サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院<ロマネスク回廊とグレゴリオ聖歌>

ブルゴス県にあるサント・ドミンゴ・デ・シロス修道院には2つの有名なものがある。ひとつはスペインで最も美しいロマネスクの回廊、もうひとつが1993年に世界のヒットチャートで1位になったグレゴリオ聖歌のミサ。そして街は世界遺産に指定されている。あまり日本語の情報が無いのでサント・ドミンゴ・デ・シロスについてまとめました。

 

サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院歴史

古いビシゴート時代の僧院(6世紀~8世紀)がコルドバのアルマンソールにより破壊されたものを11世紀に再建された。修道院の名前は再建したリオハからやって来た修道士「聖ドミンゴ」に由来する。

 

クラウストロ(回廊)

サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院のロマネスク回廊はスペインで最も美しいと言われていて3人のマエストロ(師匠)によって創られているがそのマエストロの名前も人生も詳しい事は何もわかっていない。特に最初の彫刻家の物が特筆に値する。内部はガイドと一緒に回るがスペイン語のみの説明で一旦入ればグループと離れて楽しんでも大丈夫。

<回廊、サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院>

サント・ドミンゴ・デ・シロスの回廊
筆者撮影、サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院

ロマネスクの回廊は大抵柱頭彫刻を見るのが楽しいがここサント・ドミンゴ・デ・シロス修道院では回廊の角に有る8枚のパネルが素晴らしい。その中でも最も美しいのが写真下のエマオの道。もちろん最初のマエストロの作品。美しくて見とれてしまうロマネスク彫刻です。

<エマオの道・サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院>

サント・ドミンゴ・デ・シロス回廊
筆者撮影、サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院

*エマオの道:エマオは新約聖書のルカの福音書に登場する地名でエルサレムから11キロ程離れた街、復活したイエス・キリストが最初に現れた場所。2人の弟子が最近起こった出来事(イエスの磔刑やその後の復活の噂)について語り合っていたところにイエス・キリストが近づいてきて彼らと共に歩きはじめたという話。

ロマネスクでは重要な人物を他より大きくする。右端のイエス・キリストが他の2人より少し大きく創られている。布地の透明感が12世紀とは思えない程素晴らしい。太ももの動きが透明な布地から透けていて良くわかる。足の指まで丁寧に彫刻されていてイエス・キリストの右足が振り返った様子を出すためにねじれている。3人が右の方へ話しながら歩いている動き良く出ている。イエスの腕と弟子の腕が平行で躍動感、そして左手が衣服を抑えていてその下にホタテの貝殻を持ちサンチアゴの巡礼者のようなのはスペインらしい表現。時代が丁度この地域のレコンキスタが進みサンチアゴの巡礼が盛んになった頃

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写真下はキリストの十字架降下。右側の弟子が十字架のイエス・キリストの腕を下ろそうとして動いている感じがする。左側の弟子がイエスの体を抱きかかえようとしている。左端の聖母マリアがイエス・キリストの右手を持ち悲壮な表情に哀しみが伝わる。地面に渦巻きを沢山掘ることにより地震が起こったことを表現。足元ではアダムが地面から生き返っている。

<キリストの十字架降下、サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院>

サント・ドミンゴ・デ・シロスの回廊のパネル
筆者撮影、サント・ドミンゴ・デ・シロス回廊

*キリストの磔刑とアダム:イエスキリストが磔になったゴルゴダの丘はアダムの墓の上だと言われている。アダムとイブは神との約束を破って楽園から追放され人間は神から原罪を受ける。神は人間を救うためにイエス・キリストをこの世に使わしイエス・キリストの磔刑により人間は救われるというのがキリスト教の考え方。磔刑に有ったイエス・キリストの足元からアダムが生き返った事を現す。

写真下:キリストの埋葬と復活。中央水平線に横たわるイエス・キリストで場面はは上下に分けられる。上部では棺のふたを天使が支えているような構図で三角形を作りイエスキリストの左右にニコデモとホセデマリアテア?。その上の空間では3人のマリアが哀しみの中近づいてきた。墓の下では眠り落ちているローマ兵たちが7人。ひとつの石板に時間の経過の表現、構図など素晴らしい作品。

 

<キリストの埋葬と復活、サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院>

サント・ドミンゴ・デ・シロス回廊のパネル
筆者撮影、サント・ドミンゴ・デ・シロス回廊

 

写真下:聖トマスの不信。これはサント・ドミンゴ・デ・シロス修道院のポスターにも使われる有名な作品。一回り大きく創られたイエス・キリストが右手を挙げて左側の聖トマスが傷に指を入れている場面。

*聖トマス:イエスキリストの12弟子のひとり。現実主義者で疑り深い弟子。イエスキリストの復活を信じなかった時イエスキリストが現れ脇腹の傷跡に手を入れて初めて復活を信じた。その後インドで殉教。

イエス・キリストより右側の弟子たちの顔が聖トマスとキリストに注がれて全員が注目している感じが出ている。私たちの視線も自然にそちらに引き付けられる。光の加減でうまく写真が取れなくて残念。弟子たちの表情や動きが素晴らしい作品です。

<聖トマスの不信、サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院>

サント・ドミンゴ・デ・シロス回廊
筆者撮影、サント・ドミンゴ・デ・シロス回廊

 

写真下:キリストの昇天。弟子たちとマリア(上段の中央部)が上を見上げている。その上の雲が波になっていて天使がその雲をカーテンの様に持っているのが可愛い。今イエス・キリストが昇天して上昇していく感じをよく表してる。これも写真がうまく取れなくてとても残念でした。ずっと見ていたい綺麗な作品です。

<キリストの昇天、サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院>

 

サント・ドミンゴ・デ・シロス回廊のパネル
筆者撮影、サント・ドミンゴ・デ・シロス回廊

写真下:受胎告知。南西の端の彫刻は受胎告知又は聖母戴冠と呼ばれる。今迄の最初のマエストロの物ではなくもう少し後世のもの。ゴシックの影響が少し見られるが。天使の羽が不自然等の指摘がある。

サントドミンゴデシロス修道院
サントドミンゴデシロス修道院の回廊、筆者撮影

修道院の回廊入場時間

火曜日から土曜日:10時から13時、16時30分から18時

日曜祝日:12時から13時、16時から18時

月曜休み、1月1日、12月25日、復活祭の木曜、金曜、土曜、日曜は休み

入場料:3.5€

サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院グレゴリオ聖歌

サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院の修道士たちのミサで歌われるグレゴリオ聖歌をミサに参加する事で聞くことが出来る。修道院横のサン・セバスティアン教会にて毎日朝から行われるミサで実際にここの修道院の修道士たちによるグレゴリオ聖歌が歌われる。

<サント・ドミンゴ・デ・シロスのサン・セバスティアン教会>

サント・ドミンゴ・デ・シロスの教会
サント・ドミンゴ・デ・シロス、筆者撮影

写真撮影禁止、ミサなので極端に肌を露出した服装は禁止。

写真下はミサの時間。毎日7回のミサ、私が行ったのは夏なので冬時間やクリスマスなどは時間が違うと思います。ミサに参加する場合教会の表示が一番確実なので確認してから参加してください。<注意>教会の公式ページも時間が違いました。

<サント・ドミンゴ・デ・シロスのミサの時間>

ミサの時間
サントドミンゴデシロス修道院、筆者撮影

 

グレゴリオ聖歌とは

現存する中で再生できる最古の西洋音楽だそうで「男性によりラテン語で歌われる無伴奏単旋律のローマカトリックの聖歌」

古代ローマ時代から歌われてきた様々な聖歌を7世紀前半にローマ法王グレゴリオ1世(540年?~604年)によってまとめられた物だと言われてきたが現在ではカロリング朝にローマ時代やガリア地域で歌われてきたものをまとめたと考えられている。現存する最古の楽譜は9世紀後半の物だそうでそれ以前は口頭で伝承されていた。

世界的な大ヒット

1993年EMIに吸収合併されたスペインの会社に残っていたグレゴリオ聖歌の録音がCDになり発売されるとスペイン国内で数日間で売り切れ翌年には世界的な大ブームとなった。癒し系の音楽としてアメリカを中心にクラッシック部門だけでなくポップス部門でも一位になった。

サント・ドミンゴ・デ・シロス村は小さく素朴

世界遺産ですが人口297人。ミサとロマネスク回廊の時間の合間に村の散策。修道院に入れる時間が短くミサに参加しても時間がたっぷり有り余るので嫌でも村の散策をすることになる。小さな素朴な村なのでプラプラと街中あるいても10分位。

<サント・ドミンゴ・デ・シロス>

サント・ドミンゴ・デ・シロス
サント・ドミンゴ・デ・シロス、筆者撮影

サント・ドミンゴ・デ・シロスの修道院から川沿いに少し下って行くと丘に登れてそこから村全体を眺められる。村より修道院の方がうんと大きい。

<サント・ドミンゴ・デ・シロス全景>

サント・ドミンゴ・デ・シロス
サント・ドミンゴ・デ・シロス、筆者撮影

修道院の後ろの方に中庭があって修道士の毎日の聖務日課が貼ってあった。

サント・ドミンゴ・デ・シロス修道士の日課
サント・ドミンゴ・デ・シロス、筆者撮影
サント・ドミンゴ・デ・シロス旅行記

サント・ドミンゴ・デ・シロスのグレゴリオ聖歌のミサに参加した時の旅行記です。参考にしてください。。

 

キャンピングカーの週末小旅行、サント・ドミンゴ・デ・シロスのグレゴリオ聖歌とログローニョのお祭り。

サント・ドミンゴ・デ・シロス行き方

(マドリードから230キロ北、ブルゴスから58キロ南)

公共の交通機関の場合ブルゴスから路線バス又はタクシー

ブルゴスからバス会社:ARCERDILLOアルセルディージョ社のCALERUEGAカレルエガ行き

月曜から木曜17時30分発

金曜日18時30分発

土曜、日曜、祝日無し

ブルゴスからタクシーで1時間およそ50€

*マドリードからブルゴスはALSAというバス会社が2時間30分から3時間程で頻繁につないでいる。(Esacion sur de autobus 南バスターミナルから)

セゴビア・ローマ時代の水道橋

セゴビア・水道橋

ローマ人は水を運ぶためにこんな凄いものを作った。

約2000年前の水道橋。

セゴビアの水道橋
山から街に水を引くためです。
そのために近くの山、水の出そうなところを探索し
水の透明度や水量、味を見ただけではなく
その付近の住民の健康状態や肌のツヤまで記録に取って
質の良い水を探した。

 

水道橋は実はほとんどが地中を通っていて見えない。
上に出ている部分は20パーセント位。
セゴビアの水道橋

水勾配

水には自然に流れる水勾配というのがあって
今も土木の人達は町を作ったり家を建てる時に
水をどう流すかを考える。

 

水が自力で流れるギリギリのゆるい勾配が0,5パーセント。
気にならない最大勾配が2パーセント。
ちょうど良いのが1パーセントだそうだ。

 

セゴビアの水道橋の地上部分813メートルの水勾配は1パーセント。
セゴビアの水道橋、勾配
途中でいびつに水道橋は曲がっている。
まっすぐ作ったほうが石は少なくすんだはず
この絶妙な勾配を守るためにほとんど直角に曲げて作った。
セゴビア水道橋、直角に曲がっている所

水源

約18キロ離れたレベンガに水源がある。
そこから水は供給されていて今もちゃんと残っている。



レベンガ、水源
最近の修復できれいになりすぎていますが今もたっぷり水が流れていた
レベンガ、水源
水を低いところから高いところへ上げるためにはスクリューやサイフォンのシステム。
別料金を払えば自宅へ水を引くことも可能だった。
基本水と道路は無料。
インフラに対するローマ人の情熱。
2000年も前の話です。
街はとても綺麗でロマネスク教会やセゴビア城等楽しめます。
セゴビア城
標高1000メートルのカスティーリアの大地

 

行き方

チャマルティン(Chamartin)駅からAVE で30分。セゴビア駅からタクシーで水道橋まで水道橋お願いしますはスペイン語で「Acueducto Porfavor。」または路線バス11番終点が水道橋。

モンクロアバスターミナルからバスで約1時間15分  少し時間がかかるけどバスの方が水道橋近くにバスターミナルがあるので便利。頻繁に走っています。               (Sepulvedana)バス時刻表HorariosMadrid_SegoviaInvierno

バスターミナルから5分で水道橋に着きます。水道橋はスペイン語でアクエドゥクトacueducto 町を歩く人に聞いてあっちと指さしてもらうとすぐに見えてきます。

これは鳥肌モノ<レオン大聖堂聖ステンドグラス>

レオン大聖堂

教会に入ってステンドグラスの光の中に身を置くとまるで音が聞こえる。

レオン大聖堂がまさにそれでの渦の中に入るとそれが音に変換される。

レオン大聖堂、ステンドグラス
建築は13世紀
ロマネスクからゴシックへと建築様式が発達した頃

それまでの壁構造から柱構造に変わって
窓を大きく開けて色ガラスを入れた。
レオン大聖堂、ステンドグラス
まだまだ中世
サンティアゴ道全盛期。
当時の人たちはきっと神を感じたに違いない。
中央入り口のタンパン
レオン大聖堂、入り口タンパン、最後の審判
最後の審判
悔い改めよ天国は近づいた。
レオン大聖堂、ステンドグラス
ガラスの歴史は古いけどステンドグラスは比較的新しい。
キリスト教が登場するより前には無かったらしい。
キリスト教を広める為
光を通した物語が人々の心を掴んだと思う。



テーマは下のほうが植物
その上に人間
レオン大聖堂、ステンドグラス植物

さらに上に聖職者たち
そして聖人、最上部に神。
レオン大聖堂、ステンドグラス、聖人
元々ここにローマ人の「レジャーセンター」
ローマ風呂があったらしい。
約1000年後そこに厳粛な教会が作られた。

ここはサンティアゴの道の街道の街で古くから多くの人が何かを求めて旅をして祈りをささげたところ。大聖堂の中に入ってこの光に何かを感じて伝えてきたに違いない。

サンティアゴの道についてはこちらの記事 サンティアゴ・デ・コンポステーラ
スペインに数々有る教会堂の中で私が一番好きな大聖堂です。