絵画で読み説く新約聖書、クリスマスの物語・キリストの誕生と無原罪の御宿り

広告

 

プラド美術館だけではなくヨーロッパの美術館の作品は多くが新約聖書や旧約聖書の内容が題材になっている為聖書を知っているだけで随分と作品に対する知識が広がって行く。古くは字が読めない人達にキリスト教を布教するために絵によって聖書を教えていったので多くの美術館の作品は教会の祭壇画だった物が多い。

特にスペインの画家たちはヨーロッパが宗教改革の嵐でカトリックから離れていく中、対抗宗教改革で教会の権威を取り戻そうとしていた時代に多くの宗教画を描いた。さらには悪名高い異端審問の追及や魔女裁判があった国なので注文主は厳格な宗教画を中心に画家に描かせた。

聖書の中身


聖書には旧約聖書と新約聖書が有り旧約には人類の歴史、新約にはイエス・キリストの生涯が描かれている。分厚い聖書の75パーセントは旧約聖書で占められていて天地創造から始まる旧約は興味深いが読み解くのにはかなりの知識と忍耐が必要になる。一方新約聖書の方はイエス・キリストの生涯が中心なので馴染ある題材の物が多く親しみやすい。

<12世紀のギリシャ語の新約聖書>

12世紀のギリシャ語の聖書
wikipedia public domain
Source Codex Harleianus 5557 (minuscule 321 in the Gregory-Aland numbering)
Author Unknown

*新約聖書は大体紀元50年から120年頃に当時の共通語のギリシャ語で書かれている。聖書の中に登場する人々が話していたアラム語やへブル語ではなく、さらにすでにローマ帝国の時代だったにもかかわらずラテン語ではなくギリシャ語で書かれている。弟子たちはこの物語がより広い世界で読まれるためにギリシャ語を選んだ。それほどギリシャ語は当時の広い世界で使われていた言語だった。素晴らしい科学の発見を日本語で発表するより英語で論文を書く方が多くの人に読まれると考えれば理解できる。後にラテン語に訳された。

このページでは新約聖書の物語をプラド美術館の作品を中心にイエスキリストの誕生の所までを辿って行きます。

 

受胎告知 3月25日


「おめでとう、恵まれたお方。主があなたと共におられます。」ナザレの大工ヨセフと婚約していたマリアの所に大天使ガブリエルが現れてこう言ったと新約聖書に記述があります。

宗教画には色々お約束事があって昔の字が読めない人にもいろんなことが解るように少しずつまとまって行ったのが「キリスト教図像学」という学問になっている。。

受胎告知は①聖母マリアが聖書を読んでいたところに天使が降りて来たので聖書が描かれる。②マリアは驚いているか怖がっている、または恥じらっている、または受け入れている。③純粋を現す白いユリが描かれる。④マリアの衣装は赤い服にブルーのマント(時には逆又はほかの色なども有る)

*実は旧約聖書の「イザヤ書」に「見よ乙女が身ごもって男の子を生む。その名はインマヌエル(神は我々と共におられます。という意味)と呼ばれる」という記述がありマリアはそこを読んでいた。新約聖書にはマリアが聖書を読んでいたとは書かれていなく実は初期の絵画には出てこない。11世紀頃から次第に描かれるようになってきた。

受胎告知の日は3月25日。クリスマス(イエス・キリストの誕生)の9か月前で、中世ヨーロッパで使っていたカエサル歴の一年の始まりの日だった。そのすべての始まりの日に聖母マリアは受胎告知を受けた。

受胎告知は非常に人気がある場面で様々な時代に様々な作品が描かれている。ここでは何人かの画家の作品を見ながら国際ゴシックからバロックまでを並べて時代によって絵画が変換していった様子をご紹介。

 

<シモーネ・マルティーニ、1333年、ウフィツイ美術館>

イタリア絵画です。シモーネ・マルティーニはイタリアのシエナの画家で国際ゴシック期に属す。同じ時代のフィレンツェの画家たちが現実の世界を正確に描いたのと対照的に優雅な動きや現実にはあり得ない神の世界を可視化して宗教画を残している。この作品は板に金箔を使ったもので左側の天使の後ろ側に揺れる布地がシエナらしい優美な動き。マリアは驚いて怖がっている。

public domain
Source/Photographer The Yorck Project: 10.000 Meisterwerke der Malerei. DVD-ROM, 2002. ISBN 3936122202. Distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH.

聖母が恥じらいながら振り返って「え?な、な、なんですか?」とジワリと逃げ腰な動作が感じられる。天使の衣装の後ろ側が揺れて動いているのがたまらなく好きです。

天使がユリではなくオリーブを持っているのはユリの花が政敵フィレンツェの象徴なのであえてユリは向こうに置いたという説がある。

184センチx210センチという巨大な板に描かれたテンペラ画でその前に立つだけで迫力に煽られそうになる祭壇画です。

<受胎告知、フラアンジェリコ、1425年頃、プラド美術館>

フラ・アンジェリコは質素なドメニコ会修道士。その「祈る姿が美しく、キリスト磔刑図絵を描くときはうっすら涙をを流していた。」と伝えられいつも「天使のような微笑みを讃えていた」。本名はグイード・ディ・ピエトロ

フラアンジェリコ受胎告知
public domain
Accession number P00015
Source/Photographer Galería online, Museo del Prado

未だ国際ゴシックの特色を残す作品で彼の10点ほど現存する受胎告知の一枚。一枚目のシモーネ・マルティーニの作品から90年程立つので絵画の発展が随分見られ、例えば遠近法が使われている。現実のフィレンツェの部屋のムードを宗教画に取り入れることでより一層物語を現実的に描いた。左側の美しい曲線の天使が本当に今空から降りて来たように感じられ衣装が揺れている。左側には旧約聖書のアダムとイブの楽園の追放が描かれている。

<受胎告知、レオナルド・ダビンチ、1472年頃、ウフィツイ美術館>

上のフラアンジェリコから50年弱しか経っていないとは思えない程の技術の進歩。私はこの天使のポーズがなんとも言えなく好きなのです。フィレンツェのウフィツイ美術館蔵の有名な作品。レオナル・ド・ダビンチは科学者や発明家としても活躍をした天才で絵画で完成されたものは実は15点程で非常に少ない。完璧主義でその興味は多岐に渡りあらゆる方面で天才的だった。

 

受胎告知、レオナルド
By レオナルド・ダ・ヴィンチ – sAErNLFH1KFYmw at Google Cultural Institute, zoom level maximum, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=13514513

 

この作品は師匠のベロッキオとの共同作だがレオナルド20歳頃のおそらくデビュー作。

お約束通り左に天使、手にユリの花を持って右側の聖書を読むマリアに表れている。聖母の手の動きが美しいがよく見ると右手が少し長い。おそらくおかれる予定だったのが壁面上部だったので見る人の位置を考えての事と言われている。

部屋の中で行われている場面だが遠景が綺麗に遠くまで描かれてるのは受胎告知としては珍しい。

<受胎告知、エルグレコ、1570年、プラド美術館>

マリアと天使の位置に注目していただきたい。他の作品はマリアが右側で天使が左側にいた。エルグレコは全ての受胎告知でこのように描いているが理由の方は諸説で良くはわかっていない。

 

エルグレコ、受胎告知
By エル・グレコ – [2], パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=27348

エル・グレコがまだベネチアにいたころの作品でで26センチx20センチのは大変小さな作品で習作。ベネチア絵画の影響がみられ床の大理石の線で遠近法を使い後ろの遠景にベネチアの街が見える。鮮やかな色彩もティチアーノやティントレット等の影響。そして天使もマリアもぽっちゃりしている。エル・グレコの作品は晩年になるほどみんなもっとやせ細って行きます。

<受胎告知、エルグレコ、プラド美術館>

やはりマリアが左側にいる。エル・グレコは受胎告知を生涯にわたって描いている、中の一枚が日本の大原美術館にある。この作品はドーニャ・マリア・アラゴン学院大祭壇画用に描かれたもので6枚の絵画で構成される大きな祭壇になる予定だった。これはおそらく中央に置かれるはずだったと想像されている。

受胎告知、エルグレコ
This is a faithful photographic reproduction of a two-dimensional, public domain work of art.

 

受胎告知と呼ばれているが実際は聖母に神の子が宿ったその瞬間を描いたものでエル・グレコらしい美しい色で神秘の世界が描かれている。天上界の天使たちがまさに綺麗な音楽を奏でていて天使の登場にマリアは驚いて振り返っている。

エルグレコの聖母はいつも同じ女性がモデルで後にエルグレコの子を産むヘロニマというトレドの女性。キリスト教徒同士だがエルグレコはギリシャ正教徒だったため正式の結婚は許されなかった。

<受胎告知、ムリーリョ、1660年、プラド美術館>

最初のシモーネマルティーニから330年も経過した。この時代の画家たちの作品は写実画どころか写真さえ超えているんだと思う。現実の世界に登場しそうな程の写実性の中で行われる聖書の場面。

 

ムリーリョ、受胎告知

La Anunciación
MURILLO, BARTOLOMÉ ESTEBAN
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

スペインのバロック画家バルトロメオ・エステバン・ムリーリョは南スペインのセビージャで生まれた。画面全体が薄もやに包まれたような幻想的な作品で甘美な天使や聖母マリアを多く描いた画家。

中央に精霊を現す白い鳩が飛んでいてマリアの右側に純潔を現す白いユリとさっきまで読んでいたイザヤ書。胸の前で手を合わせる驚きながら受け入れている風の聖母。手前に手仕事用の篭が置いてあるのはムリーリョの作品の共通点でさっきまで手仕事をしていた現実感を出している。ムリーリョの聖母マリアもエルグレコと同じでいつも同一人物がモデル。甘美な聖母マリアや天使たちがとても甘美で美しく当時のヨーロッパで大変人気が有ったのがムリーリョの作品。

*聖母マリアは聖書の中での扱いは少なくプロテスタント諸派は聖人化していない。ユダヤ教やキリスト教の唯一神の神は厳しい父親的な神で人間にすぐに罰を与える。しかし本来私たち弱い人間が求めている神は「許してくれる」母親的な神で次第にマリアが神聖化されていき讃えられるようになる。スペインの各教会には美しいマリア像が人々の信仰の対象に、今もなっている。

<マカレナのマリア、セビリア>

マカレナのマリア像、セビージャ
Author
José Luiz Link back to Creator infobox template
Attribution
(required by the license) © José Luiz Bernardes Ribeiro / CC BY-SA 3.0

 

聖母のエリザベス訪問 5月31日又は7月2日


聖母が天使から受胎告知を受けたころ親戚のエリザベスも懐妊した。受胎告知の折に聖母はこれを天使から告げられる。エリザベスは長年子供が出来ず年老いていたのでマリアは神の力に驚きエリザベスを訪問した。(ここでは日本で使われているエリザベスを使いましたがスペイン語ではイサベルです)

<聖母のエリザベス訪問、ラファエル工房、1517年、プラド美術館>

ラファエロ・サンティは若くして成功し異例なほどの大規模な工房を経営していた。37歳で死去した惜しまれる画家のひとり。マリアの画家と呼ばれたラファエルのマリアは美しい。

聖母のエリザベス訪問 ラファエルの工房
La Visitación
PENNI, GIOVANNI FRANCESCO,ROMANO, GIULIO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

 

工房の弟子の作品だがおそらくラファエルの手も入っているだろう。右側のマリアの美しい表情などにラファエルらしい繊細な魅力がある。背景の風景にヨルダン川で洗礼者ヨハネによって洗礼を受けるイエスキリストが描かれている。

 

<洗礼者ヨハネ>

エリザベスから生まれる子が後の洗礼者ヨハネ。「悔い改めよ」と荒野で人々に洗礼をしていたヨハネは後にサロメの希望でヘロデ王に首を切られて殺される。

<洗礼者ヨハネの首を持つサロメ、ティチアーノ、プラド美術館>

サロメ ティチアーノ

Salomé
TIZIANO, VECELLIO DI GREGORIO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado
広告

 

キリストの誕生、羊飼いの礼拝 12月25日


「さあ、ベツレヘムへ行って主がお知らせくださった出来事を見てこようではないか!」

イエス・キリストが誕生したころイスラエルはローマ帝国の支配下にはいっており初代皇帝アウグストゥスの時代。「人口調査をせよ」との命令が出たので人々は自分の故郷へ帰って行った。

ヨセフはダビデの家系でその血統だったのでユダヤのベツレヘムというダビデの街へ帰って行った。すでにマリアは身ごもっており月が満ち男の子を産んだ。

羊飼いたちが群れの番をして野宿をしていると天使が現れた。「今日ダビデの街で救い主がお生まれになった。あなた方は飼い葉おけに寝ている赤ん坊を見つけるであろう」(ルカによる福音書)ベツレヘムにある家畜小屋で羊飼いたちはマリアとヨセフと幼子を見つけ天使が言ったお告げが本当だったと語り合った。

羊飼いたちの礼拝は14世紀中頃から盛んに描かれるようになった場面。

<羊飼いたちの礼拝、エル・グレコ、1612年、プラド美術館>

これはエル・グレコが亡くなる直前に描いた画家最後の作品。トレドにある小さな教会の祭壇画の為に描かれエル・グレコの葬儀がこの祭壇画の前でおこなわれた。

エルグレド、羊飼いたちの礼拝

Adoración de los pastores
EL GRECO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

鮮やかな色彩と光の使い方に晩年のエルグレコの熟練がみられる美しい作品。現実の世界を超えた超越的な物を感じさせる。天上界の天使たちが集まって来ている。大きな工房で弟子を雇っていたエルグレコだがこの作品は隅々にいたるまで画家本人の作と言われている。

<羊飼いの礼拝、ムリーリョ、1650年頃、プラド美術館>

ムリーリョのマリアは甘美で美しく、お祝いに駆け付けた人々は当時の現実の世界にどこにでもいたであろう人々。エル・グレコの現実の世界を超越した作風と対照的。

羊飼いたちの礼拝

Adoración de los pastores
MURILLO, BARTOLOMÉ ESTEBAN
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

あえて天使のいない空間に身近なの出来事のような感じを与える。犠牲を現す羊が右にいて登場人物の視線がすべてキリストに注がれているが、左端の牛だけがこちらを向いている。

東方三賢者の礼拝 1月6日


「ユダヤの王としてお生まれになられた方はどこでしょう。東の方でその星を見たので拝みにやってきました」イエスはユダヤのヘロデ王の時代に生まれた。その時東方から3人の賢者がヘロデ王のもとに来て尋ねた。

ヘロデ王はたまたま王になっていたが本物の王が生まれると聞いて動揺し偉い学者を集めてその子がどこで生まれるかを調べさせた。

「ベツレヘムの馬小屋です」これは実は旧約聖書に書いてある物語。ヘロデ王は三賢者に「その子を見つけたら教えいただきたい。私も言って拝みたい。」と伝えた。

三人の賢者が出発すると東の方から星が出て彼らを導いた。そしてその星の止まった家に入ると赤ん坊のイエスが飼い葉桶の中に眠っていて捧げものとして黄金,乳香、没薬を贈った。三賢者は帰り道にはヘロデに合わずに帰って行った。

三人というのは聖書には記述は無く後からつけられたようですが今もスペインのクリスマス・プレゼントは東方の三賢者が運んできます。大抵の街では1月5日の夜に大きなパレードがあり夜中に枕元にプレゼントが置かれます。

 <東方三賢者の礼拝、ベラスケス、1619年、プラド美術館>

おそらくベラスケス20歳頃の作品でまだセビージャにいたころに描かれた初期のもの。

東方三賢者の礼拝ベラスケス

Adoración de los Reyes Magos
VELÁZQUEZ, DIEGO RODRÍGUEZ DE SILVA Y
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

登場人物のモデルはマリアが結婚した妻のファナ、幼子イエスキリストはこの年に生まれた娘のフランシスカ、手前にひざまずくのが画家ベラスケス、背後の横顔の老人が師匠のパチェーコ。絵を描くのにモデルが必要なので画家たちの身近な人々が度々モデルになった。

<東方三賢者の礼拝、ルーベンス、1628年、プラド美術館>

ルーベンス壮年期の作品。ベルギーのアントワープ市庁舎を飾るための物だった。オランダの独立戦争の休戦協定を記念して描かれた作品で休戦の平和の喜びが画面全体に出ている。

東方三賢者の礼拝
La Adoración de los Magos
RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

衣装の描写も丁寧で三賢者が持つプレゼントも豪華に描かれている。右端の少し上に馬上に乗るのがルーベンス本人。この作品を後にスペイン国王が購入しスペインに渡ったあとルーベンスがスペインに再訪した折に自分を付け加えた。

エジプト逃亡


「立って、幼子とその母を連れてエジプトへ逃げなさい。そして貴方に知らせるまでそこに留まりなさい。ヘロデが幼子を探し出して殺そうとしている。」

ヨセフの夢に天使が現れヨセフはエジプトに逃亡、ヘロデはベツレヘムにいる二歳以下の男の子を殺したが予言によってイエス・キリストは助かった「やっぱりヨセフは偉い!」という事になっている。

*幼児虐殺は「旧約聖書のエレミヤ書」の中にも出てくる場面。旧約の出来事が予言の様に繰り返された・・・となる記述は新約聖書に多いがこの幼児虐殺はマタイによる福音書のみに出てくる場面で歴史的事実は不明。ヘロデ大王は実在した人物で紀元前4年に亡くなっている。キリストの誕生を西暦0年とすると整合性に疑問が残る部分なのです。今の歴史学者はイエスキリストが生まれたのは紀元前7世紀から4世紀の説を取っている。300年も開きがある。

 

<エジプト逃亡、エル・グレコ、1570年、プラド美術館>

未だエル・グレコがベネチアにいたころの習作で17センチx21センチの小さな板に描かれたもの。

エジプト逃亡、エルグレコ

La huida a Egipto
EL GRECO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

アニメのひとこまの様で愛らしい作品。風景がこれほど沢山描かれたエル・グレコの作品は珍しい。

<エジプト逃亡、ムリーリョ、1647年、デトロイト美術館>

ムリーリョ30歳頃の作品。登場する人々の衣装は17世紀の庶民が来ていた衣装をまとっている。ヨセフはたいていどの宗教画でも扱いが軽いのですがこのヨセフは随分かっこいい。

ムリーリョ エジプト逃亡
wikipedia
public domain

幼子イエスの顔が写実的でまさに生まれたばかりの赤ちゃん。ベラスケスの東方三賢者に出てくる幼児キリストと非常に似ている。

 

 <番外編>無原罪の御宿り 12月8日


無原罪の御宿りは聖書には出てこない題材でカトリック独特の信仰のひとつ。

キリスト教の考え方では人間はみな生まれながらにして罪を持って生まれてくる。旧約聖書に出てくるアダムとイブが神との約束を破って禁断の実を取って以来私たちは罪深いのです。

<エヴァ、デューラー プラド美術館>

エヴァ、デューラー
https://tabispain.com/nuevo-testamento-prado/

神の怒りは収まらず私たちはエデンの園から追放され、日々労働をしなければ食べ物を得ることが出来なくなり、女性は苦しんで子供を産み、人はみな年老いて死んでいく。

<アダムとイブの追放、ゴヤ、1771年、プラド美術館>

アダムとイブの楽園からの追放
Expulsión de Adán y Eva del Paraíso
GOYA Y LUCIENTES, FRANCISCO DE
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

 

が、マリアは母親の胎内に宿った時に既に汚れの無い「無原罪」だった。

よく誤解される「マリアがキリストを宿した時に無原罪だった」ではなく、「聖母マリアがその母アナの胎内に宿った時に無原罪だった」その御宿りをお祝いする日が12月8日となりカトリックの祝日です。

聖母マリアのお誕生日は9月25日、なので計算は合うようになっています。。

<無原罪の御宿り、ムリーリョ、1678年、プラド美術館>

無原罪の御宿りのマリアは白い服にブルーのベール。下弦の三日月がお約束ですがムリーリョは上弦の三日月にのせた。

無原罪の御宿り

La Inmaculada Concepción de los Venerables
MURILLO, BARTOLOMÉ ESTEBAN
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

綺麗なマリア像はこの時代大変人気があり厳しい父親的な神から受け入れていくれる女神や母親的な信仰対象を求めていた人々に受け入れられていく。

 

「無原罪の御宿り」の教義に関しては度々公会議で議論され、異端になりかけたこともあった。イエス・キリストは救世主で罪なき神の子だがその母親までも罪なき人にするのはどうか・・・・、というわけです。

正式にカトリックの教義になったのは1854年ローマ法王ピオ9世の時。反宗教的な社会情勢に対抗しての策とも言われているが随分反対もあったようです。

*ちなみにこのピオ9世は史上最長のローマ法王在位の方でいイタリア統一運動やナポレオン3世や大変な時代を乗り切った。日本の「26聖人」を聖別したのはこの方です。

カトリックの国では12月8日は祝日で本来この日からクリスマスの準備が始まり12月25日のキリストの誕生から東方三賢者の日1月6日までがクリスマスとなります。この時期カトリックの国を旅行する方は祝日の注意が必要です。

広告

プラド美術館の名画で楽しむギリシャ神話、ギリシャ神話は面白い。

広告

 

ヨーロッパの美術館を楽しむため知っていた方が絶対良いのはキリスト教とギリシャ神話。ほんの少し物語を知っているだけで美術館での時間もヨーロッパの旅も随分違ったものになります。プラド美術館が数倍楽しくなるようにプラド美術館にある作品を中心にギリシャ神話をご紹介。

ギリシャ神話の神様達は奔放で情熱的で欲望のまま浮気をしたり女を誘拐したり、怒りに任せて報復をしたりとても人間くさく面白い。禁欲的なキリスト教の神と比べて作品にするのも見るのも楽しいものばかりです。ギリシャ神話の壮大な物語は冒険心をくすぐられ映画やゲームに今も使われています。

ダナエ

ダナエは今のギリシャのペロポンソス半島にあるアルゴス王国の美しい王女。あるとき父親の国王アクリシオスは神託を受けた。「お前はお前の孫によって殺されるであろう」。驚いたアクリシオスはまだ結婚もしていない美しい娘のダナエが子供を産まないように城の塔に幽閉した。

ところが女好きの全能の神ゼウスが美しい女性ダナエを見つけた。青銅の扉の中にいるダナエに近づくために自分の姿を黄金の雨に変えてダナエと交わった。

この絵はベネチア巨匠ティチアーノがスペイン国王フェリペ2世の為に描いた一連の神話画「ポエジア」の連作のひとつ。「ポエジア」はギリシャ神話の変身物語を断続的に約10年間に渡って描いた連作。

ダナエを誘惑するために黄金の雨になったゼウスが幽閉されたダナエの塔に降り注ぐ。

<黄金の雨とダナエ・ティチアーノ・プラド美術館>
プラド美術館 ダナエ

Dánae recibiendo la lluvia de oro
TIZIANO, VECELLIO DI GREGORIO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

同じ題材の作品がナポリのカポディモンティ国立美術館、ザンクぺテルスブルグのエルミタージュ美術館、ウィーンの美術史美術館にある。構図はほとんど同じだが右側のおお皿で黄金を受けている老婆がの所にューピッドがいたり、犬が描いてあったりする。

<ダナエ・ティチアーノ・カンポディモンテ国立美術館>
ナポリにあるティチアーノのダナエ
wikipedia
Pubblico dominiovedi

ダナエはその後身ごもり男の子ペルセウス産んだ。神託は「貴方は孫によって殺される」父王アクレシウスは「この孫に殺される・・・?」と慌てたが可愛い孫を殺すことはできず箱船に乗せダナエと共に海に流した。「きっとこれで大丈夫。」

この箱船がクレタ島の北にあるセリポス島に流れ着き漁師ディクテュスに助けられた。漁師の兄、島の王ポリュクデクテスは美しいダナエに一目ぼれ。青年になっていたペルセウスは母を守ろうと王に対抗する、が王は邪魔になったペルセウスを怪物メドゥーサ退治に出す。

<メドゥーサ、カラバッジオ、ウフィツイ美術館>
カラバッジョ メドゥーサ
wikipedia
public domain

 

メドゥーサはゴルゴン3姉妹の末っ子。顔は大変醜く「口には鋭い牙」、背中には「黄金の翼」、手には「かぎ爪」を持っていて「髪は生きた蛇」、最も恐ろしいのは「メドゥーサの目を見たものは石に変えられる」。

メドゥーサは実はもともと輝く金髪を持った絶世の美女だった。海の神ポセイドンに寵愛され白馬に姿を変えたポセイドンに連れられアテナ神殿で契りをかわす。神殿を汚されたアテナとポセイドンの正妻アンピトリテは仕返しにメドゥーサとその姉妹たちを怪物に変えてしまった。

<メドゥーサの頭・作者不明17世紀・プラド美術館>
メドゥサの頭
Medusa
ANÓNIMO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ペルセウスは女神アテナから「輝く盾」、ゼウスの使いの青年神ヘルメスからは「空飛ぶサンダルと金の新月の刀」を借りて旅に出た。この刀だけがメドゥーサの首を切ることが出来る。

後足りないものが二つ、それは西の国のニンフたちが持っている。ニンフ達の住み家を知っているのはグライアイの三人の老女。彼女たちは三人なのにひとつの目とひとつの歯を交代で使っていた。

ペルセウスは無事グライアイの老女からニンフの住み家を教えてもらい足りない二つの物、「被ると姿が見えなくなる帽子」、「ゴルゴンの首を入れるための魔法の袋」をもらった。

<メドゥサ退治のペルセウス・ルカ・ジョルダノ・プラド美術館>
ルーカジョルダノのペルセウスのメドゥサ退治

Perseo vencedor de Medusa
GIORDANO, LUCA
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ゴルゴン谷に着いたペルセウスはヘルメスの羽の付いたサンダルで空を飛びアテナにもらったピカピカの盾にメドゥーサを写し、金の新月の刀でその首を切り落とした。ペルセウスは帽子をかぶって姿を消しサンダルで空を飛んで逃げていく。

メドゥーサを倒したペルセウスは母の待つセリポリ島へ飛んで帰る途中、裸の美女が鎖で岩場に繋がれているのを見つけた。この美女はエチオピアの王女アンドロメダ。海から牙の生えた怪獣が美女を狙って泳いでいるのが見える。

実はエチオピアの王妃カシオペアは「海の神ポセイドンの娘たちより私の方が美しい」と豪語していた。それがポセイドンの耳に入り怒りにふれエチオピアは毎年大洪水に苦しめられていた。国王ケフェウスが神に聞いたら「娘アンドロメダを海の怪獣の生贄にすれば神の怒りは鎮まるだろう」。それでかわいそうな娘アンドロメダは鎖に繋がれ今まさに生贄になっていた。

<アンドロメダの救出・ルーベンス・プラド美術館>
アンドロメダとペルセウス

Perseo liberando a Andrómeda
JORDAENS, JACOB,RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ペルセウスはヘルメスのサンダルで空を飛び、持っていたメドゥーサの首を怪獣に掲げて石に変えアンドロメダを救出した。

<アンドロメダとペルセウス・ティチアーノの模写・プラド美術館>
アンドロメダとペルセウス

Andrómeda y el dragón
ANÓNIMO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ペルセウスとアンドロメダは結婚し母のいるセリポス島に戻り母に言い寄る(まだ言い寄っていた)ポリュデクテス王にメドゥーサの首を見せて石に変え故郷のアルゴスへ帰って行く。

「お前は孫によって殺される」と予言を受けていた祖父の国王アクリシオスは孫の帰還に驚いてアルゴスからラリッサという町に逃げていた。

ペルセウスはアルゴスの王となりある時ラリッサの町の競技大会に呼ばれる。その時に参加した円盤投げ競技で投げた円盤がある老人にあたってその老人は死んでしまった。その老人こそ元国王のアクレシオス。ついに神の神託は現実となった。

人間は不幸な神託を受けると何とか免れようとするが結局どう逃れても予言の通り運命は人間を導いていくというのがギリシャ神話に共通する教訓です。

壮大な冒険物語に登場する人物たちは大空に星座として今も輝いています。

広告

エウロパの略奪

エウロパは月のような顔をした美しいフェニキアの王女だった。エウロパに一目ぼれしたゼウスは自らの姿を白い牡牛に変身させ油断したエウロパを略奪して旅に出る。

この時に牡牛ゼウスがエウロパと旅をしたところをエウロパ=ヨーロッパと呼ぶようになった。彼らが旅の後に着いたのがクレタ島。ゼウスとエウロパの間に生まれたのがミノスでクレタ島にクノッソス宮殿を作って住んでいた王様です。

*神話の長い物語は荒唐無稽な作り話と信じられていたが19世紀に発掘が行われイギリス人のアーサーエバンズによって遺跡が発見されている。

<クレタ島、クノッソス宮殿遺跡>

クレタ島、クノッソス宮
wikipedia CC
Source Own work
Author 遠藤 昂志
<エウロパの略奪、ティチアーノ、ガードナー美術館蔵>

最初の作品ダナエと同じくティチアーノがフェリペ2世の為に描いた一連の神話画の「ポエジア」の7作中の最後の物。

19世紀にアメリカに渡って今もアメリカの美術館蔵。スペイン王位継承戦争のさなかフェリペ5世がフランス大使に与えパリへ移された後これが19世紀にアメリカの富豪ガードナー夫人により購入され大西洋を渡ってアメリカに渡ったスペインとしては大変残念な結果の名画。

ティチアーノ、エウロパの略奪
wikipedia
public domain

下の絵はスペインに来ていたピーター・ポール・ルーベンスが当時はまだマドリードの王宮にあったティチアーノの上記作品を模写したエウロパの略奪。今もプラド美術館で鑑賞できます。ルーベンスの方がエウロパの太ももの肉付きがぽっちゃりで官能的。

<エウロパの略奪、ルーベンス、プラド美術館>
エウロパの略奪 ルーベンス

El rapto de Europa
RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ルーベンスがスペインに来た頃に宮廷画家として活躍していたのがベラスケス。どちらも国王フェリペ4世のお気に入りの画家で2人は一緒にスケッチ旅行へ行ったりしている。ベラスケスが自分の作品の中にエウロパの略奪を入れて描いた作品がアラクネの寓話。

手前で織物を織る女性達の向こうでは変身物語が展開している。奥のタペストリーがエウロパの略奪。

<アラクネの寓話、ベラスケス、プラド美術館>
アラクネの寓話 ベラスケス

Las hilanderas o la fábula de Aracne
VELÁZQUEZ, DIEGO RODRÍGUEZ DE SILVA Y
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

アラクネは織物が上手な女性であまりにも自慢をするので怒ったアテナが天から降りて来て織物競争をすることになった。この時にアラクネが織った題材がギリシャの神々の失敗や誘惑。全能の神ゼウスがエウロパを略奪するところを織物にした。

絵の一番奥に描かれているタペストリーに上記作品をモデルにしたゼウスによるエウロパの略奪が織られている。生意気なアラクネにアテナはお仕置きをする。「そんなに織りたいなら、いつまでも織れるようにしてあげましょ!」と蜘蛛に変身させた。というお話。

アラクネは今も蜘蛛になって織物を織っています。蜘蛛はラテン語でアラネア、スペイン語でアラ―ニャ、フランス語でアレニェ、イタリア語でラーニョ、全てアラクネから来ています。

イカロスの墜落

話は少し戻ってクレタ島へ。エウロパの息子ミノスは海神ポセイドンに立派な牛を生贄として所望する。ポセイドンは願いを叶え「とんでもなく美しい牛」を与えるがあまりにも美しくミノスはポセイドンに内緒で別の牛を生贄にした。それを知ったポセイドンは怒り、仕返しに妻のパシパエが牛に恋をするように仕組む。

<ヘラクレスとクレタの牛、スルバラン、プラド美術館>

スルバラン、ヘラクレス牛退治
Hércules y el toro de Creta
ZURBARÁN, FRANCISCO DE
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

*上記の絵はスペイン画家スルバランの珍しい神話画。パシパエが恋をした「とんでもなく美しい牛」は乱暴で手が付けられなかったのでヘラクレスが12の難行の中で素手で退治する場面。

牛に恋したパシパエは思いを遂げ子を産んだ。牛と関係を持つための機械は名人大工ダイダロスが考えた。牛との間に生まれた子供は半牛半人の怪獣ミノタウロス。ミノス王は名人大工のダイダロスに迷宮を作らせてそこにミノタウロスを閉じ込めた。その迷宮はラビュリンスというが今も迷路の事を英語でラビュリントス、スペイン語でラベリントスというのはこの迷宮ラビュリントスから来ている言葉

<ミノタウロス、アテネ国立考古学博物館>

ミノタウロス
Source Own work
Author Marsyas
Permission
(Reusing this file)
Voir ci-dessous

 

当時のアテネは毎年7人の青年と7人の乙女をミノタウロスの餌食に捧げる事になっていたがアテネの王子テセウスが生贄に紛れてクレタに到着。ミノス王の娘アリアドネはテセウスに恋をし無事に出てくるよう糸玉と剣を渡しテセウスは剣でミノタウロスを倒し糸玉で迷宮から出てくる。今も「アリアドネの糸」は難題解決という意味で使われる。

この知恵をアリアドネに与えたのは名大工ダイダロスだった。ミノス王の怒りを買ったダイダロスは息子イカロスと共に塔に幽閉される。

<イカロスの墜落、ゴーウェイ、プラド美術館>
イカロスの墜落

La caída de Ícaro
GOWY, JACOB PEETER
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

幽閉された塔に落ちて来た鳥の羽を蝋で固めて翼を作り大空へ二人で羽ばたいていった。ダイダロスはイカロスに「あまり低く飛んでも高く飛んでもいけない」と注意していたが自由自在に空を飛んでいるうち父親の忠告を忘れ太陽に近づきすぎて蝋が解けイカロスは墜落して海に落ちて死んでしまう。

自分の力を過信しないように、若者の暴走を止めるときに今も使われる教訓になっている。

トロイア戦争

トロイの王子として生まれたパリスの父王は「この子が生まれたらトロイが滅びる」と神託を受けていたが可愛い子供を殺せず神に内緒で羊飼いとして育てていた。

有る時神々の結婚式が行われることに。その会場に金のリンゴがひとつ落とされた。リンゴには「最も美しい女神へのプレゼント」と書かれていたので女神たちは大喧嘩を始める。

下の絵の左端がパリス、横に金のリンゴを持つヘルメスと右側に三人の女神たち

<パリスの審判、ルーベンス、プラド美術館>
パリスの審判 ルーベンス

El juicio de Paris
RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

どの女神がこのリンゴを受け取るのにふさわしいかを羊飼いのパリスが決めることになった。この三人というのは美の女神ビーナス、ゼウスの正妻ヘラ、知恵の神アテナ。

三人は自分が選ばれるために条件をパリスに出し始める。ビーナスは「私を選んでくれたら人間で一番美しい女性を奥さんにしてあげましょう」、ヘラは「貴方をアジアの王にしてあげましょう」、アテナは「貴方にいつでも戦争に勝てる力をあげましょう。」

<パリスの審判、ルーベンス、プラド美術館>
パリスの審判 ルーベンス
El juicio de Paris
RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

パリスが選んだのはビーナスだった。そして人間で最も美しい女性はギリシャの王妃ヘレーナという絶世の美女。ヘレーナをギリシャからトロイに連れて逃げて来たのが原因で戦争がはじまった。これがトロイア戦争の始まりで最後にトロイは滅びる。

19世紀にドイツ人のシュリーマンによって発掘されたトロイの遺跡も神話の後ろに史実があった事を証明した。現在のトルコのダータネルス海峡。

<トロイの遺跡>

トロイの遺跡
wikipedia CC
Troy
Photo taken by Adam Carr’s mother.

この時にギリシャ側で戦ったのがアキレウス。ギリシャ側の総大将がアガメムノンです。

*アキレウス・生まれるときに息子を不死にする為母親が冥界の河ステュクスに浸した。その手が息子の踵を掴んでいたため踵だけは彼の弱点になった。トロイア戦争ではこの踵を弓に射られ戦死。

30年間落ちないトロイにギリシャ兵が考えたのが木の木馬。トロイの城壁外に大きな木馬が置かれ、知らずに戦利品としてトロイの街に引き入れられた木馬からギリシャ兵が出て来てトロイの町は陥落する。

神託の通りパリスを殺しておけばトロイは滅びなかったというお話。運命からは逃げられなし、逃げたら逃げた結果言われた通りになる。

最後に

ギリシャ神話は登場人物のギリシャ語の名前が難しく本で読むと延々続く長いお話が面倒ですが紀元前15世紀頃から口承で伝えられていたものが次第にまとめられていったものです。ホメーロスのイリーアスやオデュッテイアは紀元前9世紀頃だそうで3000年も前のお話が現代の私たちが読んでも面白い冒険物語。その中に教訓や戒めが散りばめられています。

本当はもっともっと長いお話のさわりだけをご紹介しました。

広告

宗教画は意外と面白い。楽しむポイントを解説。

広告

美術館を楽しむ鍵はキリスト教とギリシャ神話

ヨーロッパの美術館を回るとキリスト教の宗教画とギリシャ神話が中心。楽しむためには基礎的な知識が必要です。ほんの少しの知識で美術館は何倍も楽しくなるものです。

今日はキリスト教の宗教画の楽しみ方をご紹介。プラド美術館の作品を中心にそれ以外の物も交えてキリスト教の聖人達を見ていきます。

アトリビュート(象徴物)もともとはうまく絵が描けなかった頃これが誰それ聖人かがわかるように少しづつ決まっていったもので曖昧なものもずいぶん多い。

鍵  聖ペテロ

イエス・キリストの一番弟子ペテロはもともと漁師。イエスが彼を弟子にするときに「私についてきなさい。貴方を人間を釣る漁師にしてあげよう。」「そして貴方をペテロ(岩)と呼びその岩の上に我々の教会の基礎を作ろう」「貴方にこの鍵を捧げよう。天国の鍵を」ということで彼の象徴物は鍵。たいてい黄色い服を着て天国の鍵を持っています。ペテロが殉教したところが今のサンピエトロ寺院。私は貴方をペテロ(岩・イタリア語でピエトロ)と呼びその岩の上に我々の教会を…の言葉が成就したということでバチカンのサンピエトロ寺院がカトリックの総本山に。ローマ法王はペテロの後継者。

ジュゼップ・リベラ(ホセ・リベラ)

聖ペテロ  黄色い服に鍵 プラド美術館

リベラの時代はスペインの宮廷でのスペイン画家はあまり重宝されずイタリアのナポリで活躍した。カラバッジョの明暗法を継承しレアリズムの画家として人気。聖人を描いているのに理想像ではなく現実の人間臭い感じがリベラらしいところです。額の皺の深さにモデルはおそらくナポリの漁師。

 

 

エル・グレコ

聖ペテロ 黄色い服に鍵 グレコの家博物館

エル・グレコはギリシャ人画家。トレドに移住してほとんど注文主が教会だった。ベネチアで修業したので彼の色はベネチア派からの四原色。シリーズで12弟子を描いている現存する中のひとつ。聖ペテロ。トレドのエル・グレコの家に行くとシリーズ12弟子全員そろってが見れます。

 

 

ルーベンス

聖ペテロ 鍵  プラド美術館

フランドルの画家ルーベンスは画家だけでなく人文学者で外交官もやっていた。イタリアのマントバ公からスペイン王フェリペ3世へのプレゼントを抱え外交官としてスペインにやって来る。通常は黄色い衣装なんですがグレーっぽいですね。

 

 

逆さ十字 聖ペテロ

同じく聖ペテロはローマで逆さ十字の刑に会うので逆さ十字の絵も。聖ペテロが逆さ十字に会ったところにサン・ペテロ教会(イタリア語でサン・ピエトロ教会)創られた。今のカトリックの総本山です。

カラバッジョ

聖ペテロ バジリカ・デ・サンタ・マリア・デル・ポポロ(ローマ)

エウヘニオ・カヘス

聖ペテロ トレド大聖堂

盃 聖ヨハネ

12弟子のヨハネはキリストに最も近く愛された。たいていいちばん年齢も若く作品になる。エフェソスで毒のお酒の飲まされて殺されかけたが盃が蛇になって逃げていって助かったという話から象徴物は盃。

エル・グレコ

聖ヨハネ プラド美術館  お約束通り若く誠実そうに。盃にドラゴン。

 

 

ルーベンス

聖ヨハネ プラド美術館  ルーベンスらしく肉感的。肌の色の透明感や髪の巻き毛が綺麗。盃を持っています。

 

広告

 

洗礼者ヨハネ 毛皮と生首

同じヨハネですがこちらはもっと年上。イエス・キリストのまたいとこで荒野を禁欲生活をおくりながら人々に水を使って洗礼を行っていた。ラクダの毛皮をまとっていたので象徴物の一つは毛皮。イエス・キリストにも洗礼を行ったので良く絵画にキリストの洗礼の場面がある。「悔い改めよ、天国は近づいた」とお説教していた。最後はヘロデ王とサロメの策略で斬首されるのでサロメが生首を持っている絵画もよくあります。

毛皮

エル・グレコ

洗礼者お羽キリストの洗礼     プラド美術館                          右側が洗礼者ヨハネ腰に毛皮  かなり晩年の物なので縦に引き伸ばされている感じ。

エステバン・ムリーリョ

幼子の洗礼者ヨハネ  プラド美術館

毛皮見えにくいですが背中側のあたり。犠牲を現す子羊。

 

 

レオナルド・ダ・ビンチ

洗礼者ヨハネ ルーブル美術館                                    誘ってる感じですがお約束の毛皮を着て十字架を持っているので洗礼者ヨハネです。

生首

洗礼者ヨハネは「悔い改めよ、天国は近づいた」と言って人々にお説教をしていた。エルサレムの王ヘロデ・アンティパスが兄弟の妻を娶ったのを非難していた。妻ヘロデアの娘がサロメ。王の誕生日会でサロメがうまく踊った褒美に欲しいものは「洗礼者ヨハネの首」と言ってっ首を切られて亡くなったのが洗礼者ヨハネ。その特異性と聖書の中の重要性から絵画のテーマに古くから使われている。オスカーワイルドの戯曲やシュトラウスのオペラなど数々の作品になっている。

ティチアーノ

洗礼者ヨハネの首 プラド美術館

カラバッジオ

洗礼者ヨハネの首 マドリッド王宮

カラバッジオらしくドラマチックで光の扱いも舞台みたいにドキッとさせる。

 

 

聖母マリアの服の色

聖母マリはは基本赤い服にブルーのベール。おそらく12世紀頃から真実、慈悲を現すブルーに血や愛を現す赤が使われる。その他純潔をあらわユリ、12の星の冠や三日月などがアトリビュート(象徴物)として一緒に描かれる。例外はフランドル絵画ではブルーのみ又はブルーの服に赤いベールの場合もある。19世紀にローマ法王ぴお9世により無原罪の御宿りの教義において聖母の衣装は白になる。

 

ベラスケス

聖母戴冠  プラド美術館

エル・グレコと工房

聖母マリア プラド美術館

フラ・アンジェリコ

聖母マリア プラド美術館   アルバ家からプラド美術館が最近入手2200万ユーロ位?。15世紀の板にテンペラ。ブルーの色が鮮やか。

 

 

青という色は人間が本質的に好む色かもしれません。生命は海からやってきたなら命の根源を感じるからなのか様々な絵画に綺麗なブルーが使われそれを見た人間が癒されてきた。ブルーはラピスラズリからとるのでたいへん高価なもので希少価値のあるものであったのも聖母に使うのにふさわしいと昔の人は感じたのかもしれません。

車輪  アレキサンドリアの聖カタリーナ

アレキサンドリアの知事の娘。3世紀頃当時の最高の教育を受けたカタリーナは母親の影響でキリスト教徒に。迫害者ローマ皇帝マクセンティウスのもとに行きキリスト教の迫害を非難する。手足を車輪に括り付けて転がされるという拷問を命じられるがカタリーナが触ると車輪はひとりでに壊れた。その後斬首刑。

カラバッジオ

聖カタリーナ  ティッセン・ボルネミッサ美術館

カラバッジオのドラマチック感が出ていて挑戦的な視線。今振り返ったばかりな感じ。 光の当たり方などドキッとする作品。綺麗な赤い座布団の上には殉教聖人を現す棕櫚の葉っぱ。

 

フェルナンド・ヤネス

聖カタリーナ プラド美術館

足元に壊れた車輪。

 

眼球 聖ルシア(サンタ・ルチア)

びっくりな絵ですがシラクサの聖ルシアはディオクレティアヌスの時代キリスト教を捨てるよう強要される。のどを切っても死なないので目をくりぬかれた。ルシアはラテン語で光という意味luxから。今も光の神様。目の悪い人の守護聖人。冬至の少し前12月13日がサンタ・ルシアの日。一年で最も日照時間が短い時期に光に帰ってきてもらうためサンタルシアを祝った。

作者不詳

聖ルシア(ルチア) プラド美術館  お盆の上に目玉が2個 棕櫚は殉教聖人を現す。ギョッとしますが見ているうちに見慣れます。

スルバラン

聖ルシア(聖ルチア) フランス・シャルトル美術館  お盆に目玉

乳房 聖アガタ

シチリア島カターニアの裕福な貴族の生まれの美しい娘。子供の頃にカトリック教徒として神に身を捧げる決意をしていた。ローマの総督が彼女の美貌と財産に目をつけ求婚するが断られ腹いせに牢屋に入れ乳房を切り落とす。祈り続けると傷が完治するがそのあと火あぶりの刑で殉教。

スルバラン

聖アガタ フランス・モンペリエ・ファーブル美術館  これもギョッとします。もっとむごい感じものあります。スルバランの聖女達はファッション雑誌みたいで綺麗です。

目元・口元・ほうれい線まわりの乾燥小ジワに!【エテルノ 美容液】

残酷なのが多かったですかしら・・・キリスト教の宗教画は色々見ているうちに面白くなってきませんか?美術館はいろんな切り口で楽しめます。プラド美術館に行ったら知っている聖人たちを探してみてください。

プラド美術館を有名な作品見逃さずに効率よく回れるコースを考えました。         <プラド美術館無駄なく回る1時間コース>

 

アスタ・ルエゴ

広告