<マドリッド観光ルート>ソルからプラド美術館へ散策ルート

今日はソルから

「0キロ」地点。今日はここからスタート。

「プエルタ・デル・ソル」日本語に直すと「太陽の門」もともとここに城門があったが今は取り払われてい名前だけが残った。 すべてのスペインの道路はここから計られています。

 

国王が住む宮殿から朝の太陽が昇るのが見えたそう。
今は名前のみ残る。

 

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地元の人は「Sol」「ソル」=「太陽}と呼ぶ

 

銅像ですが・・・・・
良く地元の人が待ち合わせに使うマドリッドのクマ。

昔この辺りは森だった。マドローニョ(ヤマモモ)の木が茂っていて
クマが実を食べているところがマドリッド市の紋章
マドリッド市に関係のあるものにはこのマークが付いています。

 

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例えばこれはゴミ箱
このように色々なところにこの紋章が付いています。
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地下鉄1号線2号線3号線 と国鉄(Renfe)が乗り入れています。
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地元デパートやお店や飲食店がいっぱいでこの辺りをセントロと呼ぶ

ソルからカジャオ(日曜祝日お店開いています)

ソル(sol)からカジャオ(callao)はヨーロッパで1番混んでいる通り

この辺は日曜日、祝日もお店が開いています。

12月25日と1月1日のみお休みなので1年間363日営業です。
この通りにはスペイン・ブランド各種
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カジャオ(Callao)までお店が続きます。
レアル・マドリッドのオフィシャルショップも近く
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スペイン系・デパート エル・コルテ・イングレス「El Corte Ingles」
この会社はソルにあった小さな仕立て屋さんだった。
コルテはカットという意味でイングレスはイギリス。
「英国仕立て」と言う意味のデパートです。

地元デパート・カジャオ店グルメコーナー

エル・コルテ・イングレス・グラン・ビア通り寄りにあるカジャオ店9階にグルメコーナー

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ワインの品そろえも一流です。
写真は「ベガ・シシリア」の「バルブエナ」
「ベガ・シシリア」はスペイン・カスティーリャ・レオン州にある有名なワイナリー
原産地呼称制度デノミナシオン・デル・オリヘンのリベラ・デル・ドゥエロに所在。
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同じ「ベガ・シシリア」でも「ウニコ」(unico)2007年は215ユーロ
こちらはこのワイナリーの旗艦銘柄。
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他にももっと安い普段飲みのワインも数々あります。
産地ごとに置いてあるので探しやすい。
スペインワインは安くて美味しいので定評が有ります。
黒トリュフ等高級食材も揃います。
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各種バルも入っていて夕方は地元民で賑わいます。
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大きなテラス。外に出ると絶景です。
ここでお茶して休憩も良いですね。
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グランビアを歩こう

スペイン広場からアルカラ通りとの交差点まで1.6キロ。目抜き通りです。
カジャオからグラン・ビアをシベーレスまでゆっくり歩いても15分くらい
途中世界で1番豪華なマック。
元宝石店です。
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入り口は神殿風、中に入ると大理石張りでエレガント
同じお値段でお得感たっぷり。
グラン・ビアもこの辺りまで来ると110年前の建物がそのまま利用されていて
建築見ながら楽しく散策できます。
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シベーレス広場は絶対外せない

 

グランビアからさらにアルカラ通りを進むとゴージャスな広場に

シベーレス広場 Plaza de Ciberes

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シベーレスは広場の真ん中にある女神の名前
二頭のライオンに引かれた神話の女神。
豊かさを象徴とする神様
そして幸運の神様
レアル・マドリッドが優勝するとここでお祝い
もちろん選手もやってきます。
2010ワールドカップでナショナル・チームが優勝した時もここでキャプテン・カシージャスが優勝杯を捧げた。
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正面の立派な建物は元郵便局です。
しつこいですが郵便局だったんですよ〜〜

 

今はパラシオ・デ・シベーレス(シベーレス宮殿)と呼ばれ市役所が使っています
中に入って上の方までエレベーターで上がれます。
手荷物検査がありますが無料です。

 

バル、レストランもありますよ。

プラドの遊歩道へ

広場から綺麗な遊歩道街路樹が見事です。
ゴヤの時代に造られたパセオ・デ・プラド(プラドの遊歩道)
プラタナスの幹が200年前の道ということを証明しています。

 

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ナポレオン戦争で戦った民衆を祀った無名戦士のお墓
オベリスク前に火が灯っていて
この場所自体が民衆の処刑場になったところです。
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広場はネプチューン
マドリッドのもう1つのチーム、アトゥレティコ・マドリッドが優勝するとここ
でお祝いです。アトゥレティコは貧乏なのにレアル・マドリッドと互角に戦う凄いチームです。
下町の人気チーム。なかなか優勝できないのでファンを「Sfridores」苦しむ人々と呼ぶ。
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ティッセン・ボルネミッサ美術館
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ミュージアムショップ迄は自由に入れます。
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元貴族のお屋敷をラファエル・モネオ(スペイン・ナンバーワン建築家)が改築。
月曜日12時半から無料です。
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ティッセン男爵2代の個人のコレクションだった物です。
遺産相続で作品がバラバラになってしまわないようにという希望で
スペイン文科省に売り渡された。個人のコレクションとは思えない膨大で質のいい作品を鑑賞出来ます。
ネプチューンを挟んで反対側にプラド美術館
閉館2時間前から入場無料(平日18時から日曜17時から)
無料でも切符売り場には並びますのでそれぞれ各時間の30分〜40分前には並びましょう。
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サグラダ・ファミリア 教会

サグラダ・ファミリア(聖家族教会)
サグラダファミリア教会
あまりにも有名でどこから手をつけよう。

カタルーニャという国があった

バルセロナがあるカタルーニャ州はスペイン北東部
緯度は青森くらいにあるが地中海に面した温暖な気候

 

カタルーニャは元々ひとつの国
民主主義の発達した立派な国家だった

 

民族はカタラン人
話している言葉はカタラン語
南フランス一体で話されているオック語(オクシデンタル語圏)の仲間
「ありがとう」はスペイン語の「グラシアス」では無く「メルセイ」

「出口」は「サリーダ」では無く「ソルティーダ」
フランス語に近い

 

入江の港があって古くから戦略的にも重要な場所
王様の結婚や戦争で中央のカスティーリャ王国に併合され
独立のチャンスは2度あったが今もスペインのひとつの州だ。

 

歴史ある誇り高い民族がフランコ独裁政権時代弾圧されて来た。
今も独立問題が度々ニュースになり彼らは自分たちの国旗を持つ。

 

ところで日本の皆さんスペイン人は働かないと思っていませんか?

 

しかしカタラン人は良く働くんです。
お金儲け大好きな商魂逞しい民族でケチで有名。

 

多くの若い企業も沢山あって活気あふれる地域です。

 

19世紀産業革命の中いち早く機械化を取り入れ
スペインで最初の鉄道もバルセロナからマタロ間

 

芸術が花開くのには後ろに経済の発展が必要で
イタリアのルネッサンスをメディチ家が支えたように
カタルーニャも多くの実業家達が登場し
財をなした豊かな人々がアーティストのパトロンとなった。

バルセロナオリンピックまではあまり知られていなかった

特に注文が建築だったこともあり外国へ出ることが不可能だった。
フランコ独裁政権時代は紹介されることも無くあまり知られていなかった。

 

1992年のバルセロナ・オリンピックでほとんど初めて世界に紹介され脚光を浴びた。
ガウディを語るのにエウセビオ・グエルは外せない。
青年実業家だったグエルがまだ若かったガウディを見つけ
そのパトロンとなり多くの建築や家具、内装を依頼した。
ガウディの作品にグエルの名前が付くものが多いのはそのせい。

 

サグラダファミリア教会
その傍らサグラダ・ファミリアの建築に没頭して行く。

1882年からガウディの手に

1882年明治15年最初の建築家と教会側の意見が対立し
まだ若かったガウディが引き継ぐことに。
構想を一気に変えてあの不思議な建物を作り始めた
未来の技術が必ず完成させると信じて

 

テクノロジーの核はこの部屋
3Dプリンターで模型を作っていく。
サグラダファミリア教会中枢
晩年は着るものも構わず浮浪者に間違えられる事も有ったようだが
投げられたコインも有難く頂戴して教会建築に使ったと言われる。

中に入ると森の中のイメージ。

柱は樹木で天井は森の木々の葉っぱ
天から注ぐ太陽は木漏れ日のよう。

あと6年で完成?

以前は資金が無く後300年かかると言っていましたが今では2027年完成予定
凄いスピードで建築が進んでいます。

 

入場料も随分上がって15ユーロ
エレベーターも別料金。

 

後10年。
完成の頃ここはまだスペインなのでしょうか?

光が差してステンドグラスが輝き始めると頭の中で色が音楽に変換されていく。

ステンドグラス

 



行き方時間等

行き方 地下鉄2号線・5号線 Sagrada Familia

時間 9時から20時

不定休 ミサなど宗教行事は閉まる

切符 インターネット予約する方がいい。大変混んでいます。当日券もありますが並ぶ。又は売り切れも。一緒に塔に上る切符も予約するといいです。

 

 

 

マニュアル「スペイン人の取り扱い方」スペイン人について理解を深めるために。

スペイン人

よくイギリス人が2人いたら2つの政党ができると言われるが
スペイン人が2人いたら絶対に3つ出来る

反骨精神旺盛で幼少の頃にみんなで同じ動きをさせないので                 何だかてんでバラバラ、動きだけじゃ無くて考え方も。子供の時にみんな一緒にお遊戯とか運動会の整列行進とかは無い。

でも仲間意識はとっても強くて信頼をいったん手に入れたらとても大切にしてくれる。乳児から保育園に入るからなのか仲間といるのが大好き。横の繋がりは大切にする人達です。

大切すぎて縁故主義とか身内主義が横行しています。

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1: 挨拶は何処でもマスト絶対。

スーパーやコンビニで日本であいさつなんてしないと思いますが

まずは挨拶は常識です。「オラー」でいいので。スーパーやバル、美術館やタクシーとにかく人にあったら挨拶をしましょう。エレベーターで乗り合わせた人にも挨拶をします。お店で
店員さんに声かける時も「ディスクルペ」とか「ペルドン」など丁寧に話しかけましょう。

レストランなどでウェイターさん忙しそう〜〜〜だけど追加何か頼みたい時の魔法の言葉は
「クアンド・プエダ・ポルファ」「出来る時にでいいので、お願い」と声をかけると割とすぐ「ディメ・ディメ」「なに、なに」って来てくれますよ。
先ずは何処にいっても誰と会っても挨拶をしましょう。あ、にっこり笑ってね。

挨拶をしないと横柄だと思われるんですね。日本だと無言で何でもできますがヨーロッパでは知らない人にも挨拶をかわします。意外と楽しい出会いになったり気持ちが通じたような気がして幸せな気分になれますよ。一番簡単な挨拶オラ―を覚えておきましょう。

 

2: 絶対的に持っているのが人間は皆平等意識。

神の前には皆一緒。なので必ず嫌われるのが上から目線。無礼な態度がとっても嫌がられます。お金払っている人ともらっている人も同等。お客様とバルのおじさんも対等です。政治家と私も、社長と貴方も。親切にした人と、してもらった人も同格「ありがとうございました〜ー」と深々と頭をさげるとびっくりされるし席を譲っても軽く「グラシアス」時には無言。
「やってあげたのにけしからん、お礼も無い」なんて誰も思わない。当たり前のことを普通にしただけだから日本の感覚だと礼を言え〜「無礼じゃ〜謝れ〜〜」となるかと思いますが。
文化の違いとご理解下さい。

 

3 :相手の気持ちを探る習慣が無いので察し無くていいし察してくれなくても怒らない。

慣れるまで戸惑うかもしれませんがこの辺がストレートで直球でわかりやすく楽なところ。日本人の優しいところで相手の事を先に考えて「こんなこと言ったらこう思うだろう」とか「こんな事したらこういう風に思われる」とか考えない。日本人のこれは特殊能力なんだと思っています。スペイン人はそんな能力は持っていないのでだた喜ばせたいとか親切にしたいとかはありますが。なにげに遠慮したり察してくれるところもあるんです。基本わからないことは主張したり話し合ったりして解決です。

4、待つことに慣れましょう

相手が何かやっている時に強引に何か言うと大抵無視。
日本でも嫌がられると思いますがこれは間違いの元。
少し待ちましょう。
又は無視じゃなくて聞こえていない事も
耳が遠いのとスペイン人は話し声が大きいから小さい声は聞こえないように
脳がプログラムされているんじゃないかなあ。
みんな集中力が凄いので何かやっている時に別のこと言われるのダメなんです。




5:とにかく会話力が必要(テーマは何でも大丈夫)

みんな何処いってもよく喋ってる
日本じゃ黙って行動する方が美徳ですが
こちらは話しをして理解し何かを作っていく文化。
子供の時から自分の意見を持つように育てられる。
政治家が国会で用意された紙を読んでるなんて見たことない。
とにかく口は達者で小さな子供でもしっかり意見を持っている。
無駄に話しているようですがそこには重要なコムニケーション。

 

今日の会話が明日のトラブルの解決になる事ってあるんです。
本当にそれで何度も窮地脱出ありました。

6、大きな声で目を見て話そう

スペイン人の声は大きい。何人かいると相手より大きな声で話そうとするからもっと声は大きくなる。あまり小さな声では聞こえないのか無視されるのが落ち。後はしっかり目を見て話しましょう。日本ではあまり相手の目を見ないほうが良いようなケースがありますがバルでビールを注文するときさえもしっかり相手を見つめましょう。

(火傷に注意)

怒らせたらすごい罵声を浴びます
どこにこんなにボキャブラリーがあるんだというくらい相手を罵る言葉が泉の様に怒りに任せて溢れ出るので、スイッチ押さない様。あ特に、セニョーラね。女性。

 

簡単なスペイン語を使ってみましょう

簡単なスペイン語ができるだけでスペイン人との距離は縮まります。うまく話せなくても挨拶や簡単な飲み物の名前が言えるだけで対応は絶対に違う。簡単なスペイン語が話せる記事もありますので時間があるときに見てください。

すぐに使えるスペイン語1<キーワード>

バルで使えるスペイン語

スペインの食事は1日5回、バルは生活の中心。メニューの見方も解説。スペイン人てこんな人達です。

スペインでは食事を一日に5回いただきます。そしてバルは毎日の生活の中心なのです。いろんな国によって習慣に様々な違いがあり旅をすると戸惑う事も多いですがスペインの大きな違いは食事の時間。昼食は14時以降で夕食は20時以降。スペイン人と夕食の約束をすると夜の21時や22時という事も度々です。そして食事はなんと1日5回あるのです。朝食は通常2回やってきます。お昼が正餐で山盛りの食事で本来家族そろってテーブルを囲みました。19時頃におやつの時間がやって来て夕食は21時~22時頃に簡単に。これが一般的なスペインの食事の仕方です。

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 朝食は2回


<1度目の朝食>

スペイン人最初の朝食は朝起きて家でコーヒーと小さなガジェータというビスケットのみ。卵焼き焼いたり絶対しません。トマトやレタスや野菜なんて絶対食べない。とっても簡単な朝食で家を出ます。

<2度目の朝食>

そして11時前後2回目の朝食の時間がやってくる。労働者は朝15分間の休憩時間がある。この休憩時間は労働者の義務なんです。これが2度目の朝食。この朝食も卵やソーセージ食べる人はいない。

この時間に街のバルに行くと大変な喧騒の中、朝食を食べているスペイン人達。休憩時間に休憩なんてしないでみんな大声でお喋りです。市役所や銀行や色んな会社のオフィスからみんな交代でバルにやってくる。座ってゆっくりなんて人はあまりいなくてカウンターで立ったまま、無茶混んでいても何とかカウンターにたどり着く。15分の休憩だから少し待てば場所はできるのです。

<マドリードのバルで朝食の時間>

バルの中
筆者撮影

 

町中のバルが活気付きカウンターで老いも若きもコーヒーにチュロスや菓子パン常連さんは毎朝同じもの頼むのでバルの主人は覚えていて「いつもの?」なんて聞きながらテキパキと次から次からお客さん達をさばいていく。

この手際のいい事と言ったら芸術です。あっという間にカフェを1個づつエスプレッソマシンで作って出していく。向こうでは「お金取って〜」「クアント?」「カフェ・コン・レーチェだけどミルクは温めね」「カフェ・ソロだけどカフェインないのでね」注文が細いのも大変だ。15分しかないので時間がかかっては致命傷。

お客さんも一気に頼んで仲間とおしゃべりしてあっという間に居なくなる。まるで嵐、いや台風。

何処のどなたですか?スペイン人は一度に2つの事しないって言ってたの。バルの主人は別の生き物でこの短い朝食時間に全力で戦う戦士だ。

朝食をdesayuno デサユノと言います。「ayuno」断食 それに「des〜否定形」が付いて朝食。断食の終わり。英語でもbreakfast 「fast」が断食それをbreak するわけで夕食からの長いファスティング終わって最初の食事。

<朝食の看板>

バル朝食の看板
筆者撮影

朝食のメニューの見方

朝食例

上の看板はマドリードのあるバルの朝食の看板です。どのバルでも大体似たような感じ。コーヒー又は何か暖かい飲み物とパン、それにオレンジジュース(絞たて)をつけると割り増し料金。

Café o infusión
コーヒーかお茶系

Bolleria churros o tostado

菓子パン類、チュロス、トースト

mini zumo de naranja

ミニ・オレンジ・ジュース

<コーヒーはミルクの量で名前が違う>

朝はミルクたっぷりのカフェオレが普通 =カフェ・コン・レーチェ

コーヒーたっぷりミルク少なめだと= カフェ・マンチャード

ミルクたっぷりコーヒー少なめ =レーチェ・マンチャード

エスプレッソに少しミルク だと= カフェ・コルタード
エスプレッソ は= カフェ・ソロ

スペイン人は更に細かく注文。こういう事には絶対エネルギーを惜しまない主義。

ミルク入れる時に「¿ como quieres leche?」「ミルクはどんながいいの?」と聞聞いてくれるかもしれません。熱いミルクと温めのミルクが入った入れ物持ってきてくれて好みの熱さに調整してもらう。「カリエンテ」「熱いの」とか「テンプラーダ」「温め」とか。スペイン人はあまり熱いのが飲めない人が多く少しぬるめ「テンプラーダ」にする人多し。

<お茶類>

コーヒーが飲めない人はお茶類も有ります。

紅茶 ストレート= テ・ソロ
ミルクティー= テ・コン・レーチェ
カモミルティー =マンサニージャ
菩提樹ティー= ティラ

<菓子パン、チュロス、トースト>

Bollerías. は菓子パン類 やクロワッサン等、tostada はトースト
四角いパンもだけどクロワッサンを焼いてもらったりパン・コン・トマテ等も一般的です。

大体どこでも2〜3ユーロで朝食メニューやってます。ホテルの朝食付けないでバルで楽しむのも良いですね。

朝食は通常12時までやっています。

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食事の中心は昼食


1日の食事で一番の大きな食事は昼食です。14時30頃から始まるので随分日本より遅い。昼食のレストランが開くのは早くて13時頃から。大抵のレストランにお昼の定食が有るのでお得に飲み物とデザートが付いて値段が設定されている。

定食はスペイン語でmenu del dia メニュー・デル・ディア。バルやレストランの入り口に看板が出ていたりメニューが貼ってあったりします。

<定食の品書き>

定食のメニュー
筆者撮影

primero  プリメロ 前菜から一品

segundo  セグンド 2枚目のお皿から一品

bebida   ベビーダ 飲み物(ワイン、ビール、水、コカ・コーラやジュース類)ワイン頼むと一本置いて行ってくれるところも結構ありますよ。あまりいいワインじゃないですが。安物のワインを定食屋で食べるときはガセオサという少し甘い炭酸水で割って飲みます。ビノ・コン・ガセオサと言って少し飲みやすくなる。

postore o cafe ポストレ デザート又はコーヒー

ランチ激戦区はマドリード中心部でも11ユーロ位から定食があります。一皿と飲み物で7ユーロ等お店によって色々。人がいっぱい入っているところは安くておいしいのは間違いなし。

午後のおやつの時間


午後19時頃なるとまた街のバルは混み始める。又しても立ったままおしゃべりしながらおつまみとビールのセニョールや、テーブル席でケーキを食べながらおしゃべりするセニョーラたち等で活気に満ちてくる。

バルのタパス

夕食は21時とか22時


夕食は基本軽く家で食べるときはハムとチーズとか玉子焼きとか簡単な事が多い。しっかり料理する家庭は少なく外に出るならバルでビールとおつまみで済ませる事も。この頃にまた街のバルは人であふれかえる事に。

スペイン、バル

 

レストランで食事となるとこの遅い時間でも真剣に食事に取り組むことになるので終わると23時。食前酒から始め、前菜・メイン・デザートでワインもしっかり頼んで食後酒までいただくと2時間はかかりますので覚悟が必要。

アサドールドノスティのお肉

 

 

まとめ


1日5回の食事ですが通常はランチにしっかり食べて遅い夕食は軽いので生活のリズムとしては健康にいいかもですね。忘れていけないのは昼食は14時以降夕食は20時以降です。旅行中の方はバルを最大限に利用すれば早めに軽い夕食で済ませたり朝食を遅めにしたりでメリハリをつけられますね。スペイン人の一日はバルに始まりバルに終わる。朝食から夜のお酒までバルは生活に欠かせないものです。スペインに行ったら絶対バルを利用しましょうただ、食べすぎ注意ですね。

 

サンティアゴ様(聖ヤコブ)個人情報。スペインの守護聖人サンティアゴ様とはいったい何者か。

ヘブライ語で本名ヤーコブ、人種 ユダヤ人、職業 漁師、出身地 ガリラヤにあるベツサイダ、父親 の名前 ゼベダイ、兄弟の名前 ヨハネ。

キリストの十二弟子の1人で一番最初の頃の弟子。雷の子と呼ばれたほど気性が激しかった。スペインに来たかどうかは実は定かではない。

 

サンチアゴ(聖ヤコブ)

巡礼姿のサンチアゴ様

santiago pelegrino
筆者撮影

 

「ゼベダイの子ヤコブ」と呼ばれ「アルファイの子ヤコブ」(小ヤコブ)と区別される。旧約聖書にもよく出てくる名前ヤコブがスペイン語化するとティアゴ。聖人の「サン」が付いて「サン・ティアゴ」が「サンティアゴ」又は「サンチャゴ」になる。英語で「サン・ジャイムス」フランス語で「サン・ジャック」

 

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象徴物はホタテの貝殻

 

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キリスト教の聖人達には象徴物というのがある。サンチアゴの象徴物はホタテの貝殻。海に打ち上げられたからとかレコンキスタの時にある騎士の体がホタテの貝殻で覆われたとか諸説色々有りますが共通した何かは不明で諸説様々な事が言われている。ホタテは巡礼者の手形として使われた。そしてお皿にもなったしスプーンにもなったので便利なグッズだった。

フランスでレストランに行くとメニューに「サン・ジャック」とあったらホタテ貝です。

 

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キリストに最初について行った一人

 

新約聖書に書かれているように「私について来なさい。あなたを人間を釣る漁師にしてあげよう」イエス・キリストにそう言われてすぐに漁師の仕事を辞めてついて行ったのがサンチアゴ。弟のヨハネと2人で漁の網も置いて、一緒にいた父親さえ置いて付いて行った。

 

新約聖書の中にペテロとヨハネとサンチアゴは3人で良くキリストの側で奇跡を見ているがペテロやパウロ程聖書に登場しないので実は詳細が不明です。2000年前の事なので書かれたものが残っていません。

兄弟のヨハネはキリストに最も愛された弟子で良く絵画では一番若く美青年に描かれます。3人とも気性が荒かったと書かれています。

スペインで布教活動

実は歴史的にはサンティアゴがイベリア半島に来たかどうかは定かでは無い。

ただそれは長い間伝説として人々の間で伝わっていた。イベリア半島で得た弟子は7人。長らく居たのにたったの7人です。あまりに誰もついてきてくれないので「神様・マリア様・イエス様 なんで?」人知れずかなり悩んでいた時期もあったらしい。マリア様が空から降りてきて「このジャスパーの柱の上に教会を建てなさい」と言ったのが今のサラゴサという町でその柱の上に作ったのがサラゴサのピラール大聖堂。ピラールはスペイン語で柱の事。今もサラゴサのピラール大聖堂へ行くとその時の柱が信仰の対象になっている。スペイン人の女性の名前に良くピラールという人がいるけどこれはマリア・ピラール。柱のマリア様という意味です。ちなみにこの奇跡はマリア様の多々在るご出現奇跡中唯一「聖母ご存命中」の奇跡です。(他のはみんな亡くなってからずっと後の奇跡)

エルサレムで首を切られて殉教

イベリア半島での布教があまりうまくいかないのでエルサレムに戻ったがヘロデ・アグリッパにより紀元44年に惨殺された。サンチアゴ(聖ヤコブ)の弟子がこのご遺体をなんとか守ろうと石の船に乗せ、行き先は神の思し召しのままと船を出し、そして風に流され流されガリシアに着いたと言われている。ついたのがパドロンという町で今もその時の船が横付された石が祀られているサンチアゴ教会がある。

<パドロンのサンチアゴ教会にある彫刻>

santiago
筆者撮影

 

遺体の発見

時は経ち起源後813年、星が綺麗に瞬いていた夜だった。星を追っかけた羊飼いが星の真下に洞窟を発見し、その中に首のない遺体を見つけた。字が読めない羊飼い達は地元の司教様に相談した。するとその石棺に聖ヤコブと書いてあった。これは大変だーーーと慌てて遺体を埋葬してお祈りをして教会を作った。それが今のサンチアゴ・デ・コンポステーラにある大聖堂の始まり。

<サンチアゴ・デ・コンポステーラの聖ヤコブの墓>

tumba santiago
筆者撮影

当時の歴史的背景

スペインにシリアからのイスラム教徒がやってきてビシゴート王国は崩壊し半島全体がイスラム化していた。ビシゴート王国は崩壊し貴族達はすでに持てるだけの財宝を持って北のほうの山の中で戦っていた。

今のフランスではゲルマン民族の大移動の後のフランク王国の時代、北上して来たイスラム教徒を732年ツールポワチエの戦いで破った。その後カール大帝が戴冠しキリスト教を保護しローマ帝国を再び復活させようとしていた時代だった。

 

そんな時に聖ヤコブの遺体がスペインで発見されサンチアゴ様のご加護のもと異教徒と戦って「あなたが死んでしまっても魂は間違えなく天国へ行けます。」となったのは偶然ではない。

 

当時の人々が人生で最も恐れていたのは神と死だった。人は必ず死ぬ、死んだ後に神により最後の審判が行われ日々の行いで天国か地獄へ振り分けられる。その最後の審判に人々は怯えていた。教会は「悔い改めよ」と人々に説教をし人々は罪を償うために人々は巡礼をし始めた。巡礼をすればすべての罪が許されるのだから。

<サンチアゴの道にある教会の彫刻、最後の審判>

camino de santiago
筆者撮影

その道が次第に踏み固められ整備され今の「サンティアゴの道」になった。巡礼者の為に警備団が作られ宿泊所が出来ガイドブックまで作られた。王達によって病院や救護施設が整備され巡礼者たちを守った。少人数で歩くと危険なので警備団や僧侶や音楽隊や金貸しや道化師や娼婦まで一緒にグループを組んで歩いた。それが今のサンチアゴの道の始まり。日本のお伊勢参りの様に人々はフランスやドイツなどからこぞってサンチアゴ参りをするようになった。

 

<サンチアゴの巡礼街道を歩く巡礼者>

camino de santiago
筆者撮影

サンティアゴ様には三つの姿

サンティアゴ様は3つの姿がある。12使徒のサンチアゴ、モーロ人殺しのサンチアゴ、巡礼姿のサンチアゴと教会の祭壇等に作られるときはこれらの姿で現される。

<12使徒のサンティアゴ>

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筆者撮影

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<マタモーロ・サンティアゴ(モーロ人殺し)>

<巡礼姿のサンティアゴ>

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筆者撮影

スペイン全体の守護聖人がサンチアゴです。

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聖年

7月25日がサンティアゴの日 その日が日曜日になる年を聖年と呼び聖年に巡礼をすると多くの免罪がある。聖年にだけ開けられる扉があってそこから大聖堂に入ると多くの罪が許される。聖年は11年、6年、5年、6年ごと。前回が2010年 次の聖年は2021年。

2016年は慈しみの特別聖年(フランシスコローマ法王の宣言)で免罪の門が開けられました。

サンティアゴ・デ・コンポステーラ

聖ヤコブはキリストの12弟子のひとり。約2000年前に実在した人です。でもその後は伝説と史実が混じりあう。スペインに伝導に来たかどうかも定かではなくエルサレムでヘロデオ・アグリッパによって首を切られて殉教している。

サンティアゴ デ コンポステーラ

星降る野原の聖ヤコブ「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」 街の名前です。

サンティアゴ・デ・コンポステーラ
街の名前でこれほど素敵なネーミングは他にあるのか知らないですがとっても詩的な名前の街は伝説から始まる。

<巡礼姿のサンチアゴ>

聖ヤコブ

聖ヤコブをスペイン語でサンチアゴ、野原をカンポ 、星をエストレージャ
全部くっつけて「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」

スペイン北西部ガリシア地方にあるカトリック3大巡礼地のひとつ。今はその道が世界遺産になっている。そして多くの人が今も歩いている。

11世紀頃セルジューク・トルコの侵入で聖地パレスチナへの旅行が危険になり
サンティアゴへの巡礼はエルサレム、ローマと同じくらい賞賛される様になった。

「カミーノ」は道

それに定冠詞「エル」をつけると「 エル・カミーノ」「The Road」「あの道」と言うとサンティアゴの道だけを指す。

<道を歩く人>

カミーノ
今の「道」に「巡礼」という言葉から受ける禁欲さは無い。でもそこにはなにかピュアな物。みんなが持っている心の奥底に流れる神聖な何かがある。きっと人間は自分の本質の中にある何かを探して旅に出るんだと思う。

 

この「道」が導いていく終着点。それが「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」

<サンチアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂>

道が導くサンティアゴデコンポステーラ
道は何種類もあり様々な地域から中世の旅人が歩いてここまでたどり着いた。片道の旅だった人や到着さえできなかった人もさぞいた事でしょう。

フランスの道をスペイン国内だけで約800キロ。ピレネー山脈のフランス側の街サン・ジャン・ピエ・ドポーという町から歩くと1日20キロ歩けて40日間もかかる。

巡礼証明証が欲しければ最低徒歩で100キロ、自転車は200キロが必要。辿った街でクレデンシアル(巡礼者用のスタンプ帳)にハンコを押していき最後にサンチアゴの街の巡礼者オフィスに持っていき証明書を作ってもらう2ユーロ。

*クレデンシアルは日本でも購入可能。通常歩き始める街の巡礼者オフィスで2ユーロで購入する。

 

別に一度に全部歩かなくても無くても大丈夫、仕事や学校の関係で長いお休みが取れないなら何度かに分けても構わない。そして何年かけても大丈夫。

 

パウロ・コエーリョの星の巡礼がベスト・セラーになり道が再び見直された。アメリカ人の女優シャーリーマックレーンとかブッシュ大統領の娘とかいろんな人が歩いています。

 

物語はここから始まる

 

物語の始まり
西暦813年星が綺麗に瞬いていた。その星を追いかけて行った羊飼いが達が洞窟を発見。

その洞窟の中にサンティアゴ様の遺体を発見した。サンティアゴ・デ・コンポステーラから20キロ南のパドロンという町に教会がありその時船をつないだ石が祭られている。

<パドロンの教会、船が繋がれていた石>

パドロンの教会
遺体はサンティアゴに運ばれ埋葬するために最初は小さな教会が作られ時代と共に大きくなり拡張して行った。

教会周りの門前町は「カンプ・ステラ」「星の野原」と呼ばれる様になって栄えていった。巡礼の街はみんな細長くて街道が先に出来て街が出来ていった様子がわかる。

 

巡礼者が増えるたびに教会を大きくしていく必要が出来寄付金を集めたり誰かの援助だったりで教会が大きくなって行った。今のサンチアゴの大聖堂は巨大です。

栄光の門 プエルタ・デル・グロリア

12世紀巡礼盛んなロマネスク時代に石工「マテオ」により彫られた栄光の門が素晴らしい
「マエストロ・マテオ」「マエストロ」はスペイン語でで先生、師匠なので「マテオ師匠」と呼ばれた石掘り。(現在修復中で見れませんが2017年中に完成予定)

現在はその外側にさらに大きな門が出来ている

ロマネスク時代は彫刻が素朴で表現力がなかった時代なのに彫刻の聖書に出て来る聖人達の表情が生き生きしていて今にも動き出しそう。一人一人の表情が本当に豊かに作られていて見ているだけで楽しくなる。

 

栄光の門
栄光の門
上の半円アーチにある旧約の預言者達がまるでコンサートホールで音楽家達が隣同士お喋りしている様な感じ。
指揮者が来る前のリラックスした時間を演奏者達が過ごしている様な臨場感。只今修復中(2017年4月)で写真は工事中の栄光の門に貼られたビニールシートです。

 

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7月25日が日曜日になる年を聖年という。遺体がコンポステーラに運ばれた日。聖年に免罪の門が開けられ、ここから大聖堂に入ると特別な恩寵をうけられる。次の聖年は2021年。120回目の聖年になるそう。

免罪の門
免罪の門外から
運が良ければ巨大な香炉が動くのを見ることが出来る。ボタフメイロト言って大きな香炉に香をたいて大聖堂中これを揺らして清める。これは巡礼者から大きな寄付があった時のみです。

重さ80キロ、160センチの高さの銀製の香櫨。お清めの香で本当は巡礼者の臭い消し。当時ずっと歩いてきた巡礼者が何十人も集まってきたら相当な匂いだった。

 

巡礼者は長かった道を思い出し導いてくれた神に感謝する。今日は沢山の巡礼団が各国からやって来ていて奇跡的にボタフメイロが見れました。

*大聖堂は巡礼者の為24時間お祈りが出来るようになっているので一年中いつでも入場無料で入れます。お祈りの場所なのでふさわしい行動が必要。写真やビデオは許可されています。

ボタフメイロ
サンティアゴの道は実はサンティアゴで終わらずさらに70キロ西に行ったフィニステーレで終わる
フィニステーレ
0キロの道標
巡礼者達が最後に使った物を燃やしていった残骸です
フィニステーレ

ゴミにしか見えないけど・・・それぞれの想いでの詰まったスニーカーやシャツやカバンです。

サン・セバスチャン・美食の街の歴史と美味しいおすすめバル4軒、港の漁師のレストラン

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スペイン北部にバスク人が住むバスク地方がある。スペイン人がやって来る前から住んでいた民族がバスク人で話している言葉はバスク語。そのバスク地方にサン・セバスチャンという小さな人口18万人くらいの街があります。その小さな街の30キロ以内にミシュラン星付きレストラン約30件。人口比星付きレストランが1番多い街だそうです。バスク語では「ドノスティア」が街の名前。美食の街の歴史と美味しいおすすめバルについてです。

 

サン・セバスティアン

サン・セバスティアンはピレネー山脈とビスケー湾にギュッと囲まれた美しい街で入江は貝殻の形をしていてその名も「ラ・コンチャ」=「貝殻」。近くの丘モンテ・イゲルドやモンテウルグルに登ると地形が良くわかる。

<サン・セバスティアンのモンテイゲルドからコンチャ湾>

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サンセバスティアン
筆者撮影

ヌエバ・コシーナの歴史

ヌエバ・コシーナは新しい料理という意味。19世紀にスペインの上流階級の人達がサン・セバスティアンに避暑にやってくるようになった。別荘が出来、ホテルが作られ、料理人が必要になり、始めは地元の主婦や小さな定食屋のコック達が腕をふるって食事は美味しいと定評があった。

もともと海あり山あり食材の豊かな土地。美味しいものを食べる事にかけてはサン・セバスティアンは定評の地域だった。写真はアルザックというミシュラン星付きレストランの前菜。お皿に盛られたアートです。

<アルザック、ミシュラン星付きレストラン>

アルザック前菜
筆者撮影

<アルザック>

アルザック前菜
筆者撮影

<アルザック>

アルザック
筆者撮影

 

フランスの「ヌーベル・キュイジーヌ」流行の頃にサン・セバスティアン出身の若い料理人達がその洗礼を受け、修行をして「ヌエバ・コシーナ」として新しい料理を開発し発表。

 

更にカタルーニャのジローナに有った「エル・ブジ」のオーナーシェフ「セニョール・アドリアン」が日本の懐石料理に夢中になり日本の「旨味」「タタキ」「ユヅ」等が紹介される様になった。

ちなみにこのアドリアンさん。お店は超人気で「予約が最も取れないレストランNo.1」だったのに突然お店を畳んで「もっとお料理の研究がしたい」と引退。今ももしかして日本の何処かで美味しい物を食べて研究しているかも。

サンセバスティアンのコックたちが伝統の料理に新しいエッセンスを使い話題になった。凄いのはさすがスペイン、横の連携。レシピを秘密にせず公開してみんなで切磋琢磨しみるみるあっという間に世界一の美食の街になった。「分子料理法」や「温度調理」今までに無かった概念、料理法がどんどん開発されそのレシピはすぐに公開され共有される。

 

サン・セバスティアンの星付きレストランは日曜、祝日お休みが多い。さらに8月はしっかり従業員を休ませバカンスに入る。「掻き入れ時」なんて感覚は全く持ち合わせていません。休みはしっかり取って美味しい物を研究し提供する姿勢は全くブレていなくて徹底している。レストラン業を「商売」だと思っていないんだと思うんです。これは「アート」なんだと。お金に支配されない「美学」を持っている。

バルのレベルがすごい

旧市街にはバルが所狭しと並んでいてそのレベルは高級店並み。ピンチョスやタパスと言われる小皿料理を低価格で楽しめる。

 

サンセバスティアンのバル
筆者撮影
サンセバスティアンのバル
筆者撮影
バルのタパス
筆者撮影

市場

時間あったら市場も見に行ってみましょう、おすすめです。旧市街の入り口に地下に降りていくと地元の人がお買い物にくる市場がある。メルカード・ラ・ブレチャMercado La Brexa。昨日行ったバルの人がお買い物していたりしますよ。

<サンセバスティアン・市場>

市場 la brexa
筆者撮影

<サン・セバスティアン・市場>

市場魚売り場
筆者撮影

魚売り場の展示、様々な新鮮な魚、ヒラメやアンコウ、メルルーサ、カニやエビなど。こ展示の仕方が凄い、これって生け花に近いものかも。

コンチャ湾

サン・セバスティアンの綺麗な海岸線が貝殻の形をしていて19世紀に上流階級の人々がやって来て避暑地として過ごした。海岸線を朝や夕方お散歩する人達がいつも絶えません。

<コンチャ湾と向こうに見える丘がモンテ・ウルグル>

サンセバスティアン、ウルグル山

モンテ・ウルグル

サンセバスティアンはコンチャ湾をはさんで二つの丘に挟まれている。そのひとつがモンテ・ウルグルでこ港の上にキリスト像がある要塞の有る小高い丘。

行き方

徒歩15分、こんな軽い山道を登って行きます。軽い山登りになります。

サンセバスティアン
筆者撮影

旧市街の港の近くから矢印が有るので歩いて登る。分かれ道が沢山あるけれどとにかく上って行けばキリスト像の有る要塞まで行くことが出来ます。

モンテ・イゲルド

ウルグル山の反対側にモンテ・イゲルド(イゲルド山)がある。山の上に遊園地とホテルがある。

<モンテ・イゲルドからのコンチャ湾>

コンチャ湾、イゲルド山
筆者撮影
行き方

*ケーブルカーFunicular

11時から20時頃(注意*曜日や季節によって10から始まる日や18時に終わることもあります)

片道1、75ユーロ 往復3、15ユーロ

*タクシーで10分 10ユーロから15ユーロ位。遊園地に入るため入場料一人2,20ユーロ別途必要。

旧市街のバル

どこで食べても美味しいですが何軒か美味しいおすすめバルを紹介しておきます。木曜日は割引デーで各バルがお得なセット等をやっています。スペインでは何軒か梯子をするのが基本。今日紹介するお勧め4軒と港のレストランで2日間位食べ比べで楽しんでください。

Gandaira

サン・セバスティアンの老舗の中の老舗です。なんといっても絶対おすすめのバルで何をいただいても間違いなく美味しいです。サン・セバスティアン映画祭の時は有名人が必ずやって来るお店で手前はバル、奥はレストランになっています。一番有名なのは美味しいお肉エントレコットは絶品、生ハムもイベリコのホセリートという最高級の物で他にも頼みたくて沢山は無理な場合ハーフ・ポーション(スペイン語でメディオ・ラシオン)もあります。

ガンダイラのバルはいつも人気でいっぱい。椅子が無いバルで混んでいても頑張って入って行きましょう。カウンターにピンチョが並んでいるのでお皿をもらって好きなものを取りましょう。飲み物を頼む時に名前を聞かれるのでお皿を見せてどれを取ったかレジに打ち込んで追加分も一括に最後にまとめて会計出来ます。

<サン・セバスティアンおすすめバル・ガンダイラ>

サンセバスティアン
筆者撮影

カウンターに乗っているピンチョ以外の暖かい料理は黒板に手書きで書かれている物を注文です。

<サン・セバスティアンおすすめバル・ガンダイラ>

サンセバスティアン
筆者撮影

<サン・セバスティアンおすすめバル・ガンダイラ>

サンセバスティアン
筆者撮影
Gambara

バルは梯子をするのが基本です。2軒目のおすすめバルは直ぐ近くにあるガンバラ。地元サンセバスティアンの地元お客さんがいつもいっぱいいるのは絶対美味しいから。椅子が少しだけあります。

<サン・セバスティアンおすすめバル・ガンバラ>

サンセバスティアン、バル
筆者撮影

ガンバラはキノコが有名。入ったところはバルで地下に本格レストラン。

<サン・セバスティアンおすすめバル・ガンバラ>

サンセバスティアン、バル
筆者撮影

人気はボレトゥス アラ プランチャ(boletus ala plancha) キノコのソテーに卵が落としてある。これを混ぜていただきます。

<サン・セバスティアンおすすめバル・ガンバラ>

サンセバスティアン、バル
筆者撮影
Cuchara de San Telmo

最初のガンダイラのすぐ近くです。ここクチャーラ・デ・サン・テルモはサン・セバスティアンの星付きレストランで出す様な凝った料理をバルで小皿で色々出している。どれもとっても美味しくておすすめバルです。もともと下で紹介する別のバルBorda Berriにいたオーナーシェフが分かれて出した店舗。お客さんは地元の人よりイギリス人が随分多いのは本か何かで紹介されたのかもしれません。いつも劇混みで日本人的は少し怯みますが大丈夫、小皿料理2皿くらい食す時間、あまり長居はしないので頑張って入りましょう。

<サン・セバスティアンおすすめバル・クチャーラ・デ・サンテルモ>

サンセバスティアン、バル
筆者撮影

メニューは黒板に手書き。わからない場合は周りの人の食べている物を教えてもらいましょう。子豚や子牛の頬肉など凝ったお料理が沢山有ります。小皿とはいえ一皿いただくとお腹いっぱいになります。

<サン・セバスティアンおすすめバル・クチャーラ・デ・サン・テルモ>

サンセバスティアン、バル
筆者撮影

<サン・セバスティアンおすすめバル・クチャーラ・デ・サン・テルモ>

サンセバスティアン、バル
筆者撮影

上の写真はクチャーラデサンテルモのラビオリ。写真が無くて残念ですが他におすすめは子牛の頬肉=カリジェラ・デ・テルネラ。これは高級レストランでいただく一皿です。

Borda Berri

今はクチャーラ・デ・サン・テルモが随分有名で人気がありますが元はボルダベーリから始まりました。高級レストランで出るような凝った料理をミニアトゥール(ミニサイズ)にして出した最初のバルです。サンセバスティアン美味しいおすすめバルです。

<サンセバスティアンおすすめバル・ボルダ・ベッリ>

サンセバスティアン、バル
筆者撮影

店内は非常に狭くカウンターのみ。黒板に手書きのメニューです。リゾットや魚、お肉どれも繊細な味で大変美味しいです。写真はフォアグラ。

<サン・セバスティアンおすすめバル・ボルダベッリ>

サンセバスティアン
筆者撮影

ここのおすすめはフォアグラ(上写真)です。小さな一皿なので日本人なら2人で分けて丁度いい。

 

港の方に出ると漁師がやっているレストランがあります

上で紹介したモンテ・ウルグルの真下にサンセバスティアンの漁港があります。港沿いに漁師たちがやっている魚介類レストランが何軒か並んでいます。今紹介したバルから歩いて10分です。海があれている時期は閉まっていたりオフシーズンはやっていない事も。

サンセバスティアンの漁港

サンセバスティアン
筆者撮影

サンセバスティアンの港沿いに何軒かレストランが並んでいます。どこでも美味しいですよ。

サン セバスティアン
筆者撮影

イワシは季節もので無いときもありますが絶品。

<イワシはスペイン語でサルディーナス>

サンセバスティアン
筆者撮影

チャングーロはおすすめ料理でカニの味噌とカニの身をほぐしてグラタンの様にしてあるサンセバスティアンの料理です。

<チャングーロ>

サンセバスティアン
筆者撮影

行き方マドリードから

バスか飛行機か鉄道

バス

alsa    空港ターミナル4-アベニーダ・アメリカから5時間30分

アベニーダ・アメリカ発  8:00,9:00、11:00、13:00、15:00、16:00、17:00、   19:00、21:30、23:30                                          値段36.45ユーロ~52.55ユーロ

時間と値段は2017年6月現在。変更あるのでalsa のページから確認してください。切符も買えます。下がバス会社のページ。

https://www.alsa.es/rutas/madrid-san-sebastian.htm

飛行機

ターミナル4からイベリア航空又は子会社エアーノストラム1時間15分マドリッド発8:05,9:20,11:45,15:35,19:10,20:05 値段は片道70~379ユーロ早めに探すと格安で購入できることも。イベリアで日本からマドリッドならオントゥーがつけられるので購入旅行会社に相談してください。

ビルバオからバスで1時間

ビルバオのサンマメスサッカー場の近くにバスターミナルがあり頻繁にサンセバスティアン行きのバスが出ています。直行便1時間35分、時々村を経由する路線に乗ると1時間45分。少し遠回りですが小さな村も見ることが出来て楽しい。

 

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まとめ

世界遺産があるわけでもなく有名美術館があるわけでもないサンセバスティアン。食で世界中の人々を引き付ける魅力的な街です。山と海に囲まれた小さなバスクの街。一度行くと絶対虜になります。何泊かするのならフランス寄りにオンダリビアという小さな街に行ったり国境を越えてフランス・バスクの街を訪ねたりするのも良いですね。

<バスク地方>バスク人が住むパイス・バスク。スペインは多民族国家

スペイン17州のひとつ「パイス・バスク州。」ピレネー山脈の麓からビスケー湾にかけバスク人が住んでいる地。彼らはそこを「エウスカル・ドゥナック」と呼ぶ。「バスク語を話す人」と言う意味のバスク語。

スペイン人が来るよりもっと前から住んでいた人達。半島がローマ化して行った時も組み込まれずローマ人を追い返した勇敢な民族だ。ローマの後にやって来た西ゴートもバスク人の反乱に手を焼いている。反骨精神旺盛で簡単に強いほうに転がらない。そして今もスペインからの独立を求めている。フランス側にもフランスバスクという地域があってバスク人が住んでいる。国境という概念が無かったころから住んでいる人達です。バスクは一度も国を持ったことはない。

 

 

バスク語

バスク語は言語系統不明でインド・ヨーロッパ語族には入らない。旧ロシア連邦のジョージア共和国(グルジア共和国)で話している言葉と似通っているらしいがまだまだ学者の間でも共通の見解はない。

日本語との共通点を指摘している学者もいるが不明。

 

パイス・バスク地方の人口は215万人しか居なくバスク語話者はたったの60万人程。その言葉が8個の方言に分かれているので学者達を悩ませている。人口の60パーセントが血液型RHマイナスと言う特殊性だそうです。

 

バスクはフランス側にもフランス・バスクがあって近代国家の国境で分断されている地域。
人口比率はスペイン側80パーセント、フランス側20パーセント。

 

 

世界で活躍

この少数民族が優秀で勇敢。個性的で凄い。世界史に出てくるレベルのバスク人が大勢います。

 

大航海時代世界一周したのはセバスチャン・エルカノ(マゼランは途中で亡くなっています。)イエズス会の創設者イグナチウス・デ・ロヨラ。日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエル。日本人の魂を持っていたソーブール・カンドウ神父。(フランス・バスク)広島で被爆しながら日本人の為に活躍したペドロ・アルーペ神父。音楽家サラサーテや哲学者ミゲール・デ・ウナムノ・・・

 

そしてサッカーの「アトゥレティコ・ビルバオ」は選手はバスク人だけの強豪チームです。
肉体的特徴はガッチリ体格が良く首が太め、鼻が鷲鼻で野性味ある。

 

独裁者の時代は弾圧

フランコの独裁政権下は抑圧されバスク語を話すことを禁止された。

大きな街ではほとんどバスク語を聞くことは無かったようです。しかし山あいの村では家族の間で大切に話し継がれていた。


独裁者亡き後再び民族運動が起こり今は学校でもテレビでもアニメでもバスク語が使われるようになりました。

今はスペインの法律で2カ国語併記が決まっているので道路標識や案内にスペイン語とバスク語が併記されている。右がスペイン語左がバスク語。

<バスク語とカスティーリア語の2カ国語表記の標識>

スペイン語とバスク語併記の看板

スペインの中で最も豊かな地域

山があって谷があって海があって作物が豊かで景色にリズムがある。人々は働き者で勤勉だ。バスクだけのGDPはヨーロッパ平均よりうんと上を行く。多くの日本の人たちが持つスペインのイメージとは、たぶん程遠い。バスク発祥の大きな金融会社やエネルギー会社はヨーロッパでも上位の優良企業。

 

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パイスバスクまとめ

 

スペインというとフラメンコと闘牛とパエリアだと思っていませんか?スペインもほかのヨーロッパの国ともども民族問題を抱える多民族国家なのです。そして多面性を持った国なのです。独立を求める過激派組織と政党は最近は少し静かになりましたが以前はテロも有りました。世論調査をすると独立を求める人口は減っています。

バスクは食べ物が美味しい。豊かで海と山に囲まれているので素材が豊か。景色も変化に富んでいて楽しめます。工業都市ビルバオにはグッゲンハイム美術館、フランスとの国境サンセバスティアンには個性的なレストラン。フランスバスクまでもすぐ近くなので周りの街の見学もしながら楽しめる地域です。

 

バルに行こう。スペインでバルの入り方ノウハウ、注文の仕方や支払い方。

スペインに行ったらバルに行こう。絶対にどこの街もバルがある。憶せず気にせず入ってしばらくすれば居場所が出来る。朝は朝食、昼は定食、夕方におつまみが出て夜は一杯飲める。スペインの生活に欠かせないのがバル。

常連さんばかりのバルでも別に誰も嫌がらないのでどんどん入りましょう。周りの人なんか気にしないで何処かに隙間を見つければそこが貴方の場所です。

 

ラス・ブラバス
筆者撮影

バルに行こう

 

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バー(Bar )と書くと日本では「お酒飲むところ」だけどスペインのバルはもっと健康的な雰囲気。子供連れや女性客やおじいちゃんおばあちゃん老若男女皆んなでやって来る。

細長いカウンターがある飲食店、棒状の物を英語でバー(Bar)スペイン語でバル(Bar)  朝はコーヒーや朝食からお昼時は定食もあったり夕方はおやつやおつまみ。お酒もあるしスペイン人の日常に欠かせない生活の一部。それがバル。
同じ時間に同じバルに行くと同じ席に同じおじさん毎日いるの。本当に生活の一部なんです。

入ってから

まずは「オラー」と挨拶。Holaは英語のハーイ見たいな気さくな挨拶です。日本でお店に入って挨拶しない事が多いかもしれませんがこちらではお買い物でもレストランでもバルでも知らない人でも必ず挨拶をします。エレベーターにたまたま一緒になった人やベンチで隣に座った人にもオラーと軽く挨拶、場合によってはしばらく話し込んだりもありです。なのでバルに入ったら大きな声で「オラー」と挨拶を市でください。これはとっても大切な事です。あ、にっこり笑って、ネ。

バル・サントゥルセ
筆者撮影

 

 

スペイン人て一見愛想悪い人もいるけど人の事気にしてないからなんです。愛想笑いとか絶対にしないしお客様様様〜とへりくだらない。お客さんを「神様」なんて絶対に思っていないので「えーっ」てな対応も時々あるけど気にしない気にしない。「神の前では皆平等。」これぞスペイン人の人生感。めちゃ偉い人もあんまり踏ん反り返ってないしサービスする方もへりくだっていない。なのでしばらくして慣れてくると何とも居心地がいいのです。

 

大事な事は相手が誰でも態度は同じ。「自分は自分だし人間は平等」というのがまずは前提なんです。それも知った上で、「オラー」と言って入っていこう。

せかさない事。これ大事

バルに入りました。カウンターに無茶苦茶いっぱい人がいる。カウンター中のセニョールはさっきから他のお客さんと楽しくおしゃべり中だ。

ここは一発大きな声で「ヘイ〜〜エクスキューズミー」なんてとっても上手な英語で声をかけると多分当分順番は回って来ない。もしかしたら永遠かも………

カサ・ラブラ
筆者撮影

 

暫くはジーーーーーッと様子を見て相手がこっちを見てくれるまで見つめる。
そうただ見つめる。(スペイン人なら気にせずおしゃべりして気長に待つんですが。)

ちょっと右手を上げるくらいは大丈夫。そうすると大抵は3分以内に「Hola !que les pongo?」「何します」こう言ってもらったらラッキー。やっと注文が出来る。そう、大事な事はせかさない、なんです。

ビールを注文

「ビールを2つ下さい」=「ドス・セルベッサ・ポルファボール」
とガイドブックに書いてあるけどこれじゃどういうビールだろうと向こうは困るのです。通常バルでは小さなコップ(日本の喫茶店でお水入れるくらいの)に生ビールを注ぐこのタイプを「カーニャ」と言います。スペイン人は何軒かのバルを梯子するので大きなコップでビールを飲むと2軒目や3軒目に行けなくなる。だから「カーニャ」で小さなコップで飲んで次へ行くのです。

ビールをひとつください=「ウナ・カーニャ・ポルファボール」、ビールをふたつ下さい=「ドス・カーニャス・ポルファボール」と最初の数字を変えて使ってください。お店によっては小さなおつまみが着きます。写真はマヨール広場近くのニェル。ビールにおつまみが付きます。2敗目頼むと別の物が付くんです。

 

バルのタパス

バルは何でもある

もちろんカフェ(コーヒー)やビノ(ワイン)サングリア(赤ワインベースのカクテル)
コーラやジュースも有りますよ。

とってもラッキーで隣のおじさんとお話ができてなんだか心が通じたら
楽しいひと時になるの間違いなしです。

バルによってしっかりしたキッチンを持っている店ならカウンターで美味しい料理を試す事が出来る。壁の黒板にお品書きがあって Racion と書いてあったら一皿料理 Tapas と書いてあったら小皿料理。(ただキッチンはずーとやっているわけではなくレストランの営業時間の少し前からの場合が多いので注意)

店主のセニョールと仲良くなって明日も明後日も通ったら一杯奢ってくれるなんてことも良くあります。

お支払いは最後で大丈夫


色々頼んだ後まとめて最後に支払ってもいいし一杯づつ払っても大丈夫です。お店によって様々なので周りの人の様子も観察しましょう。
支払いは空に字を書く感じでも通じるしスペイン語で「クアント・エス?」
又おじさんがあっち向いてたらこっち向くまでジー〜ーッと見つめて「クアント・エス?」又は省略して「クアント?」でも通じます。

「カーニャ」一杯お店や地域によるけど1.2ユーロとか1,5ユーロです。観光地などは大きめのコップで2ユーロとか2,5ユーロも。それくらいならチップおいても置かなくても構わない。お釣りが出たら10セント20セントくらい残していきます。

もしかしたらさっきの心が通じたおじさんが「もう払ったヨ」何て事も結構あるんですよ。

バルで少しスペイン語ができるとその経験はもっと楽しいものになります。スペイン語は発音が簡単なのでローマ字読みで大抵通います。少しだけでもスペイン語の単語や言い回しを使ってみてください。

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まとめ「バルに絶対行こう」


マドリッドはツーリスティックな所が増えて人気店は超忙しく働いている人も外国人で昔のスペインの暖かさが表面上見えにくくなってきたけれど観光客ばかりのお店を外せばそこはやっぱり私の大好きなスペインがまだまだある。

 

アンヘル・シエラ
筆者撮影

是非ともスペインに来たらバルに入ってください。ちょっと待たされたり言葉が通じなかったり間違ったりストレスも多いかもしれないけれど、日本に帰って自販機でコーヒー買ったりとかチェーン店のコーヒー屋さんに行った時、絶対泣きたくなる位懐かしい思い出になってる。

 

マドリッド市内から空港ターミナル4へ

 

マドリッド・バラハス空港ターミナル4への市内からの行き方を説明します。マドリードの空港は市内から14キロしか離れていないので他のヨーロッパ主要都市に比べても近くて便利です。注意は空港ターミナルは4つに分かれていて乗る航空会社グループによってターミナル1から4まで有るのでどこに行くのか先に知っておきましょう。国際線と国内線という分け方ではなくエアーラインのグループごとに分かれています。通常Eチケットに出発ターミナルが記載されています。各ターミナル間を無料のバスが巡回しています。

ここでは市内からターミナル4への行き方の4つの方法を説明します。

ターミナル4はイベリア航空、フィンランド航空、英国航空などワンワールドグループとそのコードシェア便(日本航空のロンドンから等)、エミレーツ、ダカール等が使っています。ターミナル4からは無料バスが他のターミナルへ巡回しています。

マドリード市内からターミナル4に行くには4つの方法。①タクシー、②エクスプレスバス、③レンフェ(スペイン国鉄)、④地下鉄(メトロ)の順で説明します。どこから出発するかで一番便利な方法を選んでください。

*逆ルート*

日本などからターミナル4に飛行機で到着後、空港から市内への移動の場合はこちらの記事です。別のウインドウで開きます。

<マドリード空港から市内<ターミナル4の場合>

タクシー

やはり安心安全はタクシー。M30環状線高速道路内は30ユーロ均一。ホテルなどから電話で読んでもらっても同じ値段、均一料金です。街の流しのタクシーも沢山走っていてマドリードは流しのタクシーも安全ですので乗って大丈夫です。朝や午後のラッシュアワーは少し渋滞があり30分~40分、それ以外の時間は20分位で空港まで着きます。

マドリードの流しのタクシーは上に緑のランプがついていれば空車、又はドライバーの横に緑色の字でLIBREと出ていると空車。

マドリードタクシー
筆者撮影

流しのタクシー止め方:手を挙げて止めるのは日本と同じ。ドアーは自分で開閉する。

チップ:荷物が重いとか沢山ある、またはずいぶん待たせたなどの時は少額チップを払う事もあるが1€とか2€の少額で大丈夫です。荷物重いのが2つあったら1€とかでとっても喜んでくれます。

ドライバー以外に4人乗れますがスーツケース大きいの4つは車のトランクに乗りきらないのでもう一台必要です。。荷物のサイズと車のトランクのサイズのよります。

ドライバーにスペイン語で「アエロプエルト、テルミナル・クアトロ ・ポル・ファボール。」又は英語で「エアポート・ターミナル4・プリーズ」と言ってください。タクシーは危険は無く怖くないですので安心して乗って大丈夫です。

エクスプレス・バス

次はエクスプレスバス。5ユーロで市内から空港へ約30分で運んでくれる。

始発アトーチャ駅からシベーレス広場経由で空港へ(時間によってはシベーレス広場発があるので注意)空港到着するとターミナル1・2・3・4の順に止まります。

バスの前から乗ってドライバーに5ユーロ支払う。50€紙幣20€紙幣は断られます(おつりが無い等)。10ユーロ紙幣か5ユーロ紙幣を準備しておきましょう。(50€紙幣で8人分払うとか20€紙幣で3人分払うなら大丈夫)

*切符は最後まで無くさないようにしてください。(時々抜きうち検査。正しい切符を持っていないと罰金です)

アトーチャ駅空港行きバス乗り場

アトーチャ駅のエクスプレスバスの乗り場は少しわかりにくい。出口Salidaの標識がいくつかあるがまずはCercanias=近郊線の標識を探す。

アトーチャ駅のバス乗り場の写真

空港行きエクスプレスバス
筆者撮影

 

 

 

 

 

鉄道や地下鉄でアトーチャ駅についた場合は空港行きのバスの表示は無い。写真は近郊線=Cercaniasの出口。近郊線Cencaniasを探してSalica Avda Ciudad de Barcelonaへ向かうとエクスプレスバス乗り場を見つけられる。

マドリードアトーチャ駅
筆者撮影

表示はこんな感じで下の写真の表示の上の文字の小さい字Salida Avda Ciudad de Barcelonaの方へ進み上に上るエスカレーターを見つけてください。標識文字下のPuerta de Atochaは新幹線Aveの方への案内なので注意です。

マドリードアトーチャ駅
筆者撮影

エスカレーターに乗って地上階へ登って行く。

マドリードアトーチャ駅
筆者撮影

登り切ると市バスの乗り場が有るのでこの景色が見えたら左後ろへ振り返ると空港行きバス乗り場。

マドリードアトーチャ駅
筆者撮影

バスの後ろに塔の上に時計が見えるので目印に。

マドリード空港行きエクスプレスバス
筆者撮影

 

アトーチャ駅からの時刻表の写真です。上が平日,下が土日祝日になります。早朝深夜も走っている24時間バスで空港まで約30分。15分から20分の間隔で走っています。上が月から金、下が日曜祝日。

時刻表
(注意)時間によってはシベーレスのみ。時刻表で確認できます。

*バス会社の公式ページです。別ウィンドウで開きます。

<空港行きエクスプレスバス路線と時刻pdf>

 

バスはターミナル1,2,3,4の順で止まります。到着ロビー(地上階)に着くので出発ロビー(1階)へ登って下さい。出発Departures又はスペイン語でSalidasを目指す。

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電車<レンフェ>

その次におすすめはRenfeスぺイン国鉄です。私は個人的にこれを一番使っています。地下鉄よりスリも少なく比較的すいているので安心です。段差も少なく大きな荷物があるときなどはメトロよりレンフェの方が楽でしょう。

どこから空港に行くかにもよりますがアトーチャ駅 ヌエボス・ミニステリオ駅からだと乗り換えなしで2.6ユーロです。

<スペイン国鉄近郊線の路線図>空港は中央より少し右上のC-1と薄い青で書いてあるところです。

マドリードレンフェ近郊線路線図

 

アトーチャ駅からだと30分でターミナル4に着きます。電車の内部の写真。時刻によりますが比較的すいているので大きなスーツケースを持っていても安心です。

通勤時間帯(8時~8時30分)はプリンシペピオ~アトーチャ~ヌエボスミニステリオ~又はアトーチャ~ソルは混んでいます。

スペイン国鉄ターミナル4
メトロ(スリに注意)

最後にメトロ(地下鉄)ヌエボスミニステリオから地下鉄8号線で空港ターミナル1,2と4に行くことが出来ます。どこから乗るかによって地下鉄が便利な場合は利用することになりますね。ほかの方法に比べてスリが一番多いので注意してください。

メトロ路線図。

メトロ路線図

メトロの切符は2017年よりICカード式になりました。Multiというカードを購入しそこにチャージしていくタイプで日本のsuica やicocaと同じです。紙の切符が無いので一回しか乗らなくてもMultiを購入する必要があります。一枚買えば複数人で使うことが可能です。

*空港の場合3ユーロの空港サプリメントが必要になります。出発の切符購入時でも到着の空港でも機械でムルティーカードに追加できます。

マドリードメトロカード

切符は自動販売機でタッチパネルです。画面の左上に英語を選べる所が有ります。解らなければ係員がいるので教えてもらってください。

メトロの切符自販機

どこから移動するかで一番いい方法を選んでください。

<マドリード地下鉄の乗り方と切符の買い方の記事>

マドリードの地下鉄(メトロ)乗り方や切符の買い方。(注意)2018年ICカード導入で紙の切符は無くなりました

 

ターミナル4

 

チェックインカウンターはモニターで探すことが出来ます。ターミナルが大きいので出発時刻の2時間前に空港に着けるように行くことをお勧めします。スペインの連休前後等チェックインカウンターが非常に混んでいることもあります。

ターミナル4は機能的な空港で建築も素敵です。
リチャード・ジェームスというイタリア生まれのイギリス人建築家の傑作。
波打った天井が建物にリズムを与えていて音楽が聴こえてきそうです。

ターミナル4
太陽の自然光が入るように工夫されています。
ターミナル4太陽光が入る
ガウディを意識したような自然界の森と木と木漏れ日なんでしょうか

木漏れ日
ファーストフード店で使いそうな黄色が全然安物っぽくなくて外に行くほど
色のグラディエーションがブルーになって行く。
建築も楽しめるターミナルです。

手荷物検査の中


シェンゲン内(ヨーロッパの関税協定)のフライトH,J,K,は中に入るとすぐエスカレーターを降りて出発時刻30分前にゲートへ。H5やJ13という風にアルファベットの後に数字が出ます。各モニターに約50分前位に発表されます。エスカレーターを降りていくとサラやマンゴ、ロエベ、マックスマラ、靴屋等様々なブティックが入っています。

パスポート・コントロールがあるフライト(シェンゲン外、イベリア航空で日本とかエミレーツでドバイへ等)のフライトはM,R,S,Uと書いた方へ進む(電気自動車に乗ります)。パスポートコントロールを受けてサテライトの方へ。こちらのショップは免税店でお酒や香水などが中心です。ブティックを見たい場合は先に済ませてから電車に乗りましょう。

注意:パスポートコントロールは時間がかかり混む事がありますので余裕を見て移動してください。