ウマイヤ朝が始まりスンニー派とシーア派はここから揉め始めるんです。

スペインの歴史を知るためにイスラム教の始まりを簡単に

スペインの歴史には長いイスラム支配があります。スペイン語やスペイン文化にもイスラム的なものやアラブ的なものが沢山残っていてこれがスペインの魅力になっています。スペインの歴史を知るために少しだけイスラム教の始まりを。

イスラム教の創始者モハメッドは今のサウジアラビアのメッカで生まれた商人だった。40歳超えたころ610年ころに神の声を聴いて唯一神を唱えた。その時に神から授かった啓示がコーランにまとめられている。突然40歳を超えた大人が神の声を聴いたと言っても誰も信じてくれない。大変な迫害を受けたので622年メディナに移住した。(その時のお弟子さんの数が150人イエスキリストは最初12人いや11人。)ジハードという聖戦を続けメッカを征服する頃には1万人もの人が従った。

モハメッドの死後

問題の始まりは632年モハメッドは後継者を決めずに亡くなってしまったことから。(経営者の方は後継者選びちゃんとしましょう)イスラム教の信者の共同体はその代表を決める必要に迫られるが派閥がありうまく調整ができない。

当時ウンマ(信徒共同体)には3つの派閥①モハメッドとメッカからメディナ一緒に移住した最古参。②メディナでモハメッドに援助したもの③最初はモハメッドに反抗したが後改宗したメッカの有力者ウマイヤ家

混乱に陥った共同体は崩壊を避けようという意見だけは何とかまとまり人選を始める

 

アブーバクル

最古参でモハメッドの妻アイーシャの父親アブーバクルが選ばれる。「モハメッドが最後の預言者、彼以降は預言者はいない」ことになっているのでアブーバクルはモハメッドの代理人ハリーファとされる。カリフという言葉はこれがなまったもの。(預言者というと予言者と紛らわしいですが予言する人ではなくて神の言葉を聞く人、それを伝えることが出来る人という意味です。)

ウマルその後ウスマーン(ウスマーンはウマイヤ家)

アブーバクルのあとウマルがカリフを継承。ウマルアブーバクルの親友。ウマルの時代にイスラム勢力はエジプトにまで拡大している。大きくなりまとまりが亡くなって来ていた。ウマルのあとにウマイヤ家ウスマーン。彼はウマイヤ家の一門を重用しすぎたようで嫌われて656年に暗殺される。

 

アリーの暗殺

4代目にアリーがカリフになる。ここからが大変。アリーはモハメッドの従妹で娘婿。しかしアリーは3代目のカリフ・ウマイヤ家のウスマーンの暗殺に関わっていたとして661年暗殺される。その後大混乱の中教団の総意でカリフは出なかったのでこの4代目カリフアリーまでを正統カリフ時代と呼ぶ。

シーア派の始まり

事実上支配者となったウマイヤ家ムアーイヤがその後シリアのダマスカスを首都にウマイヤ朝カリフとなる。アリーとその血筋のみが正当と主張する人々はウマイヤ家に反抗する。アラビア語で党派をシーアと呼ぶ。<シーア・アリー>アリーを支持する党派という意味。これが省略されシーア派と呼ばれる。彼らは今もムアーイヤ以降を認めていない。ウマイヤ家に敗れた人達をシーア派と呼ぶ。

アリーの息子もウマイヤ家に殺される

暗殺されたアリーとファティマ(モハメッドの娘)の間に息子がいた。名前がフセイン。父亡き後シーア派の最高指導者「イマーム」として精力的に布教していたが680年イラク中部のカルバラでウマイヤ家に包囲されて戦死している。このカルバラシーア派の聖地。フセインのお墓があり毎年イスラム歴(太陰暦なので毎年太陽暦とずれます)1月10日にアシュラーという際礼が行われシーア派の人々はフセインの死を悼み剣を掲げ自分の背中を鎖の束で打ちながら行進をするらしい。1300年も経っているのに今もこの殺害を悼んで自分を傷つけ血を流して男たちはこぶしで胸を打ちながら行進するという事です。

シーア派の考えでは4代目のアリーは預言者モハメッドから初代イマームに任命されていた。イマームというのは聖なる世界と俗界を結んでくれる特別な存在。873年12代イマームがお隠れになりいまだにお隠れ中らしいです。(どこ行ったんでしょう)終末直前に最後のイマームが救世主となって再臨しこの世の悪から救済されると信じられています。

イスラム教徒の85パーセントはスンニー派、シーア派は15パーセントと少数派。

ウマイヤ家は革命で倒される

話は戻りその後ウマイヤ家が革命で倒され(750年)アッバース家の時代になる。ウマイヤ家の正統の血を引く王子がスペインに逃げて来て作ったのが後期ウマイヤ朝・コルドバカリフ王国。コルドバを首都に756年から1031年まで栄華を極めます。スペインの歴史は違うと言わるのはこのイスラム支配がある国だからです。

スペイン南部、後期ウマイヤ朝のコルドバ・カリフ王国の首都コルドバについて記事はこちら<コルドバ>

スペインの歴史で重要な後期ウマイヤ朝の歴史の記事はこちら <後期ウマイヤ朝>

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アリーの暗殺が紀元後661年なので日本は飛鳥時代。聖徳太子没が622年、三蔵法師がインドに行ったのが629年そんな昔の事。水に流そうと思うのは日本人だけか。いえ実際はその後ろに政治と経済が絡んで後ろに大国の思惑が渦巻いている。