絵画で読み説く新約聖書、クリスマスの物語・キリストの誕生と無原罪の御宿り

羊飼いたちの礼拝
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プラド美術館だけではなくヨーロッパの美術館の作品は多くが新約聖書や旧約聖書の内容が題材になっている為聖書を知っているだけで随分と作品に対する知識が広がって行く。古くは字が読めない人達にキリスト教を布教するために絵によって聖書を教えていったので多くの美術館の作品は教会の祭壇画だった物が多い。

特にスペインの画家たちはヨーロッパが宗教改革の嵐でカトリックから離れていく中、対抗宗教改革で教会の権威を取り戻そうとしていた時代に多くの宗教画を描いた。さらには悪名高い異端審問の追及や魔女裁判があった国なので注文主は厳格な宗教画を中心に画家に描かせた。

Contents

聖書の中身


聖書には旧約聖書と新約聖書が有り旧約には人類の歴史、新約にはイエス・キリストの生涯が描かれている。分厚い聖書の75パーセントは旧約聖書で占められていて天地創造から始まる旧約は興味深いが読み解くのにはかなりの知識と忍耐が必要になる。一方新約聖書の方はイエス・キリストの生涯が中心なので馴染ある題材の物が多く親しみやすい。

<12世紀のギリシャ語の新約聖書>

12世紀のギリシャ語の聖書
wikipedia public domain
Source Codex Harleianus 5557 (minuscule 321 in the Gregory-Aland numbering)
Author Unknown

*新約聖書は大体紀元50年から120年頃に当時の共通語のギリシャ語で書かれている。聖書の中に登場する人々が話していたアラム語やへブル語ではなく、さらにすでにローマ帝国の時代だったにもかかわらずラテン語ではなくギリシャ語で書かれている。弟子たちはこの物語がより広い世界で読まれるためにギリシャ語を選んだ。それほどギリシャ語は当時の広い世界で使われていた言語だった。素晴らしい科学の発見を日本語で発表するより英語で論文を書く方が多くの人に読まれると考えれば理解できる。後にラテン語に訳された。

このページでは新約聖書の物語をプラド美術館の作品を中心にイエスキリストの誕生の所までを辿って行きます。

 

受胎告知 3月25日


「おめでとう、恵まれたお方。主があなたと共におられます。」ナザレの大工ヨセフと婚約していたマリアの所に大天使ガブリエルが現れてこう言ったと新約聖書に記述があります。

宗教画には色々お約束事があって昔の字が読めない人にもいろんなことが解るように少しずつまとまって行ったのが「キリスト教図像学」という学問になっている。。

受胎告知は①聖母マリアが聖書を読んでいたところに天使が降りて来たので聖書が描かれる。②マリアは驚いているか怖がっている、または恥じらっている、または受け入れている。③純粋を現す白いユリが描かれる。④マリアの衣装は赤い服にブルーのマント(時には逆又はほかの色なども有る)

*実は旧約聖書の「イザヤ書」に「見よ乙女が身ごもって男の子を生む。その名はインマヌエル(神は我々と共におられます。という意味)と呼ばれる」という記述がありマリアはそこを読んでいた。新約聖書にはマリアが聖書を読んでいたとは書かれていなく実は初期の絵画には出てこない。11世紀頃から次第に描かれるようになってきた。

受胎告知の日は3月25日。クリスマス(イエス・キリストの誕生)の9か月前で、中世ヨーロッパで使っていたカエサル歴の一年の始まりの日だった。そのすべての始まりの日に聖母マリアは受胎告知を受けた。

受胎告知は非常に人気がある場面で様々な時代に様々な作品が描かれている。ここでは何人かの画家の作品を見ながら国際ゴシックからバロックまでを並べて時代によって絵画が変換していった様子をご紹介。

 

<シモーネ・マルティーニ、1333年、ウフィツイ美術館>

イタリア絵画です。シモーネ・マルティーニはイタリアのシエナの画家で国際ゴシック期に属す。同じ時代のフィレンツェの画家たちが現実の世界を正確に描いたのと対照的に優雅な動きや現実にはあり得ない神の世界を可視化して宗教画を残している。この作品は板に金箔を使ったもので左側の天使の後ろ側に揺れる布地がシエナらしい優美な動き。マリアは驚いて怖がっている。

public domain
Source/Photographer The Yorck Project: 10.000 Meisterwerke der Malerei. DVD-ROM, 2002. ISBN 3936122202. Distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH.

聖母が恥じらいながら振り返って「え?な、な、なんですか?」とジワリと逃げ腰な動作が感じられる。天使の衣装の後ろ側が揺れて動いているのがたまらなく好きです。

天使がユリではなくオリーブを持っているのはユリの花が政敵フィレンツェの象徴なのであえてユリは向こうに置いたという説がある。

184センチx210センチという巨大な板に描かれたテンペラ画でその前に立つだけで迫力に煽られそうになる祭壇画です。

<受胎告知、フラアンジェリコ、1425年頃、プラド美術館>

フラ・アンジェリコは質素なドメニコ会修道士。その「祈る姿が美しく、キリスト磔刑図絵を描くときはうっすら涙をを流していた。」と伝えられいつも「天使のような微笑みを讃えていた」。本名はグイード・ディ・ピエトロ

フラアンジェリコ受胎告知
public domain
Accession number P00015
Source/Photographer Galería online, Museo del Prado

未だ国際ゴシックの特色を残す作品で彼の10点ほど現存する受胎告知の一枚。一枚目のシモーネ・マルティーニの作品から90年程立つので絵画の発展が随分見られ、例えば遠近法が使われている。現実のフィレンツェの部屋のムードを宗教画に取り入れることでより一層物語を現実的に描いた。左側の美しい曲線の天使が本当に今空から降りて来たように感じられ衣装が揺れている。左側には旧約聖書のアダムとイブの楽園の追放が描かれている。

<受胎告知、レオナルド・ダビンチ、1472年頃、ウフィツイ美術館>

上のフラアンジェリコから50年弱しか経っていないとは思えない程の技術の進歩。私はこの天使のポーズがなんとも言えなく好きなのです。フィレンツェのウフィツイ美術館蔵の有名な作品。レオナル・ド・ダビンチは科学者や発明家としても活躍をした天才で絵画で完成されたものは実は15点程で非常に少ない。完璧主義でその興味は多岐に渡りあらゆる方面で天才的だった。

 

受胎告知、レオナルド
By レオナルド・ダ・ヴィンチ – sAErNLFH1KFYmw at Google Cultural Institute, zoom level maximum, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=13514513

 

この作品は師匠のベロッキオとの共同作だがレオナルド20歳頃のおそらくデビュー作。

お約束通り左に天使、手にユリの花を持って右側の聖書を読むマリアに表れている。聖母の手の動きが美しいがよく見ると右手が少し長い。おそらくおかれる予定だったのが壁面上部だったので見る人の位置を考えての事と言われている。

部屋の中で行われている場面だが遠景が綺麗に遠くまで描かれてるのは受胎告知としては珍しい。

<受胎告知、エルグレコ、1570年、プラド美術館>

マリアと天使の位置に注目していただきたい。他の作品はマリアが右側で天使が左側にいた。エルグレコは全ての受胎告知でこのように描いているが理由の方は諸説で良くはわかっていない。

 

エルグレコ、受胎告知
By エル・グレコ – [2], パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=27348

エル・グレコがまだベネチアにいたころの作品でで26センチx20センチのは大変小さな作品で習作。ベネチア絵画の影響がみられ床の大理石の線で遠近法を使い後ろの遠景にベネチアの街が見える。鮮やかな色彩もティチアーノやティントレット等の影響。そして天使もマリアもぽっちゃりしている。エル・グレコの作品は晩年になるほどみんなもっとやせ細って行きます。

<受胎告知、エルグレコ、プラド美術館>

やはりマリアが左側にいる。エル・グレコは受胎告知を生涯にわたって描いている、中の一枚が日本の大原美術館にある。この作品はドーニャ・マリア・アラゴン学院大祭壇画用に描かれたもので6枚の絵画で構成される大きな祭壇になる予定だった。これはおそらく中央に置かれるはずだったと想像されている。

受胎告知、エルグレコ
This is a faithful photographic reproduction of a two-dimensional, public domain work of art.

 

受胎告知と呼ばれているが実際は聖母に神の子が宿ったその瞬間を描いたものでエル・グレコらしい美しい色で神秘の世界が描かれている。天上界の天使たちがまさに綺麗な音楽を奏でていて天使の登場にマリアは驚いて振り返っている。

エルグレコの聖母はいつも同じ女性がモデルで後にエルグレコの子を産むヘロニマというトレドの女性。キリスト教徒同士だがエルグレコはギリシャ正教徒だったため正式の結婚は許されなかった。

<受胎告知、ムリーリョ、1660年、プラド美術館>

最初のシモーネマルティーニから330年も経過した。この時代の画家たちの作品は写実画どころか写真さえ超えているんだと思う。現実の世界に登場しそうな程の写実性の中で行われる聖書の場面。

 

ムリーリョ、受胎告知

La Anunciación
MURILLO, BARTOLOMÉ ESTEBAN
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

スペインのバロック画家バルトロメオ・エステバン・ムリーリョは南スペインのセビージャで生まれた。画面全体が薄もやに包まれたような幻想的な作品で甘美な天使や聖母マリアを多く描いた画家。

中央に精霊を現す白い鳩が飛んでいてマリアの右側に純潔を現す白いユリとさっきまで読んでいたイザヤ書。胸の前で手を合わせる驚きながら受け入れている風の聖母。手前に手仕事用の篭が置いてあるのはムリーリョの作品の共通点でさっきまで手仕事をしていた現実感を出している。ムリーリョの聖母マリアもエルグレコと同じでいつも同一人物がモデル。甘美な聖母マリアや天使たちがとても甘美で美しく当時のヨーロッパで大変人気が有ったのがムリーリョの作品。

*聖母マリアは聖書の中での扱いは少なくプロテスタント諸派は聖人化していない。ユダヤ教やキリスト教の唯一神の神は厳しい父親的な神で人間にすぐに罰を与える。しかし本来私たち弱い人間が求めている神は「許してくれる」母親的な神で次第にマリアが神聖化されていき讃えられるようになる。スペインの各教会には美しいマリア像が人々の信仰の対象に、今もなっている。

<マカレナのマリア、セビリア>

マカレナのマリア像、セビージャ
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José Luiz Link back to Creator infobox template
Attribution
(required by the license) © José Luiz Bernardes Ribeiro / CC BY-SA 3.0

 

聖母のエリザベス訪問 5月31日又は7月2日


聖母が天使から受胎告知を受けたころ親戚のエリザベスも懐妊した。受胎告知の折に聖母はこれを天使から告げられる。エリザベスは長年子供が出来ず年老いていたのでマリアは神の力に驚きエリザベスを訪問した。(ここでは日本で使われているエリザベスを使いましたがスペイン語ではイサベルです)

<聖母のエリザベス訪問、ラファエル工房、1517年、プラド美術館>

ラファエロ・サンティは若くして成功し異例なほどの大規模な工房を経営していた。37歳で死去した惜しまれる画家のひとり。マリアの画家と呼ばれたラファエルのマリアは美しい。

聖母のエリザベス訪問 ラファエルの工房
La Visitación
PENNI, GIOVANNI FRANCESCO,ROMANO, GIULIO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

 

工房の弟子の作品だがおそらくラファエルの手も入っているだろう。右側のマリアの美しい表情などにラファエルらしい繊細な魅力がある。背景の風景にヨルダン川で洗礼者ヨハネによって洗礼を受けるイエスキリストが描かれている。

 

<洗礼者ヨハネ>

エリザベスから生まれる子が後の洗礼者ヨハネ。「悔い改めよ」と荒野で人々に洗礼をしていたヨハネは後にサロメの希望でヘロデ王に首を切られて殺される。

<洗礼者ヨハネの首を持つサロメ、ティチアーノ、プラド美術館>

サロメ ティチアーノ

Salomé
TIZIANO, VECELLIO DI GREGORIO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado
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キリストの誕生、羊飼いの礼拝 12月25日


「さあ、ベツレヘムへ行って主がお知らせくださった出来事を見てこようではないか!」

イエス・キリストが誕生したころイスラエルはローマ帝国の支配下にはいっており初代皇帝アウグストゥスの時代。「人口調査をせよ」との命令が出たので人々は自分の故郷へ帰って行った。

ヨセフはダビデの家系でその血統だったのでユダヤのベツレヘムというダビデの街へ帰って行った。すでにマリアは身ごもっており月が満ち男の子を産んだ。

羊飼いたちが群れの番をして野宿をしていると天使が現れた。「今日ダビデの街で救い主がお生まれになった。あなた方は飼い葉おけに寝ている赤ん坊を見つけるであろう」(ルカによる福音書)ベツレヘムにある家畜小屋で羊飼いたちはマリアとヨセフと幼子を見つけ天使が言ったお告げが本当だったと語り合った。

羊飼いたちの礼拝は14世紀中頃から盛んに描かれるようになった場面。

<羊飼いたちの礼拝、エル・グレコ、1612年、プラド美術館>

これはエル・グレコが亡くなる直前に描いた画家最後の作品。トレドにある小さな教会の祭壇画の為に描かれエル・グレコの葬儀がこの祭壇画の前でおこなわれた。

エルグレド、羊飼いたちの礼拝

Adoración de los pastores
EL GRECO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

鮮やかな色彩と光の使い方に晩年のエルグレコの熟練がみられる美しい作品。現実の世界を超えた超越的な物を感じさせる。天上界の天使たちが集まって来ている。大きな工房で弟子を雇っていたエルグレコだがこの作品は隅々にいたるまで画家本人の作と言われている。

<羊飼いの礼拝、ムリーリョ、1650年頃、プラド美術館>

ムリーリョのマリアは甘美で美しく、お祝いに駆け付けた人々は当時の現実の世界にどこにでもいたであろう人々。エル・グレコの現実の世界を超越した作風と対照的。

羊飼いたちの礼拝

Adoración de los pastores
MURILLO, BARTOLOMÉ ESTEBAN
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

あえて天使のいない空間に身近なの出来事のような感じを与える。犠牲を現す羊が右にいて登場人物の視線がすべてキリストに注がれているが、左端の牛だけがこちらを向いている。

東方三賢者の礼拝 1月6日


「ユダヤの王としてお生まれになられた方はどこでしょう。東の方でその星を見たので拝みにやってきました」イエスはユダヤのヘロデ王の時代に生まれた。その時東方から3人の賢者がヘロデ王のもとに来て尋ねた。

ヘロデ王はたまたま王になっていたが本物の王が生まれると聞いて動揺し偉い学者を集めてその子がどこで生まれるかを調べさせた。

「ベツレヘムの馬小屋です」これは実は旧約聖書に書いてある物語。ヘロデ王は三賢者に「その子を見つけたら教えいただきたい。私も言って拝みたい。」と伝えた。

三人の賢者が出発すると東の方から星が出て彼らを導いた。そしてその星の止まった家に入ると赤ん坊のイエスが飼い葉桶の中に眠っていて捧げものとして黄金,乳香、没薬を贈った。三賢者は帰り道にはヘロデに合わずに帰って行った。

三人というのは聖書には記述は無く後からつけられたようですが今もスペインのクリスマス・プレゼントは東方の三賢者が運んできます。大抵の街では1月5日の夜に大きなパレードがあり夜中に枕元にプレゼントが置かれます。

 <東方三賢者の礼拝、ベラスケス、1619年、プラド美術館>

おそらくベラスケス20歳頃の作品でまだセビージャにいたころに描かれた初期のもの。

東方三賢者の礼拝ベラスケス

Adoración de los Reyes Magos
VELÁZQUEZ, DIEGO RODRÍGUEZ DE SILVA Y
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

登場人物のモデルはマリアが結婚した妻のファナ、幼子イエスキリストはこの年に生まれた娘のフランシスカ、手前にひざまずくのが画家ベラスケス、背後の横顔の老人が師匠のパチェーコ。絵を描くのにモデルが必要なので画家たちの身近な人々が度々モデルになった。

<東方三賢者の礼拝、ルーベンス、1628年、プラド美術館>

ルーベンス壮年期の作品。ベルギーのアントワープ市庁舎を飾るための物だった。オランダの独立戦争の休戦協定を記念して描かれた作品で休戦の平和の喜びが画面全体に出ている。

東方三賢者の礼拝
La Adoración de los Magos
RUBENS, PEDRO PABLO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

衣装の描写も丁寧で三賢者が持つプレゼントも豪華に描かれている。右端の少し上に馬上に乗るのがルーベンス本人。この作品を後にスペイン国王が購入しスペインに渡ったあとルーベンスがスペインに再訪した折に自分を付け加えた。

エジプト逃亡


「立って、幼子とその母を連れてエジプトへ逃げなさい。そして貴方に知らせるまでそこに留まりなさい。ヘロデが幼子を探し出して殺そうとしている。」

ヨセフの夢に天使が現れヨセフはエジプトに逃亡、ヘロデはベツレヘムにいる二歳以下の男の子を殺したが予言によってイエス・キリストは助かった「やっぱりヨセフは偉い!」という事になっている。

*幼児虐殺は「旧約聖書のエレミヤ書」の中にも出てくる場面。旧約の出来事が予言の様に繰り返された・・・となる記述は新約聖書に多いがこの幼児虐殺はマタイによる福音書のみに出てくる場面で歴史的事実は不明。ヘロデ大王は実在した人物で紀元前4年に亡くなっている。キリストの誕生を西暦0年とすると整合性に疑問が残る部分なのです。今の歴史学者はイエスキリストが生まれたのは紀元前7世紀から4世紀の説を取っている。300年も開きがある。

 

<エジプト逃亡、エル・グレコ、1570年、プラド美術館>

未だエル・グレコがベネチアにいたころの習作で17センチx21センチの小さな板に描かれたもの。

エジプト逃亡、エルグレコ

La huida a Egipto
EL GRECO
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

アニメのひとこまの様で愛らしい作品。風景がこれほど沢山描かれたエル・グレコの作品は珍しい。

<エジプト逃亡、ムリーリョ、1647年、デトロイト美術館>

ムリーリョ30歳頃の作品。登場する人々の衣装は17世紀の庶民が来ていた衣装をまとっている。ヨセフはたいていどの宗教画でも扱いが軽いのですがこのヨセフは随分かっこいい。

ムリーリョ エジプト逃亡
wikipedia
public domain

幼子イエスの顔が写実的でまさに生まれたばかりの赤ちゃん。ベラスケスの東方三賢者に出てくる幼児キリストと非常に似ている。

 

 <番外編>無原罪の御宿り 12月8日


無原罪の御宿りは聖書には出てこない題材でカトリック独特の信仰のひとつ。

キリスト教の考え方では人間はみな生まれながらにして罪を持って生まれてくる。旧約聖書に出てくるアダムとイブが神との約束を破って禁断の実を取って以来私たちは罪深いのです。

<エヴァ、デューラー プラド美術館>

エヴァ、デューラー
https://tabispain.com/nuevo-testamento-prado/

神の怒りは収まらず私たちはエデンの園から追放され、日々労働をしなければ食べ物を得ることが出来なくなり、女性は苦しんで子供を産み、人はみな年老いて死んでいく。

<アダムとイブの追放、ゴヤ、1771年、プラド美術館>

アダムとイブの楽園からの追放
Expulsión de Adán y Eva del Paraíso
GOYA Y LUCIENTES, FRANCISCO DE
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

 

が、マリアは母親の胎内に宿った時に既に汚れの無い「無原罪」だった。

よく誤解される「マリアがキリストを宿した時に無原罪だった」ではなく、「聖母マリアがその母アナの胎内に宿った時に無原罪だった」その御宿りをお祝いする日が12月8日となりカトリックの祝日です。

聖母マリアのお誕生日は9月25日、なので計算は合うようになっています。。

<無原罪の御宿り、ムリーリョ、1678年、プラド美術館>

無原罪の御宿りのマリアは白い服にブルーのベール。下弦の三日月がお約束ですがムリーリョは上弦の三日月にのせた。

無原罪の御宿り

La Inmaculada Concepción de los Venerables
MURILLO, BARTOLOMÉ ESTEBAN
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

綺麗なマリア像はこの時代大変人気があり厳しい父親的な神から受け入れていくれる女神や母親的な信仰対象を求めていた人々に受け入れられていく。

 

「無原罪の御宿り」の教義に関しては度々公会議で議論され、異端になりかけたこともあった。イエス・キリストは救世主で罪なき神の子だがその母親までも罪なき人にするのはどうか・・・・、というわけです。

正式にカトリックの教義になったのは1854年ローマ法王ピオ9世の時。反宗教的な社会情勢に対抗しての策とも言われているが随分反対もあったようです。

*ちなみにこのピオ9世は史上最長のローマ法王在位の方でいイタリア統一運動やナポレオン3世や大変な時代を乗り切った。日本の「26聖人」を聖別したのはこの方です。

カトリックの国では12月8日は祝日で本来この日からクリスマスの準備が始まり12月25日のキリストの誕生から東方三賢者の日1月6日までがクリスマスとなります。この時期カトリックの国を旅行する方は祝日の注意が必要です。

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「絵画で読み説く新約聖書、クリスマスの物語・キリストの誕生と無原罪の御宿り」への2件のフィードバック

    1. ちゅけ様
      コメントありがとうございます。宗教画は暗いイメージが有りますけどちょっとだけ知っていればとっても楽しめますね。またお越しください。

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