プラド美術館の名画で楽しむギリシャ神話、ギリシャ神話は面白い。

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ヨーロッパの美術館を楽しむため知っていた方が絶対良いのはキリスト教とギリシャ神話。ほんの少し物語を知っているだけで美術館での時間もヨーロッパの旅も随分違ったものになります。プラド美術館が数倍楽しくなるようにプラド美術館にある作品を中心にギリシャ神話をご紹介。

ギリシャ神話の神様達は奔放で情熱的で欲望のまま浮気をしたり女を誘拐したり、怒りに任せて報復をしたりとても人間くさく面白い。禁欲的なキリスト教の神と比べて作品にするのも見るのも楽しいものばかりです。ギリシャ神話の壮大な物語は冒険心をくすぐられ映画やゲームに今も使われています。

ダナエ

ダナエは今のギリシャのペロポンソス半島にあるアルゴス王国の美しい王女。あるとき父親の国王アクリシオスは神託を受けた。「お前はお前の孫によって殺されるであろう」。驚いたアクリシオスはまだ結婚もしていない美しい娘のダナエが子供を産まないように城の塔に幽閉した。

ところが女好きの全能の神ゼウスが美しい女性ダナエを見つけた。青銅の扉の中にいるダナエに近づくために自分の姿を黄金の雨に変えてダナエと交わった。

この絵はベネチア巨匠ティチアーノがスペイン国王フェリペ2世の為に描いた一連の神話画「ポエジア」の連作のひとつ。「ポエジア」はギリシャ神話の変身物語を断続的に約10年間に渡って描いた連作。

ダナエを誘惑するために黄金の雨になったゼウスが幽閉されたダナエの塔に降り注ぐ。

<黄金の雨とダナエ・ティチアーノ・プラド美術館>
プラド美術館 ダナエ

Dánae recibiendo la lluvia de oro
TIZIANO, VECELLIO DI GREGORIO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

同じ題材の作品がナポリのカポディモンティ国立美術館、ザンクぺテルスブルグのエルミタージュ美術館、ウィーンの美術史美術館にある。構図はほとんど同じだが右側のおお皿で黄金を受けている老婆がの所にューピッドがいたり、犬が描いてあったりする。

<ダナエ・ティチアーノ・カンポディモンテ国立美術館>
ナポリにあるティチアーノのダナエ
wikipedia
Pubblico dominiovedi

ダナエはその後身ごもり男の子ペルセウス産んだ。神託は「貴方は孫によって殺される」父王アクレシウスは「この孫に殺される・・・?」と慌てたが可愛い孫を殺すことはできず箱船に乗せダナエと共に海に流した。「きっとこれで大丈夫。」

この箱船がクレタ島の北にあるセリポス島に流れ着き漁師ディクテュスに助けられた。漁師の兄、島の王ポリュクデクテスは美しいダナエに一目ぼれ。青年になっていたペルセウスは母を守ろうと王に対抗する、が王は邪魔になったペルセウスを怪物メドゥーサ退治に出す。

<メドゥーサ、カラバッジオ、ウフィツイ美術館>
カラバッジョ メドゥーサ
wikipedia
public domain

 

メドゥーサはゴルゴン3姉妹の末っ子。顔は大変醜く「口には鋭い牙」、背中には「黄金の翼」、手には「かぎ爪」を持っていて「髪は生きた蛇」、最も恐ろしいのは「メドゥーサの目を見たものは石に変えられる」。

メドゥーサは実はもともと輝く金髪を持った絶世の美女だった。海の神ポセイドンに寵愛され白馬に姿を変えたポセイドンに連れられアテナ神殿で契りをかわす。神殿を汚されたアテナとポセイドンの正妻アンピトリテは仕返しにメドゥーサとその姉妹たちを怪物に変えてしまった。

<メドゥーサの頭・作者不明17世紀・プラド美術館>
メドゥサの頭
Medusa
ANÓNIMO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ペルセウスは女神アテナから「輝く盾」、ゼウスの使いの青年神ヘルメスからは「空飛ぶサンダルと金の新月の刀」を借りて旅に出た。この刀だけがメドゥーサの首を切ることが出来る。

後足りないものが二つ、それは西の国のニンフたちが持っている。ニンフ達の住み家を知っているのはグライアイの三人の老女。彼女たちは三人なのにひとつの目とひとつの歯を交代で使っていた。

ペルセウスは無事グライアイの老女からニンフの住み家を教えてもらい足りない二つの物、「被ると姿が見えなくなる帽子」、「ゴルゴンの首を入れるための魔法の袋」をもらった。

<メドゥサ退治のペルセウス・ルカ・ジョルダノ・プラド美術館>
ルーカジョルダノのペルセウスのメドゥサ退治

Perseo vencedor de Medusa
GIORDANO, LUCA
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ゴルゴン谷に着いたペルセウスはヘルメスの羽の付いたサンダルで空を飛びアテナにもらったピカピカの盾にメドゥーサを写し、金の新月の刀でその首を切り落とした。ペルセウスは帽子をかぶって姿を消しサンダルで空を飛んで逃げていく。

メドゥーサを倒したペルセウスは母の待つセリポリ島へ飛んで帰る途中、裸の美女が鎖で岩場に繋がれているのを見つけた。この美女はエチオピアの王女アンドロメダ。海から牙の生えた怪獣が美女を狙って泳いでいるのが見える。

実はエチオピアの王妃カシオペアは「海の神ポセイドンの娘たちより私の方が美しい」と豪語していた。それがポセイドンの耳に入り怒りにふれエチオピアは毎年大洪水に苦しめられていた。国王ケフェウスが神に聞いたら「娘アンドロメダを海の怪獣の生贄にすれば神の怒りは鎮まるだろう」。それでかわいそうな娘アンドロメダは鎖に繋がれ今まさに生贄になっていた。

<アンドロメダの救出・ルーベンス・プラド美術館>
アンドロメダとペルセウス

Perseo liberando a Andrómeda
JORDAENS, JACOB,RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ペルセウスはヘルメスのサンダルで空を飛び、持っていたメドゥーサの首を怪獣に掲げて石に変えアンドロメダを救出した。

<アンドロメダとペルセウス・ティチアーノの模写・プラド美術館>
アンドロメダとペルセウス

Andrómeda y el dragón
ANÓNIMO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ペルセウスとアンドロメダは結婚し母のいるセリポス島に戻り母に言い寄る(まだ言い寄っていた)ポリュデクテス王にメドゥーサの首を見せて石に変え故郷のアルゴスへ帰って行く。

「お前は孫によって殺される」と予言を受けていた祖父の国王アクリシオスは孫の帰還に驚いてアルゴスからラリッサという町に逃げていた。

ペルセウスはアルゴスの王となりある時ラリッサの町の競技大会に呼ばれる。その時に参加した円盤投げ競技で投げた円盤がある老人にあたってその老人は死んでしまった。その老人こそ元国王のアクレシオス。ついに神の神託は現実となった。

人間は不幸な神託を受けると何とか免れようとするが結局どう逃れても予言の通り運命は人間を導いていくというのがギリシャ神話に共通する教訓です。

壮大な冒険物語に登場する人物たちは大空に星座として今も輝いています。

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エウロパの略奪

エウロパは月のような顔をした美しいフェニキアの王女だった。エウロパに一目ぼれしたゼウスは自らの姿を白い牡牛に変身させ油断したエウロパを略奪して旅に出る。

この時に牡牛ゼウスがエウロパと旅をしたところをエウロパ=ヨーロッパと呼ぶようになった。彼らが旅の後に着いたのがクレタ島。ゼウスとエウロパの間に生まれたのがミノスでクレタ島にクノッソス宮殿を作って住んでいた王様です。

*神話の長い物語は荒唐無稽な作り話と信じられていたが19世紀に発掘が行われイギリス人のアーサーエバンズによって遺跡が発見されている。

<クレタ島、クノッソス宮殿遺跡>

クレタ島、クノッソス宮
wikipedia CC
Source Own work
Author 遠藤 昂志
<エウロパの略奪、ティチアーノ、ガードナー美術館蔵>

最初の作品ダナエと同じくティチアーノがフェリペ2世の為に描いた一連の神話画の「ポエジア」の7作中の最後の物。

19世紀にアメリカに渡って今もアメリカの美術館蔵。スペイン王位継承戦争のさなかフェリペ5世がフランス大使に与えパリへ移された後これが19世紀にアメリカの富豪ガードナー夫人により購入され大西洋を渡ってアメリカに渡ったスペインとしては大変残念な結果の名画。

ティチアーノ、エウロパの略奪
wikipedia
public domain

下の絵はスペインに来ていたピーター・ポール・ルーベンスが当時はまだマドリードの王宮にあったティチアーノの上記作品を模写したエウロパの略奪。今もプラド美術館で鑑賞できます。ルーベンスの方がエウロパの太ももの肉付きがぽっちゃりで官能的。

<エウロパの略奪、ルーベンス、プラド美術館>
エウロパの略奪 ルーベンス

El rapto de Europa
RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

ルーベンスがスペインに来た頃に宮廷画家として活躍していたのがベラスケス。どちらも国王フェリペ4世のお気に入りの画家で2人は一緒にスケッチ旅行へ行ったりしている。ベラスケスが自分の作品の中にエウロパの略奪を入れて描いた作品がアラクネの寓話。

手前で織物を織る女性達の向こうでは変身物語が展開している。奥のタペストリーがエウロパの略奪。

<アラクネの寓話、ベラスケス、プラド美術館>
アラクネの寓話 ベラスケス

Las hilanderas o la fábula de Aracne
VELÁZQUEZ, DIEGO RODRÍGUEZ DE SILVA Y
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

アラクネは織物が上手な女性であまりにも自慢をするので怒ったアテナが天から降りて来て織物競争をすることになった。この時にアラクネが織った題材がギリシャの神々の失敗や誘惑。全能の神ゼウスがエウロパを略奪するところを織物にした。

絵の一番奥に描かれているタペストリーに上記作品をモデルにしたゼウスによるエウロパの略奪が織られている。生意気なアラクネにアテナはお仕置きをする。「そんなに織りたいなら、いつまでも織れるようにしてあげましょ!」と蜘蛛に変身させた。というお話。

アラクネは今も蜘蛛になって織物を織っています。蜘蛛はラテン語でアラネア、スペイン語でアラ―ニャ、フランス語でアレニェ、イタリア語でラーニョ、全てアラクネから来ています。

イカロスの墜落

話は少し戻ってクレタ島へ。エウロパの息子ミノスは海神ポセイドンに立派な牛を生贄として所望する。ポセイドンは願いを叶え「とんでもなく美しい牛」を与えるがあまりにも美しくミノスはポセイドンに内緒で別の牛を生贄にした。それを知ったポセイドンは怒り、仕返しに妻のパシパエが牛に恋をするように仕組む。

<ヘラクレスとクレタの牛、スルバラン、プラド美術館>

スルバラン、ヘラクレス牛退治
Hércules y el toro de Creta
ZURBARÁN, FRANCISCO DE
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

*上記の絵はスペイン画家スルバランの珍しい神話画。パシパエが恋をした「とんでもなく美しい牛」は乱暴で手が付けられなかったのでヘラクレスが12の難行の中で素手で退治する場面。

牛に恋したパシパエは思いを遂げ子を産んだ。牛と関係を持つための機械は名人大工ダイダロスが考えた。牛との間に生まれた子供は半牛半人の怪獣ミノタウロス。ミノス王は名人大工のダイダロスに迷宮を作らせてそこにミノタウロスを閉じ込めた。その迷宮はラビュリンスというが今も迷路の事を英語でラビュリントス、スペイン語でラベリントスというのはこの迷宮ラビュリントスから来ている言葉

<ミノタウロス、アテネ国立考古学博物館>

ミノタウロス
Source Own work
Author Marsyas
Permission
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Voir ci-dessous

 

当時のアテネは毎年7人の青年と7人の乙女をミノタウロスの餌食に捧げる事になっていたがアテネの王子テセウスが生贄に紛れてクレタに到着。ミノス王の娘アリアドネはテセウスに恋をし無事に出てくるよう糸玉と剣を渡しテセウスは剣でミノタウロスを倒し糸玉で迷宮から出てくる。今も「アリアドネの糸」は難題解決という意味で使われる。

この知恵をアリアドネに与えたのは名大工ダイダロスだった。ミノス王の怒りを買ったダイダロスは息子イカロスと共に塔に幽閉される。

<イカロスの墜落、ゴーウェイ、プラド美術館>
イカロスの墜落

La caída de Ícaro
GOWY, JACOB PEETER
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

幽閉された塔に落ちて来た鳥の羽を蝋で固めて翼を作り大空へ二人で羽ばたいていった。ダイダロスはイカロスに「あまり低く飛んでも高く飛んでもいけない」と注意していたが自由自在に空を飛んでいるうち父親の忠告を忘れ太陽に近づきすぎて蝋が解けイカロスは墜落して海に落ちて死んでしまう。

自分の力を過信しないように、若者の暴走を止めるときに今も使われる教訓になっている。

トロイア戦争

トロイの王子として生まれたパリスの父王は「この子が生まれたらトロイが滅びる」と神託を受けていたが可愛い子供を殺せず神に内緒で羊飼いとして育てていた。

有る時神々の結婚式が行われることに。その会場に金のリンゴがひとつ落とされた。リンゴには「最も美しい女神へのプレゼント」と書かれていたので女神たちは大喧嘩を始める。

下の絵の左端がパリス、横に金のリンゴを持つヘルメスと右側に三人の女神たち

<パリスの審判、ルーベンス、プラド美術館>
パリスの審判 ルーベンス

El juicio de Paris
RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

どの女神がこのリンゴを受け取るのにふさわしいかを羊飼いのパリスが決めることになった。この三人というのは美の女神ビーナス、ゼウスの正妻ヘラ、知恵の神アテナ。

三人は自分が選ばれるために条件をパリスに出し始める。ビーナスは「私を選んでくれたら人間で一番美しい女性を奥さんにしてあげましょう」、ヘラは「貴方をアジアの王にしてあげましょう」、アテナは「貴方にいつでも戦争に勝てる力をあげましょう。」

<パリスの審判、ルーベンス、プラド美術館>
パリスの審判 ルーベンス
El juicio de Paris
RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

パリスが選んだのはビーナスだった。そして人間で最も美しい女性はギリシャの王妃ヘレーナという絶世の美女。ヘレーナをギリシャからトロイに連れて逃げて来たのが原因で戦争がはじまった。これがトロイア戦争の始まりで最後にトロイは滅びる。

19世紀にドイツ人のシュリーマンによって発掘されたトロイの遺跡も神話の後ろに史実があった事を証明した。現在のトルコのダータネルス海峡。

<トロイの遺跡>

トロイの遺跡
wikipedia CC
Troy
Photo taken by Adam Carr’s mother.

この時にギリシャ側で戦ったのがアキレウス。ギリシャ側の総大将がアガメムノンです。

*アキレウス・生まれるときに息子を不死にする為母親が冥界の河ステュクスに浸した。その手が息子の踵を掴んでいたため踵だけは彼の弱点になった。トロイア戦争ではこの踵を弓に射られ戦死。

30年間落ちないトロイにギリシャ兵が考えたのが木の木馬。トロイの城壁外に大きな木馬が置かれ、知らずに戦利品としてトロイの街に引き入れられた木馬からギリシャ兵が出て来てトロイの町は陥落する。

神託の通りパリスを殺しておけばトロイは滅びなかったというお話。運命からは逃げられなし、逃げたら逃げた結果言われた通りになる。

最後に

ギリシャ神話は登場人物のギリシャ語の名前が難しく本で読むと延々続く長いお話が面倒ですが紀元前15世紀頃から口承で伝えられていたものが次第にまとめられていったものです。ホメーロスのイリーアスやオデュッテイアは紀元前9世紀頃だそうで3000年も前のお話が現代の私たちが読んでも面白い冒険物語。その中に教訓や戒めが散りばめられています。

本当はもっともっと長いお話のさわりだけをご紹介しました。

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マドリード観光、散策コースとおすすめバル、初めてのマドリードなら外せないスペイン広場からマヨール広場、そしてバル街へ

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マドリードは歩いて観光出来る楽しい街でバルも沢山。簡単な散策のあとにおすすめのバル巡り、絶対行っていただきたいメゾン街までのコースです。

スペイン広場(Plaza de España)

 

スペイン広場
メトロ10番線と3番線「プラサ・デ・エスパーニャ」下車。グランビア通りや王宮のすぐ近くで街の中心です。スペイン広場というとローマが有名ですがマドリッドのスペイン広場が本家本元です。

スペイン中どこにでもスペイン広場がありますがマドリードのスペイン広場はドン・キホーテとサンチョ・パンサで有名です。写真中央。

この2人はラ・マンチャの男という小説の主人公達で左が憂い顔の騎士ドン・キホーテ。当時流行の騎士道精神の本を読みすぎて頭がおかしくなって自分も本の中に出てくる騎士の様な気がして旅に出た。となりでロバに乗っているのが一緒に来た従士のサンチョ・パンサ。約400年前の小説に出てくる主人公たちが出迎えてくれます。後ろの白い石像は作者のミゲール・セルバンテスです。

時期によってはお店が出ていたりイベントをやっていたりしますがマドリードを訪れた世界中の人達が必ず写真を一枚とる場所だそうです。

エジプトの神殿(Templo de Debod)

5分ほど西の方へ(銅像を背中に右へ)歩いて行くとなんとエジプトの神殿があります。マドリードにエジプトです。

「デボ神殿」ナイル川にあった2000年以上前の神殿です。

アスワン・ハイ・ダムを造る時水没する事になった沢山のモニュメントのひとつ。
それらを救うためにスペイン政府が援助したお礼にエジプト政府から贈られた。
その贈り物がマドリードに置いてあり無料で中に入れます。神殿のプレゼントなので桁外れの贈り物です。
マドリードにあるエジプトの神殿マドリードにあるエジプトの神殿
入場無料無料。上記写真に開館時間が出ています。

4月1日~9月30日10時~2時と午後6時~8時、            10月1日~3月31日10時~2時と午後4時~6時。           土曜日曜祝日は9時30分~午後8時。                   休館日:月曜、1月1日、6日5月1日12月25日。

ヒエログリフ(象形文字)が綺麗に残っていて愕然、読めなくても楽しめます。
アメン神に捧げたもので2400年ほど前の神殿です。内部一番奥に石室があり秋分の日と秋分の日は朝日が真っ直ぐここに届く設計。二階に上がるとナイル川沿岸の地形図が展示されています。
神殿から外へ出て広場の奥の方へ行くとマドリードの郊外の森が展望できます。夕方来ると夕陽がとっても綺麗でマドリード夕日絶景のスポットです。(夏は夕日になるのが22時とかですが・・・)

王宮(Palacio Real)

再びスペイン広場方面に戻り東に向かうと歩いて5分ほどで王宮が見えてきます。
王宮
マドリード王宮ともオリエンテ宮殿とも呼ばれています。1738年日本でいうと徳川吉宗の時代に作られた王宮で現在は迎賓館。

特に公式行事が無いときは公開されているので入場することが出来ます。ブルボンの王様達が夏の初め暮らした王宮で内部は殆どそのまま公開されています。家具や絵画、天井画、晩餐会の大広間は今も使われています。入口は上記写真の一番向こう側(アルムデナ大聖堂側)から。

入場時手荷物検査あり。内部の最初暫く写真撮影可能です。王様達の暮らしたお部屋になるところから写真禁止になります。

冬季(10月~3月)10時~午後6時                   夏季(4月~9月)10時~午後8時

休館日 1月1日、1月6日、5月1日、10月12日、12月24日(15時で閉館)12月25、12月31日。さらに各公式行事、又予告なく閉鎖することが有ります。

 

プラサ・デ・オリエンテ(Plaza de Oriente)

王宮に向かっている綺麗な広場がオリエンテ広場(Plaza de Oriente)。お散歩する人達でいつも賑わっています。中央の騎馬像がフェリペ4世。プラド美術館の名作「ラス・メニーナス」の鏡の中にいる王様です。

注意:このあたりにスリが観光客に混じって時々やってきます。上手に隙を狙って知らないうちにお財布をすって行くプロの外国からきているスリ集団に注意。乱暴ではないのでちょっと気をつければ大丈夫です。

オペラ座を左に見ながら進むとカフェ・オリエンテ
カフェオリエンテ

広場に向かって素敵な「カフェオリエンテ。」朝食もやっていますしお食事も出来て夜は王宮を見ながらワインも楽しめます。スペイン国王もお食事に来られます。

お茶だけでもワイン1杯でも1本でも。このあたり王宮が見えるところに素敵なレストランやカフェテリアがあってテラスもあるのでちょっと休憩にいかがですか

夜は王宮の間接照明を楽しめます。(夏は暗くなるのは22事以降です)

王宮からラマレス広場                                                  (palacio Real~Plaza de Ramales)

王宮を背中に右のほうへ、緩やかな登坂を登って行くと
その先に可愛いパン屋さん。お散歩中のわんちゃん駐車出来ます。
かわいいパン屋さん、ワンちゃんパーキング
広場にはベラスケスのパネルが
ここはベラスケスが埋葬されていた教会があったそう
ナポレオン戦争で破壊され画家のお墓は今も行くえ不明。
ベラスケスが埋葬されていた教会あと

サンティアゴ広場からサンミゲール市場

ラマレス広場から右手の方にサンチアゴ通りの方へ歩いて行くとサンチアゴ教会(Iglecia de Santiago)。マドリッドからサンティアゴの道を始める人はここからです。

サンティアゴ教会を背中にサンティアゴ通りを歩きます。小さなレストランや小売店が並ぶ良いムードの通りです。ちょっと路地に入るとルティエール(楽器工房)やゴヤが住んでいた家が残ります。

ルティエール
ゴヤが住んでいた家
大きな通りにでたらそこはマヨール通り(Calle Mayor)。

マヨールはスペイン語で大きなという意味でマドリッドが首都になった頃に造られた大通り。フェリペ2世がトレドからマドリードに首都を移動したころに作られた通りです。

16世紀頃日本は戦国時代に作られた街が残るのがこのあたりです。。

サン・ミゲール市場(Mercado San Miguel)

目指すはサン・ミゲール市場。昔は本当に生鮮食料品を扱う市場だったけど今はマドリッド人気スポットの飲食店が入るフードコートになっています。
中に色んなバルが入っていてここだけで充分楽しめます。随分混んでいるのと少し値段は高めで最近は地元の人は来ないツーリスティック。バルの人もあまり感じ良くないのが残念。

朝の10時から夜0時ころまで毎日開いています。真ん中に座れるように椅子とテーブルがあるのであちらこちらで買ったものをそこで座って召し上がれます。ただいつも満員。

サンミゲール市場サンミゲール市場

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マヨール広場(Plaza Mayor)

通りを挟んでマヨール広場。1617年に造られた広場でお祝いの式典やお祭り、魔女裁判などに使った広場で今もクリスマスマーケットやワインまつり等年中賑やかです。真ん中の騎馬像はフェリペ3世。江戸時代に伊達藩の遣いが謁見した王様です。

マヨール広場
マヨール広場
哀愁あるスパイダーマン。こういう路上アーティストも楽しめます。

 

サン・ミゲール市場の横の下り坂にはメソンと呼ばれる居酒屋は全部
昼12時頃から開き始め夜中まで営業。アルコ・デ・クチジェロスへ

アルコ・デ・クチジェロス(arco de cuchilleros)バル街でおすすめです。

 

マヨール広場とサンミゲール市場の間の通り<アルコ・デ・クチジェロス>は洞窟のような細長い居酒屋風の飲食店が並びます。このあたりのレストランを(mezon)と呼びここは地元の人達も訪れる古くからあるバル街。

マッシュルーム屋さんやスペインオムレツ屋さんイワシヤさん等それぞれのお店が専門店です。

マドリード・アルコ・デ・クチジェロス

マッシュルーム専門店(Mezon del chanmipinion)

マドリードマッシュルーム屋

メゾンデルチャンピニオン

メゾン・デ・チャンピニオンは細長い小さなお店。入ってすぐはカウンターで奥に小さなお部屋があって座れます。少し混んでいてもお店の人に座りたい風のジェスチャーをすれば理解してくれて空いたら案内してくれます。

<マッシュルーム屋奥の座れるところ、壁にマッシュルーム>

マッシュルーム

 

マッシュルームだけなのでみんなそんなに長くはいないので少し待てば大丈夫。スペイン人はギューギューに無茶苦茶混んでいてもカウンターですが。

<入ってすぐのカウンターの所>写真は割と空いていた日です。

マッシュルーム屋

アツアツのマッシュルームを鉄板で焼いて岩塩とハムとオイルだけで調理。絶妙の美味しさなので是非とも試してください。

マッシュルーム

鉄板の熱気でガラスが曇った中ひたすらマッシュルームを焼き続けるおじさん。

マッシュルーム

注文の仕方:先に飲み物、その後食べるものをを頼みましょう。2人でマッシュルーム一皿でも十分です。ほかにチーズやハムとしし唐ピーマンが有ります。これも鉄板焼きでとっても美味しいですよ。指さして頼んでください。

<しし唐ピーマン・pimiento de Padron>

マッシュルーム屋

マッシュルーム以外にもこのあたりに昔から続くお店が並んでいますので何件も梯子しながら楽しめます。

ヘミングウェイが通った有名店Botin

ギネスブックに載っているレストランです。ヘミングウィーが絶賛したので人気が高まりアメリカ人がマドリードで絶対に来るお店。
同じメニューを約300年近くも出し続けていて子豚の丸焼きが名物です。
生後3週間以内の子豚をさっくりお料理。母親のミルクだけしか飲んでいないのでお肉に臭みが無くミルクの味と言われている。

子豚がダメな人が一緒の場合の為に魚や野菜料理なども有ります。

年中絶対予約しないと無理なお店です。行くと決めたら予約をしましょう。

<ボティンでメニューを見る人達>
ヘミングウェーが通った子豚料理屋ボティン

<ギネスブック>ヘミングウィーが通った子豚料理屋のギネスブック

1725年からの営業で約300年同じメニューで勝負しているのでギネスブックに登録されています。

<ボティンBotin> 住所 Calle arco de cuchilleros 17  電話913664217

時間 営業毎日13:00~16:00 20:00~0:00

私のおすすめは、最初に生ハム(ハモンイベリコ)はシェアーで、前菜にニンニクスープ(ソパ・カステジャーナ)メインに子豚(コチニージョ)ワインはハウスワイン(ビノ・デラ・カサ)が安くておいしい。約1人45ユーロ位。

 

マヨール広場界隈

マヨール広場に面してテラスのお店が沢山有ります。

マヨール広場からトレド通り(Calle Toledo)の方へ(奥に教会が見えるアーチです。)上の広場のフレスコ画の有る建物を背中にして下って行く通り。

<むこうにサンイシドロ教会が見えるアーチを下るとトレド通り>

エビのアヒージョ専門店が支店を出しました。100年エビのアヒージョ作り続ける「カサ・デル・アブエロ」

テラス席はいつもいっぱいですが

カサデアブエロ マヨール広場

店内は割と空いていてエビ以外にも色々あります。そろそろ疲れて来て座りたい感じだったらこちらへ。二階にもテーブル席が有るので座れる確率高いです。

 

カサデアブエロ マヨール広場

エビのアヒージョgambas al ajillo

カサデルアブエロ マヨール広場

これは絶対美味しいので試して帰ってくださいね。

この地区の飲食店の大体の営業時間

ほぼ年中無休(12月24日、25日、1月1日は休み)

サンミゲール市場は10時から未明

マッシュルーム屋さん等バルやメゾンは昼12時から未明

レストランは13時から16時、20時から24時

ここからまだ歩ける方はソル広場迄すぐ。ソルからの散策コースはこちらの記事をどうぞ  マドリード散策ルート,ソルからプラド美術館迄

ここからソル広場はすぐそこ。ソル広場(puerta del sol)プエルタ・デル・ソルに行けば地元のデパート(エル・コルテ・イングレス)や地下鉄の駅スペイン国鉄の駅があります。ソルからプラド美術館迄歩いて10分から15分です。

*地元デパートエル・コルテ・イングレス

朝10時から22時営業。                         日曜祝日は11時から21時。12月25日、1月1日休業。

ソル店とグランビア店があります。ソル店の方に靴、洋服、下着、周りの建物に書籍、音楽関係、スポーツ館地下にスーパーマーケット。スペインのお土産にオリーブオイルやお菓子等探せますね。グランビア店は家電やコンピューターが中心ですが地下にスーパー最上階にグルメコーナー。グルメコーナーに飲食店が入っていて楽しめます。

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マドリードで是非行きたい所<美術館・博物館・教会編>

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マドリードで見逃せないポイントをご紹介します。市内の見どころはギュッと集まっているので地下鉄や路線バス、タクシーを使って効率よく回ることが出来ます。町がとっても綺麗で散策しながら建築を見たりバルに入ったりしながら楽しめます。まず今日は美術館・博物館・教会編です。

1・プラド美術館

エル・グレコ

ぜった外せないプラド美術館は王家のコレクションが納められた世界有数の絵画館です。建物は元自然科学博物館。殆どの絵画がガラスのケースに入っていなくてゆったり絵を鑑賞できます。エルグレコの受胎告知、ベラスケスのラスメニーナスゴヤの裸のマハヒエロニムスボスの快楽の園フラ・アンジェリコの受胎告知等美術史の本に出てくる作品がゆっくり堪能できる美術館です。サンヘロニモス教会横のヘロニモスの入り口のあたりはスペイン人建築家ラファエル・モネオによる改造部分。建築好きな方は必見です。

時間

毎日10:00-20:00(日曜10:00-19:00)閉館2時間前から無料

行き方

メトロ 地下鉄2号線バンコデエスパーニャ、セビージャ、1号線アトーチャから徒歩10分。

プラド美術館の回り方をまとめた記事です<プラド美術館・無駄なく回る1時間コース>

 

2・ソフィア王妃芸術センター

 

1992年開館の近代美術館です。ピカソのゲルニカが有名ですがダリの若いころの作品ミロの初期、ピカソやグリスのキュビズムダリやミロのシュルレアリズム等4階に行くとタピアスやチジーダ等近代の作品などたっぷり楽しめます。さっくり見ればそれほど時間がとられないので是非ともおすすめです。建築好きな方は後ろ側の増築部分がフランス人のジャンヌーベル(ヌーベルの入り口エントラーダ・ヌーベル)正面のガラスのエレベータ―(サバティーニの入り口エントラーダ・サバティーニ)はイギリス人のイアン/リッチー作です。

ゲルニカについて書いた記事です <ピカソのゲルニカ(ソフィア王妃芸術センター)>

時間

10:00-21:00 (日曜10:00-19:00)閉館2時間前から無料。              日曜日は14:30から無料。定休日火曜日

行き方

地下鉄1号線アトーチャ下車すぐ。プラド美術館から徒歩10分。

3・ティッセン・ボルネミサ美術館

ティッセン男爵2代にわたるコレクションをスペイン文科省が買い取り展示している美術館。個人の持ち物だったとは思えない素晴らしい幅のあるコレクションで13世紀から20世紀末までの多岐にわたる作品群。カラバッジョ、ファンアイク、ラファエル、ドガ、ロートレック、ピカソ、ブラック、ダリ、ミロ、アンディーウォーホール等何でもあるヨーロッパ屈指の美術館。隣に男爵の妻カルメンのコレクションが展示されている新館も併設。

時間

毎日10:00-19:00 月曜12:00-16:00(月曜無料)

行き方

地下鉄2号線バンコ・デ・エスパーニャ又はセビージャ徒歩10分 プラド美術館から5分

4・国立考古学博物館

有史以前の物から古代の遺跡、ローマギリシャビシゴートの芸術イスラムロマネスクゴシックの作品等スペインに来た諸々の民族が残していったものが楽しめます。マンモス象の牙バレアレス諸島の巨石文化、有名なエルチェの婦人像ローマ時代のモザイク中世キリスト教彫刻、等本当に楽しめて私のたまらなく大好きな博物館です。いつも空いていて見どころ満載。お買い物ゾーンのセラーノ通りにあるので是非寄ってみて下さい。博物館入り口手前にはアルタミラ洞窟の復元模型。洞窟の天井に野牛の壁画が描かれている。

時間

毎日9:30-20:00日曜祝日9:30-15:00 月曜休館

行き方

地下鉄4号線 セラーノ徒歩3分

5・マドリード王宮

マドリード王宮

1931年まで王室の住居として使われていた。今は国有財産となり公式謁見国際会議などに使われている。公式行事が無いときは見学することが出来、順路になっているので1時間から1時間30分くらいで見学することが来ます。パリのベルサイユ宮殿はフランス革命でかなり壊され家具なども殆どないですがマドリードの王宮はつい最近まで使われていたまま残されています。調度品、家具、絵画、天井画等言葉に尽くせません。中庭の端の方には武器博物館があり甲冑や武器等が置かれた部分があってそこに日本の鎧やカルロス5世の使っていた本物の甲冑が展示されています。

 

時間

4月―9月 毎日9:00-20:00(日曜祝日ー15:00)                       10月ー3月毎日9:30-18:00(日曜祝日ー14:00)

<注意>公式行事・謁見や特別行事で度々閉まります。

行き方

地下鉄2号線5号線R線オペラ下車5分、スペイン広場から徒歩10分

 

6・デスカルサス・レアレス修道院

カルロス5世の娘ファナ・デ・アウストリアが16世紀に設立したサンタ・クララ修道会。以後2世紀にわたって俗世を離れて生きる名門の貴族の僧院となる。中に入ると突然中世の壁画の中に、マドリードの繁華街にあるのを忘れてしまう16世紀の世界。ルーベンスの下絵によるタペストリーやブリューゲル、リベラ、スルバラン、ティチアーノなどの数々の作品を所蔵する。

時間

毎日 10:00-14:00 16:00-18:30(日曜祝日10:00-15:00)月曜閉館

行き方

地下鉄3号線ソル、カジャオから徒歩5分。2号線R線オペラから徒歩5分

7・サンフェルナンド美術アカデミー

ゴヤ・イワシの埋葬

18世紀以降のスペイン美術の中心である学院=アカデミーの中にある美術館。絵画や彫刻など16世紀から20世紀の作品約1400点の絵画1300点の彫刻15000点のデッサンを所蔵。ルバラン、ベラスケス、ムリーリョ、ゴヤ等。ゴヤはこのアカデミーの会員で有名なイワシの埋葬自画像がある。

時間

毎日10:00-15:00 月曜休館

行き方

地下鉄1号線2号線3号線ソルから徒歩5分

 

8・ラザロガルディアーノ美術館

ホセ・ラサロ・ガルディアーノの個人的な美術のコレクションを後にスペイン国家へ寄贈したもの。象牙や七宝フランスのリモージュ中世の金銀細工、宝飾品、家具。絵画はエルグレコ、スルバラン、ムリーリョ、ゴヤ、ヒエロニムス・ボス等豊富な作品を楽しめる。これも個人のコレクションとは驚くばかり静かな邸宅で美しい芸術品や工芸品が楽しめるヨーロッパならではの美術館。

時間

毎日10:00-16:30(日曜ー15:00)月曜・祝日休館

行き方

地下鉄5号線ニューネス・デ・バルボア駅徒歩5分

 

8・ゴヤのパンテオン

ゴヤのパンテオン

 

正式にはサン・アントニオ・デ・ラフロリダ教会。サン・アントニオ(聖アントニオ)という聖人はお参りすると恋人ができるというご利益で若い女性に人気の教会。ゴヤが描いた天井画はサン・アントニオの奇跡を描いた見事な作品。ゴヤの天井画がお参りの人のろうそくで汚れるので同じ形の教会を隣に作りゴヤのパンテオンの方は無料で公開している。教会内部の祭壇の横にゴヤが埋葬されている。(すぐ隣にあるシードラ屋は地元の人に人気。ローストチキンとシードラを安価で楽しめます)

時間

毎日9:30-20:00 月曜・祝日休

格安の海外用WiFiはワイホー

まとめ

書いていて美術館や教会等の数の多さに改めて感心しました。まだまだあるのですが私の個人的なおすすめで絞りました。入場時間や休館日はなるべく更新していますが変更もあるので公式サイトなどでもう一度確認の上訪れてくださいね。

 

 

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マドリード海軍博物館

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海軍博物館

マドリード、スペイン海軍総本部の横にある博物館。カラベラ船やキャラック船の時代から無敵艦隊そして最近にいたるまでの船の模型が展示してあります。船好きでなくても美しい船の模型は圧巻、充分楽しめる博物館です。プラド美術館すぐそばなのでマドリッドで時間があれば是非お勧めです。

展示は時代ごとで最初は北海や地中海で活躍していた船やベネチア艦隊の船から始まる。

船の発展が良くわかる

1200年代のノルウェー船模型

1200年代地中海の貿易船模型

1300年代地中海の貿易船模型

 

ベネチアのカラック船模型 1500年ころ

スペインのカラック船模型 1500年ころ

 

カラック船

カラック船(キャラック船)は15世紀に地中海で開発された帆船。スペインではNaoポルトガルではNauと呼ばれた。ずんぐりしているが大西洋の高波でも耐えられた。もともとは物資、貨物を運ぶため貿易船として開発されたが戦闘用にも甲板が安定していて砲台を置くことも可能だった。ただあまりにも大きく突風での転覆や回転性能などの小回りの弱点があった。

 

カラベル船(カラベラ船)

もともとは北ヨーロッパで開発された商業船。13世紀から14世紀頃イタリアのジェノバ3で開発される。基本3本マストで3角帆を装備した外洋航海可能な帆船。スペインではCoca と呼ばれる。50トンから200トンの間で当時は中型船。ポルトガルのエンリケ航海王の時代に大西洋へ航海が始まり遠洋航海用に開発された。バルトロメオ・ディアスの喜望峰発見はこのt船。コロンブスの1回目は3隻のうち2隻がカラベル船1隻はカラック船。高い操舵性を持つことから探検活動が盛んになった主にスペイン・ポルトガルの探検家達に愛用された。

サンタ・マリア号模型

カラック船コロンブスの第1回目の航海。

ニーニャ号模型

カラベル船 コロンブスの第1回目航海

天球技や地球儀

 

1492年コロンブスはイサベル女王の援助のもとインドを目指してパロス港を出港。サンタマリア号(カラック船)に提督のコロンブス、ピンタ号とニーニャ号にピンソン家族が航海長として乗船し船員集めもピンソン家族に依頼。イサベル女王からの援助だけでは資金が足りなかったので船主たちに援助してもらう必要があり。ピンソン家族は熟達した船乗り達で彼の貢献なしでは大陸発見はあり得なかった。

六分儀 オリジナル18世紀

天体や物標の高度末平方向の角度を測るための道具。弧が60度なので360分の6で六分儀と呼ばれる。今でもほとんど形が変わっていないのが凄い。

使い方が良くわからないけど当時のいろんな道具が色々展示されています。

レパントの海戦

左端がローマ法王ピオ5世 館内の照明が光ってうまく写真がうまく取れない。

1571年今のギリシャのレパント沖での戦い。ヨーロッパ史初めての大海戦だった戦争。オスマントルコの地中海での前進を防ぐためにスペイン、ベネチア、ローマ法王、スペイン配下のイタリア諸都市、マルタ騎士団などが参加しキリスト教徒軍の勝利。

ガレー船

主に人力で櫂を漕いで進む軍船。古代からあった船の形。レパントの海戦が双方がこのガレー船で激戦を繰り広げた。構造が複雑で建造費が高くつき水封の調達が難しくなりレパントの海戦がガレー船の頂点だったと言われる。

 

 

ガレー船模型

ドン・ファン・デ・アストゥリアス

レパントの海戦でキリスト教連合艦隊総司令官。24歳だった。フェリペ2世の腹違いの弟。かっこよくて女性にもてもて。スコットランドのメアリースチュアートとの結婚話が持ち上がり本人はスコットランド国王になれるので乗り気で熱望。そのころにペストかチフスで死去。

 

 

往時のセビージャの街。大型船が大聖堂のすぐ横まで入っていた様子がわかる。

 

 

ホワン・デ・コサの地図 オリジナル1500年

この博物館の目玉はこれのようです。

ヨーロパで初めて新大陸を地図に描いた人物。左側がアメリカ大陸。コロンブスの1回目と2回目の航海に随行。合計8回の新大陸の航海に随行している。現コロンビアで先住民族に槍で刺されて死亡。

ラクダがかわいい

 

おしゃれな携帯用磁石 18世紀

インク壺。18世紀。揺れる船内で報告書や手紙を書くのは大変だったでしょうね。

 

ガレオン船

カラック船が発展した形式。4-5本の帆柱を備え1列から2列の砲列を持つ。」荷物が多く詰めてカラックよりスマートなので速度が出る。これがのち大量の砲を備えた戦列艦に発展していく。風の力で走るので漕ぎ手がいらないのでスペースが大きく物資を多く運べた。スペインのガレオンは派手さを意識し性能は悪くスピードもあまり出なかったので海賊の襲撃に弱かった。

 

ガレオン船 17世紀終わりから18世紀

ガレオン船 17世紀終わりから18世紀初め

 

この後スペインは凋落の時代を迎えるので負けた戦争はあまり展示なしでした。知らない海戦の絵も沢山ありオランダ・イギリスに相当やられたなあという感想。

インフォメーション

航海博物館 住所 paseo del Prado5 プラド美術館からすぐ

時間 火曜から日曜 10時から19時 8月10時から15時

入場無料 寄付金3ユーロ



いつも空いていて喧騒から離れて楽しめる博物館です。船やスペインの歴史をゆっくり堪能できます。大航海時代や無敵艦隊の頃を思いながら船乗りたちの夢や絶望が伝わって来る思いです。船好きでなくても楽しめる博物館です。

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ピカソのゲルニカ(ソフィア王妃芸術センター)

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ゲルニカ

ピカソの「ゲルニカ」という作品がある。

 

現在マドリッドにある近代美術館「ソフィア・王妃芸術センター」の珠玉の逸品。
「Centro de arte Reyna Sofia」

 

「ゲルニカ」は人類にとって非常に大切な作品。

もうこの美術館から出ることは無い。

image.jpeg
この写真自分で撮ったものです。

以前撮影が許可されていた時期があって。
もっと色々撮ればよかった。
その許可は直ぐに無くなってしまったから。

ピカソ

「ピカソ」と聞くと何をイメージしますか?
「変な絵を描く人?」
「歪んだ顔を描く奇人?」

 

丁度写真機が小型化して画家たちが失業した時代があった。
それまでの既存の写実画をカメラがやってくれる時代がやってきた。

 

神様は全てを準備して天才をこの世に送り込む。

ゲルニカは町の名前

「ゲルニカ」は町の名前
パイス・バスク (バスク州)にある工場も無ければ武器も作っていない今も存在する小さな町の名前。

スペイン内戦

スペイン内戦、または市民戦争と呼ばれる悲惨な戦争があった。
内戦なのでスペイン人同士が戦った戦争です。

第一次大戦後国内で民衆の不満が高まり共和派と保守派の対立が大きくなり
国王アルフォンソ13世の亡命、内政の混乱、フランコの登場。

内戦が始まると列強各国が集まって会議を開くが結局は自国の利益が大事。イギリス・フランスはスペインが共産国になるのは困るので不干渉政策。当時ドイツでヒットラー、イタリアでムッソリーニが登場していた。彼らは反乱軍フランコに援助をはじめる。最後にロシアがスペイン共和国軍に援助を決めスペイン内戦は後ろに大国が先端技術を実験する場。今のシリアの内戦と同じで後ろに大国や魔の商人達の思惑が絡んだ代理戦争になる。

ドイツのヒットラーとスペインのフランコの利害関係が一致。バスク地方は鉄鉱石や石炭などが取れ造船などもやっている重工業地帯。そこを手に入れようと思ったドイツのヒットラーがコンドル部隊を送って来る。一般市民に対し飛行機から無差別に爆弾を落とし街を陥落させる威力の練習場とする。

ゲルニカ

ゲルニカは小さな町です。
町のお祭りの日を選んで着飾って出てきた民衆に向かいフランコに要請されたドイツのコンドル部隊が無差別に民衆に向けて爆弾を落とした。

 

町は焼け野原になり人々は希望を失い家族を殺された。
家は焼かれ子供達は死んでいった。
若者は夢を奪われ未来を失った。残ったのは絶望と憎しみ。

パリ万博

丁度その頃スペイン人のアーティスト達はパリに亡命していた。
ピカソやミロ達。

 

そのパリで7度目の国際万国博覧会が行われることに。万国博覧会のテーマは「科学技術と日常生活の芸術」科学がメインのテーマ。
亡命スペイン人アーティスト達が助け合って祖国のパビリオンに飾るものを
準備し始めていた。

ゲルニカの爆撃

1937年4月26日ゲルニカの爆撃。
小さな小さな町をドイツのコンドル部隊が2時間半にわたって爆撃。当時飛行機が発明されたころ人々は大きな爆音を立ててやって来る飛行機さえも驚いてみたに違いない。そこから爆弾が投下された。お祭りを楽しみにやって来た民衆に向けて。

暫くして飛行機がいなくなった後防空壕に避難した人たちが戻ったようだ。死体の中から家族を探し怪我人を助けたりしているところにもう一度飛行機が戻って来て低空飛行をはじめ機関銃を持った兵士が民衆を狙い撃ちした。

 

爆撃後の廃墟の写真が新聞に発表されピカソはしばらく沈黙した。
そして構想を全て変更し6月4日にこの作品を完成させた。

ピカソからのメッセージ

縦3,5メートル横7,8メートルの巨大な作品には今もピカソからのメッセージ
image.jpeg
ある時ナチスドイツがピカソに「あなたが描いたんですか」
と聞きに来た。
ピカソの返事は
「違いますよ、あなた達がやったんです」

 

1937年パリ万博のテーマ
「科学技術と日常生活の芸術」
科学技術を絶賛する万博にこの作品がスペイン館に置かれた意味は大きい。

ソフィア王妃芸術センターアクセス

メトロ一号線アトーチャ駅から徒歩3分

プラド美術館から徒歩10分(paseo del Prado)

ガラスのエレベータの間を入っていくと切符売り場です。

開館時間、休館日、無料の時間等

月曜~土曜 10時―21時(火曜日休館日)

日曜 10時~19時

休館日 火曜日(1月1日、6日、5月15日、12月24,25日31日変更有)

平日の19時からと日曜13時30分から無料

写真撮影ーゲルニカとその周りの部屋は全部禁止。                       それ以外はフラッシュなしで。 ビデオは禁止。

 

入場するのにセキュリティーチェック

空港とほぼ同じ要領だと思ってください。(液体のものは持って入れます。)

大きなカバン、大きめのリュックサック、刃物、棒状の長いものはダメ。

杖の先が金属のものはダメ(先がゴムのものは大丈夫)

荷物を預けるところがあります。

念のため貴重品は出しましょう。

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マドリード・プラド美術館無駄なく回る1時間コース  

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入口は2か所。ゴヤとヘロニモス

個人旅行の場合はゴヤをおすすめしています。普通はこちらが空いています。

スペイン旅行でマドリードを訪れると必ず行くモニュメントのひとつがプラド美術館。入口は二ヶ所。ゴヤの切符売り場上と教会の見えるヘロニモス。比較的すいているのはゴヤのほう。入口で手荷物検査。空港と同じ要領。大きなカバン、刃物、棒状のものはクロークに預ける。液体はカバンに入れていれば大丈夫。写真は禁止。一部ヘロニモスの入り口入ったあたりは撮れる。

写真のゴヤの銅像の向こうが切符売り場。両側から階段を登るとゴヤの入り口。

南側にムリーリョ門、学校のグループ用。出ることは出来るのでプラドの後ソフィアに歩いて行くならムリーリョ門から出ると徒歩10分位でレイナ・ソフィア芸術センターに行ける。ゴヤの入り口の方からネプチューンの噴水を反対側にわたるとティッセンボルネミッサ美術館です。この辺りは黄金の三角地帯です。

 

最寄りメトロ

メトロ2号線セビージャまたはバンコ・デ・エスパーニャから徒歩10分。1号線アトーチャからも徒歩10分。バンコ・デ・エスパーニャからシベーレス〜プラドの遊歩道と歩くと綺麗なところを見ながらの散歩道。

 

開館時間および休館日

10:00から20:00(日曜祝日~19:001月6日、12月24日31日~14:00)休刊日1月1日、5月1日、12月25日

閉館時間2時間前から無料。平日18時~日曜祝日17時~30分前には列ができるので少し並ぶ覚悟で。

 

ゴヤの切符売り場上から入場

プラド美術館所蔵品は約2万点のコレクションで常設展だけで1200点の展示。美術好きの方は2日間くらいゆっくり鑑賞してもいいですがあまり時間がない方の為にさっくりコースで約1時間くらいで回れるようにご案内します。おすすめ絵画を無駄なく回ります。

ゴヤの入り口から入るとまずはベネチア絵画が並ぶ。当時のスペイン国王カルロス5世とフェリペ2世のコレクション。ティチアーノ、ティントレット、この辺はさらっと見ながら移動。ベネチアは人工的な街で自然が少ないので鮮やかな色に憧れた。油彩画の綺麗な色を堪能。

 

 

下地図の左側ゴヤ門切符売り場の上へ階段を上がって入る。

 

ティントレット

 

弟子たちの足を洗うキリスト 1547年ころ。床の絵タイルで遠近法が効果的。右の方に弟子の足を洗うキリスト。左には裏切者ユダが。遠景に当時のベネチアの街。

 

エル・グレコ

プラド美術館スペイン3大巨匠のひとりがエル・グレコ。中央回廊から左に入るとエル・グレコ。トレドで活躍したギリシャ人画家。本当はスペイン国王フェリペ2世に仕えたかったが国王の好みでなく注文がもらえなかった。注文主が教会だったのでほとんどが聖書の場面。教会の祭壇画だったもの。受胎告知1570年ころ。左が聖母マリア右のほう上空から降りてきた大天使ガブリエル。天上界では天使たちがお祝いの音楽を奏でている。

 

エル・グレコ、受胎告知

 

隣の部屋にエル・グレコの数少ない肖像画。胸に手を置く騎士の肖像。ジーッと見つめると穏やかな声で話しだしそうです。胸に置く手の形はエル・グレコがよく使った。

エル・グレコ、胸に手を置く騎士

 

エル・グレコ最後の作品。羊飼いたちの礼拝。トレドにあるサント‣ドミンゴ・エル・アンティグオ教会の祭壇画として描かれた。色に深みが出て光源をキリストのみに絞り、周りの人にあたる光の研究。暗い教会の中で信者の視線は赤子キリストへ集まるように。

 

エル・グレコ

ティチアーノ

中央回廊に戻るとベネチアの巨匠ティチアーノのカルロス5世とフェリペ2世。馬に乗っているのがカルロス5世。イサベル女王の孫にあたり遺産相続で大帝国を手に入れた。ハプスブルグ帝国の頂点だった。フェリペ2世はその息子。さらにポルトガル領土を手に入れて日本に宣教師をたくさん送ってきた国王。「太陽の沈まない国」はこの二人の時代。

 

 

ティチアーノ、カルロス5世   ティチアーノ、フェリペ2世

ベラスケス

プラド美術館3大巨匠のひとりベラスケス。ラス・メニーナス1656年は必見。真ん中に王女マルガリータ。左側に画家本人ベラスケスがいます。奥の鏡の中にフェリペ4世国王夫妻。光の扱いによる部屋の空間表現、絵の中の動きや時間の経過、衣装の素材感等。絵から離れてみる程空間が奥に広がって見えます。鏡の中に映っているのはあなた自身と思って絵の前に立ってください。向こう側の人たちがこちらを見ていたことに気が付きます。

 

ベラスケス、ラスメニーナス

中央回廊に戻り前進。

ルーベンス

三美神。三人の女神たちが与えあって慈しみあっている人間の理想の関係。女性の肌の色が透明感があって綺麗です。今だとちょっと太めですが当時の流行とルーベンスの個人的な好み。左端の女性がルーベンスの二度目の結婚相手。53歳の時16歳のエレーヌ・フールマンと再婚。

ルーベンス、三美神

 

さらに進むと突き当りにゴヤ

ゴヤ

プラド美術館3大巨匠最後の1人はゴヤです。1800年に描かれた画家の出世作。ゴヤが使えた国王カルロス4世とその家族の肖像画。色の透明感がとってもきれいです。左端後ろの方からこちらを見ているのが画家本人。ゴヤの近代性は人間の内面描写。国王の表情からのんきそうな人柄がよく出ている。

ゴヤ、カルロス4世とその家族

 

この部屋から右の方へ、通路を横切り左へ行くと裸のマハと着衣のマハ。良く貸し出されます。見るポイントは裸の方の透明感。ゴヤの絵の肌色の独特の美しさ。謎の多い作品です。なぜ禁止だった時代に裸体画を描いたか、2枚の絵のタッチの違い。裸の方の首から上が不自然なのはなぜ。アルバ公爵夫人という貴族の女性説が有力。

 

ゴヤのマハ

 

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廊下の方に出て少し進むと階段。下に降りて右手の部屋へ入るとゴヤの晩年の作品。1808年5月2日と5月3日

プラド美術館地上階の地図

 

晩年のゴヤの作品。写真は5月3日。ナポレオン戦争でマドリードにフランス軍がやって来て民衆が処刑された。戦争が終わってからゴヤが描いたもので人類が描いた最初の「ヒーローがいない戦争画」マネやピカソに影響を与えた作品。

ゴヤ5月3日

 

ゴヤの黒い絵。晩年のゴヤは聴覚を失い戦争で人間嫌いになる。町の郊外に一軒の家を購入しそこで一人暮らす中家中の壁に絵を描いていた。

写真はわが子を食らうサトゥルノス。

ゴヤ、わが子を食らうサトゥルヌス

 

ボルドーのミルク売り。ボルドーに亡命したゴヤが亡くなる前に最後に書いた絵だと言われているがいまだに偽物説も。綺麗な作品で亡くなる前の作品ならゴヤの心はこの絵のようだったかも。涙が出そうになる優しさのある作品です。

ゴヤ、ボルドーのミルク売り

 

もしもう少し時間が許せばここから中央に戻ってあと二点見ていただきたい。

フラ・アンジェリコ受胎告知。1430-32年ころ

イタリアのフィレンツェで活躍した修道士。板にテンペラ。フラ・アンジェリコの受胎告知真作は約10点と言われる中の一点。遠近法と光の扱いでルネッサンスの入り口の作品。ブルーが綺麗が画家。絵をかきながらお祈りを唱えていた修道僧で絵を描く姿が天使のようだったので天使のような修道士<フラ・アンジェリコ>とよばれた。

フラ・アンジェリコ、受胎告知

ヒエロニムス・ボス快楽の園

現オランダにあるスヘルトーヘン・ボス出身の画家。サルバドール・ダリ達(シュル・レアリスト)に影響を与えた作品。1500年頃まだ絵画は教会の聖書の場面が中心だったころに不思議な魑魅魍魎とした世界をユーモラスに描いていて一つ一つのモチーフはまるで今のアニメやゲームに使えるくらい斬新で面白い。両側の翼の後ろにも絵が描かれている。扉を閉めると地球が現れます。

ヒエロニムス・ボス、快楽の園

 

まとめ

スペイン旅行でマドリードにいるならば時間が無くても絶対におすすめがプラド美術館です。時間を作っても行ってください。時間の無い方の為に有名どころを迷子にならずに無駄なく回れるようにコースを作りました。

まだまだ素晴らしい作品がある美術館ですが今日の所はこの辺で。

絵画の楽しみ方にはいろいろありますがヨーロッパの美術館は宗教画の知識があるともっと楽しめます。宗教画の見方、絶対宗教画が面白くなる記事はこちら 宗教画は意外と面白い。楽しむポイントを解説。

ではアスタ・プロント

 

 

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日曜日の朝はラストロへ

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蚤の市 ラストロ

日曜日午前中のマドリッド。
何でも売ってますよ。こんなもの売れるのか?というものが多いですが・・・・その中にもキラッ光る宝物が見つかるかも。

 

行きかた<マヨール広場から>

<マヨール広場>から少し歩くか<メトロ5号線ラティーナ>からならメトロから出たらラストロです。マヨール広場からだと下写真フレスコ画のある方を背中にアーチをくぐって下って行く。

下の写真がマヨール広場。このフレスコ画がある方を背中に

マヨール広場

アーチの向こうにサンイシドロ教会。マドリッドの守護聖人サンイシドロを祀る教会です。  教会の方に向かって歩いていく

マヨール広場のアーチ

 

教会の少し先がラストロ。ずっと下って行くので迷子になりません。

旧市街は通りの名前がセラミックに描かれていてこれも楽しめます。ここはトレド通り。calle de Toled

oトレド通り

 

暫くすると分かれ道。真っ直ぐ下っていきます。

分かれ道

 

エストゥディオ通り

エストゥディオ通り

行き方<ラティーナから>

<メトロ5号線・ラ・ラティーナ>降りたらすぐ屋台がいっぱい見える。マルドナーダ通り。

メトロ5号線ラ・ラティーナ

マルドナド通り

 

ラストロの中心 プラサ・デ・カスコーロ

マヨールからの下り坂とラティーナからの道が合流するのがこの広場。カスコーロ広場。plaza de cascorro

このあたりがラストロの中心になります。

真っ直ぐ下って行くメインの通りが<リベラ・デ・クルティドーレス>Ribera de Curtidores皮なめし職人という意味で今も何件かの皮のなめしのお店が残る。

ラストロの中心カスコーロ広場

とにかく下っていこう。玉石混合ですが目で楽しめます。リベラ・デ・クルティドーレスの通りのセラミック。皮なめし職人が働いている絵です。

リベラ・デ・クルティドーレス通り

ラストロの店

 

ラストロ、メイン通りの店

 

メインの下り坂から路地を少右へし入ると骨董品屋さんが多い地区へ。

アマソナ通り<calle Amazona>

 

アマソナ通りの骨董品店

 

ラストロ骨董品店

さらに進むと広場に出る。この界隈本格的な骨とう品店が並ぶ

ラストロ、骨董品店

3種の会員プランをご用意!!空港ラウンジをご利用なら、是非【PriorityPass】でご検索~

老舗のバルでイワシ

骨董品屋に混じって老舗のバル。ラストロに来たら絶対ここに入ろう。イワシをその場で焼いて食べれる。バル・サントゥルセ  Bar Santurce 看板壊れてるけど・・・気にしてないのが素敵。安くておいしい。

バル、サントゥルセ看板

イワシ一皿3.9ユーロ

イワシ

再びメインの下り坂の方に戻っていく

ラストロ、メインの下り坂

 

大体似たようなお店が多い。

ラストロ下り坂の店

 

右手の方に骨董品店が入る建物。一階と二階本格的な家具とかの合間に小さな小物。

ラストロ骨董品店

動かなくてもこれ欲しい

ラストロ

 

セクシー栓抜き

ラストロ、栓抜き

又メイン通りに戻るとここはポスターに自分の名前を入れてもらえる。お土産にいいかも

ラストロ、ポスターのお土産

かわいい絵皿が沢山。

ラストロ、かわいい絵皿

このまま下って大通り<ロンダ・デ・トレド>に出てもいいけど右手の方の           <プラサ・デ・カンピージョ>へ

ラストロ,plaza de campillo

大通り沿いは電機や工具類でいつもおじさん達でいっぱい。

工具屋さんとおじさん達

家や車の修理に必要な小さな道具が見つかる。

家や車ン修理に使う道具

 

後はメトロかバスで次の目的地へ

ここまで来たら右に行くと<メトロ5号線>プエルタ・デ・トレド左に行くと<メトロ3号線>エンバハドーレス。今日は右の方へ

右に曲がってメトロ5号線へ

ここまで来たら右の方に回り込むと<メトロ5号線>プエルタ・デ・トレド。オペラ、カジャオ迄乗り換えなし。

メトロ5号線プエルタ・デ・トレド

左の方に道を渡るとバス停。3番のバスに乗ると王宮の手前、マヨール広場、ソル、グランビアまで行けます。

プエルタ・デ・トレド3番バス停

3番のバスはソルまで

バスも乗りなれると景色がよく見えて楽しい。前から乗って後ろから降りる。降りる駅の前にボタンで合図。地下鉄の回数券が使える。なければドライバーの所で一人一回1,5ユーロ支払って切符は降りるまで失くさないように。

ラストロ                                                   日曜日、祝日。午前中(9時ころから15時頃)

ガラクタの中に何か良いもの見つかるといいですね。

スエルテ~suerte!

 

 

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<マドリッド観光ルート>ソルからプラド美術館へ散策ルート

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今日はソルから

「0キロ」地点。今日はここからスタート。

「プエルタ・デル・ソル」日本語に直すと「太陽の門」もともとここに城門があったが今は取り払われてい名前だけが残った。 すべてのスペインの道路はここから計られています。

 

国王が住む宮殿から朝の太陽が昇るのが見えたそう。
今は名前のみ残る。

 

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地元の人は「Sol」「ソル」=「太陽}と呼ぶ

 

銅像ですが・・・・・
良く地元の人が待ち合わせに使うマドリッドのクマ。

昔この辺りは森だった。マドローニョ(ヤマモモ)の木が茂っていて
クマが実を食べているところがマドリッド市の紋章
マドリッド市に関係のあるものにはこのマークが付いています。

 

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例えばこれはゴミ箱
このように色々なところにこの紋章が付いています。
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地下鉄1号線2号線3号線 と国鉄(Renfe)が乗り入れています。
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地元デパートやお店や飲食店がいっぱいでこの辺りをセントロと呼ぶ

ソルからカジャオ(日曜祝日お店開いています)

ソル(sol)からカジャオ(callao)はヨーロッパで1番混んでいる通り

この辺は日曜日、祝日もお店が開いています。

12月25日と1月1日のみお休みなので1年間363日営業です。
この通りにはスペイン・ブランド各種
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カジャオ(Callao)までお店が続きます。
レアル・マドリッドのオフィシャルショップも近く
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スペイン系・デパート エル・コルテ・イングレス「El Corte Ingles」
この会社はソルにあった小さな仕立て屋さんだった。
コルテはカットという意味でイングレスはイギリス。
「英国仕立て」と言う意味のデパートです。

地元デパート・カジャオ店グルメコーナー

エル・コルテ・イングレス・グラン・ビア通り寄りにあるカジャオ店9階にグルメコーナー

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ワインの品そろえも一流です。
写真は「ベガ・シシリア」の「バルブエナ」
「ベガ・シシリア」はスペイン・カスティーリャ・レオン州にある有名なワイナリー
原産地呼称制度デノミナシオン・デル・オリヘンのリベラ・デル・ドゥエロに所在。
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同じ「ベガ・シシリア」でも「ウニコ」(unico)2007年は215ユーロ
こちらはこのワイナリーの旗艦銘柄。
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他にももっと安い普段飲みのワインも数々あります。
産地ごとに置いてあるので探しやすい。
スペインワインは安くて美味しいので定評が有ります。
黒トリュフ等高級食材も揃います。
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各種バルも入っていて夕方は地元民で賑わいます。
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大きなテラス。外に出ると絶景です。
ここでお茶して休憩も良いですね。
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グランビアを歩こう

スペイン広場からアルカラ通りとの交差点まで1.6キロ。目抜き通りです。
カジャオからグラン・ビアをシベーレスまでゆっくり歩いても15分くらい
途中世界で1番豪華なマック。
元宝石店です。
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入り口は神殿風、中に入ると大理石張りでエレガント
同じお値段でお得感たっぷり。
グラン・ビアもこの辺りまで来ると110年前の建物がそのまま利用されていて
建築見ながら楽しく散策できます。
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シベーレス広場は絶対外せない

 

グランビアからさらにアルカラ通りを進むとゴージャスな広場に

シベーレス広場 Plaza de Ciberes

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シベーレスは広場の真ん中にある女神の名前
二頭のライオンに引かれた神話の女神。
豊かさを象徴とする神様
そして幸運の神様
レアル・マドリッドが優勝するとここでお祝い
もちろん選手もやってきます。
2010ワールドカップでナショナル・チームが優勝した時もここでキャプテン・カシージャスが優勝杯を捧げた。
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正面の立派な建物は元郵便局です。
しつこいですが郵便局だったんですよ〜〜

 

今はパラシオ・デ・シベーレス(シベーレス宮殿)と呼ばれ市役所が使っています
中に入って上の方までエレベーターで上がれます。
手荷物検査がありますが無料です。

 

バル、レストランもありますよ。

プラドの遊歩道へ

広場から綺麗な遊歩道街路樹が見事です。
ゴヤの時代に造られたパセオ・デ・プラド(プラドの遊歩道)
プラタナスの幹が200年前の道ということを証明しています。

 

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ナポレオン戦争で戦った民衆を祀った無名戦士のお墓
オベリスク前に火が灯っていて
この場所自体が民衆の処刑場になったところです。
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広場はネプチューン
マドリッドのもう1つのチーム、アトゥレティコ・マドリッドが優勝するとここ
でお祝いです。アトゥレティコは貧乏なのにレアル・マドリッドと互角に戦う凄いチームです。
下町の人気チーム。なかなか優勝できないのでファンを「Sfridores」苦しむ人々と呼ぶ。
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ティッセン・ボルネミッサ美術館
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ミュージアムショップ迄は自由に入れます。
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元貴族のお屋敷をラファエル・モネオ(スペイン・ナンバーワン建築家)が改築。
月曜日12時半から無料です。
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ティッセン男爵2代の個人のコレクションだった物です。
遺産相続で作品がバラバラになってしまわないようにという希望で
スペイン文科省に売り渡された。個人のコレクションとは思えない膨大で質のいい作品を鑑賞出来ます。
ネプチューンを挟んで反対側にプラド美術館
閉館2時間前から入場無料(平日18時から日曜17時から)
無料でも切符売り場には並びますのでそれぞれ各時間の30分〜40分前には並びましょう。
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