レコンキスタの始まり。<トレドの陥落からレコンキスタ>

<スペインの歴史>トレド陥落後

トレドがイスラム教徒によって陥落したとき王族貴族達の一部は馬に乗って持てるだけの宝物や聖遺物を持って北へ逃げていった。スペインの北西部のアストゥリアス地方からフランスとの国境にあるバスク地方にかけての山岳地帯。不毛な地帯で険しい山岳部なのでイスラム教徒たちもあまり興味もなかったに違いない。(この時トレドから持って逃げた聖遺物や宝石が今もアストゥリアス首都オビエドの大聖堂のカマラ・サンタに保存されています。)

<アストゥリアス・オビエド大聖堂の中カマラサンタ>

オビエド・カマラサンタ

コバドンガの戦い―ペラヨ

スペインの歴史上重要な戦争=722年この山の中「コバドンガ」でイスラム教徒を初めて破った戦いがコバドンガの戦い。レコンキスタの始まりです。この時のリーダーがペラヨペラヨはトレド陥落の時に逃れた王族の血をひくと言われるが詳細は分かっていない。勝利したキリスト教徒たちはペラヨを王に選びアストゥリアス王国を建国。これが最初のキリスト教国家で今のスペインの基礎。今もスペインの皇太子はアストゥリアス皇太子と呼ばれる。(イギリスの皇太子をウェールズ皇太子と呼ぶように)ここからスペインの歴史で需要なレコンキスタが始まる。

<コバドンガ>

コバドンガ

イスラム教徒の侵略によるトレドの陥落の記事はこちらです <西ゴートの崩壊>

 

711年がグアダレーテの戦い(イスラム教徒の勝利でトレド陥落)なのでたったの11年後にまだ記憶にしっかり残っている頃キリスト教徒が初めてイスラム教徒に勝った戦争なのでスペイン史上大きな出来事です

アストゥリアスはキリスト教スペイン発祥の地

722年アストゥリアス王国が建国される。アストゥリアスの人たちは長身で金髪に碧眼が多い。ビシゴートの末裔ゲルマンの血を引くからなのです。今のスペイン王妃(超美人)レティシアさんもアストゥリアスの出身。

<アストゥリアス、サンタクエバ。キリスト教徒が勝利を収めた所>

サンタクエバ

フランク王国とサンティアゴの遺体の発見

丁度このころ今のフランスではフランク王国のメロビング朝宮宰カールマルテルがツールポワチエでイスラム教徒を撃退しその名声を高めた。その息子がピピン3世として即位。フランク王国の国王になれたのはローマ法王(ステファヌ3世)の協力のお蔭なので見返りにラベンナを奪いのその土地をローマ法王に献上した(ピピンの寄進)これがローマ法王領の始まり。その息子カール大帝が800年西ローマ皇帝に戴冠。スペインの北西の端で聖ヤコブの遺体が発見されたのは813年。これは偶然ではなく政治と宗教が後ろにあったに違いない。

<白い馬に乗って戦う聖ヤコブ>

聖ヤコブ

聖ヤコブについてはこちらから <サンティアゴ様個人情報>

 

サンティアゴの道についてはこちらです。 <サンティアゴ・デ・コンポステーラ>

スペインの歴史上重要なレコンキスタの始まり

「コンキスタール」は征服するという意味のスペイン語。これに「レ」再びという言葉をつけて「レコンキスタ」。国土再征服運動の始まり。周りの小さなキリスト教徒勢力を少しづつ併合し首都は山の中から次第に南へ移動。カンガスデオニスに宮廷が置かれさらにオビエドへ移動。次第にレコンキスタが進み首都はレオンに。王様の結婚などでアストゥリアス王国からレオン王国となる。カスティーリア王国との結婚や遺産分割によりレオンはカスティーリアに併合されカスティーリア・レオン王国となる。

再びトレドはキリスト教徒の手に

コルドバは内部紛争もあり1031年に後期ウマイヤ朝が崩壊しこれがキリスト教徒たちに追い風となった。レコンキスタは進んでいきアルフォンソ6世率いるキリスト教徒軍が1085年にトレドを奪い返す。

<トレドの街>

トレド

アルフォンソ6世に2人の娘がいた。それぞれをレコンキスタで戦った勇敢な騎士と結婚させ土地を封土する。1人にカスティーリア王国を与え、もう1人はケンカしないよう離れたところに土地を与える。イベリア半島西の端の方の土地。この街の名前がポルト、そして川の対岸の街カーレ。このふたつの名前がひっついてポルトカーレと呼ばれるようになる。ポルトガルの始まり。

<♪日本旅行のスペイン特集♪>

グラナダ王国アルハンブラ宮殿

キリスト教徒たちがさらにレコンキスタを進め南下していき1212年のハエンのナバス・デ・トロサの戦いで圧勝。これが天下分け目の合戦となりキリスト教徒が力をつけ勢い付く。セビージャは1248年に陥落。最後に残ったイスラム王朝がグラナダ王国。

<アルハンブラ宮殿>

アルハンブラ、コマレス宮

イスラムの王たちが暮らしていた宮殿がアルハンブラ宮殿。1492年にカスティーリア王国イサベル女王率いるキリスト教徒軍により陥落するまでヨーロッパに残った最後のイスラム王朝です。奇跡ともいわれる存続でいつ壊されても侵略されても不思議ではない時代に宮殿の中では千一夜物語が続いていた。建築の中にはかなさを漂わせた宮殿です。

スペインの歴史ダイジェスト版はこちらから <スペインの歴史ダイジェスト版>

スペインの歴史がほかのヨーロッパと違うのはこのイスラム支配とレコンキスタ。

続く