夏のピレネー登山とウエスカの村々,2018年7月16日~24日

ピレネーの村

q5月に続いて今年2回目のウエスカのピレネー・アラゴネス(アラゴン側ピレネー)へ行って来た。目的はオルデッサのゴーリツ小屋の横でキャンプとモンテ・ペルディード(フランス語でモンペルデュー)の登山、ウエスカのピレネー界隈の村を見る事、その旅の記録。ピレネー山脈の魅力はあまり人の手が入っていない野性味。登山電車やケーブルカーが無く素朴で野性的な自然が残り世界中から山を愛する登山家たちがやってくる聖地です。

7月16日:1日目マドリードから登山起点のトルラ・オルデッサまで486キロ

朝からお弁当作って10時15分出発。そろそろ渋滞もない時間、マドリードからサラゴサ街道へ。

マドリード出発
筆者撮影

お天気予報を一週間前から見ていたけどピレネーは毎日雨、気温は5度から17度。雨だったら他に行く?山はやめる?とか言いながらの出発だった。そしてやっぱり曇って来た。

サラゴサ街道182キロメートル地点、ここでガソリン満タンにします。何故か他よりリッター5セントは安い。

高速道路のガソリンスタンド
筆者撮影

知られていないけどスペインは山岳国。マドリードからどっちに走っても山を越えていくことになる。ウエスカ近くの工事が終わればもうピレネーも少し近くなるね。

途中の街道
筆者撮影

15時15分ブロト(Broto)に到着。486キロを5時間、全部国道、有料道路無しだから有り難い。ブロトの川沿いの広場でお弁当を食べて休憩。雨の予報はどこいったか晴天だ。

<ブロトBrotoにある川の横の広場>

ブロト
筆者撮影

少し休憩したら明日のバスの切符を買いにトルラ(Torla)に行こう。夏のハイシーズンだから明日並ぶかもしれないしね。とトルラ(Torla)へ移動して明日の登山の起点になるプラデラまでの切符を買う。

<トルラ・オルデッサTorla Ordesaの山と教会>

トルラ
筆者撮影

切符は往復で4.5€

*トルラ・オルデッサから登山口のプラデラまで。このバスは7月と8月のみ。

<トルラからプラデラ行きのバスの切符>

切符
筆者撮影

 

今日はトルラ・オルデッサの駐車場に止めて寝る事に。夜はトルラの街で夕食。可愛いパティオが有るバルに入る。

トルラのバル
筆者撮影

 

キノコ入りのロンガニーサはひとつ1ユーロ。手作りらしく美味しかった。

トルラのバルでロンガニーサ
筆者撮影

山の中の村だけどイカ・フライが有ったので一皿

トルラのバルでイカのフライ
筆者撮影

ビールとワイン2杯づつで合計17€。安ッ。スイスに比べて飲食が安いのもスペイン・ピレネーの魅力。

ガソリン代 69.37€

バス代8€

夕食代17€

宿泊費なし

7月17日:2日目トルラからコラ・デ・カバージョ経由ゴーリツまで登山

朝は早く目が覚めた。世界遺産のオルデッサ国立公園にあるモンテ・ペルディード(3、355m)の山を目指します。途中のゴーリツでモンテ・ペルディードの行きと帰りにテントで寝る予定。5時に起きて荷物の準備、始発のバスに並んでいる人が既にいてみんなの本気度がわかった。慌てて準備して6時半に並んで7時のバスに乗ろう。

切符売り場は5時45分から開いている。暗いうちから登山客は動き始めていた。

<早朝のトルラ・オルデッサのバスの切符売り場>

トルラ
筆者撮影

*バスは7月と8月のみ運行。それ以外の時期は自分の車でプラデラまで移動できる。車が無い場合は村のタクシー利用になる。

<6時30分には7時のバスに乗る人の列>

トルラのバス乗り場
筆者撮影

大きな荷物は持って乗れないので各自でバスの荷物入れに積み込む。

トルラのバス乗り場
筆者撮影

バスから時々動物が見えるので窓から目を凝らす。約20分でプラデラ到着。

最初は林の中を歩いて行く。登りも緩やかで気持ちのいいハイキング。大きなロープを持った人に合うのは岩登りらしい。いくらでも岩登り出来るところがある。

オルデッサ公園
筆者撮影

暫くはブナ林の中、気持ちのいい軽い登りの山道を登って行く

オルデッサハイキング
筆者撮影

<ソアソの滝  Cascada de Soaso>

オルデッサのハイキング
筆者撮影

プラデラ・デ・ソアソ。ここまでくるとコラ・デ・カバジョはもうすぐ。私たちはここでお弁当。昨日の残りのお弁当とカレーとパンとチーズ。

<プラデラ・デ・ソアソPradera de Soaso>

オルデッサのハイキング
筆者撮影

コラ・デ・カバージョは馬のしっぽという意味の滝。ここまで来て戻るコースが一般的。プラデラの登山口から往復16キロで、朝出れば夕方には戻れる危険の少ないハイキングコースだ。今日の私たちはこの滝の上に登って行く。

<コラ・デ・カバージョの滝Cola de caballo>

コラ・デ・カバージョ
筆者撮影

滝に向かって右の方からこの岩を登って行くと鎖場です。

オルデッサのハイキング
筆者撮影

落ちたら命は無いかも・・・というところが続く。

オルデッサのハイキング
筆者撮影

買ったばかりのiPhone「落としたらどうしようッ」と思いながらカメラとiPhoneの2つ持ちで撮影を続けるも、その後夫に取り上げられました。「危ない!」確かに。

オルデッサのハイキング
筆者撮影
オルデッサのハイキング
筆者撮影

次第に空気も薄くなりスピードが落ちて後から来た人に抜かれていった。コラ・デ・カバージョから登る事2時間半でついにゴーリツ小屋が見えて来た。到着13時。朝7時半から歩きはじめ5時間半で登り口のプラデラからゴーリツ小屋。

<ゴーリツ小屋 Refugio Goriz>

オルデッサのハイキング
筆者撮影

テントが張れるのは19時から朝8時までという規則らしい。夕食前にテントを張り今日はゴーリツ小屋で暖かいものを食べよう。座席に限りがあるので予約が必要でした。*山小屋に宿泊する場合は早めに予約しましょう。

ゴーリツ小屋の横にテント
筆者撮影

明日のお弁当の準備、アルファ米のおにぎりの賞味期限切れまくっていました。

オルデッサのハイキング
筆者撮影

19時からゴーリツ小屋の夕食は前菜ガルバンソ。

ゴーリツ小屋の夕食
筆者撮影

チキンのロースト

ゴーリツ小屋の夕食
筆者撮影

とチョコレートムースでした。

夕食代17.5Ⅹ2=35€

ロッカー代 3€(明日テントは置いて行く為)

夜中に見た星空はとっても綺麗で天の川がはっきり見えた一生忘れない星空だった。

7月18日:3日目ゴーリツ小屋からモンテ・ペルディードを目指すが雪で断念してブロトに戻る。

朝冷たいコーヒー(水で溶いたインスタント)を飲んで8時出発。そしてひたすら山を登って行く。

<ゴーリツ小屋から更に登って行くと岩場>

モンテペルディードへ
筆者撮影

振り返ると氷河に削られた谷が綺麗に見える。標高が高くなると高山植物が小さくなってきた。

<ピレネー登山は高山植物も楽しみのひとつ>

ピレネーの高山植物
筆者撮影

そしてまた岩登りが続く。これってハイキングとは絶対呼ばない、ゼーゼー言いながら登って行きます。

<モンテ・ペルディードはもっと右の方、霧で見えない>

モンテペルディードへ
筆者撮影

だんだん雪が増えて来た。ゴーリツ小屋で既に聞いていたので想像はしていたけどピッケルもアイゼンも無くストックさえ2人で1個な私たち。

モンテペルディードへ
筆者撮影

無理、11時頃にモンテペルディードが見えるけど霧も沢山出て来たのでここで帰ります宣言。夫はまだ行きたそうだったけどね。

雪渓を降りてきた人に上の様子を聞いた。彼らも途中であきらめて降りて来たらしい。今年は雪が多い。マドリードの近くのセルセディージャの人達だった。

モンテペルディードへ
筆者撮影

 

お弁当を食べてあとはひたすら降りていくが、下りがつらいのだ。石がゴロゴロで弱り切った足に気を抜くとズルッと滑るので気が抜けない。辛い中時々遠くを見ると氷河が削った谷が綺麗に見える。

<オルデッサ渓谷とソアソ谷>

モンテペルディードへ
筆者撮影

帰りは鎖場じゃない方から降りると遠くにコラ・デ・カバージョの滝が見えた。その上にはモンテペルディード。あの雪のあたりから降りて来たんだ~。

<コラ・デ・カバージョの滝とピレネーの山々>

オルデッサのハイキング
筆者撮影

その横に岩場の鎖の所をさっきの人達が降りていくのが見える。昨日あんなところ登ったんだとびっくり。

<コラ・デ・カバージョの滝の上の岩場、鎖場の所>

ピレネーオルデッサの岩場
筆者撮影

高山植物が沢山咲いているが疲れ切っていて余裕なし。悔しいのは野生のエーデルワイスが群生していて力を振り絞って近づいて写真を取ったけど、ピンボケでした。

<エーデルワイスの群生、力尽きていてピンボケ>

野生のエーデルワイス
筆者撮影

 

17時30分にプラデロに到着。20キロ以上8時間半登って下った。あ、バスが見えた~生きて帰れてよかった。

 

モンテペルディードへ
筆者撮影

トルラからブロトに戻って今日はホテルに泊まろう。友達アントニオ氏のホテルに行って部屋が空いていたら泊まることに。夜は近くのピザ屋で夕食。疲れ果てホテルも夕食も写真撮るのを忘れるが登山からの生還のお祝い。

夕食 ブロト 22.70€

宿泊費なし(アントニオが払ってくれた)

7月19日:ブロトからネリン、テージャのドルメン、レビージャの山の中で宿泊

朝の気温13度。9時に出発して今日はどこへ向かう。夫の大好きな登りのカーブの山道を進んでいく。

アラゴンの山の中
筆者撮影

ウエスカの山の中には小さな村が沢山あって夏は登山客や避暑の人達でにぎわっているが冬は雪に閉ざされる。山に囲まれた景色はペルーの聖なる谷のようだ。

ピレネーの村
筆者撮影

ネリンのロマネスク教会。パロキア(教区教会)と書いてあったので使っているみたい。向こうにピレネー山脈が見える。

ネリンのロマネスク教会
筆者撮影

 

ウエスカはどこの村も煙突が可愛い。思わずパチリ。

ピレネーの村
筆者撮影

ネリンからバスが出ていて1時間程バス移動しそこからゴーリツ小屋まで歩く登山コースも有るらしい。こんな大きなバスが行くんだとびっくり。

ピレネーの村
筆者撮影

片側一車線、横は崖の中央線のない山道をどんどん進んでいく。ヒエッ~

ピレネーの村
筆者撮影

向こうに昨日登っていたピレネーの山が見える。

<モンテ・ペルディードが向こうに見える>

ピレネーの村
筆者撮影

ビオ(VIO)の村、途中羊の大群を連れたおじさんとピレネー犬。

ピレネーの村
筆者撮影

「何頭ですか~?」と聞くと「500頭かなあ。」と返事が返って来た。ピレネー犬はまだ3歳。もっと大きくなって100キロくらいになるそう。「ビオにはどのくらいの家族が住んでるの?」「年中いるのは2家族かな」

ビオで羊飼いとピレネー犬
筆者撮影

「ピレネー犬はおとなしくて頭が良い。」「この子は未だ3歳だけどね。まだもっと大きくなって100キロ位になるかな。」という事でした。

ビオで羊飼いとピレネー犬
筆者撮影

おじさんと別れて山の中に入って行く。こんな道ばっかり。

アラゴン、ウエスカの道路
筆者撮影

山の中に紀元前2500年のドルメンが残る。これはおそらく埋葬に使ったもので内部から副葬品が出て来ているらしい。

<テージャのドルメン Dolmen de Tella>

テージャのドルメン
筆者撮影

 

今日の宿泊はこの近くのレビージャ(REVILLA)の村の横。

ピレネーの村
筆者撮影

ランチはサラダとカップ焼きそば

夕食
筆者撮影

この谷には猛禽類で有名らしい。ケブランタ・ウエソ(髭鷲)は動物の骨を空から落として割って骨髄を食べる翼を広げると3メートル近くにもなる大きな鳥。谷を大きな鳥が旋回しているのを見るのは独特の感覚を呼びさます。

レビージャの山の中
筆者撮影

 

夜は缶詰とパンとサラダとこの景色。

ピレネーの聖なる谷の景色は時間と共に色が変化していき私の持つボキャブラリーでは表現できないくらい美しい夜は更けていった。お休みピレネー

ピレネーの村
筆者撮影

移動距離 71キロ

使ったお金、なし

 

7月20日:ミラベルの谷からアインサ、湖の横で宿泊

今日も快晴。いつぞやの天気予報はすべてはずれ。

ピレネーの村
筆者撮影

下って行くと分かれ道があってガタガタ道だけどすれ違う車が入って行ったので付いて行った。

レビージャから分かれ道
筆者撮影

広場に沢山車が止まっていて沢下りや岩登りの人達がいた。私は今日はもう歩かない日と決めたので川のそばでのんびり、夫は山に登って行って綺麗な滝が有ったと言っていた。

ピレネーのふもと
筆者撮影

 

さあ前に進もう。アインサAinsaは随分昔に行ったけど記憶の彼方なので再訪することに。2つの河の合流地点の高台にあるアインサは元は小さな王国の首都だった。今も城壁に囲まれる小さな街。

<アインサAinsaの街並み>

アインサ
筆者撮影

街を散策して良い時間になったので食事場所を探す。知らないツーリスティックな街ではなるべく地元の人が入っている店を探すが鉄則。

<アインサAinsa>

アインサ
筆者撮影

私はロンガニーサとポテトと卵の一皿のプラトス・コンビナードス(ひとさら料理)

アインサ
筆者撮影

夫はメニュー・デル・ディア(今日の定食)でアスパラガスと子牛の頬肉

アインサの食事
筆者撮影

メニューにはワインと水がついて2人で25ユーロ

帰り道にこの地域のワイン、ソモンターノSomontanoの賞を取ったワインがオファーで3.9€、これは買いでしょ。

ソモンターノのワイン
筆者撮影

 

今日はどこで泊まるか放浪しているうちに湖の横で道が無くなった。こんなところでユーターン出来るのかドキドキしたが何とかぐるりと方向を替えここに今日は泊まろう。

湖
筆者撮影

ダム湖だけどエメラルドグリーン。

湖の横にキャンピングカーを止めた
筆者撮影

 

誰も絶対来ない湖の横

湖の横
筆者撮影

パンとトマトと缶詰の夕食。湖はエメラルドグリーン、真っ青な空はオレンジ色に変わって来た。カリブ海みたいな色の湖でした。

使ったお金

アインサ・ランチ25ユーロ

アインサ駐車料金1ユーロ

宿泊費 なし

7月21日:バルバストロとアルケサル、トーレシウダからブロト

今日も快晴。この近くに「オプス・デイ」の聖地が有るらしいから行ってみたいなあ。オプスの創始者、聖ホセ・マリア・エスクリバはバルバストロ出身らしい、じゃあまずはトマトで有名なバルバストロへ行ってみよう。

ウエスカの道路
筆者撮影

市が立つ日だったみたいで街の真ん中の広場で野菜くだもの市が開催中。

バルバストロの朝市
筆者撮影

バルバストロのトマテ・ロサ(ピンク・トマト)は巨大な甘いトマト。

バルバストロ朝市
筆者撮影

その市の行われていた広場に聖ホセ・マリア・エスクリバの生家が有った。

バルバストロの聖ホセマリア・エスクリバの生誕地
筆者撮影

バルバストロのインフォメーションで勧められたアルケサルへ向かう。計画なんて全然ないから行き当たりばったりだ。

アルバストロからアルケサル
筆者撮影

スペインで最も美しい街に選ばれた事が有るらしい。岩に張り付いた小さな街で川沿いの沢下りも有名らしい。

<アルケサルArquesal>

アルケサル
筆者撮影

川沿いに降りていくのは無料だけど安全の為に3€のヘルメットと保険に入ることを奨励していた。途中まで歩いてみたが誰もヘルメットなんてしていない。この国の人達はいつもこう。私たちは途中まで降りて戻って来た。

アルケサル
筆者撮影

アルケサル(Arquesal)の丘の上の教会にはロマネスクの回廊と彫刻が少し残っていた。

アルケサル
筆者撮影

ではオプス・デイの聖地へ向かおう。オプス・デイはダビンチ・コードでは怪しいセクタ扱いだがカトリックの組織のひとつ。スペイン人のホセ・マリア・エスクリバが創始者で彼は現在カトリック教会からサント(聖人)に聖別されている。そのオプスデイの聖地がトーレシウダにある。

<トーレシウダのサンクチュアリ>

トーレシウダ
筆者撮影

子供の頃のホセ・マリア・エスクリバが病気になったときこの黒いマリア様にお祈りして救われたという。今日もたくさんの巡礼グループが来ていた。ルルドやサラゴサ等を交えた聖母マリアの巡礼ルートが有るようだ。

トーレシウダの黒いマリア
筆者撮影

トーレシウダを後にしブロトへ戻ろう。途中で広場が有ったのでお昼にする。どこにでも無料で車を止めて休めるところがあるのはありがたい。

途中でランチ
筆者撮影

ちょっと暑いですがカップラーメンでランチにします。

休憩にカップラーメン
筆者撮影

そして切り開かれた山の中をドライブ。

ブロトへ移動の道路
筆者撮影

ブロトに着いた。ここで休憩、川が流れる広いスペースで普段は村のサッカーやイベントに使われているらしい。夏はキャンピングカーが何台も止まっている。

ブロトの広場
筆者撮影

夕食はレトルトのカレーと缶詰のイワシ、パンとチーズとワインです。

今日はここの広場で泊まります。キャンピングカーが沢山やって来たので登山家に有名な場所らしい。みんな明日モンテ・ペルディードに登るのかも。後でアントニオに聞いたら「キャンプは禁止になっているけど誰も気にしていない」らしい。「禁止するほど人が来るのはスペインでは普通」だって。そのとおり!

アインサで買った3.9€のワインは結構美味しかった。

ブロトの夜
筆者撮影

そして静かな夜は更けていった。

ブロトの広場
筆者撮影

使ったお金

果物代 13ユーロ

ワイン 3.9ユーロ

宿泊費 0ユーロ

7月22日:ブエサからブロト、アジェルベの廃村

今日も快晴。午後までのんびりまったりする予定がうちの夫はじっとしていられない性格でやっぱり移動する事に。近くのブエサ(Buesa)の村へ。

ブロト
筆者撮影

ここも小さな石の村で何家族も住んでいないと思う。

ブエラの村
筆者撮影
ブエラ
筆者撮影

村の中にサンチアゴの道の標識。

ブエラにあるサンチャゴの道の標識
筆者撮影

ブエサから山道が峠まで続いているらしく又してもジープしか行かないような道に入って行った。どのくらい走ったか道はどんどん狭く荒々しく、携帯の電波も圏外になり私が無口になったのを悟った夫は途中で引き返してくれたが、私がいなければ峠まできっと行っただろう・・・

山道
筆者撮影

ブロトに降りてピッツェリアでランチ。

ブロトのピッツェリア
筆者撮影

アントニオが迎えに来てくれるところまで車で行ってここに車を置いて行く。3日間放置して大丈夫かなあ・・・

ブロト
筆者撮影

17時30分、時間通りジープの音がした。アントニオは時間に正確だ。これはスペインでは凄い事。この可愛いジープに乗って20分でアジェルベに到着。アジェルベはアントニオが廃村を丸々購入して村を改装中の静寂な彼のサンクチュアリ。そこで2泊するらしい。

アントニオのジープ
筆者撮影

 

5月に来た時にはまだ無かったテラスが出来ていた。ワインと景色を楽しみながらのひと時。

アジェルベのテラス
筆者撮影

夏でも夜の山は急に寒くなって来た。暖炉に火を入れてしばらくここで話をして夜の暗い中アントニオは山道をジープで帰って行った。タフです。

アジェルベの廃村
筆者撮影

 

7月23日:アジェルベの廃村でのんびり過ごす

山の朝はさわやかだ。聞こえてくるのは鳥の声と遠くからの川の流れと風の音。

アジェルベの廃村
筆者撮影

アルフォンソとワンちゃん達はいつも一緒だ。アルフォンソはここで働く若者、都会が嫌いでここに流れ着いた。ワンちゃんがいっぴき増えていた。

アルフォンソと犬たち
筆者撮影

 

平日は毎日3人の工事の人達がやって来て村の改修工事。道路も瓦礫に埋もれていたのをアントニオが私費で開通させた。お昼は工事の人達と一緒に地元の野菜ボラハ(Borraja)とポテトの煮込み。ボラハ(Borraja)はスペイン北部で良く使う野菜、うちの夫が料理してくれた。

アジェルベの廃村で昼食
筆者撮影

夜はアントニオがバーベキュー用にチュレタ・デ・コルデロ(子羊のあばら肉)を持って来た。「チュレタ(あばら)ばっかりを注文すると高いんだよ」と言っていたが見事に全部あばら肉。

アジェルベの廃村でバーベキュー
筆者撮影

慣れた手つきで火を起こしてバーベキュー。

アジェルベの廃村
筆者撮影

夏の夜はなかなか更けず21時30分頃に少し暗くなってきた。

アジェルベの廃村でバーベキュー
筆者撮影

 

真っ暗になるのは23時過ぎ。向こうの明かりがついた村はアシン・デ・ブロト。少しは大きな村のようで50人くらいは住んでいるのかも。月が輝いた素敵な夜でした。

アジェルベの廃村
筆者撮影

お休みアジェルベ。

7月24日:アジェルベからマドリードへ

おはようアジェルベ。今日は歩いて車まで降りて行く。1時間ほどの山道を下って行く。車は大丈夫かなあ。

アジェルベの廃村
筆者撮影

ちょっとだけ心配したけど車は3日間ここで無事に待っていてくれた。

アジェルベの廃村
筆者撮影

帰り道の正面にモンダルエゴの山が見える。暫くこの景色もお別れです。向こうから乗馬の子供達が来るのはアントニオの従妹がやっている乗馬スクール。車を止めて挨拶。

アジェルベからブロト
筆者撮影

今日も快晴だ、さあマドリードへ向かいましょう。ガソリン1回もいれていないけどマドリードまで大丈夫かなあ。いつもの安いガソリンスタンドまでこのまま行けるでしょうか。

 

マドリードへ向かう道路
筆者撮影

マドリードまで183キロの所で車がチーンと鳴った。ガソリンあと少しの合図。ドキドキしたけど何とか間に合って満タンにしてマドリードへ。ガソリン112€

ガソリンスタンド
筆者撮影

15時55分到着。490キロを5時間45分で家に到着。

近所のバルでお祝いにビールとトルティータ・デカマロン。旅は無事に帰れば成功なのです。夏の短いピレネーの旅は終了。

マドリードのバルでお祝い
筆者撮影

全走行距離1353キロメートル

使ったお金合計348€

最後に

夏のピレネーは爽やかで気持ちよくおすすめです。モンテ・ペルディードまでは余程の登山好き山好きのコースですがコラ・デ・カバージョの滝までなら軽いハイキングコースなので万人向けですね。