スペイン旅行、トレド行き方と歩き方、絶対外せない世界遺産の街歩き方モデルコース付き

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スペイン旅行でトレドは数々ある世界遺産で絶対に外せない街。ここではトレドの行き方と歩き方、そして歴史を少し説明しています。日本を訪れた外国人が京都には絶対に行くように「もしもスペインであなたに1日しかなければトレドへ」と言われる世界遺産。マドリードから南に70キロの距離でバスで1時間、新幹線で33分。

トレドの街はコンパクトですが侵入してきた敵が迷うように作られている為それも楽しむ覚悟で散策。石畳の狭い曲がりくねった通りを歩くと突然広場に古い教会の塔その先にはユダヤ教会があったり時を忘れて歩けます。

スリがマドリードから出張しているようですので貴重品の管理は注意ですが基本安全です。

1・行き方はバスか新幹線又は現地各社のツアー

それぞれメリットデ・メリットがあります。バスは1時間又は1時間20分ほどでマドリードとトレドを結び早朝から深夜まで約30分ごとに出ているので行きも帰りも予約せずに駅に着いて乗ればいいので非常に楽で値段も安い。新幹線は予約が必要で本数も少ないため予定を立てにくいが乗れば33分でトレドに到着、そして快適。トレドの駅もムデハル様式で昔の面影があり鉄道好きにはたまらないムードです。現地のツアーだと半日で戻って来れて見どころを現地のガイドと説明を聞きながら見て回れるので失敗が無い。モニュメントの説明はもちろんバスの中で色んな現地の話も聞けるので充分価値あり。その分好きなところに行ったり自分のペースの観光はできないし、迷子になる楽しみは奪われる。

<バスの場合>Metro 6号線Plaza de Eliptica

地下鉄6号線プラサ・デ・エリプティカ(街の南の方)バスターミナルから。地下鉄駅がバスターミナルと乗り入れしているのでterminal de autobusesバスターミナルの表示の方へ。いくつかの会社が乗りいれているのでALSAの窓口へ。切符を買ったら{トレド行き}は何番か聞いてその番号のゲートで待つ。

バス会社の時刻表ページ出発地目的地と日付を入れて検索

https://www.alsa.es/en/bus-schedules

<新幹線の場合>Metro 1号線Atocha Renfe

地下鉄1号線アトーチャ・レンフェから出発。アトーチャ駅は近郊線(Cercanias)と長距離線(Ave)に分かれている。トレド行きはAveの方に行くと地上階(日本の一階)の手荷物検査場から出発。当日では切符が無い可能性があるのであらかじめ購入。切符売り場は旧駅舎の植物園になっているところ。<切符売り場=taquilla タキージャ>

スペイン国鉄の時刻を調べるページhttp://www.renfe.com/EN/viajeros/horarios.html

切符売り場は今日の出発と明日以降の出発で別れている。売り場の中央の機械で番号を取りカウンターの表示板にその番号が出たら進む。

 

2・トレドに着いたら

トレド地図

トレド・バス・ターミナルから

トレド・バスターミナルを出ると城壁とトレドの街が見えている。ロータリーを城壁側に渡ると大きな駐車場の先にエスカレーターがあるので(景観を壊さないように作られているので外から見えない)ひたすら登って行く町の中心まで行くことが出来る。ソコドベール広場へ。

お金に余裕があればはタクシーで展望台経由でトレド大聖堂やソコドベール広場まで行くのも有り。14~18ユーロ位(2017年)

トレド・レンフェ(鉄道駅)から

トレド鉄道駅からも歩いてアルカンタラ橋を目指して登って行くと20分くらいで中心部ソコドベール広場。又は上記のエスカレーターのほうに歩いていき街に入る。街はずっと歩いて観光になるのでタクシーを使うのもいいと思う。

路線バスでソコドベール広場まで行くことも可能。

タクシーを使う余裕のある方はここから展望台経由ソコドベール広場又は大聖堂迄タクシーで移動すると時間の節約です。2階建てバスが1時間に一本鉄道駅に止まります。

<ムデハル様式のトレドの鉄道の駅内部>

トレド駅

展望台(トレドの観光はここだけでもいいくらい絶対行こう)

展望台(パノラミカ)は是非とも行きましょう。街の全景を見ることが出来ます。大抵のガイドブックなどのトレドの紹介の写真はここからです。タクシー、ソコトレン、2階建てバス、徒歩いづれかの方法でアクセスできます。一日中逆光になりませんのでいつ行っても大丈夫。写真を撮るには朝か夕方の太陽が少し斜めになった方が綺麗ですが夏は夕方になるのは21時です。冬の朝が時々霧が深くて見えない時がありますが少し気温が上がれば霧も晴れます。

<トレド展望台からの景色>

トレド展望台

3・ソコドベール広場から観光

ソコドベール広場(plaza de zocodover)はもともとトレドにイスラム教徒がいたアラブ時代に<市>マーケットが立った広場。ここからトレド大聖堂も近いしアルカサールやサンタクルス美術館もすぐそこ。電気の観光電車<ソコトレンZocotren>乗り場になっている。<ソコトレン>は約40分で街を一周、展望台で少し止まってソコドベールに戻ります。電車の中の音声ガイドは日本語もあるのでまずこれに乗って町の概要をつかむといいですね。二階建てのツーリストバス(Bus Turistico)もあり1日券なら乗り放題で展望台も止まります(新幹線の駅にも止まるのですが1時間に1本)。ソコドベール広場にインフォメーションもあるので地図をもらって観光を始めましょう。

<ソコドベール広場>このアーチをくぐるとサンタクルス美術館

ソコドベール広場

4・モニュモント

<モデルコース>

全部入場しなくてもこの順で歩くと大体無駄なく街を歩けます。

回り方はさまざまですがモデルコースとして1・サンタクルス美術館>>2・アルカサール(省いても)>>3・トレド大聖堂>>4・サントトメ教会>>5・グレコの家>>興味があれば6・トランシトユダヤ教会>>7・サンタマリアラブランカ教会>>そのまま大通りをっ下って行くとカンブロンの門に出るので右に歩いていくとビサグラ門。ここからトレド・バスターミナルは歩いて下り5分。

1・サンタクルス美術館

ソコドベール広場から馬蹄形アーチの城門をくぐって少し下ると16世紀初期の慈善病院が美術館になっている。トレドの大司教で枢機卿だったペドロ・ゴンザレス・メンドーサが病人と孤児の為の慈善施設を作ろうとしたが実現できずに亡くなった。イサベル女王が彼の遺志を受け継ぎ完成させた。建築はプラテレスコ様式で壁面の見事な細かい彫刻は見事。内部にはトレド近郊で発掘された考古学関連の出土品、エル・グレコの聖母被昇天リベラ、ゴヤの作品やレパントの海戦(オスマントルコとヨーロッパ連合軍の海戦)で使った旗(ここの一番の宝)が展示されている。

2・アルカサール

ローマ時代に裁判所があった場所にアルフォンソ6世の時代に作られた要塞。その後トレドを支配した民族が使用して来た。カルロス5世の時に増築されその後度々の改造と戦争で破壊された。スペイン内戦ではフランコ軍のモスカルド大佐が72日間籠城した。内部は軍事博物館になっている。(内部はあまり面白くないので行かなくてもいいというのは私の個人的意見です。)

 

3・トレド大聖堂

ソコドベール広場からマクドナルドの横の細い通りを覗くとトレド大聖堂の尖塔が見える。またはメインストリートを10分程歩くとトレド大聖堂。入口は正面向かって左側の通り沿い。切符と一緒にイヤホンガイド(日本語無)が付いてくる。

<注意>入場時男性は脱帽、2017年現在写真はフラッシュなし可能。

<トレド大聖堂外観>

トレド大聖堂

歴史

西ゴート時代7世紀に既に教会があった。その後のイスラム教徒の時代はそこに大モスクが作られ。レコンキスタの後1227年フェルナンド3世の時代に現在のゴシック様式で着工。完成したのが1493年。(なんと270年間)その後の増改築で内部はいろんな時代の物が混在する。現スペインカトリックの総本山。

内部

中央祭壇>>> 木製の祭壇に新約聖書の場面が彫刻されている。

聖歌隊席>>>中央祭壇に向かい合ってコロという聖歌隊席。クルミの木で作られた席の背もたれはグラナダの陥落の様子。奥の中央はアラバスタ―の一枚石に彫刻されたキリストのタボル山での変容。

<聖歌隊席・グラナダの陥落の場面>

聖歌隊席

後陣(Girola) >>>ここだけがバロック時代の物で午前中の太陽の光を取り入れるために後から作られた。光が当たる方にもおびただしいバロック彫刻がある。

聖職者会議室>>重要な会議が行われる部屋でムデハル様式の天井や高聖職者たちの肖像画が楽しめる。

サクリスティア>>>天井はルーカジョルダンによる聖母マリアの奇跡。奥にエルグレコの聖衣剥奪やキリストと12弟子たち。

<サクリスティアにあるエル・グレコ聖衣剥奪>

エルグレコ聖衣剥奪

テソーロ(宝物館)>>>聖体顕示台(custodia)は一年に一度聖体祭の時に外に持ち出されて街の中を山車に乗せて練り歩く。重さ200キロの純銀製に金箔。

<聖体顕示台>

聖体顕示台

 

 

聖母降臨の礼拝堂>>7世紀トレド大司教になった聖イルデフォンソの為に聖母マリアがカズラを届けに天から舞い降りてきたところ。もともとここにあった西ゴートの大聖堂の礼拝堂でイスラム教徒の時代も壊されずに守られた。聖母が降りてきた石に触れられるようになっている。

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4・サント・トメ教会

14世紀のムデハル様式の教会にエル・グレコの最高傑作「オルガス伯爵の埋葬」が展示されている。絵が有名になったのでお祈りする人の邪魔にならないように絵画を見る人の入り口が後から併設されて入場料を払って見学。一枚の絵しかない世界でも珍しい美術館。実在したオルガス伯爵が私財を寄付して教会を修復し信者たちに感謝された。1323年にオルガス伯爵が亡くなった折この教会でお葬式をしているとトレドの守護聖人でもある「二人の聖人が天から降りて来て遺体の埋葬を手伝った」という伝説を16世紀にエルグレコが作品にした。絵の中にエル・グレコと息子のホルヘ・マニュエルが登場する。それ以外のお葬式に参列している人物達も全員エルグレコの時代の実在した人々がモデル。

<サントトメ教会のオルガス伯爵の埋葬>

オルガス伯の埋葬

 

5・エル・グレコの家美術館

実際にエル・グレコがここに住んだわけではなくこの地区に住んでいた。ここはトレドの裕福なユダヤ人地区だった場所で当時の邸宅の様子が良くわかる。20世紀の初めにベガ・インクラン公爵が自分の屋敷のひとつをエル・グレコとその時代の美術館の為に提供した。エル・グレコのトレド全景12使徒達聖ベルナルディーノ等の作品や16世紀の家具、ムデハル様式の天井など建築も素晴らしい。

<エル・グレコのトレド全景・今と街の様子はほとんど変わっていない>

グレコ トレド全景

6・トランシト・ユダヤ教会

トレドのこの地区は12世紀重要なユダヤ人地区だった。フェルナンド3世聖王アルフォンソ10世賢王の時ユダヤ人学者たちが重用され集まったので13000人のユダヤ人がトレドに住んでいた。当時は10のユダヤ教会があったようだが現存するのはこことサンタ・マリア・ラ・ブラ教会のみ。ここは14世紀にペドロ1世残酷王の財務官を務めたサミュエル・レビが出資して創らせた。

<トランシトユダヤ教会内部>

トランシトユダヤ教会

7・サンタ・マリア・ラ・ブランカ教会

トレド最古のユダヤ教会として創られた。先のトランシトと同じで興味深いのはユダヤ人は本来寺院を持たないので当時のモスクの様式でイスラム教徒によって創られた。1405年にキリスト教の教会になるが壊さずそのまま使っていたので当時の様子をしのぶことが出来る。ムデハル様式と同じで気にしていなかったし寛容な時代だったのですね。

<サンタ・マリア・ラ・ブランカ内部>

サンタマリアラブランカ

それ以外の興味深いモニュメント

モデルコース

エスカレーター登ったら>>8・クリストデラルス教会とプエルタデルソル>>ソコドベール広場>>3・大聖堂>>>4・サントトメ>>5・グレコの家>>6・7トランシトとサンタマリアラブランカ>>4サントトメに戻り後ろの方へ>>9・サンロマン教会>>10サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ教会>>ここから急な坂を下るとエスカレーターで城壁の方へ降りれます。右の方へ歩くとビサグラ門。ビサグラ門を背に少し歩くとタベラ病院。バスターミナルまで歩いて10分

8・クリスト・デ・ラ・ルス教会とプエルタ・デル・ソル

街の城門だった太陽の門(プエルタ・デル・ソル)はムデハル様式で14世紀頃の再建。上の登ることが出来る。すぐ横にローマの石畳と下水の後がありここがローマの街だったのが良くわかる。

そのそばにクリストデラルス教会。西ゴート時代の教会の廃墟を使って1000年ころにイスラム教徒がモスクを作った。教会の入り口の足元部分はローマの遺跡が見える。その後12世紀に教会に変えられた。言い伝えによるとアルフォンソ6世がトレド入城の際王に随行していたエル・シドの馬がこの教会の前で突然ひざまづき進まなくなった。不思議に思って中を調べると壁の中から西ゴートのキリスト像がランプに照らされて発見された。「光のキリスト」が教会の名前>>「クリストデラルス」

 

9・西ゴート博物館(サンロマン教会)

13世紀のムデハルの教会だったものでサント・トメの塔とほぼ同じ形。ビシゴートの宝飾品や13世紀の平面のフレスコ画は見事。この辺りは車も通らない史お店も無く中世のムードが良く残っている。

10・サント・ドミンゴ・エル・アンティグオ教会

1579年エル・グレコはこの教会の祭壇画を完成させた。トレドに来て初期の大きな仕事でもありエル・グレコの思い入れの有った教会。そしてエル・グレコの最後の作品もこの教会の祭壇画「羊飼いたちの礼拝」現在はプラド美術館蔵。画家のお葬式はこの教会で行われここに今もエルグレコは埋葬されている。

<プラド美術館にある羊飼いたちの礼拝は元はこの教会の祭壇画>

エル・グレコ

11・タベーラ病院

トレド城壁の外に大きな建物があり16世紀に完成した病院。エルグレコの息子はここの礼拝堂の建設に携わっている。図書館には古文書が残されていて調度品の数々象牙のキリスト像等。絵画ではエルグレコやティントレット、リベラ、カラバッジョなどの作品が並ぶ。

5・トレドの歴史を少し

ローマから西ゴート

ローマ人はトレドの戦略的な地形を利用してイベリア半島の中央にあるこの町にトレトゥムという要塞都市を作った。その後のゲルマン民族の大移動で5世紀に到来した西ゴート族は早くも554年にトレドを首都に選んでいる。周りが川に囲まれている地形は自然の要塞。40西ゴートレカレード王は589年の公会議でカトリックに改宗しスペインの宗教統一を果たす。陰謀と分裂で腐敗した西ゴートは711年イスラム教徒に敗北しトレドにはイスラム教徒たちが住むがキリスト教徒やユダヤ教徒と共存した。

トレド陥落の歴史の記事です  <西ゴート王国の崩壊>

トレドとユダヤ人

スペインに多くの離散ユダヤ人が住んでいたが南がイスラム化した折迫害を受けキリスト教スペイン世界に多くのユダヤ教徒は移住してくる。12世紀にはトレドのユダヤ人人口は1万2000人を超えていた。スペインにいたユダヤ人をヘブライ語でセファルディと呼び独特の世界観を作って行く。ドイツのユダヤ人をヘブライ語でアシュケナジと呼んで区別した。

フェルナンド3世(1217-1252)は特に寛容な政策を取り様々な人種の融合が促進され賢王アルフォンソ10世(1252-1284)の時好んでユダヤ人学者を集め翻訳学校を開いた。アラビア語とラテン語に精通したユダヤ人やコンベルソ(改宗ユダヤ人)等知識人が集まり<トレド翻訳集団>が活躍。古典文献やイスラム教徒のアラビア語文書から哲学、神学、自然科学等が訳された。

アルフォンソ10世は特に自然科学に興味を持ち天文学に重心が置かれる。トレドで天体観測機器を使った観測を行わせ「アルフォンソ天文表」が作成されこれは1627年までヨーロッパの天文学の基本文献だった。フェルナンド3世とアルフォンソ10世はセビージャで亡くなりセビージャの王室礼拝堂に埋葬されている。

次第に反ユダヤ感情が高まりカトリック両王による1492年ユダヤ人国外追放で文化的経済的に大きな痛手を受ける。(特にフェルナンド王はユダヤ人からの借金取り消しと彼らの財産狙いだった)

ムデハル様式の街

様々な人種と宗教が共存していたトレドにはキリスト教徒支配下のイスラム様式を開花する。この様式をムデハル様式と呼ぶ。当時のユダヤ教会(トランシト、サンタ・マリア・ラ・ブランカ)やキリスト教教会(サントトメ教会、サンロマン教会等)等トレドにはたくさんのムデハル様式を見ることが出来る。今ではほとんど考えられないことでカトリックの教会がアラビア様式。ほかの国では見ることのできない非常に珍しいものです。

大帝国スペインの首都に

グラナダ陥落のあと統一スペインの首都は移動宮廷と言って国王達が特に首都を定めなかったがカルロス5世とフェリペ2世の時にトレドは大帝国の首都になる。この時代が日の沈む事無き大帝国。フェリペ2世が首都をマドリードに移動させることによってトレドは時間を止めた。エル・グレコはこの時代にトレドにやって来て生涯トレドで絵を描いた。またこの頃日本からの天正遣欧使節団がトレドで滞在していることがわかっている。日本からの少年達がエル・グレコの絵を見たかも、すれ違ったかもしれないのです。

 

スペインの歴史を簡単にさっくりまとめてあります <スペインの歴史ダイジェスト版>

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まとめ

スペインに沢山ある世界遺産の中でも重要なトレドがマドリードから簡単にアプローチできるのは観光客としては有り難い。持ち時間と興味によって半日でも一日でも又は一泊しても充分楽しめる街です。旧市街の中に小さなホテルがいくつかあって夕暮れ時の静かになったトレドも素敵です。モデルコースを用意しましたが迷子になるのも旅行の楽しみのひとつ。発見や出会いがそういうところに隠れているに違いない。行ってらっしゃーい。

 

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