<バスク地方>バスク人が住むパイス・バスク。スペインは多民族国家

スペイン17州のひとつ「パイス・バスク州。」ピレネー山脈の麓からビスケー湾にかけバスク人が住んでいる地。彼らはそこを「エウスカル・ドゥナック」と呼ぶ。「バスク語を話す人」と言う意味のバスク語。

スペイン人が来るよりもっと前から住んでいた人達。半島がローマ化して行った時も組み込まれずローマ人を追い返した勇敢な民族だ。ローマの後にやって来た西ゴートもバスク人の反乱に手を焼いている。反骨精神旺盛で簡単に強いほうに転がらない。そして今もスペインからの独立を求めている。フランス側にもフランスバスクという地域があってバスク人が住んでいる。国境という概念が無かったころから住んでいる人達です。バスクは一度も国を持ったことはない。

 

 

バスク語

バスク語は言語系統不明でインド・ヨーロッパ語族には入らない。旧ロシア連邦のジョージア共和国(グルジア共和国)で話している言葉と似通っているらしいがまだまだ学者の間でも共通の見解はない。

日本語との共通点を指摘している学者もいるが不明。

 

パイス・バスク地方の人口は215万人しか居なくバスク語話者はたったの60万人程。その言葉が8個の方言に分かれているので学者達を悩ませている。人口の60パーセントが血液型RHマイナスと言う特殊性だそうです。

 

バスクはフランス側にもフランス・バスクがあって近代国家の国境で分断されている地域。
人口比率はスペイン側80パーセント、フランス側20パーセント。

 

 

世界で活躍

この少数民族が優秀で勇敢。個性的で凄い。世界史に出てくるレベルのバスク人が大勢います。

 

大航海時代世界一周したのはセバスチャン・エルカノ(マゼランは途中で亡くなっています。)イエズス会の創設者イグナチウス・デ・ロヨラ。日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエル。日本人の魂を持っていたソーブール・カンドウ神父。(フランス・バスク)広島で被爆しながら日本人の為に活躍したペドロ・アルーペ神父。音楽家サラサーテや哲学者ミゲール・デ・ウナムノ・・・

 

そしてサッカーの「アトゥレティコ・ビルバオ」は選手はバスク人だけの強豪チームです。
肉体的特徴はガッチリ体格が良く首が太め、鼻が鷲鼻で野性味ある。

 

独裁者の時代は弾圧

フランコの独裁政権下は抑圧されバスク語を話すことを禁止された。

大きな街ではほとんどバスク語を聞くことは無かったようです。しかし山あいの村では家族の間で大切に話し継がれていた。


独裁者亡き後再び民族運動が起こり今は学校でもテレビでもアニメでもバスク語が使われるようになりました。

今はスペインの法律で2カ国語併記が決まっているので道路標識や案内にスペイン語とバスク語が併記されている。右がスペイン語左がバスク語。

<バスク語とカスティーリア語の2カ国語表記の標識>

スペイン語とバスク語併記の看板

スペインの中で最も豊かな地域

山があって谷があって海があって作物が豊かで景色にリズムがある。人々は働き者で勤勉だ。バスクだけのGDPはヨーロッパ平均よりうんと上を行く。多くの日本の人たちが持つスペインのイメージとは、たぶん程遠い。バスク発祥の大きな金融会社やエネルギー会社はヨーロッパでも上位の優良企業。

 

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パイスバスクまとめ

 

スペインというとフラメンコと闘牛とパエリアだと思っていませんか?スペインもほかのヨーロッパの国ともども民族問題を抱える多民族国家なのです。そして多面性を持った国なのです。独立を求める過激派組織と政党は最近は少し静かになりましたが以前はテロも有りました。世論調査をすると独立を求める人口は減っています。

バスクは食べ物が美味しい。豊かで海と山に囲まれているので素材が豊か。景色も変化に富んでいて楽しめます。工業都市ビルバオにはグッゲンハイム美術館、フランスとの国境サンセバスティアンには個性的なレストラン。フランスバスクまでもすぐ近くなので周りの街の見学もしながら楽しめる地域です。

 

バルに行こう。スペインでバルの入り方ノウハウ、注文の仕方や支払い方。

スペインに行ったらバルに行こう。絶対にどこの街もバルがある。憶せず気にせず入ってしばらくすれば居場所が出来る。朝は朝食、昼は定食、夕方におつまみが出て夜は一杯飲める。スペインの生活に欠かせないのがバル。

常連さんばかりのバルでも別に誰も嫌がらないのでどんどん入りましょう。周りの人なんか気にしないで何処かに隙間を見つければそこが貴方の場所です。この記事ではスペインでのバルの入り方や注文の仕方を説明します。

 

ラス・ブラバス
筆者撮影

スペインにいるならバルに行こう


バルは生活の一部

バー(Bar )と書くと日本では「お酒飲むところ」だけどスペインのバルはもっと健康的な雰囲気。子供連れや女性客やおじいちゃんおばあちゃん老若男女皆んなでやって来る生活の一部。

細長いカウンターがある飲食店、棒状の物を英語でバー(Bar)スペイン語でバル(Bar)  朝はコーヒーや朝食からお昼時は定食もあったり夕方はおやつやおつまみ。お酒もあるしスペイン人の日常に欠かせない生活の一部。それがバル。
同じ時間に同じバルに行くと同じ席に同じおじさん毎日いるの。本当に生活の一部なんです。

入ってからさあどうする

バルに入ったらまずは「オラー」と挨拶。Holaは英語のハーイ見たいな気さくな挨拶です。日本でお店に入って挨拶しない事が多いかもしれませんがこちらではお買い物でもレストランでもバルでも知らない人でも必ず挨拶をします。なのでバルに入ったら大きな声で「オラー」と挨拶をしてください。これはとっても大切な事です。あ、にっこり笑って、ネ。

バル・サントゥルセ
筆者撮影

 

スペイン人て一見愛想悪い人もいるけど人の事気にしてないからなんです。愛想笑いとか絶対にしないしお客様様様〜とへりくだらない。お客さんを「神様」なんて絶対に思っていないので「えーっ」てな対応も時々あるけど気にしない気にしない。「神の前では皆平等。」これぞスペイン人の人生感。めちゃ偉い人もあんまり踏ん反り返ってないしサービスする方もへりくだっていない。なのでしばらくして慣れてくると何とも居心地がいいのです。

 

大事な事は相手が誰でも態度は同じ。「自分は自分だし人間は平等」というのがまずは前提なんです。それも知った上で、「オラー」と言って入っていこう。

せかさない事。これ大事

バルに入りました。カウンターに無茶苦茶いっぱい人がいる。カウンター中のセニョールはさっきから他のお客さんと楽しくおしゃべり中だ。

ここは一発大きな声で「ヘイ〜〜エクスキューズミー」なんてとっても上手な英語で声をかけると多分当分順番は回って来ない。もしかしたら永遠かも………

カサ・ラブラ
筆者撮影

 

暫くはジーーーーーッと様子を見て相手がこっちを見てくれるまで見つめる。
そうただ見つめる。(スペイン人なら気にせずおしゃべりして気長に待つんですが。)

ちょっと右手を上げるくらいは大丈夫。そうすると大抵は3分以内に「Hola !que les pongo?」「何します」こう言ってもらったらラッキー。やっと注文が出来る。そう、大事な事はせかさない、なんです。

ビールを注文

「ビールを2つ下さい」=「ドス・セルベッサ・ポルファボール」
とガイドブックに書いてあるけど通常バルでは小さなコップ(日本の喫茶店でお水入れるくらいの)に生ビールを注ぐ。このタイプを「カーニャ」と言います。スペイン人は何軒かのバルを梯子するので大きなコップでビールを飲むと2軒目や3軒目に行けなくなる。だから「カーニャ」で小さなコップで飲んで次へ行くのです。

正解は*ドス・カーニャス・ポルファボール

*ビールをひとつください=「ウナ・カーニャ・ポルファボール」、ビールをふたつ下さい=「ドス・カーニャス・ポルファボール」と最初の数字を変えて使ってください。お店によっては小さなおつまみが着きます。写真はマヨール広場近くのニェル。ビールにおつまみが付きます。2敗目頼むと別の物が付くんです。

 

バルのタパス

バルは朝食から夜のお酒まで

バルは朝食からお昼の定食や夜のお酒まで大抵ずっと開いていて何でもやっている。朝の11時頃はスペイン人の2度目の朝食、スペイン中のバルは劇混みです。

バルによってしっかりしたキッチンを持っている店ならカウンターで美味しい料理を試す事が出来る。壁の黒板にお品書きがあって Racion と書いてあったら一皿料理 Tapas と書いてあったら小皿料理。(ただキッチンはずーとやっているわけではなくレストランの営業時間の少し前からの場合が多いので注意)

店主のセニョールと仲良くなって明日も明後日も通ったら一杯奢ってくれるなんてことも良くあります。

お支払いは最後で大丈夫


色々頼んだ後まとめて最後に支払ってもいいし一杯づつ払っても大丈夫です。お店によって様々なので周りの人の様子も観察しましょう。
支払いは空に字を書く感じでも通じるしスペイン語で「クアント・エス?」
又おじさんがあっち向いてたらこっち向くまでジー〜ーッと見つめて「クアント・エス?」又は省略して「クアント?」でも通じます。

「カーニャ」一杯お店や地域によるけど1.2ユーロとか1,5ユーロです。観光地などは大きめのコップで2ユーロとか2,5ユーロも。それくらいならチップおいても置かなくても構わない。お釣りが出たら10セント20セントくらい残していきます。

もしかしたらさっきの心が通じたおじさんが「もう払ったヨ」何て事も結構あるんですよ。

バルで少しスペイン語ができるとその経験はもっと楽しいものになります。スペイン語は発音が簡単なのでローマ字読みで大抵通います。少しだけでもスペイン語の単語や言い回しを使ってみてください。

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まとめ「バルに絶対行こう」


マドリッドはツーリスティックな所が増えて人気店は超忙しく働いている人も外国人で昔のスペインの暖かさが表面上見えにくくなってきたけれど観光客ばかりのお店を外せばそこはやっぱり私の大好きなスペインがまだまだある。

 

アンヘル・シエラ
筆者撮影

是非ともスペインに来たらバルに入ってください。ちょっと待たされたり言葉が通じなかったり間違ったりストレスも多いかもしれないけれど、日本に帰って自販機でコーヒー買ったりとかチェーン店のコーヒー屋さんに行った時、絶対泣きたくなる位懐かしい思い出になってる。

バルでスペイン語を使ってみましょう。下の記事はバルで使えるスペイン語講座です。

バルで使えるスペイン語<旅行中に便利な簡単なスペイン語・バル編>

オウレンセの温泉。いい湯だな、露天風呂。はいスペインですよ〜〜。そして無料。

ガリシア州のオウレンセには露天風呂があります。ここはなんと2000年前にローマ人が温泉を見つけて入っていた歴史の古い温泉。イベリア半島にやってきたローマ人は200年くらいかけてこの地をローマ化して行ったので今でもあちらこちらにローマの遺跡が残っています。ローマ人はこんなに最果てにまでやって来て温泉楽しんでいたそこに日本風の露天風呂が出来ました。無料ではいれます。

ガリシア州オウレンセの温泉


温泉と書いてある

日本人の建築家の方の設計だそうで日本の露天風呂の様になっているが男女混浴で水着を着てビーチに行く感覚で温泉に入ります。そして無料。

ローマ人の頃から温泉

 

オウレンセ市内に4か所の露天風呂

オウレンセの源泉76度で市内に4箇所それぞれの泉質も違うようです。ミーニョ河のほとりに2か所

*Chavasqueiraチャバスケイラ

こじんまりしていて私はこちらがお気に入り。

 

オウレンセの温泉

すぐ横にカフェテリアとお手洗い、有料部分が有ります。着替えるところは無いので地元の人達は家から水着を着てその上にワンピース等。終わったら上手に着替えて帰って行きます。タオル等も持参でカバンは目の届くところにおいておく。

 

*Outariz オウタリッスの露天風呂

オウタリッスのほうは広い範囲に露天風呂があってリゾート地風。芝生が大きいので一日のんびりするのにはもってこい。ここもカフェとお手洗い、有料部分が敷地内にある。

 

オウレンセの露天風呂

 

地元の社交場

管理されていていつもきれいにお掃除されています。色々規則もあってとても清潔です。管理人のおじさんもいて色々目を光らせてくれているので安心。朝のうちは地元のおじいちゃんおばんちゃんの社交場。地元の人同士はガリシア語で話しているけどカステジャーノも話せるから何か聞けば気さくに輪に入れる。大体温度は43度くらいに保たれていて湯船によって温度を変えてある。

オウレンセの露天風呂

近くにお手洗い。バル。バルで軽食食べれます。カップラーメンがあって驚いた。タオルは持参しましょう。芝生でごろりと休憩できるので下にひくものあったらいいですね

洗い場や着替えるところはありません

洗い場とか着替えるところはなく石鹸も使えません。シャワーがあるので軽く汗を流して入りましょう。無料なので着替えるところもありません。地元の人は水着の上に着替えやすい服を着て上手に脱いだり着たりしていました。

本来自治体の税金で賄われてい地元の人たちのものをみんなに開放。有り難いのでレストランやホテルでお金を使って地元にお金を落としていきましょう。

絶対水着着用です。

 

もう1つのフランスの道。ヴェズレー。

サンティアゴの道 ヴェズレー

フランスからサンティアゴに向かうルートはル・ピュイの道、アルルの道、ヴェズレーの道。とパリの道。
実際はベルギーや東欧等フランスよりもっと向こうからサンティアゴを目指した長い道。
1000年も前の話です。

 

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フランク王国、時代はカール大帝の戴冠、イスラム教徒との軋轢、カトリックの宗教的熱狂。
ヴェズレーは多くはベルギーの方からの巡礼者が通過していった街
今はヴェズレーの道の出発点

 

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フランスの美しい村にも選ばれた事がある綺麗な村です。
丘の上にサント・マドレーヌ寺院
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マドレーヌ寺院

実はここにマグダラのマリア様のご遺体が安置されていて修道士達によって大切に見守られています
なのでマリア・マドレーヌ=マグダラのマリア

 

フランスには沢山マドレーヌ寺院がありますがマグダラのマリア信仰が根強い訳です。
(実はここのマグダラのマリアの遺体は偽物説もあり本物は南仏のマクシミリアンと言うのが
今では有力説のようですが長きに渡って人々に信仰されてきました)

ロマネスクのタンパン

見所はマドレーヌ寺院のタンパン
ロマネスク時代のもので素朴な彫刻

 

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ロマネスク時代とサンティアゴの道が多くの人に歩かれた時代が重なるのは偶然ではなく
人の往来が激しくなり、教会建築様式が道と一緒に伝わっていった。

 

巡礼者も1人で歩くのは危険なので仲間だけじゃなくて道化師や娼婦や修道士や金貸しや
偽医者やらと歩いてその中に石工がいたはず。
ヴェズレーからサンティアゴ・デ・コンポステーラ1691キロメートル
1日25キロ歩けたとして68日

 

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アレ、道路工事中?



コンクの教会。最後の審判。

サンティアゴの道

フランスからのサンチアゴの道で最も美しい街、コンク。

フランスの「最も美しい街」にも選ばれた事があり本当に綺麗で

子供の頃に読んだ絵本に出てきそう。
木組みの家から小人達が出てきそうです

 

コンクの街並み

中心にサント・フォア教会

あまり馴染みのない聖人ですが4世紀に殉教した女の子がフォアちゃん

キリスト教を捨てずに殉教して聖人になって
その彼女の聖遺物が納められている。
巡礼者達の守護聖人として人気があったらしい。

ロマネスク彫刻

ここの秘宝は正面のタンパン
最後の審判

 

サント・フォア教会のロマネスク彫刻タンパン
ロマネスク彫刻の最高傑作です。もっと近くでいつまでもいつまでも見ていたい
キリストの向かって右側が地獄で絶対地獄の方が面白い。これを見たら800年位前の人達は本当に恐ろしかったと思う。ぎゃーとかヒィ〜とか声が聞こえてきそうです。

 

最後の審判、地獄
最後の審判、地獄
ガブッ
最後の審判、地獄
ヒィ〜地獄はこんなに怖いぞ悔い改めよーサンチアゴへ行くんだーそうすれば赦されるー
そういうメッセージ
image.jpeg コンクの教会

フランスの小さな村は魅力的です。サンティアゴの道にある綺麗な街の記事         もう1つのフランスの道。ヴェズレー       「ル・ピュイ」道はフランスから始まる
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「ル・ピュイ」道はフランスから始まる

サンティアゴの道、フランスの道

サンティアゴの道は幾つもルートがあってその1番有名なのがフランスの道

出発地の1つと言われるル・ピュイの道
正確には ル・ピュイ・オン・ヴレ

ル・ピュイ
サンティアゴまで1600キロメートル
1日25キロ歩けたとして63日もかかる
着くことより始めることが大事なのでしょうか。
歩きながら考えることや何かを感じることが道なんでしょうか。

ル・ピュイ大聖堂

大聖堂は東方の影響を受けた様な佇まい
コルドバのメスキータやエジブトの神殿の様
ノートルダム 我々の聖母 大聖堂
ル・ピュイの大聖堂
ピュイのマリア様は黒いんです
赤子キリストを抱いた黒い聖母子像 (本物は消失)
オリジナルは言い伝えによると第7回十字軍の時に聖王ルイによって寄贈されたと言われ
エジプトの土着のイシス神、又はコプト教等諸説ある様です
ル・ピュイの黒いマリア様
年に1度マリア様お神輿で外に出るそうです
キリスト教は長い年月の間にそれぞれの文化とうまく折り合いをつけ、
土着の神様や信仰と混ざりながら定着した。
人間は自分の求めている形に神様を変化させてきたのかもしれない
サンティアゴ様
あ、サンティアゴ様
何だか知らない街で親しい人に会ったような気持ちになれた。

フランスのサンティアゴの街ほかの記事はこちら                          もう1つのフランスの道。ヴェズレー 

コンクの教会。最後の審判

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え〜〜大聖堂にニワトリ?「 サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダ」

サンティアゴの道<サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダ>

巡礼や宗教に奇跡はつきもの。このサンティアゴの道は1000年も人々が何かを求めて歩いた道。色んなドラマがあったに違い無いし今日も誰かが怒ったり泣いたり。喧嘩したり笑ったり、そして奇跡が起こっているに違いない。

 

「サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダ」
「石畳の聖ドミンゴ様」
という名前の街
彼はサンティアゴの道に病院や橋や石畳の道を造った修道士
この街の大聖堂に眠っています
石畳の聖ドミンゴのお墓
この辺りはリオハ州。スペインワインの中でも取って置きの優れものの産地。綺麗に手入れされたぶどう畑を進んで行くと遠くに教会の塔が見えて来た。中世の旅人に取っては、いや、今歩く人達にも目印や目標より心の支えだと思う。

 

サント・ドミンゴの大聖堂

 

 

奇跡

ここで奇跡があった。昔々巡礼が命掛けだった頃、ある若者が両親と遠くからサンティアゴ目指して歩いて来た。やっとこさこの街に荷物を降ろして宿を取った。その旅籠の娘が若者に一目惚れ。迫るは言い寄るはあの手この手で若者に「付き合ってくださいッ」。しかし若者は冷たく「無視」して宿を立ち去る準備。悔し紛れに娘は若者の荷物に銀のコップを忍び込ませた。そして「彼は泥棒〜〜」と訴えた

 

当時の法律では泥棒は絞首刑。若者は捕まり広場で吊るされた。ところが、1ヶ月経っても若者は吊るされたまま生きている両親はサンティアゴの巡礼を終えて戻ってきてビックリ。そして若者は両親に「どうか判事に私の無実を話して下さい。私は聖ドミンゴ様に守られております。」

何とか判事に謁見が許された両親、判事は食事中。チキンの丸焼きを頬張る寸前「フン!そやつが生きているなどど言うのはこのニワトリが生きていると言うのと同じ事ジャ!」すると突然丸焼きチキンが立ち上がりコッコロコッコッコ〜〜(スペイン語だと鳴き声これ)と鳴いて若者は絞首刑台から降ろされ両親と故郷へ帰って行ったとさ。

 

という奇跡があったとされ大聖堂に今もつがいの真っ白なニワトリが飼われています

大聖堂に鶏

ちょっと写真じゃ見えにくいですが上の箱の中に二羽のニワトリ。

 

大聖堂に鶏
世界に数々素晴らしい大聖堂が有るけれど中にニワトリが飼われているのはここだけです。

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だけどこの両親吊るされた息子置いてサンティアゴ行ったんだ〜〜冷たいなあ。

サンティアゴの道のほかの記事です

プエン・テ・ラレイナ 女王様の橋

許しの峠puerto de Perdon

サンティアゴの道、パンプローナ

 

蛇口からワインが出てくる「ワインの泉」

イラチェ

プエンテ・ラ・レイナから更に西へ進む
この辺りずっとぶどう畑
スペインの有名なワインの産地です

 

綺麗に手入れされたぶどう畑を見ながら移動すると
Iracheという小さな村に出る
村より大きな修道院
イラチェの修道院
教会部分は無料で入れます(お昼休み有)
イラチェの修道院の教会

ワインの泉

小さな坂道を下ると巡礼者の為にここのワイナリーが「ワインの泉」
どうぞ御自由にお飲みくださいと蛇口からワイン
ワインの泉
ちょっと見逃しそうな所に矢印
ワインの泉
ワインの泉
でもそこには条件が書いてあります
ワインの泉、条件
条件・無茶に飲むのでなく・楽しんで・持っていく分は購入しましょう
ワインの泉
ここで飲む分だけにして下さいと遠回りに書いてあります・右は水で左がワイン
ワインの泉
結構おいしいワインです

実はやめようと思ったらしい

先代のここの社長が親戚とかに随分反対されて
ちょっと落ち込んでいた事も有ったそうですが
巡礼者に喜んで貰えるならと反対を押して続けて
先代の社長が亡くなった今も後継者たちによって続けられています。

実はある日本人の女性がサンティアゴの道を歩いている途中この街で先代の社長に会いに行って「あなたは素晴らしい。ありがとうを伝えに来ました」彼女の言葉で継続を決意したそう。

凄い心が広いなあ
以前私もここのおじさんに随分お世話になりました
今回はお昼時だしシエスタ中じゃ悪いのでご挨拶無しで帰ります
ワインの泉
あ、ペットボトル持って行こうと思ったあなた
web カメラついてますよ〜ん

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サンティアゴの道ほかの記事はこちら                                 サンティアゴ・デ・コンポステーラ

プエンテ・ラ・レイナ 女王様の橋 

大聖堂に鶏、サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサダ

プエンテ・ラ・レイナ 女王様の橋

道が先にできた

許しの峠から更に西へ進むと遠くに教会の塔が見えて来る。サンティアゴ教会の塔。
巡礼街道は宿場町。嬬恋なんかと同じで道が先に出来て道沿いに街が出来たので細長い。
プエンテ・ラ・レイナの道
次第にインフラが整って病院や救護院が作られ護衛団や石畳や橋がかけられた。

 

ここはナバーラ王国の王妃が巡礼者の為に橋をかけたのでプエンテは橋レイナは女王様。
女王様の橋
12世紀頃建立。何と800年以上も巡礼者を見守ってきた橋です。

サンティアゴ教会

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サンティアゴ教会も同じ頃のロマネスク建築。入り口の花弁アーチ、素朴なロマネスク彫刻に見とれてしまう
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教会はミサ中で無ければ自由に入れます。サンティアゴ様に旅の無事をお願いしましょう。
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サンティアゴの道もう少しでワインの産地。ほかのサンティアゴの道の記事はこちら     蛇口からワインが出てくる「ワインの泉」

許しの峠  puerto de Perdon

星に導かれ

パンプローナを出て暫くすると小さな村を抜けて行く
次第に登りになって峠に登っていく
「許しの峠」

 

昔、旅が命がけだった頃
怪我や病気でもうこれ以上旅を続けられなくなる事が多かった
旅人を待っていたのは最悪「死」
でも許されるように
ここまで来れたらサンチアゴ迄行けなくても許されるように
この丘につけられた名前

許しの峠

「puerto de Perdon」
許しの峠
モニュメントは中世の旅人たち
片道切符の旅人たちが天の川のお星様に導かれ西へ西へサンチアゴ様に詣でに
許しの峠
風が強くて吹き飛ばされそう
近くに風力発電機がドンキホーテの突進を待っているみたいだった。

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サンティアゴの道のほかの記事はこちら プエンテ・ラ・レイナ 女王様の橋