ギリシャ神話は面白い。絵画で楽しむギリシャ神話。(プラド美術館を中心に)

 

ギリシャ神話は面白い。絵画で楽しむギリシャ神話をプラド美術館の作品を中心に紹介します。ヨーロッパの美術館を楽しむため知っていた方が絶対良いのはキリスト教とギリシャ神話。ほんの少し物語を知っているだけで美術館での時間もヨーロッパの旅も随分違ったものになります。プラド美術館を訪れた時その時間が数倍楽しくなるようにプラド美術館にある作品を中心にギリシャ神話をご紹介。

ギリシャ神話の神様達は奔放で情熱的で欲望のまま浮気をしたり女を誘拐したり、怒りに任せて報復をしたりとても人間くさく面白い。禁欲的なキリスト教の神と比べて作品にするのも見るのも楽しいものばかりです。ギリシャ神話の壮大な物語は冒険心をくすぐられ映画やゲームに今も使われています。

ダナエ

ダナエは今のギリシャのペロポンソス半島にあるアルゴス王国の美しい王女。あるとき父親の国王アクリシオスは神託を受けた。「お前はお前の孫によって滅ぼされるであろう」。驚いたアクリシオスはまだ結婚もしていない美しい娘のダナエが子供を産まないように城の塔に幽閉した。

ところが女好きの全能の神ゼウスが美しい女性ダナエを見つけた。青銅の扉の中にいるダナエに近づくために自分の姿を黄金の雨に変えてダナエと交わった。

この絵はベネチア巨匠ティチアーノがスペイン国王フェリペ2世の為に描いた一連の神話画「ポエジア」の連作のひとつ。「ポエジア」はギリシャ神話の変身物語を断続的に約10年間に渡って描いた連作。

ダナエを誘惑するために黄金の雨になったゼウスが幽閉されたダナエの塔に降り注ぐ。

<黄金の雨とダナエ・ティチアーノ・プラド美術館>
プラド美術館 ダナエ

Dánae recibiendo la lluvia de oro
TIZIANO, VECELLIO DI GREGORIO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

同じ題材の作品がナポリのカポディモンティ国立美術館、ザンクぺテルスブルグのエルミタージュ美術館、ウィーンの美術史美術館にある。構図はほとんど同じだが右側のおお皿で黄金を受けている老婆がの所にューピッドがいたり、犬が描いてあったりする。

<ダナエ・ティチアーノ・カンポディモンテ国立美術館>
ナポリにあるティチアーノのダナエ
wikipedia
Pubblico dominiovedi

ダナエはその後身ごもり男の子ペルセウス産んだ。神託は「貴方は孫によって滅ぼされる」父王アクレシウスは「この孫によって私が・・・?」と慌てたが可愛い孫に手を下すことはできず箱船に乗せダナエと共に海に流した。「きっとこれで大丈夫。」

この箱船がクレタ島の北にあるセリポス島に流れ着き漁師ディクテュスに助けられた。漁師の兄、島の王ポリュクデクテスは美しいダナエに一目ぼれ。青年になっていたペルセウスは母を守ろうと王に対抗する、が王は邪魔になったペルセウスを怪物メドゥーサ退治に出す。

<メドゥーサ、カラバッジオ、ウフィツイ美術館>
カラバッジョ メドゥーサ
wikipedia
public domain

 

メドゥーサはゴルゴン3姉妹の末っ子。顔は大変醜く「口には鋭い牙」、背中には「黄金の翼」、手には「かぎ爪」を持っていて「髪は生きた蛇」、最も恐ろしいのは「メドゥーサの目を見たものは石に変えられる」。

メドゥーサは実はもともと輝く金髪を持った絶世の美女だった。海の神ポセイドンに寵愛され白馬に姿を変えたポセイドンに連れられアテナ神殿で契りをかわす。神殿を汚されたアテナとポセイドンの正妻アンピトリテは仕返しにメドゥーサとその姉妹たちを怪物に変えてしまった。

<メドゥーサの頭・作者不明17世紀・プラド美術館>
メドゥサの頭
Medusa
ANÓNIMO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ペルセウスは女神アテナから「輝く盾」、ゼウスの使いの青年神ヘルメスからは「空飛ぶサンダルと金の新月の刀」を借りて旅に出た。この刀だけがメドゥーサの首を切ることが出来る。

後足りないものが二つ、それは西の国のニンフたちが持っている。ニンフ達の住み家を知っているのはグライアイの三人の老女。彼女たちは三人なのにひとつの目とひとつの歯を交代で使っていた。

ペルセウスは無事グライアイの老女からニンフの住み家を教えてもらい足りない二つの物、「被ると姿が見えなくなる帽子」、「ゴルゴンの首を入れるための魔法の袋」をもらった。

<メドゥサ退治のペルセウス・ルカ・ジョルダノ・プラド美術館>
ルーカジョルダノのペルセウスのメドゥサ退治

Perseo vencedor de Medusa
GIORDANO, LUCA
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ゴルゴン谷に着いたペルセウスはヘルメスの羽の付いたサンダルで空を飛びアテナにもらったピカピカの盾にメドゥーサを写し、金の新月の刀でその首を切り落とした。ペルセウスは帽子をかぶって姿を消しサンダルで空を飛んで逃げていく。

メドゥーサを倒したペルセウスは母の待つセリポリ島へ飛んで帰る途中、美女が鎖で岩場に繋がれているのを見つけた。この美女はエチオピアの王女アンドロメダ。海から牙の生えた怪獣が美女を狙って泳いでいるのが見える。

実はエチオピアの王妃カシオペアは「海の神ポセイドンの娘たちより私の方が美しい」と豪語していた。それがポセイドンの耳に入り怒りにふれエチオピアは毎年大洪水に苦しめられていた。国王ケフェウスが神に聞いたら「娘アンドロメダを海の怪獣の生贄にすれば神の怒りは鎮まるだろう」。それでかわいそうな娘アンドロメダは鎖に繋がれ今まさに生贄になっていた。

<アンドロメダの救出・ルーベンス・プラド美術館>
アンドロメダとペルセウス

Perseo liberando a Andrómeda
JORDAENS, JACOB,RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ペルセウスはヘルメスのサンダルで空を飛び、持っていたメドゥーサの首を怪獣に掲げて石に変えアンドロメダを救出した。

<アンドロメダとペルセウス・ティチアーノの模写・プラド美術館>
アンドロメダとペルセウス

Andrómeda y el dragón
ANÓNIMO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ペルセウスとアンドロメダは結婚し母のいるセリポス島に戻り母に言い寄る(まだ言い寄っていた)ポリュデクテス王にメドゥーサの首を見せて石に変え故郷のアルゴスへ帰って行く。

「お前は孫によって滅ぼされる」と予言を受けていた祖父の国王アクリシオスは孫の帰還に驚いてアルゴスからラリッサという町に逃げていた。

ペルセウスはアルゴスの王となりある時ラリッサの町の競技大会に呼ばれる。その時に参加した円盤投げ競技で投げた円盤がある老人にあたってその老人は命を落とす。その老人こそ元国王のアクレシオス。ついに神の神託は現実となった。

人間は不幸な神託を受けると何とか免れようとするが結局どう逃れても予言の通り運命は人間を導いていくというのがギリシャ神話に共通する教訓です。

壮大な冒険物語に登場する人物たちは大空に星座として今も輝いています。

エウロパの略奪

エウロパは月のような顔をした美しいフェニキアの王女だった。エウロパに一目ぼれしたゼウスは自らの姿を白い牡牛に変身させ油断したエウロパを略奪して旅に出る。

この時に牡牛ゼウスがエウロパと旅をしたところをエウロパ=ヨーロッパと呼ぶようになった。彼らが旅の後に着いたのがクレタ島。ゼウスとエウロパの間に生まれたのがミノスでクレタ島にクノッソス宮殿を作って住んでいた王様です。

*神話の長い物語は荒唐無稽な作り話と信じられていたが19世紀に発掘が行われイギリス人のアーサーエバンズによって遺跡が発見されている。

<クレタ島、クノッソス宮殿遺跡>

クレタ島、クノッソス宮
wikipedia CC
Source Own work
Author 遠藤 昂志
<エウロパの略奪、ティチアーノ、ガードナー美術館蔵>

最初の作品ダナエと同じくティチアーノがフェリペ2世の為に描いた一連の神話画の「ポエジア」の7作中の最後の物。

19世紀にアメリカに渡って今もアメリカの美術館蔵。スペイン王位継承戦争のさなかフェリペ5世がフランス大使に与えパリへ移された後これが19世紀にアメリカの富豪ガードナー夫人により購入され大西洋を渡ってアメリカに渡ったスペインとしては大変残念な結果の名画。

ティチアーノ、エウロパの略奪
wikipedia
public domain

下の絵はスペインに来ていたピーター・ポール・ルーベンスが当時はまだマドリードの王宮にあったティチアーノの上記作品を模写したエウロパの略奪。今もプラド美術館で鑑賞できます。ルーベンスの方がエウロパの太ももの肉付きがぽっちゃりで官能的。

<エウロパの略奪、ルーベンス、プラド美術館>
エウロパの略奪 ルーベンス

El rapto de Europa
RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ルーベンスがスペインに来た頃に宮廷画家として活躍していたのがベラスケス。どちらも国王フェリペ4世のお気に入りの画家で2人は一緒にスケッチ旅行へ行ったりしている。ベラスケスが自分の作品の中にエウロパの略奪を入れて描いた作品がアラクネの寓話。

手前で織物を織る女性達の向こうでは変身物語が展開している。奥のタペストリーがエウロパの略奪。

<アラクネの寓話、ベラスケス、プラド美術館>
アラクネの寓話 ベラスケス

Las hilanderas o la fábula de Aracne
VELÁZQUEZ, DIEGO RODRÍGUEZ DE SILVA Y
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

アラクネは織物が上手な女性であまりにも自慢をするので怒ったアテナが天から降りて来て織物競争をすることになった。この時にアラクネが織った題材がギリシャの神々の失敗や誘惑。全能の神ゼウスがエウロパを略奪するところを織物にした。

絵の一番奥に描かれているタペストリーに上記作品をモデルにしたゼウスによるエウロパの略奪が織られている。生意気なアラクネにアテナはお仕置きをする。「そんなに織りたいなら、いつまでも織れるようにしてあげましょ!」と蜘蛛に変身させた。というお話。

アラクネは今も蜘蛛になって織物を織っています。蜘蛛はラテン語でアラネア、スペイン語でアラ―ニャ、フランス語でアレニェ、イタリア語でラーニョ、全てアラクネから来ています。

イカロスの墜落

話は少し戻ってクレタ島へ。エウロパの息子ミノスは海神ポセイドンに立派な牛を生贄として所望する。ポセイドンは願いを叶え「とんでもなく美しい牛」を与えるがあまりにも美しくミノスはポセイドンに内緒で別の牛を生贄にした。それを知ったポセイドンは怒り、仕返しに妻のパシパエが牛に恋をするように仕組む。

<ヘラクレスとクレタの牛、スルバラン、プラド美術館>

スルバラン、ヘラクレス牛退治
Hércules y el toro de Creta
ZURBARÁN, FRANCISCO DE
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

*上記の絵はスペイン画家スルバランの珍しい神話画。パシパエが恋をした「とんでもなく美しい牛」は乱暴で手が付けられなかったのでヘラクレスが12の難行の中で素手で退治する場面。

牛に恋したパシパエは思いを遂げ子を産んだ。牛と関係を持つための機械は名人大工ダイダロスが考えた。牛との間に生まれた子供は半牛半人の怪獣ミノタウロス。ミノス王は名人大工のダイダロスに迷宮を作らせてそこにミノタウロスを閉じ込めた。その迷宮はラビュリンスというが今も迷路の事を英語でラビュリントス、スペイン語でラベリントスというのはこの迷宮ラビュリントスから来ている言葉

<ミノタウロス、アテネ国立考古学博物館>

ミノタウロス
Source Own work
Author Marsyas
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当時のアテネは毎年7人の青年と7人の乙女をミノタウロスの餌食に捧げる事になっていたがアテネの王子テセウスが生贄に紛れてクレタに到着。ミノス王の娘アリアドネはテセウスに恋をし無事に出てくるよう糸玉と剣を渡しテセウスは剣でミノタウロスを倒し糸玉で迷宮から出てくる。今も「アリアドネの糸」は難題解決という意味で使われる。

この知恵をアリアドネに与えたのは名大工ダイダロスだった。ミノス王の怒りを買ったダイダロスは息子イカロスと共に塔に幽閉される。

<イカロスの墜落、ゴーウェイ、プラド美術館>
イカロスの墜落

La caída de Ícaro
GOWY, JACOB PEETER
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

幽閉された塔に落ちて来た鳥の羽を蝋で固めて翼を作り大空へ二人で羽ばたいていった。ダイダロスはイカロスに「あまり低く飛んでも高く飛んでもいけない」と注意していたが自由自在に空を飛んでいるうち父親の忠告を忘れ太陽に近づきすぎて蝋が解けイカロスは墜落して海に落ちて死んでしまう。

自分の力を過信しないように、若者の暴走を止めるときに今も使われる教訓になっている。

トロイア戦争

トロイの王子として生まれたパリスの父王は「この子が生まれたらトロイが滅びる」と神託を受けていたが可愛い子供を殺せず神に内緒で羊飼いとして育てていた。

有る時神々の結婚式が行われることに。その会場に金のリンゴがひとつ落とされた。リンゴには「最も美しい女神へのプレゼント」と書かれていたので女神たちは大喧嘩を始める。

下の絵の左端がパリス、横に金のリンゴを持つヘルメスと右側に三人の女神たち

<パリスの審判、ルーベンス、プラド美術館>
パリスの審判 ルーベンス

El juicio de Paris
RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

どの女神がこのリンゴを受け取るのにふさわしいかを羊飼いのパリスが決めることになった。この三人というのは美の女神ビーナス、ゼウスの正妻ヘラ、知恵の神アテナ。

三人は自分が選ばれるために条件をパリスに出し始める。ビーナスは「私を選んでくれたら人間で一番美しい女性を奥さんにしてあげましょう」、ヘラは「貴方をアジアの王にしてあげましょう」、アテナは「貴方にいつでも戦争に勝てる力をあげましょう。」

<パリスの審判、ルーベンス、プラド美術館>
パリスの審判 ルーベンス
El juicio de Paris
RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

パリスが選んだのはビーナスだった。そして人間で最も美しい女性はギリシャの王妃ヘレーナという絶世の美女。ヘレーナをギリシャからトロイに連れて逃げて来たのが原因で戦争がはじまった。これがトロイア戦争の始まりで最後にトロイは滅びる。

19世紀にドイツ人のシュリーマンによって発掘されたトロイの遺跡も神話の後ろに史実があった事を証明した。現在のトルコのダータネルス海峡。

<トロイの遺跡>

トロイの遺跡
wikipedia CC
Troy
Photo taken by Adam Carr’s mother.

この時にギリシャ側で戦ったのがアキレウス。ギリシャ側の総大将がアガメムノンです。

*アキレウス・生まれるときに息子を不死にする為母親が冥界の河ステュクスに浸した。その手が息子の踵を掴んでいたため踵だけは彼の弱点になった。トロイア戦争ではこの踵を弓に射られ戦死。

30年間落ちないトロイにギリシャ兵が考えたのが木の木馬。トロイの城壁外に大きな木馬が置かれ、知らずに戦利品としてトロイの街に引き入れられた木馬からギリシャ兵が出て来てトロイの町は陥落する。

神託の通りパリスを殺しておけばトロイは滅びなかったというお話。運命からは逃げられなし、逃げたら逃げた結果言われた通りになる。

最後に

ギリシャ神話は登場人物のギリシャ語の名前が難しく本で読むと延々続く長いお話が面倒ですが紀元前15世紀頃から口承で伝えられていたものが次第にまとめられていったものです。ホメーロスのイリーアスやオデュッテイアは紀元前9世紀頃だそうで3000年も前のお話が現代の私たちが読んでも面白い冒険物語。その中に教訓や戒めが散りばめられています。

本当はもっともっと長いお話のさわりだけをご紹介しました。

キリスト教のミニ知識、復活祭(セマナ・サンタ)と移動祝祭日そして旧約聖書の関係

プラド美術館の廻り方。エルグレコ、ベラスケス、ゴヤ、ベネチア絵画等 無駄なく回る地図付き解説。  

プラド美術館の廻り方を解説します。プラド美術館は約2万点のコレクションが有る大きな美術館です。プラド美術館で見逃してはいけない作品を無駄なく鑑賞して約1時間~1時間30分で次へ移動できるように考えました。南のムリーリョ門から出るとレイナソフィア芸術センター(ピカソのゲルニカが有ります)迄歩いて10分、ゴヤの入り口の方からティッセンボルネミッサ美術館へ徒歩5分です。

 

プラド美術館の入口は2か所


プラド美術館には2か所の入り口がある。切符売り場の上に有るゴヤの入り口とサン・ヘロニモス教会横のヘロニモスの入り口。(下写真右側のムリーリョの入り口は学校団体専用)

pラド美術館館内図
museo del prado

写真下のゴヤの銅像(後姿)の向こうに見えるのがプラド美術館切符売り場。切符売り場の両側から階段を登るとゴヤの入り口。左の方に教会がありそちらに進むとヘロニモスの入り口が有る。

南側にムリーリョ門があり(入場は学校のグループ専用)があり出ることは出来るのでプラドの後ソフィア王妃芸術センターに歩いて行くならムリーリョの出口から出ると徒歩10分位で到着できる。

プラド美術館周辺図
筆者作成

 

プラド美術館ゴヤの入り口の方からネプチューンの噴水を反対側にわたるとティッセンボルネミッサ美術館でこの辺りはアート好きには嬉しい黄金の三角地帯です。

プラド美術館開館200周年で2つの特別展


プラド美術館フラ・アンジェリコとルネッサンス展始まりました   ⇐6月25日から予約時間不要になりました。

フラ・アンジェリコとフィレンツェの初期ルネッサンス展

プラド美術館フラアンジェリコ展
筆者作成プラド美術館フラアンジェリコ展場所

フラ・アンジェリコの受胎告知の修復が終了したのに合わせ特別展。

プラド美術館フラアンジェリコ展
筆者作成プラド美術館フラアンジェリコ展場所

*常設展の切符で入れます。

*時間指定は6月25日からいらなくなりました。⇐また変わるかもです。

*場所はヘロニモスの入り口から入って左の方、エスカレーター登ったところ。

 

*目玉は修復が終わった受胎告知。鮮やかなブルーが甦りました。

*小さな展示場なのでサックリ見るだけなら20分程で見学できます。

 

プラド美術館フラ・アンジェリコ展場所
筆者作成プラド美術館フラアンジェリコ展場所

ヘロニモスの入り口を入り左側を見るとこんな感じ。

プラド美術館ベラスケス・フェルメール・レンブラントの特別展

 

少し進むとこのエスカレーターがある。上に登って左側にフラ・アンジェリコ展入り口がある。

プラド美術館フラアンジェリコ展

2019年6月25日からベラスケス・フェルメール・レンブラントの肖像画の特別展

*入場券を購入する時に切符売り場で時間を指定してもらう。

*切符売り場の人によって対応が違うので向こうから時間を指定してくれない事もある。

*時間が印刷されていなければ「エクスポジシオン・フェルメール・レンブラント」というと空いている時間を指定してくれる。またはこちらから希望の時間を言ってみる。

写真下は15:30に入場の時間が印刷された切符。

*ネットで既に印刷した切符を持っている場合はヘロニモスから入り手荷物検査後左側のEDUCACIONのカウンターに持って行き時間指定を受ける。

 

ヘロニモスの入り口入った左側のモニターに時間が表示される。

 

 

 

プラド美術館最寄りメトロ


プラド美術館に行くにはメトロ2号線<セビージャ>または<バンコ・デ・エスパーニャ>から徒歩10分。1号線<アトーチャ>からも徒歩10分。バンコ・デ・エスパーニャからシベーレス〜プラドの遊歩道と歩くと綺麗なところを見ながらの散歩道。

 

プラド美術館の開館時間および休館日

毎日10:00から20:00(日曜祝日~19:00、1月6日、12月24日31日~14:00)休刊日1月1日、5月1日、12月25日

プラド美術館に無料で入るなら

プラド美術館は閉館時間2時間前から毎日無料になる。入場料15€が無料になるのは魅力的だ。平日18時~と日曜祝日17時~は毎日無料。30分~45分前には列ができる始めるので早めに行って少し並ぶ覚悟でどうぞ。

プラド美術館空いている時間

無料じゃなくていいのでゆっくり鑑賞したい方は意外と空いているのは13時、14時、15時頃のお昼時です。

手荷物検査があります

プラド美術館入場時に手荷物検査が有ります。空港と同じ要領で体は機械を通り、荷物も機械を通します。持って入れないのは危険物、刃物類、自撮り棒、大きなカバンやリュック等で入り口に荷物預け(Consigna=コンシグナ)が有り無料で預けることが出来る。水はカバンに入っていれば持って入れる。

*カバンを預けても貴重品は念のため自分で持ちましょう。

入場は2か所、ゴヤの切符売り場上又はヘロニモス教会下

プラド美術館所蔵品は約2万点のコレクションで常設展だけで12000点の展示。美術好きの方は2日間くらいゆっくり鑑賞してもいいですがあまり時間がない方の為にさっくりコースで約1時間~1時間半くらいで回れるようにご案内します。私のプラド美術館おすすめ絵画を無駄なく回ります。

 

ヘロニモスから入りエレベータ―で1階(日本の2階)へ移動後上地図の左の方へ移動する。

プラド美術s館内部
筆者撮影

又はゴヤの入り口(日本の2階)から入るとまずはベネチア絵画が並ぶ。

プラド美術館館内図
プラド美術館館内図筆者作成

当時のスペイン国王カルロス5世とフェリペ2世のコレクションだったもので膨大なコレクション。ティチアーノ、ティントレット、大きな作品ばかりを見ながら移動。ベネチアは人間が海に石を積み上げて創った人工的な街で自然が少ないので鮮やかな色に憧れた。油彩画の綺麗な色の神話がや聖書の物語を堪能します。

ティントレット

*ティントレットはイタリアルネッサンスの画家。ティチアーノの弟子にあたりベロネーゼと共にベネチア絵画を代表する画家。

弟子たちの足を洗うキリスト(25番の部屋) 1547年ころ。床の絵タイルで遠近法が効果的。右の方に弟子の足を洗うキリスト。左には裏切者ユダが。遠景に当時のベネチアの街。

*実はこの絵が面白いのは絵をどこから見ても絵を見る人が中心になる。左右に大きく動きながら絵を見てみてください。どちらから見てもテーブルがいつも自分の方を向いている不思議な絵です。

 

プラド美術館ティントレット
museo del prado

エル・グレコ

プラド美術館スペイン3大巨匠のひとりがエル・グレコ。上記ティントレットと共にベネチアのティチアーノの工房で働き学んだ。ベネチアからスペインにやって来てトレドで活躍したが生まれはギリシャのクレタ島。スペイン国王フェリペ2世に仕えたかったがエル・グレコの絵はフェリペ2世の好みではなかった。その後トレドに移住して活躍した。注文主が教会だったのでほとんどが聖書の場面や教会の祭壇画だったもの。

下は受胎告知1570年ころ(9Bの部屋)。左が聖母マリア右のほう上空から降りてきた大天使ガブリエル。天上界では天使たちがお祝いの音楽を奏でている。

 

プラド美術館エル・グレコ、受胎告知
museo del prado

 

隣の部屋(8Bの部屋)にエル・グレコの数少ない肖像画。胸に手を置く騎士の肖像。ジーッと見つめると穏やかな声で話しだしそうです。胸に置く手の形はエル・グレコがよく使った真ん中指と薬指をつけた形。

プラド美術館エル・グレコ、胸に手を置く騎士
museo del prado

 

写真下:エル・グレコ最後の作品である羊飼いたちの礼拝(10Bの部屋)はトレドにあるサント‣ドミンゴ・エル・アンティグオ教会の祭壇画として描かれた。最晩年の絵なので色に深みが出て光源をキリストのみに絞り、周りの人にあたる光の研究。暗い教会の中で信者の視線は赤子キリストへ集まるように描いている。

 

プラド美術館エル・グレコ
museo del prado

宗教画は私たち日本人にはあまりなじみが無く敬遠されがちですがちょっとだけ知識があると楽しんで鑑賞できます。プラド美術館の絵画で読み解く聖書の記事。

聖書と絵画。絵画で読み解く新約聖書。宗教画を楽しもう。

ティチアーノ

プラド美術館、中央回廊に戻るとベネチアの巨匠ティチアーノのカルロス5世とフェリペ2世。馬に乗っているのがカルロス5世。遺産相続で大帝国を手に入れた国王で神聖ローマ帝国皇帝。この時代がスペイン・ハプスブルグ帝国の頂点だった。

<ティチアーノ作カルロス5世騎馬像>

プラド美術館ティチアーノ、カルロス5世
museo del prado

カルロス5世の生涯の記事です。

カルロス5世(スペイン史カルロス1世)神聖ローマ帝国皇帝。スペインの黄金時代

 

フェリペ2世はその息子。さらにポルトガル領土を手に入れて日本に宣教師をたくさん送ってきた国王。「太陽の沈まない国」スペインの大帝国の時代。

  < ティチアーノ作フェリペ2世肖像画>

プラド美術館ティチアーノ、フェリペ2世
museo del prado

フェリペ2世の生涯をまとめた記事です。

フェリペ2世「スペイン・日の沈む事無き大帝国」の国王

ベラスケス

プラド美術館3大巨匠のひとりベラスケス。有名な作品ラス・メニーナス1656年(12番の部屋)は必見。真ん中に王女マルガリータ。

プラド美術館内図
筆者作成

ラス・メニーナスの左側に画家本人ベラスケスが絵筆を持ってこちらを見て立っている。奥の鏡の中にフェリペ4世国王夫妻。光の扱いによる部屋の空間表現、絵の中の動きや時間の経過、衣装の素材感等を感じてください。そして鏡の中に映っているのはあなた自身と思って絵の前に立ってください。向こう側の人たちがこちらを見ていたことに気が付きます。

 

プラド美術館ベラスケス、ラスメニーナス
museo del prado

*絵に近づいたり離れたりして見てみると離れれば離れる程絵の奥行が増していきます。

このラス・メニーナスはプラド美術館の中でも特別扱いの作品です。是非ともゆっくり鑑賞して帰ってください。

画家ベラスケスと当時のスペインの歴史記事です。

ベラスケスの作品と生涯。斜陽のスペイン・ハプスブルグの歴史をベラスケスの絵画で説明

ムリーリョ

ベラスケスと同時代に活躍したムリーリョは美しい聖母マリアの絵で有名。「無原罪の御宿り」(16番17番の部屋)の聖母は当時の人々の心の支えになった。

プラド美術館ムリーリョ
museo del prado

ムリーリョは南スペインのセビージャで活躍した画家。薄もやの中にいる様な神秘的な絵を描き特に外国で人気があった。

 

プラド美術館ムリーリョ

La Inmaculada del Escorial
MURILLO, BARTOLOMÉ ESTEBAN
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ムリーリョの絵画と生涯をまとめた記事です。

ムリーリョ(バルトロメオ・エステバン・ムリーリョ)プラド美術館17世紀黄金世紀の巨匠たち

ルーベンス

 

中央回廊に戻り前進するとピーター・ポール・ルーベンスの絵画が並ぶ(28~28番あたり)。

プラド美術館ムリーリョ
museo del prado

写真下はルーベンスの三美神。プラド美術館の中で有名な作品です。三人の女神たちが与えあって慈しみあっている人間の理想の関係。女性の肌の色が透明感があって綺麗です。今だとちょっと太めの女性達ですが当時の流行とルーベンスの個人的な好み。左端の女性がルーベンスの二度目の結婚相手。53歳の時16歳のエレーヌ・フールマンと再婚。

プラド美術館ルーベンス、三美神
museo del prado

 

ゴヤ

更にこの回廊を進んでいくと突き当りにゴヤの絵が置かれている。プラド美術館3大巨匠最後の1人はゴヤです。

プラド美術館館内図
筆者作成

突き当りの部屋(32番の部屋)に有るカルロス4世と家族の肖像画は1800年に描かれたゴヤの出世作。ゴヤが仕えた王様とその家族。女性達の衣装の色の透明感がとってもきれいです。左端後ろの方からこちらを見ているのが画家本人。ゴヤの近代性は人間の内面描写。ここにいる人々の内面が解るように描かれていて国王の表情からのんきそうな人柄がよく出ている。

プラド美術館ゴヤ、カルロス4世とその家族
museo del prado

 

この部屋から右の方へ、通路を横切り左へ行くと裸のマハと着衣のマハ(36番の部屋)。プラド美術館の目玉の作品ですがこの2枚は良く貸し出されます。見るポイントは裸の方の透明感やゴヤの絵の肌色の独特の美しさ。謎の多い作品ででなぜ裸体画を描いたか、2枚の絵のタッチの違い、裸の方の首から上が不自然なのはなぜ?モデルはアルバ公爵夫人という貴族の女性説が有力だが未だに数々の謎が有る作品です。

 

 

プラド美術館ゴヤのマハ
museo del prado

 

廊下の方に出て少し進むと階段。下の図の右の方39の部屋の横の階段を降りる。

プラド美術館館内図
筆者作成

下の階に降りていくと日本の1階部分に到着。

プラド美術館地上階の地図

階段を降りて10メートル程歩いて右手の部屋へ入ると左右に部屋にゴヤの晩年の作品。1808年5月2日と5月3日という大作(64番65番の部屋)と黒い絵シリーズ(67番の部屋)が並ぶ。

プラド美術館館内図
museo del prado 筆者作成

晩年のゴヤの作品。写真は5月3日。ナポレオン戦争でマドリードにフランス軍がやって来て民衆が処刑された。戦争が終わってからゴヤが描いたもので人類が描いた最初の「ヒーローがいない戦争画」マネやピカソに影響を与えた作品。

プラド美術館ゴヤ5月3日
museo del prado

 

ゴヤの黒い絵シリーズは晩年のゴヤは聴覚を失い戦争で人間嫌いになり、町の郊外に一軒の家を購入しそこで一人暮らす中家中の壁に絵を描いていた。

写真はわが子を食らうサトゥルノス。

プラド美術館ゴヤ、わが子を食らうサトゥルヌス
museo del prado

 

ボルドーのミルク売り(64番の部屋)。ボルドーに亡命したゴヤが亡くなる前に描いた最後の絵だと言われているがいまだに偽物説も。綺麗な作品で亡くなる前の作品ならゴヤの心はこの絵のようだったかも。涙が出そうになる優しさのある作品です。

プラド美術館ゴヤ、ボルドーのミルク売り
museo del prada

 

もしもう少し時間が許せばここから中央に戻ってあと1点。

 

ヒエロニムス・ボス快楽の園

快楽の園(56Aの部屋)現オランダにあるスヘルトーヘン・ボス出身の画家。サルバドール・ダリ達(シュル・レアリスト)に影響を与えた作品。

プラド美術館館内図
筆者作成

1500年頃まだ絵画は教会の聖書の場面が中心だったころに不思議な魑魅魍魎とした世界をユーモラスに描いていて一つ一つのモチーフはまるで今のアニメやゲームに使えるくらい斬新で面白い。両側の翼の後ろにも絵が描かれている。扉を閉めると地球が現れます。この作品もプラド美術館の宝と言われている。

ヒエロニムス・ボス、快楽の園

 

プラド美術館まとめ


スペイン旅行でマドリードにいるならば時間が無くても絶対におすすめがプラド美術館です。時間の無い方の為に有名どころを迷子にならずに無駄なく回れるようにコースを作りました。

まだまだ素晴らしい作品があるプラド美術館ですが今日の所はこの辺で。


 

ギリシャ神話を少し知っているだけで美術館は数倍楽しくなります。絵画で楽しめるようにギリシャ神話をプラド美術館の作品を中心に紹介しています。

ギリシャ神話は面白い。絵画で楽しむギリシャ神話。(プラド美術館を中心に)

マドリード観光、散策モデルコースとおすすめバル、初めてのマドリードなら外せないスペイン広場からマヨール広場、そしてバル街へ

マドリードの中心部だけなら歩いて楽しめる。この記事ではスペイン広場から始めて簡単な散策のあとにおすすめのバル巡り、マドリード散策モデルコースを作ってみました。最後にサンミゲール市場とマッシュルーム屋さんやマヨール広場でバル巡りを楽しんでください。

歩いて楽しむマドリード散策コース


スペイン広場(Plaza de España)⇐2019年6月から工事が始まりました。

スペイン広場は2019年6月から約2年間の改修工事が始まりました。周りが高い塀に囲まれて近づけなくなっています。次の項目エジプトの神殿から観光を始めてください。

スペイン広場
メトロ10番線と3番線「プラサ・デ・エスパーニャ」下車。グランビア通りや王宮のすぐ近くで街の中心です。スペイン広場というとローマが有名ですがマドリッドのスペイン広場が本家本元です。

スペイン中どこにでもスペイン広場がありますがマドリードのスペイン広場はドン・キホーテとサンチョ・パンサで有名です。写真中央。

この2人はラ・マンチャの男という小説の主人公達で左が憂い顔の騎士ドン・キホーテ。当時流行の騎士道精神の本を読みすぎて頭がおかしくなって自分も本の中に出てくる騎士の様な気がして旅に出た。となりでロバに乗っているのが一緒に来た従士のサンチョ・パンサ。約400年前の小説に出てくる主人公たちが出迎えてくれます。後ろの白い石像は作者のミゲール・セルバンテスです。

時期によってはお店が出ていたりイベントをやっていたりしますがマドリードを訪れた世界中の人達が必ず写真を一枚とる場所だそうです。

マドリード歩いて楽しむコースをビデオで

エジプトの神殿(Templo de Debod)

スペイン広場のメトロの出口から10分ほど歩いて行くとなんとエジプトの神殿がある公園がある。

Templo de Debod=デボ神殿という名のナイル川にあった2000年以上前の神殿で無料で入る事が出来る。

アスワン・ハイ・ダムを造る時水没する事になった沢山のモニュメントのひとつ。
それらを救うためにスペイン政府が援助したお礼にエジプト政府から贈られた。
「神殿のプレゼント」なので桁外れの贈り物です。
マドリードにあるエジプトの神殿マドリードにあるエジプトの神殿
入場無料無料。上記写真に開館時間が出ています。

4月1日~9月30日10時~2時と午後6時~8時、            10月1日~3月31日10時~2時と午後4時~6時。           土曜日曜祝日は9時30分~午後8時。                   休館日:月曜、1月1日、6日5月1日12月25日。

内部に入るとヒエログリフ(象形文字)が綺麗に残っている。
アメン神に捧げた神殿で2400年ほど前のもの。内部一番奥に石室があり秋分の日と秋分の日は朝日が真っ直ぐここに届く設計。二階に上がるとナイル川沿岸の地形図が展示されています。

神殿から外へ出て広場の奥の方へ行くとマドリードの郊外の森が展望できます。夕方来ると夕陽がとっても綺麗でマドリード夕日絶景のスポットです。(夏は夕日になるのが22時とかですが・・・)

王宮(Palacio Real)

再びスペイン広場方面に戻り東に向かうと歩いて13分ほどでマドリード王宮があるオリエンテ広場へ


王宮

マドリード王宮ともオリエンテ宮殿とも呼ばれてる白い綺麗な宮殿。1738年日本の江戸時代、徳川吉宗の頃に作られた王宮、現在は迎賓館。

特に公式行事が無いときは公開されているので入場することが可能。ブルボンの王様達が夏の初め暮らした王宮で内部は殆どそのまま公開されている。家具や絵画、天井画、晩餐会の大広間は現在も使われている。入口は上記写真の一番向こう側(アルムデナ大聖堂側)から。

入場時手荷物検査あり。内部の最初階段を登るまで写真撮影可能。王様達の暮らしたお部屋になるところから写真禁止。

冬季(10月~3月)10時~午後6時                   夏季(4月~9月)10時~午後8時

休館日 1月1日、1月6日、5月1日、10月12日、12月24日(15時で閉館)12月25、12月31日。さらに各公式行事、又予告なく閉鎖することが有ります。

 

プラサ・デ・オリエンテ(Plaza de Oriente)

王宮の前の綺麗な広場がオリエンテ広場(Plaza de Oriente)。お散歩する人達でいつも賑わっている。

マドリードのオリエンテ広場
De Luis García (Zaqarbal) – Trabajo propio, Dominio público, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=789047

中央の騎馬像はフェリペ4世、プラド美術館の名作「ラス・メニーナス」の鏡の中にいるスペイン王でベラスケスの絵をもとに作った。

オリエンテ広場のフェリペ4世像
筆者撮影

 

ベラスケスが描いたフェリペ4世騎馬像
De Diego Velázquez – [1], Dominio público, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=4727424
注意:このあたりにスリが観光客に混じって時々やってきます。上手に隙を狙って知らないうちにお財布をすって行くプロの外国からきているスリ集団に注意。乱暴ではないのでちょっと気をつければ大丈夫です。

オペラ座を左に見ながら進むとカフェ・オリエンテというエレガントなカフェレストランがある。ここでお茶をするのもおすすめ。

カフェオリエンテ

朝食や食事も出来て夜は王宮を見ながらワインも楽しめます。スペイン国王もお食事に来る有名店。

このあたり王宮が見えるところに素敵なレストランやカフェテリアが沢山ある。夜は王宮の間接照明を楽しめる。(夏は暗くなるのは22事以降です)

王宮からラマレス広場                                                  (palacio Real~Plaza de Ramales)

王宮を背中に右のほうへ、緩やかな登坂を登って行くと
その先に可愛いパン屋さん。お散歩中のわんちゃん駐車出来ますの看板。

かわいいパン屋さん、ワンちゃんパーキング

広場にはベラスケスのパネルが
ここはベラスケスが埋葬されていた教会があったそう
ナポレオン戦争で破壊され画家のお墓は今も行くえ不明。

ベラスケスが埋葬されていた教会あと

サンティアゴ広場からサンミゲール市場へ

ラマレス広場から右手の方にサンチアゴ通りの方へ歩いて行くとサンチアゴ教会(Iglecia de Santiago)。マドリッドからサンティアゴの道を始める人はここからです。


サンティアゴ教会を背中にサンティアゴ通りを歩きます。小さなレストランや小売店が並ぶ良いムードの通りです。ちょっと路地に入るとルティエール(楽器工房)やゴヤが住んでいた家が残る。

ルティエール
ゴヤが住んでいた家
大きな通りにでたらそこはマヨール通り(Calle Mayor)。

マヨールはスペイン語で大きなという意味でマドリッドが首都になった頃に造られた大通り。フェリペ2世がトレドからマドリードに首都を移動したころに作られた通りです。

16世紀頃日本は戦国時代に作られた街が残るのがこのあたりです。。

サン・ミゲール市場(Mercado San Miguel)

目指すはサン・ミゲール市場。昔は本当に生鮮食料品を扱う市場だったが今はマドリッド人気スポットの飲食店が入るフードコートになっている。
中に色んなバルが入っていてここだけで充分楽しめます。随分混んでいるのと少し値段は高めで最近は地元の人は来ないツーリスティック。バルの人もあまり感じ良くないのが残念で私は行かなくなった。

朝の10時から夜0時ころまで毎日開いているので。真ん中に座れるように椅子とテーブルがあるのであちらこちらで買ったものをそこで座って楽しめる。ただいつも満員。

サンミゲール市場サンミゲール市場

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*サン・ミゲール市場のトイレは中で飲食したレシートを持って行けば無料。

マヨール広場(Plaza Mayor)

通りを挟んで四角いマヨール広場に行こう。1617年に造られた広場でお祝いの式典やお祭り、魔女裁判などに使った広場で今もクリスマスマーケットやワインまつり等年中賑やかです。真ん中の騎馬像はフェリペ3世。江戸時代に伊達藩の遣いが謁見した王様。

マヨール広場
マヨール広場
哀愁あるスパイダーマン。こういう路上アーティストも楽しめます。

 

サン・ミゲール市場の横の下り坂にはメソンと呼ばれる居酒屋は全部
昼12時頃から開き始め夜中まで営業。

アルコ・デ・クチジェロス(arco de cuchilleros)

 

アルコデクチジェロスはこの通りの名前。マヨール広場とサンミゲール市場の間のこの通りは洞窟のような細長い居酒屋風の飲食店が並びます。このあたりのレストランをメソン=mezonと呼びここは地元の人達も訪れる古くからあるバル街。

マッシュルーム屋さんやスペインオムレツ屋等が並ぶ。

マドリード・アルコ・デ・クチジェロス

マッシュルーム専門店(Mezon del chanmipinion)

メソン・デル・チャンピニオンに行ってみよう。マッシュルームの鉄板焼きを100年以上焼き続ける店だ。ここは人気店でいつもお客さんで混みあっているがみんなお目当てはマッシュルーム、そんなに長居はしないので少し待てば大丈夫。

マドリードマッシュルーム屋

 

メゾンデルチャンピニオン

メゾン・デ・チャンピニオンは細長い小さなお店。入ってすぐはカウンターでスペイン人は立ったままビールやワインにマッシュルームを2~3人に一皿で食べたらすぐに立ち去る。奥に小さなお部屋があって座ることも可能。少し混んでいてもお店の人に座りたい風のジェスチャーをすれば理解してくれて空いたら案内してくれる。

<マッシュルーム屋奥の座れるところ、壁にマッシュルーム>

マッシュルーム

 

マッシュルームだけなのでみんなそんなに長くはいないので少し待てば大丈夫。スペイン人はギューギューに無茶苦茶混んでいてもカウンターですが。

<入ってすぐのカウンターの所>写真は割と空いていた日です。

マッシュルーム屋

アツアツのマッシュルームを鉄板で焼いて岩塩とハムとオイルだけで調理。絶妙の美味しさなので是非とも試してください。

マッシュルーム

鉄板の熱気でガラスが曇った中ひたすらマッシュルームを焼き続けるおじさん。

マッシュルーム

注文の仕方:先に飲み物、その後食べるものをを頼みましょう。2人でマッシュルーム一皿でも十分です。ほかにチーズやハムとしし唐ピーマンが有ります。これも鉄板焼きでとっても美味しいですよ。指さして頼んでください。

<しし唐ピーマン・pimiento de Padron>

マッシュルーム屋

マッシュルーム以外にもこのあたりに昔から続くお店が並んでいますので何件も梯子しながら楽しめます。

ヘミングウェイが通った有名店Botin

ギネスブックに載っているレストランで同じメニューを300年近く出し続けている。ヘミングウィーが絶賛したので人気が高まりアメリカ人がマドリードで絶対に来るお店。

名物はっ子豚の丸焼きで生後3週間以内の子豚をさっくりお料理。母親のミルクだけしか飲んでいないのでお肉に臭みが無くミルクの味と言われている。

子豚がダメな人が一緒の場合の為に魚や野菜料理なども有ります。

年中絶対予約しないと無理なお店です。行くと決めたら予約をしましょう。

<ボティンでメニューを見る人達>
ヘミングウェーが通った子豚料理屋ボティン

<ギネスブック>ヘミングウィーが通った子豚料理屋のギネスブック

1725年からの営業で約300年同じメニューで勝負しているのでギネスブックに登録されている。

<ボティンBotin> 住所 Calle arco de cuchilleros 17  電話913664217

時間 営業毎日13:00~16:00 20:00~0:00

私のおすすめは、最初に生ハム(ハモンイベリコ)はシェアーで、前菜にニンニクスープ(ソパ・カステジャーナ)メインに子豚(コチニージョ)ワインはハウスワイン(ビノ・デラ・カサ)が安くておいしい。約1人45ユーロ位。

 

マヨール広場界隈

マヨール広場に面してテラスのお店が沢山有ります。

マヨール広場からトレド通り(Calle Toledo)の方へ(奥に教会が見えるアーチです。)上の広場のフレスコ画の有る建物を背中にして下って行く通り。

<むこうにサンイシドロ教会が見えるアーチを下るとトレド通り>

エビのアヒージョ専門店が支店を出しました。100年エビのアヒージョ作り続ける「カサ・デル・アブエロ」

テラス席はいつもいっぱいですが

カサデアブエロ マヨール広場

店内は割と空いていてエビ以外にも色々あります。そろそろ疲れて来て座りたい感じだったらこちらへ。二階にもテーブル席が有るので座れる確率高いです。

 

カサデアブエロ マヨール広場

エビのアヒージョgambas al ajillo

カサデルアブエロ マヨール広場

これは絶対美味しいので試して帰ってくださいね。

下はマドリードのおすすめバルの記事です、参考にどうぞ。

マドリードおすすめバル6軒、昔ながらの地元人気店をご紹介します<バル編です>

 

この地区の飲食店の大体の営業時間

ほぼ年中無休(12月24日、25日、1月1日は休み)

サンミゲール市場は10時から1時

マッシュルーム屋さん等バルやメゾンは昼12時から1時

レストランは13時から16時、20時から24時

バルで一息ついたらプエルタ・デル・ソル、ソル広場へ

ここからソル広場はすぐそこ。ソル広場(puerta del sol)プエルタ・デル・ソルにには地元のデパート(エル・コルテ・イングレス)やお店、地下鉄の駅スペイン国鉄の駅がある。

 

ソルからプラド美術館迄歩いて15分、美術鑑賞するのも良しソル界隈でお買い物を楽しむもよし。下の記事はソル広場界隈のショッピング案内です。

マドリードでショッピングならまず中心部セントロ地区へ。マドリード・セントロ徹底調査。スペイン・ブランドがここで完結。

「年末年始、クリスマス時期にマドリードにいる人へ」イルミネーションを徒歩と路線バスで楽しむルートを考えた

スペインはカトリックの国なので一年の一番大切な行事はクリスマスになる。イルミネーションは11月最後の週末から翌年の1月6日の夜中までスペイン中の街で飾られ華やかになる。折角この時期にマドリードにいるあなたの為にイルミネーションを徒歩と路線バスを使って楽しむコースを考えてみた。

マドリードのイルミネーションツアー


実はナビルッスというイルミネーションバスがある

実はマドリード市がやっているイルミネーション専用のオープンバスが街を走る。11月29日から1月6日まで市内の綺麗なところを走るイルミネーションバスNAVILUZナビルッス。EMTというマドリードの市バスがやっていて値段も4€。

しかし切符はネット販売のみで発売後1週間で売り切れました。

下はナビルッスの公式ページ。参考にしてください。スペイン語と英語があります。

https://naviluz.emtmadrid.es/es/

ナビルッスバス
筆者撮影

というわけで今日はこの時期スペイン・マドリードにいるあなたの為に徒歩と路線バスで綺麗なところを廻るコースを紹介します。

イルミネーションの主な場所

商店街が多い所にマドリードのクリスマス・イルミネーションは集中していて主に以下の2か所。

*中心部のプエルタ・デル・ソルからグランビアに抜ける道、マヨール通り、グランビア通りとその界隈

*サラマンカ地区のセラーノ通りとベラスケス通り、ゴヤ通り

2018年クリスマス・イルミネーションの期間と時間

11月23日から1月6日

*日曜日から水曜日:18時から23時

*木曜日から土曜日と祝日の前日:18時から00時

*12月25日、1月1日、1月6日:18時から0時

*12月24日、1月5日:18時から03時

*12月31日:18時から06時

 

マドリード路線バスの乗り方

綺麗なところで何回か乗ったり降りたりするなら一日のツーリストパスを購入して昼間から乗り倒す。このコースで行けば2回のバス代だけで充分楽しめるので毎回ひとり1.5€払うかICカード既に持っていれば10回券回数券か1人なら2回券を入れておきドライバーの横の機械にタッチする。10回券回数券で複数人でも使えるのでお得です。

*ICカードはマドリード地下鉄の駅で購入。何度か乗るつもりなら10回券がお得です。

*バスが来たら手を挙げて乗りたい意思表示。

*バス停に列はないがスペイン人達は何となく自分は誰の後ろにいて誰の前にいると把握している。高齢者や弱い人には先に行かせる等の暗黙の了解で何となく流れる。

*前から乗って後ろから降りる。乗る時にドライバーに支払いをするが紙幣は5€以下のみなのであらかじめ準備しておく。2人ならドス3人ならトレスと言ってまとめ払いも大丈夫。(まず挨拶オラ~を忘れず)

*マドリード地下鉄のICカードを持っている場合はドライバーのすぐ横に有るこの機械にカードをタッチ。2人なら2度ピッピッとやるけどユックリね、ここはスペイン。ブルーの明るい画面の下の楕円の部分にタッチです。

マドリードバスの機械
筆者撮影

*現金で払うと紙の切符をくれる。降りるまで失くさない事。時々抜き打ち検査があり持っていないと無賃乗車とみなされ罰金。

*降りる前にボタンを押してここで降りたい意思表示をする。慣れない街で分からなくて降りそびれても一駅位歩いて戻ればなんとかなるので恐れず乗りましょう。

*乗っている住民に声をかけて教えてもらえば大抵周りの人みんなで「ここだ~」とか「未だだ~」とか「次だ~」とか言って助けてくれる。

 

ではソルから暫くは徒歩コース

ここはプエルタ・デル・ソル、通称ソル広場と呼ぶ。スペイン語では「SOL」日本語では「太陽の門広場」と言いスペインのゼロキロ地点になっている。メトロの1号線2号線3号線と鉄道の近郊線が通っているのでソル広場から始める事にする。

凄い人なのでスリに注意

ソル広場
筆者撮影

ここからマヨール広場までは歩いて5分。右側赤いのが時計台(皆さん行くときは赤くないと思う)時計台を背にして左に歩いていくとマックが有る。(最後にマヨール広場に戻りバルへ行く予定なら次の項目<ソルからカジャオ広場へ>のに進んでください)

目印のマック
筆者撮影

マックから斜めに伸びている道を歩いていく。通りの名前はポスタス通り。昔郵便を積んだ郵便馬車が通った道だ。真っ直ぐマヨール通りを歩いても良いので行きと帰り違う道を通るといいですね~

ポスタス通り
筆者撮影

少し歩くとこんなイルミネーションで左右にお店が続く。

マヨール広場へ
筆者撮影


まずはマヨール広場へ。毎年イルミネーションは違ったものになり2018年はなんだか地味でいつもより少し寂しいです。

マヨール広場イルミネーション
筆者撮影

 

クリスマスのマヨール広場はクリスマス・マーケットが出ている。ドイツやベルギーに比べるとちょっとショボいですがそれなりに楽しい。スペインのクリスマスはベレン人形というイエス・キリストの誕生の場面の人形を飾るので殆どの店舗でベレン人形が置かれている。この辺りはスリが結構いるので気をつけて~。

マヨール広場のクリスマスマーケット
筆者撮影

ソルからカジャオ広場へ徒歩

再びソル広場に戻りグランビアに向かう道に向かいます。建物の上にTIO PEPEの看板がある左側の道プレシアードス通りをカジャオ広場に向けて歩きます。

*この道はクリスマス期大変混むので18時から22時までは一方通行です。プレシアードスはソルからカジャオ広場向き、隣のカルメン通りはカジャオ広場からソルへ向けての一方通行。

ソル広場
筆者撮影


カジャオ広場迄プレシアードス通りを歩いてグランビアに出たら右へ少し歩く。グランビアの今年のイルミネーションは星空を掴む猫。

グランビアイルミネーション
筆者撮影

グランビアのバス停から1番か74番のバス

グランビアを少し右に向かって歩くとバス停。

今日は1番が74番のバスを使います。この2つのバスはグランビア通りを端から端まで走るのでグランビアの他の所からでも乗ることが出来る。バス停に乗りたいバスの番号が有るのを確認して待ちましょう。

グランビア・カジャオのバス停

グランビア、クリスマス、イルミネーション
筆者撮影

目印は向かい側にTOUSの路面店

グランビアのバス停
筆者撮影

バスはグランビアを走りシベーレス広場を通過します。

 

シベーレスCiberes広場はレアルマドリードが優勝したらお祝いする広場でマドリードの象徴になっている。広場の真ん中に豊穣の女神像。

シベーレス広場イルミネーション
筆者撮影

シベーレス広場からアルカラ門を通り

アルカラ門、イルミネーション
筆者撮影

バスはベラスケス通りを北上します。

ベラスケス通り、イルミネーション
筆者撮影

バスの中のテレビ画面にバス停と天気予報が交互に表示される。次はベラスケスとオルテガ・イ・ガセットと表示される。「降ります」の意思表示でボタンを押すと次止まりますマークがつく。

バスの表示
筆者撮影

 

オルテガ・イ・ガセットとベラスケスの交差点で降りるとベラスケス通りを向こう側へ渡って行く。写真はベラスケス通りのイルミネーション。道を渡ってオルテガ・イ・ガセット通りをセラーノ通りまで歩きます。

ベラスケス通り、イルミネーションん
筆者撮影

オルテガ・イ・ガセット通りは高級ブランド店が並ぶ。今年は何故かイルミネーション地味でした。ゴヤ通りで降りてもいいかも・・・ですが

オルテガ通りイルミネーション
筆者撮影

5分くらい歩くと大きな通りと交差するのがセラーノ通り。地元のデパートのイルミネーションが見えたらデパート側へ渡る。

デパートは22時まで他のお店も20時30とか21時まで開いていますのでお買い物を楽しんでも良いですね~

セラーノ通りイルミネーション
筆者撮影

道を渡って左にデパートの前を少し歩くとバス停がある。

セラーノ通りのバス停
筆者撮影

1番か74番に乗り再びグランビア通りに戻ります。

セラーノ通りバス停
筆者撮影

セラーノ通りのイルミネーションはこんな感じです。

セラーノ通りイルミネーション
筆者撮影

このバスはセラーノを下りアルカラ門を通過してシベーレス広場からグランビア・カジャオ更にスペイン広場を通過します。またカジャオ広場で降りてマヨール方面のバル街へ戻ってもいいし気に入ったところでイルミネーションを楽しんでも良い。まだお店が開いていればショッピングも良いですね~素敵な夜を~

イルミネーションは毎年11月の最後の週末に始まり1月6日の夜中までです。

*1月5日は夜18時頃から大きなパレードがヌエボス・ミニステリオからシベーレスに向かってあるのでバスのルートが変わります。

*年末はスリなどが特に増えるので特に注意して楽しんで下さい。

年末年始は意外な日にレストランが閉まったり美術館が休みだったりしますのでその情報をまとめてみました。

スペインのクリスマス時期のお店やレストラン情報と過ごし方2018。意外と注意は12月24日の夜。

 

バスとメトロは同じICカードで乗れます。購入の仕方の記事です。マドリードのメトロと路線バスは同じICカードが使えます。

マドリードの地下鉄(メトロ)乗り方や切符の買い方。(注意)2018年ICカード導入で紙の切符は無くなりました

マドリード旧市街のサン・ミゲール・バシリカ教会は国の歴史的建造物

マドリードの旧市街を歩くと賑やかなバル街に中世の教会や修道院が同居している。マヨール広場あたりは特に古い地区で散策しながら教会に入ってみるのも良いものだ。マイナーな場所ですがマドリード旧市街にある「サン・ミゲール・バシリカ教会」について調べました。

サン・ミゲール・バシリカ教会


サン・ミゲール・バシリカの歴史

12世紀、まだマドリードが寒村だったころアルフォンソ8世の命により殉教聖人フストとパストール聖人達を祀る教会が作られた。今もここの通りの名前はサン・フスト通りと呼ぶ。

サンフスト通り
筆者撮影サンフスト通り

*サン・フストとパストールはローマ時代の迫害で304年に殉教した子供達。スペインのアルカラ・デ・エナレスで7歳と9歳で殉教した。(子供達のはずなのにこのパネルが何故おじさんなんだろうと疑問に思って色々探したけど答えはまだ見つかりません。)

12世紀のマドリードはイスラム教徒から街を奪い返したばかりの頃。レコンキスタの真っ最中だった町にはせっせと教会が作られていった。サン・フスト・イ・パストール教会は古いマドリードに4番目に建てられた教会となる。(サンタ・マリア教会、サン・アンドレス教会、サン・ペドロ教会の次)

時代は移り変わり1738年時代はスペイン国王フェリペ5世の晩年の頃、スペイン王家がブルボン朝に変わったばかりの王様だ。マヨール広場で大きな火災があり被害は教会にまで及んだ。

マヨール広場の火災
museo historia de Madrid

 

火災で教会は廃墟になったその場所にフェリペ5世の妃イサベル・デ・ファルネシアの命により建てられたのが現在のサン・ミゲール教会。この時はまだ普通の教会だった。トレド大司教だったドン・ルイス・デ・ブルボンはフェリペ5世とイサベル王妃の末の息子で彼の為に1739年教会の再建が始まる。日本は江戸期徳川吉宗公の時代。ドン・ルイス・デ・ブルボンは8歳で既にトレド大司教と枢機卿の位を持っていた。当時の王家や貴族の世界で長男以外の息子達が生涯働かずに食べていける為聖職者の位を与えることは普通にあった。しかし8歳で枢機卿というのはギネスブックに載っているらしい。

*ドン・ルイス・デ・ブルボンはチンチョン伯爵とも呼ばれるフェリペ5世の2度目の結婚で生まれた3男。子供の時から聖職者になるよう教育されるが異母兄のフェルナンド6世が亡くなると次の王位を狙い兄王カルロス3世に疎まれマドリードから離れた僻地に飛ばされている。芸術愛好家で音楽家ボッケリーニや画家ゴヤの庇護者だった。

<ゴヤ作ドン・ルイス・デ・ブルボン>

ゴヤによるドンルイス肖像画
wikipedia public domain

 

教会が完成したのは1745年、イタリア人建築家ジャコモ・ボナビアと複数の芸術家たちによって建てられたイタリア・バロック様式の建築。その時もサン・フスト・イ・パストール教会と呼ばれていた。

サンミゲールバシリカ正面
筆者撮影、サンミゲールバシリカ

1790年に再びこの辺りを大きな火災が襲いその後のナポレオンの時代の略奪により近くにあったサンミゲール教会(今のサン・ミゲール市場に有った教会)と統合し両方の教区の人々がお祈りできる場所をここに確保した。

バシリカに昇格

1885年に現在の国会議事堂の場所に有ったイタリア人用の慈善病院と礼拝堂を壊した時、バチカンとスペインで話し合いが行われ大司教館の横にあるサンフスト教会をローマ直轄とした。その時のローマ法王レオ13世が自らの守護聖人大天使サン・ミゲールに捧げた教会とし1930年に小バシリカになったという。

バシリカとは

実はここは普通の教会(スペイン語でイグレシア)ではなくバシリカと呼ばれる。バシリカとはもともとは建築様式の事を言い古代ギリシャ・ローマ時代に集会に使われた建物の事を言う。ギリシャ語で「王の列柱廊」を意味するバシリケーという言葉から来ている説があるがいまだ諸説あるようだ。

カトリック教会でバシリカと呼ぶには実はきちんとした決まりがある。ローマ法王からの公式文書により特権を交付された教会の事で一般の教会より特別な4つの権利を与えられている。

①一般の教会より上位の教会として扱われる権利

②オンブレリーノを備える権利(ローマ法王専用の傘でオンブレリーノOmbrellinoはイタリア語。ラテン語でUmbraculum又はConopeoとも呼ぶ)

オンブレリーノ
Description
Français : Ombrellino de la basilique saint Sauveur de Rennes.
Date 4 November 2011
Source Own work
Author EdouardHue

③ティンタンタナパリウムというローマ法王を象徴する鐘を持つ権利。

ティンタンタナパリウム
De Pymouss – Trabajo propio, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=21444050

 

④ミサの時に特別のカッパ(Capa magna)を着用する権利。

 

バシリカには大バシリカと小バシリカとバシリカがあり大バシリカは世界に4つしかなく全てローマに有る。(サン・ピエトロ、サンタ・マリア・マッジョーレ、サン・パオロ、サン・ジョバンニ・ラテラノ)小バシリカとバシリカは世界に約1500あり大半がヨーロッパ、スペイン国内に100以上ある。小バシリカとバシリカの違いは不明。

建築

建物の構造はラテン十字形でイタリア人建築家のジャコモ・ボナビアによって始まり関係者何人かが関わり完成している。マドリッドに有る教会で唯一のイタリアバロックの正面を持つ。壁の一部は今も12世紀のサンフスト教会の物が使われている。

サンミゲールバシリカの正面
筆者撮影、サンミゲールバシリカ

(写真下)正面の木の扉の上にサン・フストとパストールの殉教シーンが浮き彫りになっている。

バシリカサンミゲールの浮彫
筆者撮影、バシリカ・サン・ミゲール

すぐ右となりの建物は同じ時代に出来た大司教館で今も使われている。ローマ法王がマドリードに滞在する時の宿泊場所になるそうだ。

 

教会と司教館の間に「パンの小道=Pasadizo de pannecillo」がある。ドン・ルイス枢機卿が貧しい人にここの通りの窓からパンを上げたところだそう。

パンネシート通りのパネル
筆者撮影、バシリカ・サン・ミゲール

内部

内部はラテン十字形で両側に8個の礼拝堂。一番奥にはサン・ミゲール(日本では聖ミカエルと呼ぶ)の主祭壇。

教会内部
筆者撮影、サンミゲールバシリカ

写真下のキリスト磔刑像は18世紀、聖母像は20世紀の物で毎年復活祭の日曜日の山車で外へ出される。

教会内部の礼拝堂
筆者撮影

天井画はフレスコ画。暗くて見えにくいがサンフストとパストールの栄光という題名でゴンザレス・ベラスケス兄弟によって描かれた。

サンミゲールバシリカの天井
筆者撮影、バシリカ・サン・ミゲル

オプスデイの創始者のホセ・マリア・エスクリバ・バランゲールに捧げた礼拝堂。ホセ・マリアがマドリードに来たとき最初のミサをここであげている。

音楽家ルイージ・ボッケリーニが埋葬されていた

音楽家ボッケリーニはイタリアのルッカで生まれた作曲家でチェロ演奏者。パリで成功していたがスペイン王家に招かれドン・ルイス王子専属演奏者兼作曲家として活躍する。ドン・ルイスのお気に入りだったが1785年にドンルイスが亡くなったあとは失職し寂しい後世を送り1805年にマドリードで亡くなっている。ドン・ルイスにちなんでこの教会に埋葬されていたがムッソリーニの要請で1927年に生誕地イタリアのルッカに戻された。

このバシリカは現在スペイン国の歴史的建造物に指定されている。

サン・ミゲール・バシリカの詳細

場所*calle de San Justo 4  旧市街マヨール広場近く

 


時間:

冬の平日9時45分から13時15分/17時30分から21時15分

冬の祝日9時45分から14時15分/18時から21時15分

夏の平日9時45分から13時15分/18時から21時15分

夏の祝日 9時45分から13時30分/18時30分から21時15分

入場無料

ミサの時間は写真は遠慮しましょう

マドリード、マヨール広場は旧市街の中心。周りにバルやメゾンやお土産物屋がどっさり。

マドリード首都になったのは割と最近の事、と言っても16世紀、そしてその頃町の整備が行われた。中心部にあるマヨール広場界隈はその頃に造られている。それ以来様々なお祭りや行事に使われマドリードを訪れた人々が必ずやって来るマヨール広場とその界隈についての記事です。

マドリード、マヨール広場


マヨール広場Plaza Mayor

マヨールはスペイン語で大きなという意味。マドリードの旧市街の中心にあり一年間を通して様々なイベントやお祭りが行われるがマヨール広場に面した建物は今も住居として使われている。

 

マドリードマヨール広場
マドリード、マヨール広場、筆者撮影

広場の真ん中の騎馬像はフェリペ3世。日本からの侍達が謁見した王様だ。この騎馬像はマドリードの狩猟場に有ったものをイサベル2世の時にここへ移動させた。

マヨール広場歴史

マドリードが首都になるよりもっともっと前マドリードにキリスト教徒が住みはじめ要塞を作った。次第にここはアラバル広場と呼ばれ「市」が開かれる重要な場所となり様々な地方からやって来る道の交差点になっていた。16世紀マドリードを帝国の首都に決めたフェリペ2世の命でこの広場の刷新が行われることになりファン・デ・エレーラにより設計が行われたが実際に工事が始まったのは次の王フェリペ3世の時だった。かつて魚市場だったところはカサ・デ・パナデリアというパンのコントロール局で今は名前だけがの残る。表面に神話画が描かれ地上階にインフォメーションが入る建物だ。

マヨール広場
マドリード、マヨール広場、筆者撮影

 

大きな火災が3度起こりこの広場は度々改修されている。1790年の火災の後ファン・デ・ビジャヌエバにより広場は再建され9か所のアーチが作られ1854年にほぼ今の形になった。9か所のアーチのひとつクチジェロス門から階段を下りるとクチジェロス通りに出る。クチジェロはナイフという意味でこの辺りはナイフ職人が住んでおり広場内の肉屋に刃物を納めていた。この階段を下りていくとレストラン街へ通じる。

マヨール広場
マドリード、マヨール広場、筆者撮影

 

マヨール広場界隈のバルやレストラン

広場の中

広場のなかにはテラスが有り一年中食事やお茶を楽しむ人で賑わっている。全体的に値段は高めでツーリスト・プライスです!だが夏の夜長や気候のいい時にテラスでビールを飲むのも良いものだ。スリや置き引きに注意しましょう。テーブルの上のスマホや椅子に掛けたカバンは狙われます。クリスマスの時期はテラスは無い。

サンミゲール市場

広場の西側の門から出るとそこはサンミゲール市場。元は生鮮食料品の市場だった。中心部は住民が次第に少なくなり再開発されて今は市場だった建物の中に飲食店が入る。年中朝から深夜まで大変な賑わいだ。

サンミゲール市場
マドリード、マヨール広場横、サンミゲール市場

生ハムやピンチョや魚介類やワインやタコやこの中で完結できる。いつも非常に混んでいるので座れないと思った方が良い。

サンミゲール市場
マドリード、マヨール広場横、サンミゲール市場、筆者撮影

ここならパエリアをタパスで少量だけの注文が可能だ。(パエリアはお米料理専門店で食べる場合最低2人前からになる)

マドリード、マヨール広場、サンミゲール市場、筆者撮影

サン・ミゲール市場の中も値段は高めでツーリスティックです。殆どが観光客で地元のマドリードの人は行かない。でも中は色んなものがあって楽しいので一軒ワインとピンチョを楽しんで次へ行ってはいかがでしょう。

この地区でしっかりレストランでお食事の場合別記事でバスク料理レストラン

マドリードの中心部バスク料理人気レストラン<ピミエント・ベルデ>

クチジェロス通りのメゾン

サンミゲール市場を出てすぐに横(マヨール広場との間の道)の通りを下って行くとメゾンという洞窟の様な飲食店が続く。チャンピニオンというマッシュルーム屋もここにあってそれ以外も居酒屋風の店が続く。マッシュルーム屋は地元の人もやって来る人気店。

クチジェロス通りのメゾン街
マドリード、マヨール広場、クチジェロス通り、筆者撮影

 

更に坂道を下ると有名レストランも

上記のクチジェロス門から下る階段と合流する道には沢山飲食店が続く。ダニエラはコシードで有名。年内入ってすぐはバルもあってつまみやピンチョスがある。

マヨール広場近くのレストラン
マドリード、マヨール広場界隈、筆者撮影

ボティンはギネスブックにも乗っている子豚の丸焼き専門店。ヘミングウェイが通ったという事でアメリカ人観光客が非常に多いレストラン。予約をして行かないとまず入れません。

マドリードマヨール広場
マドリード、マヨール広場界隈レストラン、筆者撮影

アルパルガタという麻布のサンダルやスニーカー屋も何軒もあります。

マドリードマヨール広場アルパルガタ
マドリード、マヨール広場、筆者撮影
トレド通りから下ると

クチジェロス門の左となりの門から出るとトレド通り。この通りも沢山飲食店があり私のおすすめはエビのアヒージョ屋です。

マドリード、マヨール広場
マドリード、マヨール広場筆者撮影

カサ・デ・アブエロは市内に3軒あるエビのアヒージョ100年の老舗。

マドリード、マヨール広場
マドリード、マヨール広場、エビ屋、筆者撮影

日曜日のマヨール広場

日曜日は古切手コイン市が開かれマニアたちが毎週集まる。ここから道を下って行くとラストロ(蚤の市)も近いことから地元民もマヨール広場から蚤の市へと流れていく。

マヨール広場日曜日
マドリード、マヨール広場、筆者撮影

 

クリスマスのマヨール広場

クリスマスの時期はクリスマスマーケットとイルミネーションで賑やかになる。クリスマスマーケットとイルミネーションは11月の最後の週末から1月5日夜まで。クリスマスマーケットはベレン人形というキリストの誕生の場面のお人形や置き物、パーティー用のグッズ等。

マヨール広場のクリスマスマーケット
マドリード、マヨール広場のクリスマス、筆者撮影

 

復活祭のマヨール広場

復活祭は毎年移動する移動祝祭日で3月から4月頃にキリストの受難の1週間山車が出る。旧市街の教会の山車はほとんどがマヨール広場を通過する。スケジュールはネットやインフォメーションで調べることが出来る。

復活祭の山車
マドリード、マヨール広場、復活祭、筆者撮影

マヨール広場行き方

マヨール広場は旧市街の真ん中にある。ソルSOLから徒歩5分、オペラOPERAから徒歩10分、スペイン広場から徒歩15分。界隈には飲食店やお土産品地元の人が集まるバルなどがあり一年中賑やかです。マドリードを訪れたら是非ともマヨール広場を楽しみましょう。

カバ・バハ通りまで下ってみよう。

更に下りの坂道を5分下って行くとカバ・バハ通りへ。ここは更にディープで300メートルの細い通りにバルや人気レストランが並ぶ。日本のガイドブックには紹介されていないですが安全です。別記事で2軒おすすめバルを紹介しています。

マドリード中心部のカバ・バハ通りの美味しいバル2軒、カバ・バハ通りは300メートルに50軒の飲食店。

マヨール広場まとめ


マドリードの旧市街のど真ん中にあるマヨール広場。お祭りの時やお祭りでない時もここに来れば楽しめる。お土産屋さんやバルやレストラン等が沢山あるのでマドリードに滞在するなら是非ともマヨール広場を散策して楽しんでください。

スリは必ずいるので気をつけましょう

マドリードのサン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂(ゴヤのパンテオン)はゴヤのフレスコ画を無料で鑑賞できる

マドリードにあるゴヤのパンテオン=サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂はゴヤが描いた天井のフレスコ画で有名。ゴヤのパンテオンの愛称で呼ばれているのは現在ゴヤのお墓になっている為。実はそのお墓の遺体には首が無いそうで今も何故首が無いのかは謎のまま。建物が質素で通り過ぎてしまいそうなくらいだが内部はゴヤのフレスコ画で輝いている一見の価値ありです。

サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂(ゴヤのパンテオン)


ゴヤのパンテオン2つの礼拝堂

実はゴヤのパンテオンに2つの同じ形の礼拝堂がある。最初にひとつの教会が1798年にスペイン国王カルロス4世の命により建てられた。現在はマンサナーレス河のほとりに小さな教会が2つ並んでいる。向かって右側(プリンシペピオ駅に近い方)の天井にゴヤのフレスコ画「パドバの聖アントニオの奇跡」が描かれておりゴヤのお墓になっている。地元の人々に古くから大変人気のある礼拝堂でお祈りに来る人達の蝋燭(ろうそく)の煤(すす)でフレスコ画が傷むので1928年に同じ形の礼拝堂を左側に作り礼拝などの宗教的行事はそちらで行われる。ゴヤのパンテオンと呼ばれるのは向かって右側の建物。

<マドリード、サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂・ゴヤのパンテオン>

サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂
マドリード、サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂、筆者撮影

 

聖アントニオの御利益

ゴヤのパンテオンの天井に描かれるフレスコ画のテーマは聖アントニオの奇跡の場面。聖アントニオはポルトガルのリスボンで貴族の家に生まれ(1195年)イタリアのパドバで若くして亡くなった聖人。説教がうまく数々の奇跡を起こした。カトリックの各聖人には色々なパワーが備わっているが聖アントニオの御利益はお祈りをすると恋人が出来て失くしたものが出てくるという聖人。今も聖アントニオの日(6月13日)には若い女性達が沢山訪れる。セニョリータ達がそれぞれの想いを胸に手に「マチ針」を持ってその針を清めの水に納め願いをかける。

聖アントニオ(1195~1231年)の御利益*失くし物、結婚、縁結び、花嫁、愛、老人、動物の守護聖人。

ゴヤの天井画(フレスコ画)聖アントニオの奇跡

聖アントニオの奇跡:殺人罪に問われた父親の無罪を民衆の見守る中奇跡を起こし、死人に無実を語らせたというリスボンでの出来事。1798年まだ若いゴヤの作品。ゴヤは聖人の奇跡の物語を生き生きと当時のマドリードの民衆の様に描いていて笑い声やざわめきが聞こえてきそうだ。残念ながら内部の撮影が禁止なのでwikipedia からの写真を借用=ゴヤのパンテオン天井画

ゴヤの天井画
wikipedia public domain

ゴヤのパンテオンはゴヤのお墓

ゴヤのパンテオン内部に入ると祭壇の下にはゴヤのお墓が有る。ゴヤは82歳でボルドーで客死し遺体はボルドーのシャートルーズ墓地に埋葬された。

ゴヤのお墓
wikipeida CC BY 4.0
Source Own work
Author José Luis Filpo Cabana

ゴヤのパンテオン:首が無い遺体の謎

実はこの中に入っているゴヤの遺体に首が無いというか頭が無いのだ。そして真相は謎のままだ。ゴヤが埋葬された後61年後の1888年11月16日に遺体を発掘した。フランス側からスペイン政府に遺体を搬送することが決まった時の電報でスペイン政府は「ゴヤの遺体を移送せよ。首があっても無くてもだ・・・・」という事はこの時に既に首は無かったのか?

ゴヤの遺体はは死後何度も移動しているそうだ。マドリードに来た時も最初はサンイシドロ教会に埋葬された。その後1919年にサン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂に移動されている。

1950年6月13日に当時のABC新聞に載った記事。ゴヤは友人のマルティン・ゴイゴチェアと共にサン・アントニオ・デ・ラ・フロリダにそれぞれの棺にいれて埋葬された。そこに羊皮紙で「偉大なる画家の頭蓋骨は無い。医者に科学的調査の為渡されたがその後このような状態で発掘された。」と記述があるらしい。

実は当時のヨーロッパの医学界で流行していたFrenologia=骨相学という学問が有った。神経科学のひとつで人の脳は多くの器官から成り立っており人の才能や個性を決定するの脳と骨であるという説で現在では否定されている。最後のゴヤのフランスでの主治医が骨相学の支持者だったという説があるが信頼できるドキュメントは残っていない。

今も「ゴヤの頭はどこや」と研究をしている学者がいるらしいが盗掘説もあり真相は謎のまま。サン・アントニオ様にお願いをしてゴアの頭を見つけて貰うという方法はためしたのだろうか・・・。

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ゴヤのパンテオン:現在の礼拝堂は隣の建物

向かって左側に同じ形の建物があり現在礼拝堂として使われている。中に聖アントニオのお像がありミサや宗教行事が行われる。

サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂
マドリード、サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂

カーニバル灰の水曜日

カーニバルの最後の日「灰の水曜日」毎年このゴヤのパンテオン前からイワシの埋葬の行列が出る。セニョールたちがぶら下げる(写真下)この小さな箱の中に作り物のイワシが入っていて時々立ち止まりブツブツとお祈りを唱えては進んで行く。私はこの行列の最後までは付いて行ったことは無く、もしかしてイワシのグリルが振舞われるのでは・・・と思っているので是非行ってみたいと思っている。

イワシの埋葬の行列
イワシの埋葬、筆者撮影

写真下はゴヤのイワシの埋葬という作品。マドリードに有るフェルナンド美術アカデミーで鑑賞できる。

<ゴヤのイワシの埋葬>

ゴヤのイワシの埋葬
wikipedia public domein

 

すぐ横に有るシードラヤ屋(シドレリア)は地元人気店

ゴヤのパンテオンのすぐ横にあるメゾン・カサ・ミンゴ Casa Mingoは100年以上続くシードラ(リンゴの発泡酒)屋で地元人気店。チキンの丸焼き(ポージョアサードPollo Asado)が有名。朝11時から23時頃まで開いている。週末の14時頃は地元の家族連れで賑わっている。サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダからメトロのプリンシペピオ駅まで飲食店が沢山あるのでお昼前に行ってこの辺りでランチも良いですね。

シードラ屋
マドリード、サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂横シードラ屋、筆者撮影

ゴヤのパンテオン:ゴヤの銅像

ゴヤのパンテオンの向かい側にゴヤの銅像がある。プラド美術館の物より威厳があって個人的に好きです。頑固者らしい感じが出ている。ゴヤはアラゴン人で頑固者で「自分の頭で釘が打てる」と言われていたその頑固さが良く出ている。

ゴヤの銅像
マドリード、サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂

銅像の下にゴヤのサインが拡大されて彫刻になっていた。

ゴヤの銅像
マドリード、サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ礼拝堂、筆者撮影

ゴヤのパンテオン:サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ詳細


場所 Glorieta de San Antonio De La Florida

時間:火曜から日曜日:9時30分から20時(開館時間は予告なく変更があります)

休館日:月曜日、1月1日、6日、5月1日、12月24日、25日、31日

値段: 無料、写真不可

市役所のホームページ  http://www.madrid.es/ermita

ゴヤのパンテオン:サン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ教会行き方


メトロ:Principe pio(10号線、6号線)から徒歩10分

路線バス:スペイン広場から75番、46番のバス、アトーチャ駅近くから41番のバスでサン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ下車直ぐ

 

メトロだと結構歩くのでバスがいいかもですね。もちろんスペイン広場から歩きも可能です。

スペイン広場からの地図

マドリード国立考古学博物館でスペインの歴史を堪能。私のお勧め度100%の博物館です。

 

マドリードに美術館や博物館が沢山あるが私が個人的に一番好きなのがここで紹介するマドリード国立考古学博物館。名前が堅苦しいので敬遠されがちだが素晴らしい王家のコレクションで先史時代からフェニキアやカルタゴや古代ローマ、中世キリスト教美術、イスラム芸術、等が一同に展示されていてここでスペインの歴史を一気に楽しめる博物館です。入場料はたったの3ユーロ、いつも比較的すいていて場所もセラーノ通りのコロンブス広場のすぐそばなのでショッピングのついでに軽く立ち寄ってスペインの歴史や古代や中世美術を堪能しませんか。

マドリード国立考古学博物館


 

国立考古学博物館
筆者撮影

<マドリード国立考古学博物館の歴史>

マドリードの国立考古学博物館は王家所有の考古学コレクションを保管する目的でイサベル2世の命で1867年に設立された。スペインの歴代の王達の膨大なコレクションを整理分類展示するため1892年コロンブスのアメリカ航海400年祭に合わせて完成。近くのコロンブス広場やコロンブスの塔もその時の物。2008年から閉館していたが2014年に改装工事が終了し再オープンした。改装工事の設計はマドリードの建築設計事務所FRADE ARQUITECTOによる。広々した斬新な設計です。

国立考古学博物館場所:Calle Serrano,13 コロン広場すぐ横

時間:9時半から20時、日曜日9時半から15時

休館日:月曜日

アルタミラ洞窟模型

アルタミラの洞窟の模型は国立考古学博物館建物の手前の入り口から降りていくが入場券が必要なので一旦博物館内へ入り入場券を手に入れてから入る。

<アルタミラ洞窟の模型の降り口はこの牛のマーク>

マドリード国立考古学博物館
筆者撮影
アルタミラについて少しだけ

北部スペイン、カンタブリア地方にある洞窟壁画。約2万年前(一説にはもっと前)の旧石器時代の人間が洞窟の天井に牛や鹿を生き生きと描いている。旧石器時代の人間は本能的で「生きる」事のみをを主体に生活していたと考えられていたがアルタミラの発見で当時の人間のエステティカ=美学が見直された。

マドリード国立考古学博物館
筆者撮影

自然の岩の凹凸を利用して生き生きと沢山のビソンテが動いているように描かれている。マドリードの国立考古学博物館のレプリカは非常に良く創られているので是非入ってみてください。(カンタブリアのアルタミラの洞窟も本物は現在入場はほぼ不可能で現地で入場するのは完璧に再現されたレプリカを見学する)

マドリード国立考古学博物館館内


建物の中に入ると広々としたホール。インフォメーションで無料の内部地図をもらえる。真っ直ぐ進むと切符売り場。

国立考古学博物館
筆者撮影

入って右側にインフォメーションデスクがある。

国立考古学博物館
筆者撮影

 

<国立考古学博物館内部>

歴史の時代ごとに展示されており0階1階2階と全部見るか、又は目標を決めて見たい時代へ直行。(0階が日本の1階・地上階になる)

0階=先史時代

1階=原始時代、イベリア半島古代フェニキア、タルテッソス、ローマ等

2階=中世キリスト教、ギリシャ、エジプト

 

0階(地上階)は先史時代の歴史

絵画や映像を使って人類の発展の様子が展示されている。先史時代から旧石器時代、石器時代、青銅器という風に時代ごとに展示されている。PREHISTORIA=先史時代というのは大雑把に言ってしまうと文字を持つ前の人類。

国立考古学博物館
筆者撮影

写真下はアウストラピテクス・アファレンシス。猿人で約390万年前から290万年前に存在した化石人類の人骨の模型。

国立考古学博物館
筆者撮影

通称はルーシーで1974年にエチオピアで発見された化石人骨。ルーシーと言う名前は当時流行していたビートルズの「Lucy in the sky with daiamons」から取られた。全身の約40%にあたる骨がまとまって見つかったケースで有名。2足歩行を始めた私たちの祖先だ。

私たちの祖先が2足歩行をはじめ道具を使い脳が大きくなって次第に食べるだけじゃなくて祈る事をはじめ、死んだ人を敬い死んだ後困らないように副葬品を墓に入れ、畑を耕して家畜を飼い衣服をこだわりお椀に模様を書いて武器を強くして行った過程を見ていくと、人間の心はそんなに変わっていなくて技術が進歩しただけ、と感じる博物館です。

猿人
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

 

<マンモス象の牙や巨大な鹿の角等>

国立考古学博物館
筆者撮影

 

人間がどのように道具を発展させて進化してきたか、生きていくために工夫して発展して来た様子が時代を追って楽しめる。最初は単純な石を丸くしたり尖らせたりしていたものから焼き物の壺を作り食物を保存するようになった。

石器時代
筆者撮影、マドリードの国立考古学博物館

生きる為の食べるものから精神世界に必要な小さなお守りの様なものを創ったり、文字や絵を掘って記録を残すようになる

道具
筆者撮影、マドリードの国立考古学博物館

石器時代から青銅器時代と時代順に展示されていて次第に道具だけではなく綺麗な物や付加価値が付いたもの、副葬品や宗教的な物が出てくる。いつの時代も「死」は大きな問題だったなあと思う。

 

<目の付いた偶像・紀元前3000年>

目の付いた偶像
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

手のひらに乗る小さなものでアップにするとこんな感じで愛嬌があって可愛い。

国立考古学博物館
筆者撮影

マドリード国立考古学博物館で私が一番好きなのが上の写真のアラバスタ―(雪花石膏)で作られた目が付いた偶像。紀元前3000年頃のエストレマドゥーラ地方グアダルキビール川の谷で出土。可愛い顔がジョアン・ミロの作品みたいで同じ時代に多くの目が着いた偶像が作られている。今から5000年も前の物とは思えない親近感がわくひとつ。

 

これらはおそらくテリトリーの境目に使われたようだ。下の写真も石にメッセージが掘られていて近代アートの様で楽しい。

石の偶像
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館
1階は古代からフェニキアやタルテッソス、ローマ等

上の階、1階に登るとスペインにやって来た古代の様々な民族の足跡が展示されている。フェニキア人たちは有能な商人で実力のある船乗りだった。地中海は波が穏やかで物を運ぶには内陸よりは海運の方が便利だったからフェニキア人は東地中海からエジプト、ギリシャからスペインへと物を交換して文化を伝える役割を果たす。彼らはセビージャからウエルバのあたりに銀を求めてやって来ている。下の写真はフェニキアの聖職者だがエジプトの影響がみられる。

<フェニキアの聖職者>

フェニキアの聖職者
筆者撮影、マドリードの国立考古学博物館

小さいのでアップで取ったのが下。紀元前7世紀頃の物で青銅と金でできている。カディスの聖職者と呼ばれているがエジプトの神官のようにも見えることから商人の守り神だったという説もある。

<フェニキアの聖職者の拡大>

フェニキアの聖職者
筆者撮影、マドリードの国立考古学博物館

 

<ティマテイロ・デ・カラセイテ>

写真上、ティマテイロは伝統的に香油を燃やすための入れ物と考えられていたがこの下の絵の様に宗教的な儀式で大きな入れ物を置く為の台ではないかと考えられている。紀元前675年から526年までの物で発見されたのは高貴な人物の大きなお墓から。

紀元前の燭台の絵
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

古代のブローチ。大きな展示物が沢山ある中展示ケースの中には様々な小さな素敵な物があって古代の人達が衣服につけたブローチやベルトのバックル等も今私たちが使っている物と変わらない。

ブローチ
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

 

写真下は「アリセダの財宝」と呼ばれるタルテッソスの金の装飾品。タルテッソスは今のセビージャあたりに存在した古王国。紀元前9世紀から紀元前6世紀頃まで栄えた王国だった。長い間伝説上の王国と言われていたが現在では実在したことが分かっている。このタルテッソスが旧約聖書に出てくるタルシュスという説もあるがなぜか突然滅びている。謎の大陸アトランティスだという説まであるが今だ謎。

<タルテッソスの金の指輪>

タルテッソスの金の指輪
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

こちらは「カランボロの財宝」で同じくタルテッソス。1958年に土木工事をしていたら金のブレスレットが発見されその周りから沢山の金の装飾品が発見された。昔からこの辺りに宝が眠っていると村人の間では言われていたそうだ。左下の首飾りにぶら下がる丸いものはハンコになっている。

<カランボロの財宝>

タルテッソスの金の装飾品
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

 

 

<バサの婦人像=Dama de Baza・紀元前4世紀>

国立考古学博物館
筆者撮影

写真上:バサの婦人像は紀元前4世紀の女神でセロ・デ・ロス・サントス(グラナダ県)で出土されたお墓の奉納品。石像の前に写真の様に武器とフェニキアの壺が副葬されており高貴な人物の墓だと思われる。

<ガレーラの貴婦人・紀元前5世紀>

国立考古学博物館
筆者撮影

写真上:ガレーラの貴婦人=Dama de Galeraは紀元前5世紀頃のアラバスター(雪花石膏)製のお墓の副葬品。アラバスターはエジプトで取れる石で光を通す最高級の石材。おそらくフェニキアで紀元前8世紀に作られた物。女神を現し頭の所から液体=香りの付いた神聖な油、を入れると胸から乳の様に出てくる仕組みになっていて宗教的な事に使われた。掌に乗るサイズで繊細な彫刻が当時のフェニキア人の美学を感じる。

 

<エルチェの婦人像・紀元前5世紀>

マドリード国立考古学博物館
筆者撮影

写真上:「エルチェの婦人像」はここ国立考古学博物館で最も有名な展示品のひとつ。アリカンテ県にあるエルチェで発見された為「エルチェの婦人像」と呼ばれ、紀元前5世紀頃の物。端正な顔立ち、薄い唇、綺麗な鼻筋や細かい彫刻はギリシャの影響とおそらくフェニキア的な物が含まれる。目には宝石が入っていたと想像されている。エルチェの婦人が女神なのか女王なのか司祭等神に仕える身なのかまだ議論中。端正な顔が品格があり美しい。

<オスーナの彫刻>

オス―ナの彫刻
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

オス―ナの彫刻はセビージャ県のオス―ナで発掘された紀元前3世紀頃の物。埋葬用の物か記念碑なのかよくわかっていない。

<オス―ナの彫刻、フルートを吹く少女>

オス―ナの彫刻
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

<オス―ナの彫刻、戦士>

オス―ナの彫刻
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

副葬品の数々。古くから人間は亡くなった人があの世で困らない為に副葬品をお墓に入れた。足が悪い人の為に杖のミニチュアやあの世で怖い目に合ったら助けてくれる牡牛等。人間の心は昔も今もそんなに変わっていない。これらはローマ以前のイベリア半島のお墓から出土された副葬品。牛はいつの時代も良く使われる神聖な生き物。そういえば「牡牛が美しい」という感覚を持った思のはスペインに来てからだ。

紀元前のお墓の副葬品
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

 

マドリード国立考古学博物館
筆者撮影

写真下・捧げものを持つ女性は紀元前3世紀頃アルバセテで発掘されている。宗教的な場所に置かれていたもので大抵は女性、手に何か捧げものを持っている。巫女など神とつながるのは女性の方が多いのは様々な時代共通で万国共通。

<捧げものを持つ女性、アルバセテ>

捧げものを持つ女性
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館
捧げものを持つ女性
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

紀元前5世紀頃の牛。オス―ナの大きなお墓の側から発見されている。見張りや守りの意味が有った。

オス―ナの牛
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

 

 

フェニキアの植民地カルタゴが次第に強力になり地中海を支配しイベリア半島にもやって来た。今はセレブの避暑地のイビサ島の丘の上にカルタゴは集落を作っている。

<イビサの婦人像>

カルタゴの女神
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

イビサの婦人像はおそらく女神像。紀元前4世紀頃の物で鋳物。頭や服に植物が使われている。豊穣を現す。

<カルタゴのペンダント>

国立考古学博物館
筆者撮影
カルタゴのペンダント
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

 

写真下はマジョルカ島のCosttitxの出土品で紀元前5世紀から3世紀頃の青銅製の牛の頭。地中海世界では牛は古代から神聖視されてきた動物。青銅を型にはめて創るが角の部分は別に作って接着したであろう。角の曲線と牛の顔のバランスが絶妙で美しい。これ、ほしい物のひとつ。

<コスティッの牡牛・紀元前5世紀から3世紀>

マドリード国立考古学博物館
筆者撮影

 

ローマ帝国の支配下

イベリア半島は次第にローマ帝国の支配下に入りスペイン中に道路が建設され街が作られていった。最初は沿岸地帯に街を作り内陸部に道路網を広げて橋を架け街を作り人と物が移動した。

<イベリア半島のローマ帝国時代の道路網>

マドリード国立考古学博物館
筆者撮影

<タコのモザイク・紀元後2~3世紀>

マドリード国立考古学博物館
筆者撮影

写真上:可愛いタコのモザイクはレオンの近くの村=Villaquegjidaで出土。レオンはローマ時代に作られた重要な街なので多くのローマの遺跡が今も残る。タコに何か重要な意味があったかは不明だがユーモラスなタコの表情に思わず見とれる。レオンは内陸だけど何故タコなんだろう・・・。

<漁師の道具・紀元後1世紀~2世紀>

マドリード国立考古学博物館
筆者撮影

写真上:タコのモザイクの周りにはローマ時代の道具が展示されていて青銅の漁師たちの釣りの道具、針等が展示されている。

写真下はローマ時代のポンプ。炭鉱などで水をくみ上げるための物。ローマ人が土木建築の為に使った技術は今使われているものとあまり変わらない。

ローマ時代のポンプ
筆者撮影、マドリードの国立考古学博物館

 

綺麗なガラスの入れ物。割れずに良く残ったと感心する。香水瓶や食器やコップ等はローマの貴族たちの生活がいかに洗練されていたかを感じさせる。

 

マドリード国立考古学博物館
筆者撮影

様々な大理石の彫刻。この辺りで疲れて来てざっくり見渡して次へ移動。実はスペインに古代ローマの出土品は珍しくなくてどこにでも大量に残っているので私の中で扱いが軽いのです。スミマセン偉大なローマ帝国様。

マドリード国立考古学博物館
筆者撮影

写真下はローマのモザイク。上流階級の住んだ家をヴィッラと呼び家の床をモザイクで飾った。これをどうやってここまで持って来たのか?、バラバラにしたら修復不可能なのでいくつかのパーツに分けたのかもしれないが巨大なモザイクが沢山展示されている。

マドリード国立考古学博物館
筆者撮影

ローマ人に好まれた題材でヘラクレスの12の難行。英雄ヘラクレスが様々な難行をこなしていくところが大きなモザイクになっている。

ローマのモザイク
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

 

西ゴート(ビシゴート)王国時代

次第にローマは終焉を迎えゲルマン民族の大移動が始まる。スペインには西ゴート(ビシゴート)がやって来てトレドを首都に西ゴート(ビシゴート)王国が始まった。西ゴート(ビシゴート)王レケスビントの王冠。

国立考古学博物館
筆者撮影

西ゴート(ビシゴート)は最初はキリスト教のアリウス派だったが異端となったためカトリックに改宗する。初期キリスト教時代の十字架等が展示されている。

国立考古学博物館
筆者撮影

金銀細工に長けていた西ゴートのベルト。

西ゴートの金の装飾
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館
イスラム時代、アル・アンダルース

西ゴート王国は内紛が多く混乱していた。スペインは違うと言われるイスラム支配時代が始まった。「サモラの容器」は象牙に繊細な彫刻がされた入れ物はこの博物館の宝のひとつ。作者の名前は不明だがサモラの名人として知られていた、964年より以前の物。アラビア語でコルドバのカリフ、アルハカム2世のプレゼントと彫られている。これどうやって作った?正確に細かい唐草模様を円周に同じ比率で手で掘っている。

<象牙のサモラの容器>

象牙の入れ物
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

繊細なイスラム芸術の数々が展示されている。イスラムの教えに偶像崇拝の禁止が有るので本来イスラム圏の芸術作品に生き物の形の物は無いがアルアンダルースのイスラム教徒は鹿とか鳥とかを作品にしている。

イスラム時代の展示物
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

コルドバカリフ王国の時代の噴水の一部。10世紀頃の物で青銅製に金の象嵌で植物模様。おそらく対で他の動物の物があったはず。口から水が出る様になっていた。

コルドバの鹿の噴水の一部
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

 

14世紀のアルハンブラ宮殿の巨大な壺。ハエンで作られたもので幾何学模様の彩色。今もグラナダ焼きのお皿やコップはこの色が使われる。細部に至るまで模様が描かれている。

グラナダの壺
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

ムデハル様式:レコンキスタが進みキリスト教徒の時代になってもイスラム的な物が好んで使われた時代が有った。これは寄木細工の天井でキリスト教徒時代の物。特にトレドではレコンキスタの後もイスラムの科学者たちが重宝されていた。

 

<ムデハル様式の天井>

アラビア語風に漆喰で作った装飾。空間を植物模様や文字で埋め尽くすアラビア文化に憧れてレコンキスタの後のキリスト教徒達がアラビア風に装飾をしたものをムデハル様式という。

ムデハル
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館
中世キリスト教美術

 

8世紀から15世紀のキリスト教徒の時代の物が展示されている。

ドン・フェルナンドとドーニャ・サンチャの象牙のキリスト像。

象牙のキリスト像
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

1063年にレオン王フェルナンド1世とその妻サンチャに捧げられた。おそらくスペイン中世最初のキリストの磔刑像つきの十字架像。それまでは十字架のみでキリスト像がある物は無かった。イエスキリストの大きな黒目がぱっちりでうつむき加減なのがすてき。アップで。

象牙のキリスト像
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

 

足の指の細部まで丁寧に彫刻されていて足の下に逃げているような人間はおそらくアダム。後ろ側も細かい装飾が有るので見逃さないよう。

象牙のキリスト像
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

 

それ以外にも中世のロマネスク教会の柱頭彫刻や石棺等が展示されている。

 

中世キリスト教美術
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

十字架のキリストと聖母と聖ヨハネ。手前12世紀ロマネスク時代の物でおそらくサラマンカの教会。ロマネスク・ラブな私はくぎ付けです。

カルバリオ
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

近代になり技術が発達し大航海時代を迎えていった。この後の展示は銃や家具やガラス器等になる。後は他でも見れるようなものなのでとっとと出口へ向かいます。

羅針盤
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

もうひとつだけ見ておくとしたら南米からの展示品。コロンビアやペルーからもたらされたもの。征服者たちがインカやアステカから奪ってきたもので形をとどめている物は珍しいのではないか、と思ったのでパチリ。

南米からのもの
筆者撮影、マドリード国立考古学博物館

最後に

マドリードの国立考古学博物館は私のおすすめモニュメント。もしマドリードが旅行の最初か最後ならここを一周廻るだけでスペインの歴史全体に触れることが出来、旅の予習か復習になる事間違いなし。素敵な彫刻や古代のブローチ等目の保養になります。時間がない場合は先史時代は飛ばして1階の古代から西ゴート、イスラム、中世と駆け足で1時間ほど見ても価値があるのでマドリードにお越しの際は是非とも時間を作って訪れてくださいませ。

 

マドリードの美術館・博物館には無料で入れる時間がある。マドリード各モニュモント入場無料の情報をまとめてみた 。

 

マドリードの美術館・博物館には無料で入れる時間がある。マドリード各モニュモント入場無料の情報をまとめてみた 。

 

マドリードには沢山の美術館・博物館があり美術館巡りでだけで充分楽しめる街だ。国立美術館がマドリード市内に14館、市立州立とプライベートを合わせると30館以上ありプラド美術館を代表に素晴らしい作品を鑑賞できる。そしてその中の多くの美術館・博物館に無料で入れる時間や日があり並ぶのを覚悟すれば(プラド以外はあまり並ばない)世界の最高峰の美術コレクションや古代の出土品を無料で見れるのだ。時間さえあればお金はなくてもアートに触れられるようにという太っ腹なシステムで万人にアートをという政策。そんなに貧乏でなくてもせっかく無料なのだからここは便乗させてもらおう。そう、外国人でも旅行中でも在住者でもみんな無料なのです。という事でマドリードを訪れたら是非とも行きたい美術館・博物館とその無料の時間をまとめてみました。

マドリード美術館・博物館無料で入れる時間のリスト


①プラド美術館

スペイン王家のコレクションを中心に展示している国立美術館に無料で入れる。スペイン3大巨匠エル・グレコ、ベラスケス、ゴヤのほかデューラー、ルーベンス、ティチアーノ、ボッシュ、ブリューゲル、レンブラント等豊富なコレクションを楽しめる。

プラド美術館
筆者撮影

入場料:15€

開館時間:毎日10時から20時、日曜祝日10時から19時

18歳以下と25歳までの学生無料。65歳以上は半額。

<プラド美術館公式ページ>

<プラド美術館無料の時間>

毎日:月曜から土曜18時から20時

日曜祝日:17時から19時

注意:各無料の時間の1時間くらい前から列が出来始めます。ヨーロッパの人が旅行する復活祭やメーデー等の連休の時は長い列が出来ます。

5月18日、11月19日は終日無料


 ②ソフィア王妃芸術センター

プラド美術館には19世紀までのコレクションでそれ以降のアートが納められているスペイン国立近代美術館の事をソフィア王妃芸術センターを呼ぶ。ピカソのゲルニカが有名ですがピカソの初期やミロの初期、ダリの初期なども有り他でお目にかかれない近代絵画や彫刻が鑑賞できる。

ピカソの青衣の女

ソフィア王妃芸術センター
筆者撮影

入場料:10€

開館時間:10時から21時、日曜10時から19時(変更有)

休館日:火曜日

18歳以下、65歳以上無料、25歳までの学生無料

<ソフィア王妃芸術センター公式ページ>

<ソフィア王妃芸術センター無料の時間>

毎日:月曜から金曜の19時から21時

土曜日:19時から21時

日曜日:13時30から19時

4月18日、5月18日、10月12日、12月6日は終日無料

参考:入場口が2つありサバティーニ(ガラスのエレベーター側)の方は無料の時間に列が出来る日もあるが後ろ側に新しいヌーベル入場口が有りそちらは無料の時間も比較的すいている。(時々サバティーニにも無料時間に列が出来る事もあります)

下の写真はサバティーニの入り口の入場券を買う列。

ソフィア王妃芸術センター
筆者撮影

下の写真(右寄り)は同じ時のヌーベルの入り口。ほとんど誰も並んでいない。

ソフィア王妃芸術センター
筆者撮影

③ティッセン・ボルネミッサ美術館

プライベート・コレクションとは到底想像できない質と量を誇るティッセン美術館。ティッセン男爵2代にわたる個人コレクションが展示されている。13世紀のプリミティブ絵画からルネッサンス、バロック、ロココ、印象派、キュービズム、抽象絵画、ポップアート、と殆どすべての時代の絵画をここで鑑賞できる素晴らしい美術館です。

ティッセン美術館
筆者撮影

入場料:12€

開館時間:10時から19時

18歳以下無料、学生と65歳以上割引あり

<ティッセンボルネミッサ美術館公式ページ>

<ティッセン・ボルネミッサ美術館無料の時間>

毎週月曜日:12時から16時

普通の月曜日なら12時に行くと随分並んでいますが13時頃は並ばずに入れる。例外は復活祭の連休やメーデー等はヨーロッパの旅行客で長い列になる時も。


④マドリード国立考古学博物館

Museo  Nacional Arqueologico

19世紀にスペイン王室の収集品をまとめて展示する為に作られたスペイン国立博物館。先史時代のものからフェニキア、カルタゴ、ローマ、ビシゴート、イスラム、中世とここでスペインの歴史を堪能できる。展示の仕方も広々としたところにゆったり置いてあり考古学好きでなくても足を延ばすと楽しめる。入場料払っても3€なので無料じゃなくても是非訪れていただきたい博物館です。

国立考古学博物館
筆者撮影

入場料:3€

開館時間:9時半から20時

休館日:月曜日

<国立考古学博物館公式ページ>

<マドリード国立考古学博物館無料の時間>

土曜日:14時から20時

日曜日:9時半から15時

4月18日、5月18日、10月12日、12月6日は終日無料


⑤王立サン・フェルナンド美術アカデミー

18世紀に設立された絵画、建築、彫刻の芸術学校。国王カルロス3世の時代に現在の場所に邸宅を買い取り改装。音楽部門も設置され美術館と画廊が設けられた。ゴヤはこのアカデミーのディレクターを務め、ピカソ、ダリ、は在籍者だったスペインの一流の芸術学校併設の美術館。ゴヤのイワシの埋葬や自画像を代表に絵画、彫刻、タペストリー、銀細工や陶磁器も展示されている。ソルのすぐ近くなのでショッピングの途中などにもいかがでしょう。

ゴヤ、イワシの埋葬
De Francisco de Goya – Mirar abajo., Dominio público, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=18394275

 

入場料:8€

開館時間:10時から15時

月曜休館、8月休館

18歳以下、25歳以下の学生無料

25歳以上の学生、65歳以上は4€

<王立サンフェルナンド美術アカデミー公式ページ>

<王立サンフェルナンド美術アカデミー無料の時間>

毎週水曜日(祝日の場合除く):10時から15時

5月18日、10月12日、12月6日は終日無料


⑥マドリード王宮

オリエンテ宮殿とも呼ばれるスペイン・ブルボン家の王達が初夏に過ごした宮殿。現在は迎賓館として使用しており公式行事や国際会議等に使われている。公式行事が無いときに一般公開されている。

マドリード王宮
筆者撮影

入場料:10€

マドリード王宮開館時間:冬季10時から18時、夏季10時から20時

10月12日は冬季時間だが17時から21時も開館

5歳以下無料

<マドリード王宮公式ページ>

<マドリード王宮無料の日と時間>

5月18日、10月12日終日無料

下はEU在住者(公式の滞在許可証提示)のみ無料

10月~3月:月曜から木曜16時から18時、

4月~9月:月曜から木曜18時から20時


⑦ソローヤ美術館

光の画家と呼ばれるホアキン・ソローヤのマドリードのアトリエが美術館になっている。小さな美術館にソローヤの美しい作品がたっぷり。マドリードの富裕層の邸宅を見るのも楽しくお庭もセンスが良い。短時間で鑑賞できるので是非とも足を運んでみてください。入場料支払ってもたったの3€です。

ソローヤ美術館
筆者撮影

入場料:3€

開館時間:火曜日から土曜日9時半から20時、日曜日10時から15時

休館日:月曜日

18歳以下と25歳までの学生、65歳以上は無料

https://www.mecd.gob.es/msorolla/inicio.html

<ソローヤ美術館無料の時間>

土曜日:14時から20時

日曜日:10時から15時

4月18日、5月18日、10月12日、12月6日は終日無料


⑧海軍博物館

マドリード海軍博物館はスペインの海軍本部のすぐ横にある国立博物館。無敵艦隊の時代の船の模型や絵画コンパスや地図が納められている。歴史好きや船好きの方には楽しい博物館です。プラド美術館からすぐなので時間があれば寄り道をするといいですね。ファン・デ・コサの書いた1500年の地図は初めてアメリカ大陸が描かれたもの。

海軍博物館
筆者撮影

入場料無料:協力費3€はボランティアで

開館時間:10時から19時 8月10時から15時

休館日:月曜日

<国立海軍博物館公式ページ>

<海軍博物館無料の時間>

毎日無料です。入口で協力費の3€支払っても支払わなくでも大丈夫。

 

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⑨ 国立装飾博物館

1912年に設立された国立美術館で建物は貴族の邸宅。建築も素晴らしいが約1万点のコレクションは宝飾品やインテリア、ガラス製品や宝石や陶磁器等。中には日本の物もある。美しい焼き物で飾られたキッチンは必見。

 

国立装飾博物館
筆者撮影

入場料:3€

開館時間:火曜から土曜9時30分から15時と木曜17時から20時、日曜祝日10時から15時。

休館日:月曜日

<国立装飾博物館公式ページ>

<国立装飾美術館無料の時間>

木曜:17時から20時

土曜:14時から15時、日曜終日無料

4月18日、5月18日、10月12日、12月6日終日無料


⑩マドリード市立歴史博物館

1929年に創設された市立歴史博物館は18世紀の病院だった建物。16世紀のマドリードの地図や当時の街の絵があり街の発展の様子がわかる。当時から都市計画の元に街を拡張している事と当時の地図や平面図が保存されているのが興味深い。マドリードの街がどのように発展して来たかの歴史が良くわかる。

アドリード市立歴史博物館
筆者撮影

入場料:無料

開館時間:10時から20時

休館日:月曜日

<マドリード市立歴史博物館公式ページ>

<マドリード市立歴史博物館無料の時間>

毎日終日無料


⑪デスカルサス・レアレス修道院

スペイン国王カルロス1世(神聖ローマ帝国カルロス5世)の娘ファナ・デ・アウストリアが設立した修道院。マドリードの最も賑やかな中心部の近くにありながら一歩足を踏み入れると16世紀の世界。約2世紀にわたって貴族の女性達が俗世から離れて暮らしたクララ会の僧院。ルーベンスの下絵で織ったタペストリーやティチアーノやブリューゲルなども鑑賞できる。

 

レアル・デスカルサス・レアレス修道院
筆者撮影

入場料:6€

開館時間:火曜から土曜 10時から14時、16時から18時半

日曜祝日10時から15時

月曜、公式行事、州の祝日に休館

入場は20名のグループに分かれてスペイン語の説明を聞きながら約1時間15分ほど。当日並んでも入れない事もあるのでネットで予約をお勧めします。

<デスカルサス・レアレス修道公式ページ>

<デスカルサスレアレス修道院無料の日と時間>

5月18日、10月12日終日無料

下はEU在住者(公式の滞在許可証提示)のみ無料

水曜日と木曜日の午後はEU在住者は無料。


⑫セラルボ美術館

作家で美術愛好家だったセラルボ公爵の寄贈した作品が納められている。豪華な邸宅が素晴らしく回廊や広間を見ながら絵画や調度品、コインや彫刻屋甲冑、考古学的出土品等を楽しめる美術館。

セラルボ美術館
筆者撮影

入場料:3€

開館時間:火曜から土曜、9時30分から15時、木曜日17時から20時(木曜が祝日の場合は午後閉館)

日曜祝日:10時から15時

休館日:月曜日

<セラルボ美術館公式ページ>

<セラルボ美術館無料の時間>

木曜:17時から20時

土曜:14時から15時

日曜日:終日無料

4月18日、5月18日、10月12日、12月6日は終日無料


⑬国立ロマンティシズム美術館

19世紀のロマン派の時代の伯爵の邸宅に絵画や家具、装飾品を集めてオープンした美術館。ゴヤの絵もある。

入場料:3€

開館時間:夏9時半から20時、冬9時半から18時半、日祝10時から15時

18歳以下と65歳以上は無料

休館日:月曜日

<ロマンティシズム美術館公式ページ>

<ロマンティシズム美術館無料の日と時間>

土曜日:14時から15時

日曜日:終日無料

5月18日、10月12日、11月16日、12月6日終日無料


⑭ラザーロ・ガルディアーノ美術館

美術愛好家ホセ・ラザロ・ガルディアーノが集めたコレクションがスペイン国家に遺贈された。セラーノ通りの邸宅に中世の金銀細工や宝飾品や象牙細工などが展示されている。絵画のコレクションは素晴らしくボッシュやスルバラン、エル・グレコ、ボッシュ等個人のコレクションの幅の広さに驚く。

入場料:6€

開館時間:10時から16時半(日曜~15時)

休館日:月曜日

<ラザロ・ガルディアーノ美術館公式ページ>

ラザロガルディアーノ美術館無料の時間

毎日:15時半から16時半

日曜:14時から15時

毎月第1月曜:17時から21時


⑮ゴヤのパンテオン(サン・アントニオ・デラ・フロリダ教会)

正式名称はサン・アントニオ・デ・ラ・フロリダ教会。花咲く聖アントニオ教会という名前で天井画はゴヤのフレスコ画。聖アントニオの奇跡の場面が描かれている。毎日のミサで使われる蝋燭の煤でフレスコ画が痛んでしまうので同じ形の教会を横に作り毎日のミサはそちらで行われている。ゴヤはボルドーで亡くなるが後に遺体が移管されており現在ゴヤのお墓にもなっている。

サンアントニオデラフロリダ教会
筆者撮影

入場料:無料

開館時間:火曜から日曜9時半から20時

休館日:月曜日

<ゴヤのパンテオン、マドリード市観光ページ>

<ゴヤのパンテオン入場無料の日と時間>

毎日入場無料


⑯デボ神殿

エジプトのナイル川にあった神殿がマドリードに贈られた。アスワン・ハイダムの建設で水没する様々な神殿を守ろうと各国が援助をした。スペイン政府もそのひとつで援助のお礼に水没するはずだった神殿がプレゼントされた。中に入るとヒエログリフ(象形文字)が綺麗に残るのを見ることが出来る。

デボ神殿
筆者撮影

開館時間:火曜から日曜祝日10時から20時

休館日:月曜

入場無料

<デボ神殿、マドリード市観光ページ>

<デボ神殿無料の時間>

毎日入場無料



注意:休館日以外にほぼ全てのの美術館やモニュメントは12月25日、1月1日、1月6日、5月1日に休館。美術館によって11月1日、8月15日、12月24日、12月31日閉館。それぞれの美術館に確認してください。

紹介したのは一部の美術館でマドリードにはまだまだ多くの美術館博物館があり無料の日時が設定されている。マドリードはアートの宝庫で時間さえ許せば無料で素晴らしい作品を楽しめる街です。

無料時間、開館時間等はは予告なく変更されることが有ります。

スペイン旅行、マドリードから日帰りで行けるおすすめ世界遺産の街

マドリードで是非行きたい所<美術館・博物館・教会編>

マドリードで見逃せないポイントをご紹介します。市内の見どころはギュッと集まっているので地下鉄や路線バス、タクシーを使って効率よく回ることが出来ます。町がとっても綺麗で散策しながら建築を見たりバルに入ったりしながら楽しめます。まず今日は美術館・博物館・教会編です。

1・プラド美術館

エル・グレコ

ぜった外せないプラド美術館は王家のコレクションが納められた世界有数の絵画館です。建物は元自然科学博物館。殆どの絵画がガラスのケースに入っていなくてゆったり絵を鑑賞できます。エルグレコの受胎告知、ベラスケスのラスメニーナスゴヤの裸のマハヒエロニムスボスの快楽の園フラ・アンジェリコの受胎告知等美術史の本に出てくる作品がゆっくり堪能できる美術館です。サンヘロニモス教会横のヘロニモスの入り口のあたりはスペイン人建築家ラファエル・モネオによる改造部分。建築好きな方は必見です。

時間

毎日10:00-20:00(日曜10:00-19:00)閉館2時間前から無料

行き方

メトロ 地下鉄2号線バンコデエスパーニャ、セビージャ、1号線アトーチャから徒歩10分。

プラド美術館の回り方をまとめた記事です<プラド美術館・無駄なく回る1時間コース>

 

2・ソフィア王妃芸術センター

 

1992年開館の近代美術館です。ピカソのゲルニカが有名ですがダリの若いころの作品ミロの初期、ピカソやグリスのキュビズムダリやミロのシュルレアリズム等4階に行くとタピアスやチジーダ等近代の作品などたっぷり楽しめます。さっくり見ればそれほど時間がとられないので是非ともおすすめです。建築好きな方は後ろ側の増築部分がフランス人のジャンヌーベル(ヌーベルの入り口エントラーダ・ヌーベル)正面のガラスのエレベータ―(サバティーニの入り口エントラーダ・サバティーニ)はイギリス人のイアン/リッチー作です。

ゲルニカについて書いた記事です <ピカソのゲルニカ(ソフィア王妃芸術センター)>

時間

10:00-21:00 (日曜10:00-19:00)閉館2時間前から無料。              日曜日は14:30から無料。定休日火曜日

行き方

地下鉄1号線アトーチャ下車すぐ。プラド美術館から徒歩10分。

3・ティッセン・ボルネミサ美術館

ティッセン男爵2代にわたるコレクションをスペイン文科省が買い取り展示している美術館。個人の持ち物だったとは思えない素晴らしい幅のあるコレクションで13世紀から20世紀末までの多岐にわたる作品群。カラバッジョ、ファンアイク、ラファエル、ドガ、ロートレック、ピカソ、ブラック、ダリ、ミロ、アンディーウォーホール等何でもあるヨーロッパ屈指の美術館。隣に男爵の妻カルメンのコレクションが展示されている新館も併設。

時間

毎日10:00-19:00 月曜12:00-16:00(月曜無料)

行き方

地下鉄2号線バンコ・デ・エスパーニャ又はセビージャ徒歩10分 プラド美術館から5分

4・国立考古学博物館

有史以前の物から古代の遺跡、ローマギリシャビシゴートの芸術イスラムロマネスクゴシックの作品等スペインに来た諸々の民族が残していったものが楽しめます。マンモス象の牙バレアレス諸島の巨石文化、有名なエルチェの婦人像ローマ時代のモザイク中世キリスト教彫刻、等本当に楽しめて私のたまらなく大好きな博物館です。いつも空いていて見どころ満載。お買い物ゾーンのセラーノ通りにあるので是非寄ってみて下さい。博物館入り口手前にはアルタミラ洞窟の復元模型。洞窟の天井に野牛の壁画が描かれている。

時間

毎日9:30-20:00日曜祝日9:30-15:00 月曜休館

行き方

地下鉄4号線 セラーノ徒歩3分

5・マドリード王宮

マドリード王宮

1931年まで王室の住居として使われていた。今は国有財産となり公式謁見国際会議などに使われている。公式行事が無いときは見学することが出来、順路になっているので1時間から1時間30分くらいで見学することが来ます。パリのベルサイユ宮殿はフランス革命でかなり壊され家具なども殆どないですがマドリードの王宮はつい最近まで使われていたまま残されています。調度品、家具、絵画、天井画等言葉に尽くせません。中庭の端の方には武器博物館があり甲冑や武器等が置かれた部分があってそこに日本の鎧やカルロス5世の使っていた本物の甲冑が展示されています。

 

時間

4月―9月 毎日9:00-20:00(日曜祝日ー15:00)                       10月ー3月毎日9:30-18:00(日曜祝日ー14:00)

<注意>公式行事・謁見や特別行事で度々閉まります。

行き方

地下鉄2号線5号線R線オペラ下車5分、スペイン広場から徒歩10分

 

6・デスカルサス・レアレス修道院

カルロス5世の娘ファナ・デ・アウストリアが16世紀に設立したサンタ・クララ修道会。以後2世紀にわたって俗世を離れて生きる名門の貴族の僧院となる。中に入ると突然中世の壁画の中に、マドリードの繁華街にあるのを忘れてしまう16世紀の世界。ルーベンスの下絵によるタペストリーやブリューゲル、リベラ、スルバラン、ティチアーノなどの数々の作品を所蔵する。

時間

毎日 10:00-14:00 16:00-18:30(日曜祝日10:00-15:00)月曜閉館

行き方

地下鉄3号線ソル、カジャオから徒歩5分。2号線R線オペラから徒歩5分

7・サンフェルナンド美術アカデミー

ゴヤ・イワシの埋葬

18世紀以降のスペイン美術の中心である学院=アカデミーの中にある美術館。絵画や彫刻など16世紀から20世紀の作品約1400点の絵画1300点の彫刻15000点のデッサンを所蔵。ルバラン、ベラスケス、ムリーリョ、ゴヤ等。ゴヤはこのアカデミーの会員で有名なイワシの埋葬自画像がある。

時間

毎日10:00-15:00 月曜休館

行き方

地下鉄1号線2号線3号線ソルから徒歩5分

 

8・ラザロ・ガルディアーノ美術館

ホセ・ラサロ・ガルディアーノの個人的な美術のコレクションを後にスペイン国家へ寄贈したもの。象牙や七宝フランスのリモージュ中世の金銀細工、宝飾品、家具。絵画はエルグレコ、スルバラン、ムリーリョ、ゴヤ、ヒエロニムス・ボス等豊富な作品を楽しめる。これも個人のコレクションとは驚くばかり静かな邸宅で美しい芸術品や工芸品が楽しめるヨーロッパならではの美術館。

時間

毎日10:00-16:30(日曜ー15:00)月曜・祝日休館

行き方

地下鉄5号線ニューネス・デ・バルボア駅徒歩5分

8・ソローヤ美術館

光の画家と呼ばれたホアキン・ソローヤのマドリードの自宅兼アトリエが美術館になっている。入口にあるお庭や邸宅も必見。画家の道具なども展示されていてこじんまりしているが見ごたえのある美術館。画家の家族の海辺での作品など愛着を持って描かれたものが沢山展示されている。いつも空いているのでのんびりと鑑賞でき優雅な気分になる美術館です。

ソローヤ 海辺の散歩
De Joaquín Sorolla y Bastida – http://museosorolla.mcu.es, Dominio público, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=22735943
時間

毎日9:30-20:00日祝10:00-15:00月曜休館

土曜15:00からと日曜は無料

行き方

地下鉄5号線ルーベンダリオから徒歩5分

地下鉄10号線グレゴリオマラニョンから徒歩10分

 

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9・ゴヤのパンテオン

ゴヤのパンテオン

 

正式にはサン・アントニオ・デ・ラフロリダ教会。サン・アントニオ(聖アントニオ)という聖人はお参りすると恋人ができるというご利益で若い女性に人気の教会。ゴヤが描いた天井画はサン・アントニオの奇跡を描いた見事な作品。ゴヤの天井画がお参りの人のろうそくで汚れるので同じ形の教会を隣に作りゴヤのパンテオンの方は無料で公開している。教会内部の祭壇の横にゴヤが埋葬されている。(すぐ隣にあるシードラ屋は地元の人に人気。ローストチキンとシードラを安価で楽しめます)

時間

毎日9:30-20:00 月曜・祝日休

まとめ

美術館や教会等まだまだあるのですが今回は以上です。入場時間や休館日はなるべく更新していますが変更もあるので公式サイトなどでもう一度ご確認ください。