケットのみ。卵焼き焼いたり絶対しません。トマトやレタスや野菜なんて絶対食べない。とっても簡単な朝食で家を出ます。

2度目の朝食

そして11時前後2回目の朝食の時間がやってくる。労働者は朝15分間の休憩時間がある。
この休憩時間は労働者の義務なんです。これが2度目の朝食。
この朝食も卵やソーセージ食べる人はいない、と言い切る。

この時間に街のバルに行くと大変な喧騒の中朝食を食べている人達。休憩時間に休憩なんてしないでみんな大声でお喋りです・。市役所や銀行や色んな会社のオフィスからみんな交代でバルにやってくる。座ってゆっくりなんて人はあまりいなくてカウンターで立ったまま、無茶混んでいても何とかカウンターにたどり着く。15分の休憩だから少し待てば場所はできるのです。

バルの中

 

町中のバルが活気付きカウンターで老いも若きもコーヒーにチュロスや菓子パン。

常連さんは毎朝同じもの頼むのでバルの主人は覚えていて「いつもの?」なんて聞きながら

テキパキと次から次からお客さん達をさばいていく。

この手際のいい事と言ったら芸術です。
あっという間にカフェを1個づつエスプレッソマシンで作って出していく。
向こうでは「お金取って〜」「クアント?」「カフェ・コン・レーチェだけどミルクは温めね」「カフェ・ソロだけどカフェインないのでね」注文が細いのも大変だ。15分しかないので時間がかかっては致命傷。

お客さんも一気に頼んで仲間とおしゃべりしてあっという間に居なくなる。まるで嵐、いや台風。

何処のどなたですか?スペイン人は一度に2つの事しないって言ってたの。
バルの主人は別の生き物でこの短い朝食時間に全力で戦う戦士だ。

朝食をdesayuno デサユノと言います。
「ayuno」断食 それに「des〜否定形」が付いて朝食。断食の終わり。

英語でもbreakfast 「fast」が断食それをbreak するわけで
夕食からの長いファスティング終わって最初の食事。

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朝食のメニュー

上の看板の見方

Café o infusión
コーヒーかお茶系

Bolleria churros o tostado

菓子パン類、チュロス、トースト

mini zumo de naranja

ミニ・オレンジ・ジュース

コーヒーはミルクの量で色々名前が違う

朝はミルクたっぷりのカフェオレが普通 カフェ・コン・レーチェ

コーヒーたっぷりミルク少なめだと カフェ・マンチャード

ミルクたっぷりコーヒー少なめ レーチェ・マンチャード

エスプレッソに少しミルク だと カフェ・コルタード
エスプレッソ は カフェ・ソロ

スペイン人は更に細かく注文。

こういう事には絶対エネルギーを惜しまない主義。

ミルク入れる時に「¿ como quieres leche?」「ミルクはどんながいいの?」
なんて聞かれたら貴方は無茶スペイン語上手い又は感じいい人だった。
熱いミルクと温めのミルクが入った入れ物持ってきてくれて好みの熱さ
に調整してもらう。「カリエンテ」「熱いの」とか「テンプラーダ」「温め」とか。

お茶類

紅茶 ストレート テ・ソロ
ミルクティー テ・コン・レーチェ
カモミルティー マンサニージャ
菩提樹ティー ティラ

菓子パン、チュロス、トースト

Bollerías. は菓子パン類 ナポリターナ(パンの中にクリームやチョコ)           クロワッサン等
tostada はトースト
四角いパンもだけどクロワッサン焼いてもらったりパン・コン・トマテ等
写真はパン・コン・トマテ 焼いたチャパタやフランスパンにトマトすり下ろしとオリーブオイル

大体どこでも2〜3ユーロで朝食メニューやってます。ホテルの朝食付けないでバルで楽しむのも良いですね。

朝食は通常12時までやっています。



食事の中心は昼食

一日の食事で一番の大きな食事は昼食です。14時30頃から始まるので随分日本より遅い。昼食のレストランが開くのは早くて13時頃から。大抵のレストランにお昼の定食が有るのでお得に飲み物とデザートが付いて値段が設定されている。

定食はスペイン語でmenu del dia メニュー・デル・ディア。バルやレストランの入り口に看板が出ていたりメニューが貼ってあったりします。

<定食の品書き>

定食のメニュー

primero  プリメロ 前菜から一品

segundo  セグンド 2枚目のお皿から一品

bebida   ベビーダ 飲み物(ワイン、ビール、水、コカ・コーラやジュース類)ワイン頼むと一本置いて行ってくれるところも結構ありますよ。あまりいいワインじゃないですが。安物のワインを定食屋で食べるときはガセオサという少し甘い炭酸水で割って飲みます。ビノ・コン・ガセオサと言って少し飲みやすくなる。

postore o cafe ポストレ デザート又はコーヒー

ランチ激戦区はマドリード中心部でも11ユーロ位から定食があります。一皿と飲み物で7ユーロ等お店によって色々。人がいっぱい入っているところは安くておいしいのは間違いなし。

午後のおやつの時間

この時間になるとまた街のバルは混み始める。又しても立ったままおしゃべりしながらおつまみとビールのセニョールや、テーブル席でケーキを食べながらおしゃべりするセニョーラたち等で活気に満ちてくる。

バルのタパス

夕食は21時とか22時

家で食べるときはハムとチーズとか玉子焼きとか簡単な事が多い。しっかり料理する家庭は少なく外に出るならバルでビールとおつまみで済ませる事も。この頃にまた街のバルは人であふれかえる事に。

スペイン、バル

 

レストランで食事となるとこの遅い時間でも真剣に食事に取り組むことになるので終わると23時。食前酒から始め、前菜・メイン・デザートでワインもしっかり頼んで食後酒までいただくと2時間はかかりますので覚悟が必要。

アサドールドノスティのお肉

 

一日5回の食事ですが通常はランチにしっかり食べて遅い夕食は軽いので生活のリズムとしては健康にいいかもですね。旅行中の方はバルを最大限に利用すれば早めに軽い夕食で済ませたり朝食を遅めにしたりでメリハリをつけられますね。スペイン旅行する時は食べすぎ注意です。

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「サンティアゴ様」個人情報

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聖ヤコブ

ヘブライ語で本名ヤーコブ
人種 ユダヤ人
職業 漁師

出身地 ガリラヤにあるベツサイダ
父親 の名前 ゼベダイ
兄弟の名前 ヨハネ

 

キリストの十二弟子の1人で一番最初の頃の弟子
雷の子と呼ばれたほど気性が激しかった

 

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「ゼベダイの子ヤコブ」と呼ばれ「アルファイの子ヤコブ」(小ヤコブ)と区別される

 

旧約聖書にもよく出てくる名前ヤコブがスペイン語化するとティアゴ。

聖人の「サン」が付いて「サン・ティアゴ」が「サンティアゴ」又は「サンチャゴ」になる
英語で「サン・ジャイムス」
フランス語で「サン・ジャック」

 

象徴物はホタテの貝殻

 

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海に打ち上げられたからとかレコンキスタの時にある騎士の体がホタテの貝殻で覆われたとか諸説色々有りますが共通した何かは私は見つけられていません

 

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フランスでレストランに行くとメニューに「サン・ジャック」
とあったらホタテ貝です。

 

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ホタテは巡礼者の手形。                                        そしてお皿にもなったしスプーンにもなった。

キリストに最初について行った一人

 

「私について来なさい。あなたを人間を釣る漁師にしてあげよう」
そう言われてすぐ仕事辞めてついて行った。
漁の網とかお父さんとかいたのに置いて行っちゃいます。
兄弟2人一緒にですよ〜。

 

ペテロとヨハネと3人で良くキリストの側で奇跡を見ているが
ペテロやパウロ程聖書に登場しないので詳細不明だそう。

 

兄弟のヨハネはキリストに最も愛された弟子で良く絵画では美青年に描かれます。
3人とも気性が荒かったらしいけど喧嘩しなかったか心配

スペインで布教活動

実はサンティアゴがイベリア半島にきたかどうかは定かでは無い

長い間伝説になっていた。イベリア半島で得た弟子は7人。長らく居たのに(多分7年か9年だったと思う)たったの7人です。あまりに誰もついてきてくれないので「神様・マリア様・イエス様 なんで?」人知れずかなり悩んでいた時期もあったらしい。マリア様が空から降りてきて「このジャスパーの柱の上に教会を建てなさい」と言ったのが今のサラゴサ。その柱の上に作ったのがサラゴサのピラール大聖堂。ピラールはスペイン語で柱の事。スペイン人の名前に良くピラールという人がいるけどこれはマリア・ピラール。柱のマリア様。ちなみにこの奇跡はマリア様の多々在るご出現奇跡中唯一「聖母ご存命中」の奇跡です。(他のはみんな亡くなってからずっと後)

エルサレムで首を切られて殉教

エルサレムに戻ってヘロデアグリッパにより惨殺された。紀元44年。彼の弟子がこのご遺体をなんとか守ろうと石の船に乗せ、行き先は神の思し召しのまま

 

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風に流され流されガリシアに着いたと言われている

遺体の発見

時は経ち起源後813年。星が綺麗に瞬いていた夜。
星を追っかけた羊飼いが星の真下に洞窟を発見。洞窟に首のない遺体

字が読めない羊飼い達は地元の司教様に相談した。するとその石棺に聖ヤコブと書いてあった。

 

これは大変だーーー慌てて遺体を埋葬してお祈りをして教会を作った。

 

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当時の歴史的背景

時はスペインにシリアからのイスラム教徒がやってきて半島全体がイスラム化。
ビシゴート王国は崩壊し貴族達はすでに持てるだけの財宝を持って北のほうの
山の中で戦っていた。

フランスではツールポワチエの戦いでフランク王国が勝利を収め
カール大帝が戴冠した頃。

(西ゴート王国が崩壊してイスラム教徒が入って来るあたりの歴史をまとめた記事)西ゴート(ビシゴート)王国の崩壊

そんな時に聖ヤコブの遺体がスペインで発見され
サンチアゴ様のご加護のもと異教徒と戦って
「あなたが死んでしまっても魂は間違えなく天国へ行けますー」
そういう時代だった。

西ゴートの崩壊からイスラム教徒が入って来るあたりの歴史はこちら レコンキスタの始まり

 

カトリックでは最後の審判に人々は怯えていた。罪を償うために人々は巡礼をし始めた。

 

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その道が次第に踏み固められ整備され今の「サンティアゴの道」になった

 

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サンティアゴ様には三つの姿

サンティアゴ様は幾つかの姿があって
12使徒のサンティアゴ
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マタモーロ・サンティアゴ(モーロ人殺し)
これはさすがに最近は問題になっています。
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巡礼姿のサンティアゴ
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スペイン全体の守護聖人

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聖年

7月25日がサンティアゴの日 その日が日曜日になる年を聖年と呼び聖年に巡礼をすると多くの免罪がある。聖年にだけ開けられる扉があってそこから大聖堂に入ると多くの罪が許される。聖年は11年、6年、5年、6年ごと。前回が2010年 次の聖年は2021年。

昨年は慈しみの特別聖年(フランシスコローマ法王の宣言)で免罪の門が開けられました。

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サンティアゴ・デ・コンポステーラ

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聖ヤコブはキリストの12弟子のひとり。約2000年前に実在した人です。でもその後は伝説と史実が混じりあう。スペインに伝導に来たかどうかも定かではなくエルサレムでヘロデオ・アグリッパによって首を切られて殉教している。

サンティアゴ デ コンポステーラ

星降る野原の聖ヤコブ「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」 街の名前です。

サンティアゴ・デ・コンポステーラ
街の名前でこれほど素敵なネーミングは他にあるのか知らないですがとっても詩的な名前の街は伝説から始まる。

<巡礼姿のサンチアゴ>

聖ヤコブ

聖ヤコブをスペイン語でサンチアゴ、野原をカンポ 、星をエストレージャ
全部くっつけて「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」

スペイン北西部ガリシア地方にあるカトリック3大巡礼地のひとつ。今はその道が世界遺産になっている。そして多くの人が今も歩いている。

11世紀頃セルジューク・トルコの侵入で聖地パレスチナへの旅行が危険になり
サンティアゴへの巡礼はエルサレム、ローマと同じくらい賞賛される様になった。

「カミーノ」は道

それに定冠詞「エル」をつけると「 エル・カミーノ」「The Road」「あの道」と言うとサンティアゴの道だけを指す。

<道を歩く人>

カミーノ
今の「道」に「巡礼」という言葉から受ける禁欲さは無い。でもそこにはなにかピュアな物。みんなが持っている心の奥底に流れる神聖な何かがある。きっと人間は自分の本質の中にある何かを探して旅に出るんだと思う。

 

この「道」が導いていく終着点。それが「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」

<サンチアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂>

道が導くサンティアゴデコンポステーラ
道は何種類もあり様々な地域から中世の旅人が歩いてここまでたどり着いた。片道の旅だった人や到着さえできなかった人もさぞいた事でしょう。

フランスの道をスペイン国内だけで約800キロ。ピレネー山脈のフランス側の街サン・ジャン・ピエ・ドポーという町から歩くと1日20キロ歩けて40日間もかかる。

巡礼証明証が欲しければ最低徒歩で100キロ、自転車は200キロが必要。辿った街でクレデンシアル(巡礼者用のスタンプ帳)にハンコを押していき最後にサンチアゴの街の巡礼者オフィスに持っていき証明書を作ってもらう2ユーロ。

*クレデンシアルは日本でも購入可能。通常歩き始める街の巡礼者オフィスで2ユーロで購入する。

 

別に一度に全部歩かなくても無くても大丈夫、仕事や学校の関係で長いお休みが取れないなら何度かに分けても構わない。そして何年かけても大丈夫。

 

パウロ・コエーリョの星の巡礼がベスト・セラーになり道が再び見直された。アメリカ人の女優シャーリーマックレーンとかブッシュ大統領の娘とかいろんな人が歩いています。

 

物語はここから始まる

 

物語の始まり
西暦813年星が綺麗に瞬いていた。その星を追いかけて行った羊飼いが達が洞窟を発見。

その洞窟の中にサンティアゴ様の遺体を発見した。サンティアゴ・デ・コンポステーラから20キロ南のパドロンという町に教会がありその時船をつないだ石が祭られている。

<パドロンの教会、船が繋がれていた石>

パドロンの教会
遺体はサンティアゴに運ばれ埋葬するために最初は小さな教会が作られ時代と共に大きくなり拡張して行った。

教会周りの門前町は「カンプ・ステラ」「星の野原」と呼ばれる様になって栄えていった。巡礼の街はみんな細長くて街道が先に出来て街が出来ていった様子がわかる。

 

巡礼者が増えるたびに教会を大きくしていく必要が出来寄付金を集めたり誰かの援助だったりで教会が大きくなって行った。今のサンチアゴの大聖堂は巨大です。

栄光の門 プエルタ・デル・グロリア

12世紀巡礼盛んなロマネスク時代に石工「マテオ」により彫られた栄光の門が素晴らしい
「マエストロ・マテオ」「マエストロ」はスペイン語でで先生、師匠なので「マテオ師匠」と呼ばれた石掘り。(現在修復中で見れませんが2017年中に完成予定)

現在はその外側にさらに大きな門が出来ている

ロマネスク時代は彫刻が素朴で表現力がなかった時代なのに彫刻の聖書に出て来る聖人達の表情が生き生きしていて今にも動き出しそう。一人一人の表情が本当に豊かに作られていて見ているだけで楽しくなる。

 

栄光の門
栄光の門
上の半円アーチにある旧約の預言者達がまるでコンサートホールで音楽家達が隣同士お喋りしている様な感じ。
指揮者が来る前のリラックスした時間を演奏者達が過ごしている様な臨場感。只今修復中(2017年4月)で写真は工事中の栄光の門に貼られたビニールシートです。

 

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7月25日が日曜日になる年を聖年という。遺体がコンポステーラに運ばれた日。聖年に免罪の門が開けられ、ここから大聖堂に入ると特別な恩寵をうけられる。次の聖年は2021年。120回目の聖年になるそう。

免罪の門
免罪の門外から
運が良ければ巨大な香炉が動くのを見ることが出来る。ボタフメイロト言って大きな香炉に香をたいて大聖堂中これを揺らして清める。これは巡礼者から大きな寄付があった時のみです。

重さ80キロ、160センチの高さの銀製の香櫨。お清めの香で本当は巡礼者の臭い消し。当時ずっと歩いてきた巡礼者が何十人も集まってきたら相当な匂いだった。

 

巡礼者は長かった道を思い出し導いてくれた神に感謝する。今日は沢山の巡礼団が各国からやって来ていて奇跡的にボタフメイロが見れました。

*大聖堂は巡礼者の為24時間お祈りが出来るようになっているので一年中いつでも入場無料で入れます。お祈りの場所なのでふさわしい行動が必要。写真やビデオは許可されています。

ボタフメイロ
サンティアゴの道は実はサンティアゴで終わらずさらに70キロ西に行ったフィニステーレで終わる
フィニステーレ
0キロの道標
巡礼者達が最後に使った物を燃やしていった残骸です
フィニステーレ

ゴミにしか見えないけど・・・それぞれの想いでの詰まったスニーカーやシャツやカバンです。

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サン・セバスチャン 世界一の美食の街

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サン・セバスティアン

バスクにサン・セバスチャンという小さな人口18万人くらいの街があります。

その小さな街の30キロ以内にミシュラン星付きレストラン約30件

人口比星付きレストランが1番多い街だそうです。
バスク語では「ドノスティア」が街の名前

 

サンセバスティアン、バルの看板
ピレネー山脈とビスケー湾にギュッと囲まれた美しい街で
入江は貝殻の形をしていてその名も「ラ・コンチャ」=「貝殻」
近くの丘に登ると地形が良くわかる。

 

サンセバスティアン

ヌエバ・コシーナ

19世紀にスペインの上流階級の人達が避暑にやってくるようになった。
別荘が出来、ホテルが作られ、料理人が必要になり始めは地元の主婦や
小さな定食屋のコック達が腕をふるっていた。

もともと海あり山あり食材の豊かな土地。美味しいものを食べる事にかけては元々定評の地域。写真はアルザックの前菜。お皿に盛られたアートです。
アルザック前菜アルザック前菜アルザック
フランスの「ヌーベル・キュイジーヌ」流行の頃この街出身の若い料理人達がその洗礼を受け
修行をして「ヌエバ・コシーナ」として新しい料理を開発し発表。

 

更にカタルーニャのジローナに有った「エル・ブジ」のオーナーシェフ「セニョール・アドリアン」が日本の懐石料理に夢中になり日本の「旨味」「タタキ」「ユヅ」等が紹介される。

ちなみにこのアドリアンさん。お店は超人気で「予約が最も取れないレストランNo.1」だったのに突然お店を畳んで「もっとお料理の研究がしたい」と引退。

今ももしかして日本の何処かで美味しい物を食べて研究しているかも。

凄いのはさすがスペイン、横の連携。

レシピを秘密にせず公開してみんなで切磋琢磨しみるみるあっという間に世界一の美食の街になった。

 

「分子料理法」や「温度調理」
今までに無かった概念、料理法がどんどん開発されそのレシピはすぐに公開され共有される。

 

星付きレストランは日曜、祝日お休み。8月はしっかり従業員を休ませバカンスに入る。
「掻き入れ時」なんて感覚は全く持ち合わせていません。
休みはしっかり取って美味しい物を研究し提供する姿勢は
全くブレていなくて徹底している。
レストラン業を「商売」だと思っていないんだと思うんです。
これは「アート」なんだと。

お金に支配されない「美学」を持っている。

バルのレベルがすごい

旧市街にはバルが所狭しと並んでいてそのレベルは高級店並み。
ピンチョスやタパスと言われる小皿料理を低価格で楽しめる。

 

バルのタパスサンセバスティアンのバルサンセバスティアンのバル
こんな街世界他にどこかにありますか?

市場

時間あったら市場もおすすめです。
Mercado La Brexa

 

市場 la brexa
市場魚売り場
魚売り場の展示
これって生け花に近いものかも。

行き方

バス

alsa    空港ターミナル4-アベニーダ・アメリカから5時間30分

アベニーダ・アメリカ発  8:00,9:00、11:00、13:00、15:00、16:00、17:00、   19:00、21:30、23:30                                          値段36.45ユーロ~52.55ユーロ

時間と値段は2017年6月現在。変更あるのでalsa のページから確認してください。切符も買えます。下がバス会社のページ。

https://www.alsa.es/rutas/madrid-san-sebastian.htm

飛行機

ターミナル4からイベリア航空又は子会社エアーノストラム1時間15分マドリッド発8:05,9:20,11:45,15:35,19:10,20:05 値段は片道70~379ユーロ早めに探すと格安で購入できることも。イベリアで日本からマドリッドならオントゥーがつけられるので購入旅行会社に相談してください。一応イベリア航空のウェブページ

http://iberia.com

トリップアドバイザーでおいしいお店のを口コミ

TripAdvisor (トリップアドバイザー)
バスクについての記事はこちら スペインは多民族国家。バスク人が住むパイス・バスク

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<バスク地方>バスク人が住むパイス・バスク。スペインは多民族国家

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パイス・バスク

スペイン17州のひとつ「パイス・バスク州。」ピレネー山脈の麓からビスケー湾にかけバスク人が住んでいる地。彼らはそこを「エウスカル・ドゥナック」と呼ぶ。「バスク語を話す人」と言う意味のバスク語。

 

バスク
スペイン人が来るよりもっと前から住んでいた人達。半島がローマ化して行った時も組み込まれずローマ人を追い返した勇敢な民族だ。ローマの後にやって来た西ゴートもバスク人の反乱に手を焼いている。反骨精神旺盛で簡単に強いほうに転がらない。そして今もスペインからの独立を求めている。フランス側にもフランスバスクという地域があってバスク人が住んでいる。国境という概念が無かったころから住んでいる人達です。バスクは一度も国を持ったことはない。

バスク語

バスク語は言語系統不明でインド・ヨーロッパ語族には入らない。旧ロシア連邦のジョージア共和国(グルジア共和国)で話している言葉と似通っているらしいがまだまだ学者の間でも共通の見解はない。

日本語との共通点を指摘している学者もいるが不明。

 

パイス・バスク地方の人口は215万人しか居なくバスク語話者はたったの60万人程。その言葉が8個の方言に分かれているので学者達を悩ませている。人口の60パーセントが血液型RHマイナスと言う特殊性だそうです。

 

バスクの家
バスクはフランス側にもフランス・バスクがあって近代国家の国境で分断されている地域。
人口比率はスペイン側80パーセント、フランス側20パーセント。

 

フランス・バスクの街、サンジャン・デ・リューズ

世界で活躍

この少数民族が優秀で勇敢。個性的で凄い。世界史に出てくるレベルのバスク人が大勢います。

 

大航海時代世界一周したのはセバスチャン・エルカノ(マゼランは途中で亡くなっています。)イエズス会の創設者イグナチウス・デ・ロヨラ。日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエル。日本人の魂を持っていたソーブール・カンドウ神父。(フランス・バスク)広島で被爆しながら日本人の為に活躍したペドロ・アルーペ神父。音楽家サラサーテや哲学者ミゲール・デ・ウナムノ・・・

 

そしてサッカーの「アトゥレティコ・ビルバオ」は選手はバスク人だけの強豪チームです。
肉体的特徴はガッチリ体格が良く首が太め、鼻が鷲鼻で野性味ある。

 

独裁者の時代は弾圧

フランコの独裁政権下は抑圧されバスク語を話すことを禁止された。

大きな街ではほとんどバスク語を聞くことは無かったようです。しかし山あいの村では家族の間で大切に話し継がれていた。



独裁者亡き後再び民族運動が起こり今は学校でもテレビでもアニメでもバスク語が使われるようになりました。

今はスペインの法律で2カ国語併記が決まっているので道路標識や案内にスペイン語とバスク語が併記されている。右がスペイン語左がバスク語。

 

スペイン語とバスク語併記の看板

スペインの中で最も豊かな地域

山があって谷があって海があって作物が豊かで景色にリズムがある。人々は働き者で勤勉だ。バスクだけのGDPはヨーロッパ平均よりうんと上を行く。多くの日本の人たちが持つスペインのイメージとは、たぶん程遠い。バスク発祥の大きな金融会社やエネルギー会社はヨーロッパでも上位の優良企業。

スペインというとフラメンコと闘牛とパエリアだと思っていませんか?

スペインも民族問題を抱える多民族国家なのです。そして多面性を持った国なのです。

写真はパサイアという入江の村。ヴィクトール・ユーゴーが暫く住んでいた家がある。向こう側に行くのに船で渡ります。バスク独立の旗がなびいていた。

バスクは食べ物が美味しい。豊かで海と山に囲まれているので素材が豊か。景色も変化に富んでいて楽しめます。工業都市ビルバオにはグッゲンハイム美術館、フランスとの国境サンセバスティアンには個性的なレストラン。フランスバスクまでもすぐ近くなので周りの街の見学もしながら楽しめる地域です。

 

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バルに行こう。バルの入り方。

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バルに行こう

スペインに行ったらバルに行こう。絶対にどこの街もバルがある。
憶せず気にせず入ってしばらくすれば居場所が出来る。

常連さんばかりの店でも別に誰も嫌がらないのでどんどん入りましょう。

周りの人なんか気にしないで何処かに隙間を見つければそこが貴方の場所です。

 

スペインバル
Bar と書くと日本のおじさんが入るお酒飲むところ見たいだけどスペインのバルはもっと健康的な雰囲気。

 

子供連れや女性客やおじいちゃんおばあちゃん老若男女皆んなでやって来る。

細長いカウンターがある飲食店。棒状の物を英語でバー(Bar)スペイン語でバル(Bar)  朝はコーヒーや朝食からお昼時は定食もあったり夕方はおやつやおつまみ。

お酒もあるしスペイン人の日常に欠かせない生活の一部。それがバル。
同じ時間に同じバルに行くと同じ席に同じおじさん毎日いるの。
本当に生活の一部なんです。

入ってから

まずは「オラー」と挨拶
Holaは英語のハーイ見たいな気さくな挨拶。

こちらは知らない人でも気さくに「オラー」                              お店でもホテルでもエレベーター一緒になった人でもとにかく「オラー」ってまずは御挨拶。

これとっても大事なことです。

 

バル
スペイン人て一見愛想悪い人もいるけど人の事気にしてないからなんです。

 

愛想笑いとか絶対にしないしお客様様様〜とへりくだらない。
お客さんを「神様」なんて絶対に思っていないので「えーっ」てな対応も時々あるけど気にしない気にしない。
「神の前では皆平等。」これぞスペイン人の人生感。
めちゃ偉い人もあんまり踏ん反り返ってないです。

 

相手が誰でも態度は同じ。「自分は自分だし人間は平等」というのがまずは前提です。

 

それも知った上で
「オラー」と言って入っていこう。

せかさない事。これ大事

カウンターに無茶苦茶いっぱい人がいる。
カウンター中のセニョールはさっきから他のお客さんと楽しくおしゃべり中だ

 

ここは一発大きな声で「ヘイ〜〜エクスキューズミー」
なんてとっても上手な英語でおっしゃると多分当分順番は回って来ない。
もしかしたら永遠かも………

 

暫くはジーーーーーッと様子を見て相手がこっちを見てくれるまで見つめる。
そうただ見つめる。(スペイン人なら気にせずおしゃべりして気長に待つんですが。)

 

ちょっと右手を上げるくらいは大丈夫。
そうすると大抵は3分以内に「Hola !que les pongo?」「何します」
こう言ってもらったらラッキー。やっと注文が出来る。

ビールを注文

「ビールを2つ下さい」
「ドス・セルベッサ・ポルファボール」
とガイドブックに書いてあるけどこれじゃどういうビールだろうとなるので
通常バルでは小さなコップ(日本の喫茶店でお水入れるくらいの)に生ビールを注ぐ
このタイプを「カーニャ」と言います

 

ビール、カーニャ
「ドス・カーニャス・ポルファボール」
お店によっては小さなおつまみが着きます。

バルは何でもある

もちろんカフェ(コーヒー)やビノ(ワイン)
サングリア(赤ワインベースのカクテル)
コーラやジュースも有りますよ。
(又そのうち別記事で飲み物食べ物書く予定です。)
とってもラッキーで隣のおじさんとお話ができてなんだか心が通じたら
楽しいひと時になるの間違いなしです。

店主のセニョールと仲良くなって明日も明後日も通ったらきっと一杯奢ってくれる。

お支払いは最後で大丈夫。

色々頼んだ後まとめて
空に字を書く感じでも通じるし
又おじさんあっち向いてたらこっち向くまでジー〜ーッと見つめ

 

「クアント・エス?」

 

「カーニャ」一杯お店や地域によるけど1.2ユーロとか1,5ユーロです。
観光地などは大きめのコップで2ユーロとか2,5ユーロも。
それくらいならチップおいても置かなくても構わない。
お釣りが出たら10セント20セントくらい残していっても良いかな。

もしかしたらさっきの心が通じたおじさんが「もう払ったヨ」何て事も結構あるんですよ。

バルで少しスペイン語ができるとその経験はもっと楽しいものになります。スペイン語を勉強したことが無くても使える言い回しバル用にまとめた記事です。バルで使えるスペイン語

航空券

マドリッドはツーリスティックな所が増えて人気店は超忙しく働いている人も外国人で
昔の暖かさが表面上見えにくくなってきたけれど観光客ばかりのお店を外せば
そこはやっぱり私の大好きなスペインがまだまだある。

 

バル
是非ともスペインに来たらバルに入ってください。
日本に帰って自販機でコーヒー買ったりとかチェーン店のコーヒー屋さんに行った時
絶対泣きたくなる位懐かしい思い出になってる。

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マドリッド市内から空港ターミナル4へ

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市内からターミナル4へ

マドリッド・バラハス空港は市内から14キロしか離れていないので他のヨーロッパ主要都市に比べても近くて便利です。空港ターミナルは4つに分かれています。乗る航空会社グループによってターミナル1から4まで有るのでどこに行くのか先に知っておきましょう。通常Eチケットに出発ターミナルが記載されています。

ここでは市内からターミナル4への行き方の4つの方法を説明します。

ターミナル4はイベリア航空、フィンランド航空、英国航空などワンワールドグループとそのコードシェア便(日本航空のロンドンから等)、エミレーツ、ダカール等が使っています。

マドリード市内からターミナル4に行くには4つの方法。タクシー、エクスプレスバス、メトロ、レンフェ(スペイン国鉄)となります。どこから出発するかで一番便利な方法を選んでください。

ターミナル4に飛行機で到着後、空港から市内への移動の場合はこちらの記事です。別のウインドウで開きます。

<マドリード空港から市内<ターミナル4の場合>

タクシー

やはり安心安全はタクシー。M30環状線高速道路内は30ユーロ均一。ホテルなどから電話で読んでもらっても同じ値段、均一料金です。街の流しのタクシーも沢山走っています。マドリードは流しのタクシーも安全ですので乗って大丈夫です。

チップ:荷物が重いとか沢山ある、またはずいぶん待たせたなどの時は少額チップあげてもいいです。あげなくても大丈夫。
あげるのも1ユーロとかの少額で大丈夫です。荷物重いの2つだったら2ユーロとかでとっても喜んでくれます。

ドライバー以外に4人乗れますがスーツケース大きいの4つは車のトランクに乗りきらないのでもう一台必要です。。荷物のサイズと車のトランクのサイズのよります。

ドライバーにスペイン語で「アエロプエルト、テルミナル・クアトロ ・ポル・ファボール。」又は英語でエアポート・ターミナル4・プリーズと言ってください。

エクスプレス・バス

次はエクスプレスバス。5ユーロでアトーチャ駅かシベーレス広場から乗れます。
ターミナル1・2・3・4の順に止まります。

バスの前から乗ってドライバーに5ユーロ支払う。50ユーロ紙幣は断られると思います(おつりが無い等)。10ユーロ紙幣か5ユーロ紙幣を準備しておきましょう。
切符は最後まで無くさないようにしてください。(時々抜きうち検査。正しい切符を持っていないと罰金です)
エクスプレスバス
エクスプレスバス
アトーチャ駅からの時刻表の写真です。上が平日,下が土日祝日になります。早朝深夜も走っている24時間バスで空港まで約30分。15分から20分の間隔で走っています。

時刻表
(注意)時間によってはシベーレスのみ。時刻表で確認できます。

バス会社の公式ページです。別ウィンドウで開きます。

<空港行きエクスプレスバス路線と時刻pdf>

 

バスはターミナル1,2,3,4の順で止まります。到着ロビー(地上階)に着くので出発ロビー(1階)へ登って下さい。出発Departures又はスペイン語でSalidas.

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電車<レンフェ>

その次におすすめはRenfeスペイン国鉄です。私は個人的にこれを一番使っています。地下鉄よりスリも少なく比較的すいているので安心です。段差も少なく大きな荷物があるときなどはメトロよりレンフェの方が楽でしょう。

どこから空港に行くかにもよりますがアトーチャ駅 ヌエボス・ミニステリオ駅からだと乗り換えなしで2.6ユーロです。

<スペイン国鉄近郊線の路線図>空港は中央より少し右上のC-1と青で書いてあるところです。

マドリードレンフェ近郊線路線図

 

アトーチャ駅からだと30分でターミナル4に着きます。電車の内部。時刻によりますが比較的すいているので大きなスーツケースを持っていても安心です。
スペイン国鉄
スペイン国鉄ターミナル4
メトロ

ヌエボスミニステリオから地下鉄8号線で空港ターミナル1,2と4に行くことが出来ます。

メトロ路線図。

メトロ路線図

メトロの切符は2017年よりICカード式になりました。Multiというカードを購入しそこにチャージしていくタイプで日本のsuica やicocaと同じです。紙の切符が無いので一回しか乗らなくてもMultiを購入する必要があります。一枚買えば複数人で使うことが可能です。空港の場合3ユーロの空港サプリメントが必要になります。

マドリードメトロカード

切符は自動販売機でタッチパネルです。画面の左上に英語を選べる所が有ります。解らなければ係員がいるので教えてもらってください。

メトロの切符自販機

 

ターミナル4

 

チェックインカウンターはモニターで探すことが出来ます。ターミナルが大きいので出発時刻の2時間前に空港に着けるように行くことをお勧めします。スペインの連休前後等チェックインカウンターが非常に混んでいることもあります。

ターミナル4は機能的な空港で建築も素敵です。
リチャード・ジェームスというイタリア生まれのイギリス人建築家の傑作。
波打った天井が建物にリズムを与えていて音楽が聴こえてきそうです。
ターミナル4
太陽の自然光が入るように工夫されています。
ターミナル4太陽光が入る
ガウディを意識したような自然界の森と木と木漏れ日なんでしょうか
木漏れ日
ファーストフード店で使いそうな黄色が全然安物っぽくなくて外に行くほど
色のグラディエーションがブルーになって行く。
建築も楽しめるターミナルです。



どこから移動するかで一番便利でいい方法を選んでください。

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