メトロの乗り方 「マドリッド編」治安や切符の買い方

メトロ ・デ ・マドリッド 2017

マドリードメトロ路線図
街歩きの強い味方は地下鉄 「メトロ」。朝の6時から夜中の2時まで頻繁に走っている。大抵のところにメトロがあれば到着できる。治安?普通に通勤通学で人々が使っています。わたしもほぼ毎日乗っています。日本程安全ではないので注意は必要。いつも「私は狙われているかも」と思って下さい。

メトロの治安

プロのスリや置き引き、ドラマ仕立てで来る劇場型はいるので注意して下さい。

大金を外で見せない。
ズボンの後ろのポケットのお財布絶対やられます。
リュックは体の前に。
カバンに入っているお財布には大金入れない。
パスポートも絶対腹巻型の洋服の中に隠せる貴重品袋へ

ぎゅーっと押してくる人、不思議に親切な人、英語で何かやたらと話しかけてくる人
背中に何か付いてますよ〜って取ってくれる人とか色んな手口があります。腹巻き型か首からぶら下げ型の貴重品袋持って来てください。ちょっとした常識範囲の注意は必要です。

狙われない様な服装、態度と準備で大丈夫です。スペイン人の名誉の為、殆どは外国人のプロのスリ集団です。

 

メトロの車両
切符の値段(2017年10月からプリペイドカードに変わります。)

10月まではこのまま紙の切符です。

1回券 sencillo 1,5ユーロ〜最高2ユーロ迄。最初の5つ目までの駅は1,5ユーロ、6つ目に1,6ユーロ、7つ目1,7ユーロとなり最高2ユーロまで。それ以上は上がりません。
10回券 Bono metrobus 12,20。10回分記録された紙の切符。2人で使っても大丈夫でマドリード路線バスでも使えます。それ以外にユーロツーリストパス 1日券 8,4ユーロ2日券 14,20ユーロ3日券 18,40ユーロetc……

 

ツーリストパスも良いけど中心部に行ってしまえば結構歩けるところに色んなものが集まっているのでそんなに乗るかなあ?と思います。10回券は2人や3人で使っても良いので1回分1,22ユーロでお得です。そして何処までも均一料金になるから良いかもですね。

出るとき改札はない

自動改札で機械を通るのは乗るときだけ。出るときに改札はありません。切符にも何処から乗って何処行きとは書かれていません。「じゃあ1回券買うの何処まで行こうと別に1,5ユーロでも良いじゃん」と思ったあなたは正解ですがみんなちゃんと正しい切符を購入するのです。乗るんだから買うのです。

注意

切符は外に出るまで念の為絶対になくさない様に。時々ですが切符をチェックする検査が有ります。切符を持っていないとその場で罰金です。

 

「切符の買い方」  

                                           
今ほとんどのメトロの駅で有人切符売り場は無く近い将来全て無くなります。
自動販売機最初の画面。ちょっとボケててすみません。
メトロ切符の販売機タッチパネル
タッチパネルです。
触るとこうなります
メトロ切符販売機タッチパネル
右上のこれ
メトロ切符販売機
sencilloが1回券
10viajes が10回券
1回券の場合ボタンを押すと
メトロ切符販売機
路線ごとだと右のほう
左側がアルファベット。
今日はソルSolに行くのでSを押す
メトロ切符、ソルの場合
solを選ぶ
メトロ切符販売機ソル
メトロ切符販売機
お金を入れる
メトロ切符販売機お金を入れるところ
メトロ切符販売機、お札を入れる

<注意>おつりはコイン

注意は50ユーロ札で1回券買うとお釣りは全部コインです。私は1度お釣りが全部20セントコインで出てきたこと有るので、スロットマシン状態で目茶焦ること間違いありません。なるべくコインで買うように、お札は使う場合は10ユーロ札位にしましょう。

クレジットカードも使えます。


注意(5号線の工事とIC切符の導入)

2017年7月2日から9月2日までマドリードメトロ5号線工事で全線閉鎖中です

2017年10月からIC型の切符に変わります。まだ詳しくは発表されていないのでまた変更になったら記事にします。

後はホームへ

後は目的地の路線のホームへ。すべての路線が色分けされていてホームにも同じ色の線があるのでわかりやすいです。分かれ道には最終駅の名前があるので表示に従ってホームへ進む。

手動で扉を開けるタイプの電車もありますので降りそびれないように注意してください。ボタンタイプや取手タイプの電車も号線によって違います。

東京より先です。

話はそれますがマドリッドの地下鉄は東京より早く1919年に最初の電車が走っています。
大正8年。ソルからクワトロ・カミーノまで。現在296キロの線路13路線301駅。長さは世界7番目 ロンドン、ニューヨーク、上海、東京、モスクワ、ソウルに次ぐそう。因みに調べてみました。東京は最初の地下鉄1927年昭和2年浅草から上野間だそうです。
やった。東京に勝った。

オリンピック持って行かれたけど。

まとめ

スペイン旅行でマドリードで動くのに一番便利なのはメトロです。治安も少し気をつければ問題ないのでメトロを乗りこなしてマドリードを制覇しましょう。メトロの路線図はたいていの駅の窓口などに置いてあります。

では気をつけて~行ってらっしゃい。

<マドリッド観光ルート>ソルからプラド美術館

今日はソルから

「0キロ」地点。今日はここからスタート。

「プエルタ・デル・ソル」日本語に直すと「太陽の門」

無茶かっこいい名前
すべてのスペインの道路はここから計られています
元々はここに「太陽の門」という城門が有った。

 

国王が住む宮殿から朝の太陽が昇るのが見えたそう。
今は名前のみ残る。

 

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地元の人は「Sol」「ソル」と呼ぶ
「ソル」にクマがいます。

 

銅像ですが・・・・・
良く地元の人が待ち合わせに使うマドリッドのクマ。

昔この辺りは森だった。マドローニョ(ヤマモモ)の木が茂っていて
クマが実を食べているところがマドリッド市の紋章
マドリッド市に関係のあるものにはこのマークが付いています。

 

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例えばこれはゴミ箱
このように色々なところにこの紋章が付いています。
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地下鉄1号線2号線3号線 と国鉄(Renfe)が乗り入れています。
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地元デパートやお店や飲食店がいっぱいでこの辺りをセントロと呼ぶ

ソルからカジャオ(日曜祝日お店開いています)

ソル(sol)からカジャオ(callao)はヨーロッパで1番混んでいる通り

この辺は日曜日、祝日もお店が開いています。

12月25日と1月1日のみお休みなので1年間363日営業です。
この通りにはスペイン・ブランド各種
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カジャオ(Callao)までお店が続きます。
レアル・マドリッドのオフィシャルショップも近く
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スペイン系・デパート エル・コルテ・イングレス「El Corte Ingles」
この会社はソルにあった小さな仕立て屋さんだった。
コルテはカットという意味でイングレスはイギリス。
「英国仕立て」と言う意味のデパートです。

地元デパート・カジャオ店グルメコーナー

エル・コルテ・イングレス・グラン・ビア通り寄りにあるカジャオ店9階にグルメコーナー

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ワインの品そろえも一流です。
写真は「ベガ・シシリア」の「バルブエナ」
「ベガ・シシリア」はスペイン・カスティーリャ・レオン州にある有名なワイナリー
原産地呼称制度デノミナシオン・デル・オリヘンのリベラ・デル・ドゥエロに所在。
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同じ「ベガ・シシリア」でも「ウニコ」(unico)2007年は215ユーロ
こちらはこのワイナリーの旗艦銘柄。
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他にももっと安い普段飲みのワインも数々あります。
産地ごとに置いてあるので探しやすい。
スペインワインは安くて美味しいので定評が有ります。
黒トリュフ等高級食材も揃います。
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各種バルも入っていて夕方は地元民で賑わいます。
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大きなテラス。外に出ると絶景です。
ここでお茶して休憩も良いですね。
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グランビアを歩こう

スペイン広場からアルカラ通りとの交差点まで1.6キロ。目抜き通りです。
カジャオからグラン・ビアをシベーレスまでゆっくり歩いても15分くらい
途中世界で1番豪華なマック。
元宝石店です。
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入り口は神殿風、中に入ると大理石張りでエレガント
同じお値段でお得感たっぷり。
グラン・ビアもこの辺りまで来ると110年前の建物がそのまま利用されていて
建築見ながら楽しく散策できます。
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シベーレス広場は絶対外せない

 

グランビアからさらにアルカラ通りを進むとゴージャスな広場に

シベーレス広場 Plaza de Ciberes

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シベーレスは広場の真ん中にある女神の名前
二頭のライオンに引かれた神話の女神。
豊かさを象徴とする神様
そして幸運の神様
レアル・マドリッドが優勝するとここでお祝い
もちろん選手もやってきます。
2010ワールドカップでナショナル・チームが優勝した時もここでキャプテン・カシージャスが優勝杯を捧げた。
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正面の立派な建物は元郵便局です。
しつこいですが郵便局だったんですよ〜〜

 

今はパラシオ・デ・シベーレス(シベーレス宮殿)と呼ばれ市役所が使っています
中に入って上の方までエレベーターで上がれます。
手荷物検査がありますが無料です。

 

バル、レストランもありますよ。

プラドの遊歩道へ

広場から綺麗な遊歩道街路樹が見事です。
ゴヤの時代に造られたパセオ・デ・プラド(プラドの遊歩道)
プラタナスの幹が200年前の道ということを証明しています。

 

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ナポレオン戦争で戦った民衆を祀った無名戦士のお墓
オベリスク前に火が灯っていて
この場所自体が民衆の処刑場になったところです。
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広場はネプチューン
マドリッドのもう1つのチーム、アトゥレティコ・マドリッドが優勝するとここ
でお祝いです。アトゥレティコは貧乏なのにレアル・マドリッドと互角に戦う凄いチームです。
下町の人気チーム。なかなか優勝できないのでファンを「Sfridores」苦しむ人々と呼ぶ。
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ティッセン・ボルネミッサ美術館
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ミュージアムショップ迄は自由に入れます。
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元貴族のお屋敷をラファエル・モネオ(スペイン・ナンバーワン建築家)が改築。
月曜日12時半から無料です。
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ティッセン男爵2代の個人のコレクションだった物です。
遺産相続で作品がバラバラになってしまわないようにという希望で
スペイン文科省に売り渡された。個人のコレクションとは思えない膨大で質のいい作品を鑑賞出来ます。
ネプチューンを挟んで反対側にプラド美術館
閉館2時間前から入場無料(平日18時から日曜17時から)
無料でも切符売り場には並びますのでそれぞれ各時間の30分〜40分前には並びましょう。
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プラド美術館無駄なく回る1時間コース

スペイン広場からマヨール広場へ、マドリードを徒歩で楽しむ散策コース

 「スペイン広場からマヨール広場」

何処から始めようかと悩んだ挙句やっぱり外せないスペイン広場から

スペイン中にあるスペイン広場。

スペイン広場
ローマが有名ですがマドリッドのスペイン広場は本家本元
ドン・キホーテとサンチョ・パンサで有名
ラ・マンチャの男という小説の主人公達です。左が憂い顔の騎士ドン・キホーテ。当時流行の騎士道精神の本を読みすぎて頭がおかしくなって自分も本の中に出てくる騎士の様なきたして旅に出た。一緒に来たのがサンチョ・パンサ。ロバに乗って遍歴の旅についてきた。

エジプトの神殿

5分ほど西の方へ歩いて行くとなんとエジプトの神殿があります。

エジプトですよ。本物の。

「デボ神殿。」ナイル川にあった神殿です。

アスワン・ハイ・ダムを造る時水没する事になった沢山のモニュメントのひとつ。
それらを救うためにスペイン政府が援助したお礼にエジプト政府から贈られた。
神殿のプレゼント。桁外れの贈り物です。
マドリードにあるエジプトの神殿マドリードにあるエジプトの神殿
無料で中に入れます。
ヒエログリフ(象形文字)が綺麗に残っていて愕然
アメン神に捧げたもので2400年ほど前のもの
二階に上がるとナイル川沿岸の地形図が見れます
夕方来ると夕陽がとっても綺麗。

王宮

再びスペイン広場方面に戻り東に向かうと王宮が見えてきます
王宮
オリエンテ宮殿、前の広場がオリエンテ広場。
1738年日本でいうと徳川吉宗の時代に作られた。

 

ブルボンの王さま達が夏の初め暮らした王宮です。
綺麗な広場がオリエンテ広場
中央の騎馬像がフェリペ4世。
プラド美術館の名作「ラス・メニーナス」の鏡の中にいる王様です。

カフェ・オリエンテ

オペラ座を左に見ながら進むとカフェ・オリエンテ
カフェオリエンテ
ここはスペイン国王もお食事に来られます。
お茶だけでもワイン1杯でも1本でも。このあたり王宮が見えるところに素敵なレストランやカフェテリアがあってテラスもあるのでちょっと休憩にいかがですか

夜は王宮の間接照明を楽しめます。

王宮からラマレス広場

王宮を背中に右のほうへ、緩やかな登坂
その先に可愛いパン屋さん
お散歩中のわんちゃん駐車出来ます。
かわいいパン屋さん、ワンちゃんパーキング
広場にはベラスケスのパネルが
ここはベラスケスが埋葬されていた教会があったそう
ナポレオン戦争で破壊され画家のお墓は今も行くえ不明。
ベラスケスが埋葬されていた教会あと

サンティアゴ広場からサンミゲール市場

広場の先はサンティアゴ通り
教会の名前がサンティアゴ教会
マドリッドからサンティアゴの道を始める人はここからです。
ちょっと路地に入るとルティエール(楽器工房)やゴヤが住んでいた家。
ルティエール
ゴヤが住んでいた家
大きな通りにでたらそこはマヨール通り。マヨールはスペイン語で大きなという意味でマドリッドが首都になった頃に造られた大通り。フェリペ2世がトレドからマドリードに首都を移動したころに作られた通りです。

16世紀頃日本は戦国時代。

サン・ミゲール市場

目指すはサン・ミゲール市場
昔は本当に市場だったけど今はマドリッド人気スポット。
中に色んなバルが入っていてここで沈没でも良いかも。

朝の10時から夜0時ころまで毎日開いています。真ん中に座れるように椅子とテーブルがあるのであちらこちらで買ったものをそこで座って召し上がれます。ただほとんど空いていない。
サンミゲール市場サンミゲール市場

 

サンミゲール市場からマヨール広場、バル街へ

通りを挟んでマヨール広場

今年は400年祭なので1617年に造られた広場
真ん中の騎馬像はフェリペ3世
江戸時代に伊達藩の遣いが謁見した王様です。
マヨール広場
マヨール広場
哀愁あるスパイダーマン。こういう路上アーティストも楽しめます。

 

サン・ミゲール市場の横のくだり坂にはメソンと呼ばれる居酒屋
みんな12時頃から開き始め夜中まで営業

 

ヘミングウェイが通った有名店Botin

ギネスブックに載っているレストランです。
同じメニューを約300年近くも出し続けているそう。
子豚の丸焼き
生後3週間以内の子豚をさっくりお料理。

年中絶対予約しないと無理です。
ヘミングウェーが通った子豚料理屋ボティンヘミングウィーが通った子豚料理屋のギネスブック

 

マッシュルーム屋さん、オムレツ屋さん

マヨール広場とサンミゲール市場の間の通りはメゾン街

マッシュルーム屋さんやスペインオムレツ屋さん

マッシュルームは驚きの逸品です。

カウンターでワインとマッシュルーム一皿を2-3人で分けてどうぞ。

スペイン人はハシゴサケ。何件も何件も回っていろんなおつまみを楽しみます。

タラの天ぷら屋、オムレツ専門店、イワシ屋など楽しいですよ。

マッシュルーム屋マッシュルーム屋
この辺の飲食店の大体の営業時間

ほぼ年中無休(12月24日、25日、1月1日は休み)

サンミゲール市場は10時から未明

マッシュルーム屋さん等バルやメゾンは12時から未明

レストランは13時から17時、20時から24時



ここからまだ歩ける方はソル広場迄すぐ。ソルからの散策コースはこちらの記事をどうぞ  マドリード散策ルート,ソルからプラド美術館迄

ここからソル広場はすぐそこ。ソルに行けば地元のデパート(エル・コルテ・イングレス)や地下鉄の駅スペイン国鉄の駅があります。デパートは朝10時から22時営業。日曜祝日は11時から21時。12月25日、1月1日はお休みです。

サグラダ・ファミリア 教会

サグラダ・ファミリア(聖家族教会)
サグラダファミリア教会
あまりにも有名でどこから手をつけよう。

カタルーニャという国があった

バルセロナがあるカタルーニャ州はスペイン北東部
緯度は青森くらいにあるが地中海に面した温暖な気候

 

カタルーニャは元々ひとつの国
民主主義の発達した立派な国家だった

 

民族はカタラン人
話している言葉はカタラン語
南フランス一体で話されているオック語(オクシデンタル語圏)の仲間
「ありがとう」はスペイン語の「グラシアス」では無く「メルセイ」

「出口」は「サリーダ」では無く「ソルティーダ」
フランス語に近い

 

入江の港があって古くから戦略的にも重要な場所
王様の結婚や戦争で中央のカスティーリャ王国に併合され
独立のチャンスは2度あったが今もスペインのひとつの州だ。

 

歴史ある誇り高い民族がフランコ独裁政権時代弾圧されて来た。
今も独立問題が度々ニュースになり彼らは自分たちの国旗を持つ。

 

ところで日本の皆さんスペイン人は働かないと思っていませんか?

 

しかしカタラン人は良く働くんです。
お金儲け大好きな商魂逞しい民族でケチで有名。

 

多くの若い企業も沢山あって活気あふれる地域です。

 

19世紀産業革命の中いち早く機械化を取り入れ
スペインで最初の鉄道もバルセロナからマタロ間

 

芸術が花開くのには後ろに経済の発展が必要で
イタリアのルネッサンスをメディチ家が支えたように
カタルーニャも多くの実業家達が登場し
財をなした豊かな人々がアーティストのパトロンとなった。

バルセロナオリンピックまではあまり知られていなかった

特に注文が建築だったこともあり外国へ出ることが不可能だった。
フランコ独裁政権時代は紹介されることも無くあまり知られていなかった。

 

1992年のバルセロナ・オリンピックでほとんど初めて世界に紹介され脚光を浴びた。
ガウディを語るのにエウセビオ・グエルは外せない。
青年実業家だったグエルがまだ若かったガウディを見つけ
そのパトロンとなり多くの建築や家具、内装を依頼した。
ガウディの作品にグエルの名前が付くものが多いのはそのせい。

 

サグラダファミリア教会
その傍らサグラダ・ファミリアの建築に没頭して行く。

1882年からガウディの手に

1882年明治15年最初の建築家と教会側の意見が対立し
まだ若かったガウディが引き継ぐことに。
構想を一気に変えてあの不思議な建物を作り始めた
未来の技術が必ず完成させると信じて

 

テクノロジーの核はこの部屋
3Dプリンターで模型を作っていく。
サグラダファミリア教会中枢
晩年は着るものも構わず浮浪者に間違えられる事も有ったようだが
投げられたコインも有難く頂戴して教会建築に使ったと言われる。

中に入ると森の中のイメージ。

柱は樹木で天井は森の木々の葉っぱ
天から注ぐ太陽は木漏れ日のよう。

あと6年で完成?

以前は資金が無く後300年かかると言っていましたが今では2027年完成予定
凄いスピードで建築が進んでいます。

 

入場料も随分上がって15ユーロ
エレベーターも別料金。

 

後10年。
完成の頃ここはまだスペインなのでしょうか?

光が差してステンドグラスが輝き始めると頭の中で色が音楽に変換されていく。

ステンドグラス

 



行き方時間等

行き方 地下鉄2号線・5号線 Sagrada Familia

時間 9時から20時

不定休 ミサなど宗教行事は閉まる

切符 インターネット予約する方がいい。大変混んでいます。当日券もありますが並ぶ。又は売り切れも。一緒に塔に上る切符も予約するといいです。

 

 

 

マニュアル「スペイン人の取り扱い方」スペイン人について理解を深めるために。

スペイン人

よくイギリス人が2人いたら2つの政党ができると言われるが
スペイン人が2人いたら絶対に3つ出来る

反骨精神旺盛で幼少の頃にみんなで同じ動きをさせないので                 何だかてんでバラバラ、動きだけじゃ無くて考え方も。子供の時にみんな一緒にお遊戯とか運動会の整列行進とかは無い。

でも仲間意識はとっても強くて信頼をいったん手に入れたらとても大切にしてくれる。乳児から保育園に入るからなのか仲間といるのが大好き。横の繋がりは大切にする人達です。

大切すぎて縁故主義とか身内主義が横行しています。

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1: 挨拶は何処でもマスト絶対。

スーパーやコンビニで日本であいさつなんてしないと思いますが

まずは挨拶は常識です。「オラー」でいいので。スーパーやバル、美術館やタクシーとにかく人にあったら挨拶をしましょう。エレベーターで乗り合わせた人にも挨拶をします。お店で
店員さんに声かける時も「ディスクルペ」とか「ペルドン」など丁寧に話しかけましょう。

レストランなどでウェイターさん忙しそう〜〜〜だけど追加何か頼みたい時の魔法の言葉は
「クアンド・プエダ・ポルファ」「出来る時にでいいので、お願い」と声をかけると割とすぐ「ディメ・ディメ」「なに、なに」って来てくれますよ。
先ずは何処にいっても誰と会っても挨拶をしましょう。あ、にっこり笑ってね。

挨拶をしないと横柄だと思われるんですね。日本だと無言で何でもできますがヨーロッパでは知らない人にも挨拶をかわします。意外と楽しい出会いになったり気持ちが通じたような気がして幸せな気分になれますよ。一番簡単な挨拶オラ―を覚えておきましょう。

 

2: 絶対的に持っているのが人間は皆平等意識。

神の前には皆一緒。なので必ず嫌われるのが上から目線。無礼な態度がとっても嫌がられます。お金払っている人ともらっている人も同等。お客様とバルのおじさんも対等です。政治家と私も、社長と貴方も。親切にした人と、してもらった人も同格「ありがとうございました〜ー」と深々と頭をさげるとびっくりされるし席を譲っても軽く「グラシアス」時には無言。
「やってあげたのにけしからん、お礼も無い」なんて誰も思わない。当たり前のことを普通にしただけだから日本の感覚だと礼を言え〜「無礼じゃ〜謝れ〜〜」となるかと思いますが。
文化の違いとご理解下さい。

 

3 :相手の気持ちを探る習慣が無いので察し無くていいし察してくれなくても怒らない。

慣れるまで戸惑うかもしれませんがこの辺がストレートで直球でわかりやすく楽なところ。日本人の優しいところで相手の事を先に考えて「こんなこと言ったらこう思うだろう」とか「こんな事したらこういう風に思われる」とか考えない。日本人のこれは特殊能力なんだと思っています。スペイン人はそんな能力は持っていないのでだた喜ばせたいとか親切にしたいとかはありますが。なにげに遠慮したり察してくれるところもあるんです。基本わからないことは主張したり話し合ったりして解決です。

4、待つことに慣れましょう

相手が何かやっている時に強引に何か言うと大抵無視。
日本でも嫌がられると思いますがこれは間違いの元。
少し待ちましょう。
又は無視じゃなくて聞こえていない事も
耳が遠いのとスペイン人は話し声が大きいから小さい声は聞こえないように
脳がプログラムされているんじゃないかなあ。
みんな集中力が凄いので何かやっている時に別のこと言われるのダメなんです。




5:とにかく会話力が必要(テーマは何でも大丈夫)

みんな何処いってもよく喋ってる
日本じゃ黙って行動する方が美徳ですが
こちらは話しをして理解し何かを作っていく文化。
子供の時から自分の意見を持つように育てられる。
政治家が国会で用意された紙を読んでるなんて見たことない。
とにかく口は達者で小さな子供でもしっかり意見を持っている。
無駄に話しているようですがそこには重要なコムニケーション。

 

今日の会話が明日のトラブルの解決になる事ってあるんです。
本当にそれで何度も窮地脱出ありました。

6、大きな声で目を見て話そう

スペイン人の声は大きい。何人かいると相手より大きな声で話そうとするからもっと声は大きくなる。あまり小さな声では聞こえないのか無視されるのが落ち。後はしっかり目を見て話しましょう。日本ではあまり相手の目を見ないほうが良いようなケースがありますがバルでビールを注文するときさえもしっかり相手を見つめましょう。

(火傷に注意)

怒らせたらすごい罵声を浴びます
どこにこんなにボキャブラリーがあるんだというくらい相手を罵る言葉が泉の様に怒りに任せて溢れ出るので、スイッチ押さない様。あ特に、セニョーラね。女性。

 

簡単なスペイン語を使ってみましょう

簡単なスペイン語ができるだけでスペイン人との距離は縮まります。うまく話せなくても挨拶や簡単な飲み物の名前が言えるだけで対応は絶対に違う。簡単なスペイン語が話せる記事もありますので時間があるときに見てください。

すぐに使えるスペイン語1<キーワード>

バルで使えるスペイン語

スペインの食事は1日5回 朝食編

スペイン人の朝食

国によって色々習慣に違いがありますが食事1日5回食べる民族って他にいるんでしょうか?

スペイン人最初の朝食は朝起きて家でコーヒーと小さなガジェータというビスケット

 

卵焼き焼いたり絶対しません。トマトやレタスや野菜なんて絶対食べない。
とっても簡単な朝食で家を出ます。

 

人にもよると思いますが家で朝色々調理するスペイン人多分1人もいないと思います。

2度目の朝食

そして11時前後2回目の朝食の時間がやってくる。労働者は朝15分間の休憩時間がある。
この休憩時間は労働者の義務なんです。これが2度目の朝食。
この朝食も卵やソーセージ食べる人はいない。

 

市役所や銀行や色んな会社のオフィスからみんな交代でバルにやってくる。

町中のバルが活気付きカウンターで老いも若きもコーヒーにチュロスや菓子パン。

常連さんは毎朝同じもの頼むのでバルの主人は覚えていて「いつもの?」なんて聞きながら

テキパキと次から次からお客さん達をさばいていく。

この手際のいい事と言ったら芸術です。
あっという間にカフェを1個づつエスプレッソマシンで作って出していく。
向こうでは「お金取って〜」「クアント?」「カフェ・コン・レーチェだけどミルクは温めね」「カフェ・ソロだけどカフェインないのでね」注文が細いのも大変だ。15分しかないので時間がかかっては致命傷。

 

お客さんも一気に頼んで仲間とおしゃべりしてあっという間に居なくなる。

まるで嵐、いや台風。

 

何処のどなたですか?スペイン人は一度に2つの事しないって言ってたの。
バルの主人は別の生き物でこの短い朝食時間に全力で戦う戦士だ。

 

朝食をdesayuno
「ayuno」断食 それに「des〜否定形」が付いて朝食。断食の終わり。

 

英語でもbreakfast 「fast」が断食それをbreak するわけで
夕食からの長いファスティング終わって最初の食事。
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朝食のメニュー

上の看板の見方

Café o infusión
コーヒーかお茶系

Bolleria churros o tostado

菓子パン類、チュロス、トースト

mini zumo de naranja

ミニ・オレンジ・ジュース

コーヒーはミルクの量で色々名前が違う

朝はミルクたっぷりのカフェオレが普通 カフェ・コン・レーチェ

コーヒーたっぷりミルク少なめだと カフェ・マンチャード

ミルクたっぷりコーヒー少なめ レーチェ・マンチャード

エスプレッソに少しミルク だと カフェ・コルタード
エスプレッソ は カフェ・ソロ

スペイン人は更に細かく注文。

こういう事には絶対エネルギーを惜しまない主義。

ミルク入れる時に「¿ como quieres leche?」「ミルクはどんながいいの?」
なんて聞かれたら貴方は無茶スペイン語上手い又は感じいい人だった。
熱いミルクと温めのミルクが入った入れ物持ってきてくれて好みの熱さ
に調整してもらう。「カリエンテ」「熱いの」とか「テンプラーダ」「温め」とか。

お茶類

紅茶 ストレート テ・ソロ
ミルクティー テ・コン・レーチェ
カモミルティー マンサニージャ
菩提樹ティー ティラ

菓子パン、チュロス、トースト

Bollerías. は菓子パン類 ナポリターナ(パンの中にクリームやチョコ)           クロワッサ等
tostada はトースト
四角いパンもだけどクロワッサン焼いてもらったりパン・コン・トマテ等
写真はパン・コン・トマテ 焼いたチャパタやフランスパンにトマトすり下ろしとオリーブオイル
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大体どこでも2〜3ユーロで朝食メニューやってます。ホテルの朝食付けないでバルで楽しむのもありですね。

朝食の看板

マドリッドの普通のバルの朝食看板です。コーヒーとトーストだった2ユーロです。生絞りオレンジジュースつけたら3,9ユーロ。


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12時まで朝食たべれます。



「サンティアゴ様」個人情報

聖ヤコブ

ヘブライ語で本名ヤーコブ
人種 ユダヤ人
職業 漁師

出身地 ガリラヤにあるベツサイダ
父親 の名前 ゼベダイ
兄弟の名前 ヨハネ

 

キリストの十二弟子の1人で一番最初の頃の弟子
雷の子と呼ばれたほど気性が激しかった

 

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「ゼベダイの子ヤコブ」と呼ばれ「アルファイの子ヤコブ」(小ヤコブ)と区別される

 

旧約聖書にもよく出てくる名前ヤコブがスペイン語化するとティアゴ。

聖人の「サン」が付いて「サン・ティアゴ」が「サンティアゴ」又は「サンチャゴ」になる
英語で「サン・ジャイムス」
フランス語で「サン・ジャック」

 

象徴物はホタテの貝殻

 

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海に打ち上げられたからとかレコンキスタの時にある騎士の体がホタテの貝殻で覆われたとか諸説色々有りますが共通した何かは私は見つけられていません

 

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フランスでレストランに行くとメニューに「サン・ジャック」
とあったらホタテ貝です。

 

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ホタテは巡礼者の手形。                                        そしてお皿にもなったしスプーンにもなった。

キリストに最初について行った一人

 

「私について来なさい。あなたを人間を釣る漁師にしてあげよう」
そう言われてすぐ仕事辞めてついて行った。
漁の網とかお父さんとかいたのに置いて行っちゃいます。
兄弟2人一緒にですよ〜。

 

ペテロとヨハネと3人で良くキリストの側で奇跡を見ているが
ペテロやパウロ程聖書に登場しないので詳細不明だそう。

 

兄弟のヨハネはキリストに最も愛された弟子で良く絵画では美青年に描かれます。
3人とも気性が荒かったらしいけど喧嘩しなかったか心配

スペインで布教活動

実はサンティアゴがイベリア半島にきたかどうかは定かでは無い

長い間伝説になっていた。イベリア半島で得た弟子は7人。長らく居たのに(多分7年か9年だったと思う)たったの7人です。あまりに誰もついてきてくれないので「神様・マリア様・イエス様 なんで?」人知れずかなり悩んでいた時期もあったらしい。マリア様が空から降りてきて「このジャスパーの柱の上に教会を建てなさい」と言ったのが今のサラゴサ。その柱の上に作ったのがサラゴサのピラール大聖堂。ピラールはスペイン語で柱の事。スペイン人の名前に良くピラールという人がいるけどこれはマリア・ピラール。柱のマリア様。ちなみにこの奇跡はマリア様の多々在るご出現奇跡中唯一「聖母ご存命中」の奇跡です。(他のはみんな亡くなってからずっと後)

エルサレムで首を切られて殉教

エルサレムに戻ってヘロデアグリッパにより惨殺された。紀元44年。彼の弟子がこのご遺体をなんとか守ろうと石の船に乗せ、行き先は神の思し召しのまま

 

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風に流され流されガリシアに着いたと言われている

遺体の発見

時は経ち起源後813年。星が綺麗に瞬いていた夜。
星を追っかけた羊飼いが星の真下に洞窟を発見。洞窟に首のない遺体

字が読めない羊飼い達は地元の司教様に相談した。するとその石棺に聖ヤコブと書いてあった。

 

これは大変だーーー慌てて遺体を埋葬してお祈りをして教会を作った。

 

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当時の歴史的背景

時はスペインにシリアからのイスラム教徒がやってきて半島全体がイスラム化。
ビシゴート王国は崩壊し貴族達はすでに持てるだけの財宝を持って北のほうの
山の中で戦っていた。

フランスではツールポワチエの戦いでフランク王国が勝利を収め
カール大帝が戴冠した頃。

(西ゴート王国が崩壊してイスラム教徒が入って来るあたりの歴史をまとめた記事)西ゴート(ビシゴート)王国の崩壊

そんな時に聖ヤコブの遺体がスペインで発見され
サンチアゴ様のご加護のもと異教徒と戦って
「あなたが死んでしまっても魂は間違えなく天国へ行けますー」
そういう時代だった。

西ゴートの崩壊からイスラム教徒が入って来るあたりの歴史はこちら レコンキスタの始まり

 

カトリックでは最後の審判に人々は怯えていた。罪を償うために人々は巡礼をし始めた。

 

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その道が次第に踏み固められ整備され今の「サンティアゴの道」になった

 

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サンティアゴ様には三つの姿

サンティアゴ様は幾つかの姿があって
12使徒のサンティアゴ
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マタモーロ・サンティアゴ(モーロ人殺し)
これはさすがに最近は問題になっています。
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巡礼姿のサンティアゴ
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スペイン全体の守護聖人

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聖年

7月25日がサンティアゴの日 その日が日曜日になる年を聖年と呼び聖年に巡礼をすると多くの免罪がある。聖年にだけ開けられる扉があってそこから大聖堂に入ると多くの罪が許される。聖年は11年、6年、5年、6年ごと。前回が2010年 次の聖年は2021年。

昨年は慈しみの特別聖年(フランシスコローマ法王の宣言)で免罪の門が開けられました。

サンティアゴ・デ・コンポステーラ

サンティアゴ デ コンポステーラ

星降る野原の聖ヤコブ「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」                    街の名前です。

サンティアゴ・デ・コンポステーラ
「なんて素敵なネーミング」
スペイン語で聖ヤコブをサンティアゴ

 

聖ヤコブ
野原をカンポ 、星をエストレージャ
全部くっつけて「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」

スペイン北西部ガリシア地方。

カトリック三大巡礼地の1つ

11世紀頃セルジューク・トルコの侵入で聖地パレスチナへの旅行が危険になり
サンティアゴへの巡礼はエルサレム、ローマと同じくらい賞賛される様になった。

「カミーノ」は道

それに定冠詞「エル」をつけると「 エル・カミーノ」
「The Road」「あの道」と言うとサンティアゴの道だけを指す。

 

カミーノ
今の「道」に「巡礼」という言葉から受ける禁欲さは無い
でもそこにはなにかピュアな物。

 

みんなが持っている心の奥底に流れる神聖な何かがある。
きっと人間は自分の本質の中にある何かを探して旅に出るんだと思う。

 

この「道」が導いていく終着点。それが「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」

 

道が導くサンティアゴデコンポステーラ
フランスの道をスペイン国内だけで約800キロ。1日20キロ歩けて40日間もかかる
巡礼証明証が欲しければ最低徒歩で100キロ、自転車は200キロ。最初の街で巡礼者用のスタンプ帳を購入。2ユーロ。(日本でも買えます)

 

各町の巡礼オフィスやアルベルゲ(巡礼者用宿泊施設)でハンコを押してもらう。

 

別に一度に全部歩かなくても無くても大丈夫、仕事や学校の関係で長いお休みが取れないなら何度かに分けても構わない。そして何年かけても大丈夫。

 

パウロ・コエーリョの星の巡礼がベスト・セラーになり道が再び見直された。アメリカ人の女優シャーリーマックレーンとかブッシュ大統領の娘とかいろんな人が歩いています。

 

物語はここから始まる

 

物語の始まり
西暦813年星が綺麗に瞬いていた。その星を追いかけて行った羊飼いが達が洞窟を発見。

その洞窟の中にサンティアゴ様の遺体を発見した。サンティアゴ・デ・コンポステーラから20キロ南のパドロンという町に教会がありその時船をつないだ石が祭られている。

聖ヤコブについての歴史的な事実等はこちらの記事 サンティアゴ様個人情報

この時代の歴史をまとめた記事はこちらです。 レコンキスタの始まり

パドロンの教会
遺体はサンティアゴに運ばれ埋葬するために最初は小さな教会が作られ時代と共に大きくなり拡張して行った。



教会周りの門前町は「カンプ・ステラ」「星の野原」と呼ばれる様になって栄えていった。

 

巡礼者が増えるたびに教会を大きくしていく必要が出来寄付金を集めたり誰かの援助だったりで教会が大きくなって行く。

栄光の門 プエルタ・デル・グロリア

12世紀巡礼盛んなロマネスク時代に石工「マテオ」により彫られた栄光の門が素晴らしい
「マエストロ・マテオ」「マエストロ」はスペイン語でで先生、師匠なので「マテオ師匠」と呼ばれた石掘り。(現在修復中で見れませんが2017年中に完成予定)

現在はその外側にさらに大きな門が出来ている

ロマネスク時代は彫刻が素朴で表現力がなかった時代なのに彫刻の聖書に出て来る聖人達の表情が生き生きしていて今にも動き出しそう。一人一人の表情が本当に豊かに作られていて見ているだけで楽しくなる。

 

栄光の門
栄光の門
上の半円アーチにある旧約の預言者達がまるでコンサートホールで音楽家達が隣同士お喋りしている様な感じ。
指揮者が来る前のリラックスした時間を演奏者達が過ごしている様な臨場感。只今修復中で写真は工事中の栄光の門に貼られたビニールシートです。

巡礼教会なので毎日ずっと開いています。ミサが有れば参加しても大丈夫です。

7月25日が日曜日になる年を聖年という。遺体がコンポステーラに運ばれた日。聖年に免罪の門が開けられここから大聖堂に入ると特別な恩寵をうけられる。次の聖年は2021年。120回目の聖年になるそう。

免罪の門
免罪の門外から
運が良ければ巨大な香炉が動くのを見ることが出来る。ボタフメイロ。大きな寄付があった時のみ。

重さ80キロ、160センチの高さの銀製の香櫨。お清めの香、本当は巡礼者の臭い消し。当時ずっと歩いてきた巡礼者が何十人も集まってきたら相当な匂いだった。

 

巡礼者は長かった道を思い出し導いてくれた神に感謝する。今日は沢山の巡礼団が各国からやって来ていて奇跡的にボタフメイロが見れました。

 

ボタフメイロ
サンティアゴの道は実はサンティアゴで終わらずさらに70キロ西に行ったフィニステーレで終わる
フィニステーレ
0キロの道標
巡礼者達が最後に使った物を燃やしていった残骸です
フィニステーレ

ゴミにしか見えないけど。

サン・セバスチャン 世界一の美食の街

サン・セバスティアン

バスクにサン・セバスチャンという小さな人口18万人くらいの街があります。

その小さな街の30キロ以内にミシュラン星付きレストラン約30件

人口比星付きレストランが1番多い街だそうです。
バスク語では「ドノスティア」が街の名前

 

サンセバスティアン、バルの看板
ピレネー山脈とビスケー湾にギュッと囲まれた美しい街で
入江は貝殻の形をしていてその名も「ラ・コンチャ」=「貝殻」
近くの丘に登ると地形が良くわかる。

 

サンセバスティアン

ヌエバ・コシーナ

19世紀にスペインの上流階級の人達が避暑にやってくるようになった。
別荘が出来、ホテルが作られ、料理人が必要になり始めは地元の主婦や
小さな定食屋のコック達が腕をふるっていた。

もともと海あり山あり食材の豊かな土地。美味しいものを食べる事にかけては元々定評の地域。写真はアルザックの前菜。お皿に盛られたアートです。
アルザック前菜アルザック前菜アルザック
フランスの「ヌーベル・キュイジーヌ」流行の頃この街出身の若い料理人達がその洗礼を受け
修行をして「ヌエバ・コシーナ」として新しい料理を開発し発表。

 

更にカタルーニャのジローナに有った「エル・ブジ」のオーナーシェフ「セニョール・アドリアン」が日本の懐石料理に夢中になり日本の「旨味」「タタキ」「ユヅ」等が紹介される。

ちなみにこのアドリアンさん。お店は超人気で「予約が最も取れないレストランNo.1」だったのに突然お店を畳んで「もっとお料理の研究がしたい」と引退。

今ももしかして日本の何処かで美味しい物を食べて研究しているかも。

凄いのはさすがスペイン、横の連携。

レシピを秘密にせず公開してみんなで切磋琢磨しみるみるあっという間に世界一の美食の街になった。

 

「分子料理法」や「温度調理」
今までに無かった概念、料理法がどんどん開発されそのレシピはすぐに公開され共有される。

 

星付きレストランは日曜、祝日お休み。8月はしっかり従業員を休ませバカンスに入る。
「掻き入れ時」なんて感覚は全く持ち合わせていません。
休みはしっかり取って美味しい物を研究し提供する姿勢は
全くブレていなくて徹底している。
レストラン業を「商売」だと思っていないんだと思うんです。
これは「アート」なんだと。

お金に支配されない「美学」を持っている。

バルのレベルがすごい

旧市街にはバルが所狭しと並んでいてそのレベルは高級店並み。
ピンチョスやタパスと言われる小皿料理を低価格で楽しめる。

 

バルのタパスサンセバスティアンのバルサンセバスティアンのバル
こんな街世界他にどこかにありますか?

市場

時間あったら市場もおすすめです。
Mercado La Brexa

 

市場 la brexa
市場魚売り場
魚売り場の展示
これって生け花に近いものかも。

行き方

バス

alsa    空港ターミナル4-アベニーダ・アメリカから5時間30分

アベニーダ・アメリカ発  8:00,9:00、11:00、13:00、15:00、16:00、17:00、   19:00、21:30、23:30                                          値段36.45ユーロ~52.55ユーロ

時間と値段は2017年6月現在。変更あるのでalsa のページから確認してください。切符も買えます。下がバス会社のページ。

https://www.alsa.es/rutas/madrid-san-sebastian.htm

飛行機

ターミナル4からイベリア航空又は子会社エアーノストラム1時間15分マドリッド発8:05,9:20,11:45,15:35,19:10,20:05 値段は片道70~379ユーロ早めに探すと格安で購入できることも。イベリアで日本からマドリッドならオントゥーがつけられるので購入旅行会社に相談してください。一応イベリア航空のウェブページ

http://iberia.com

トリップアドバイザーでおいしいお店のを口コミ

TripAdvisor (トリップアドバイザー)
バスクについての記事はこちら スペインは多民族国家。バスク人が住むパイス・バスク

<バスク地方>バスク人が住むパイス・バスク。スペインは多民族国家

パイス・バスク

スペイン17州のひとつ「パイス・バスク州。」ピレネー山脈の麓からビスケー湾にかけバスク人が住んでいる地。彼らはそこを「エウスカル・ドゥナック」と呼ぶ。「バスク語を話す人」と言う意味のバスク語。

 

バスク
スペイン人が来るよりもっと前から住んでいた人達。半島がローマ化して行った時も組み込まれずローマ人を追い返した勇敢な民族だ。ローマの後にやって来た西ゴートもバスク人の反乱に手を焼いている。反骨精神旺盛で簡単に強いほうに転がらない。そして今もスペインからの独立を求めている。フランス側にもフランスバスクという地域があってバスク人が住んでいる。国境という概念が無かったころから住んでいる人達です。バスクは一度も国を持ったことはない。

バスク語

バスク語は言語系統不明でインド・ヨーロッパ語族には入らない。旧ロシア連邦のジョージア共和国(グルジア共和国)で話している言葉と似通っているらしいがまだまだ学者の間でも共通の見解はない。

日本語との共通点を指摘している学者もいるが不明。

 

パイス・バスク地方の人口は215万人しか居なくバスク語話者はたったの60万人程。その言葉が8個の方言に分かれているので学者達を悩ませている。人口の60パーセントが血液型RHマイナスと言う特殊性だそうです。

 

バスクの家
バスクはフランス側にもフランス・バスクがあって近代国家の国境で分断されている地域。
人口比率はスペイン側80パーセント、フランス側20パーセント。

 

フランス・バスクの街、サンジャン・デ・リューズ

世界で活躍

この少数民族が優秀で勇敢。個性的で凄い。世界史に出てくるレベルのバスク人が大勢います。

 

大航海時代世界一周したのはセバスチャン・エルカノ(マゼランは途中で亡くなっています。)イエズス会の創設者イグナチウス・デ・ロヨラ。日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエル。日本人の魂を持っていたソーブール・カンドウ神父。(フランス・バスク)広島で被爆しながら日本人の為に活躍したペドロ・アルーペ神父。音楽家サラサーテや哲学者ミゲール・デ・ウナムノ・・・

 

そしてサッカーの「アトゥレティコ・ビルバオ」は選手はバスク人だけの強豪チームです。
肉体的特徴はガッチリ体格が良く首が太め、鼻が鷲鼻で野性味ある。

 

独裁者の時代は弾圧

フランコの独裁政権下は抑圧されバスク語を話すことを禁止された。

大きな街ではほとんどバスク語を聞くことは無かったようです。しかし山あいの村では家族の間で大切に話し継がれていた。



独裁者亡き後再び民族運動が起こり今は学校でもテレビでもアニメでもバスク語が使われるようになりました。

今はスペインの法律で2カ国語併記が決まっているので道路標識や案内にスペイン語とバスク語が併記されている。右がスペイン語左がバスク語。

 

スペイン語とバスク語併記の看板

スペインの中で最も豊かな地域

山があって谷があって海があって作物が豊かで景色にリズムがある。人々は働き者で勤勉だ。バスクだけのGDPはヨーロッパ平均よりうんと上を行く。多くの日本の人たちが持つスペインのイメージとは、たぶん程遠い。バスク発祥の大きな金融会社やエネルギー会社はヨーロッパでも上位の優良企業。

スペインというとフラメンコと闘牛とパエリアだと思っていませんか?

スペインも民族問題を抱える多民族国家なのです。そして多面性を持った国なのです。

写真はパサイアという入江の村。ヴィクトール・ユーゴーが暫く住んでいた家がある。向こう側に行くのに船で渡ります。バスク独立の旗がなびいていた。

バスクは食べ物が美味しい。豊かで海と山に囲まれているので素材が豊か。景色も変化に富んでいて楽しめます。工業都市ビルバオにはグッゲンハイム美術館、フランスとの国境サンセバスティアンには個性的なレストラン。フランスバスクまでもすぐ近くなので周りの街の見学もしながら楽しめる地域です。