スペイン旅行をする為に知っておきたい「日本人が良くやるやってはいけない事、マナーや習慣」

 

スペイン人はおおらかで小さなことは気にしない。相手に対して気遣いもしてくれて招待を受けた時などはあれやこれやと世話を焼いてくれる。しかし大雑把な人達だから平気だろうと安心していると意外とマナーにうるさい所がある。長く付き合うわけではなくても少しは色々知っておきたい日本人との違い。

1・年齢の話題

 

 

年齢を聞くのはかなり親密になってからです。日本人は「あの人いくつですか?」と年齢の話をする事が多いなと感じるがスペイン人と年齢の話をする事はあまりない。

年齢に縛られない自由さがあって自分が好きな格好するしTPOは有るけど、そこに年齢という枠は無い。これぞ文化の違いですね。そういう枠組みを取り払うところからが外国への旅行です。

 

時間があったら是非ZARAの試着室に行って欲しいです。日本じゃ10代しか着ないようなワンピースを結構な年齢の女性が着ては入り又次のを着て出てくる。

横で彼氏か夫がニコニコしながら品評会。この歳だからこんな風に振舞ってとかって無いみたいです。もっと自由に生きましょう。

 

2・人前で靴を脱ぐ

日本では普通ですが・・・これってわざわざ言わないけど嫌がられる。電車やレストランや劇場で靴脱いで足を組む人とか日本人男性に多いのですが非常に嫌われます。ヨーロッパで家で靴脱ぐのは玄関ではなく寝室なのです。靴で踏まないようにとかという配慮で脱ぐ方もあると思いますが靴下だけになる方がうんと嫌がられます。公共の場では靴を脱がないのが鉄則。新幹線の足置きも靴のまま踏んで大丈夫です。

 

3・鼻をズルズルすする

日本では人前で鼻をかむのが憚られるのでズルズルするのだと思いますがいっそ「チー〜〜ん」とかんだ方が絶対印象が良い。ペルドンとか言って向こう向いてです。人前で鼻をすするのはマナー違反です。

 

5・くしゃみも人前でなるべくしない

仕方ない時は小さくなるべく目立た無くそしてペルドンと言いましょう。もちろんゲップはほぼ死刑。そうそうあることではないので気が付きませんがある程度の教育を受けた人たちは人前でくしゃみも鼻ずるずるもしないです。

 

 

4・自分を指すときに人差し指で鼻を指す

私?っていう時に鼻をトントンてこれは不思議がられますしあまり美しくはない。
「なに?鼻がなに?」と相手は不思議に思います。自分を指すときは胸を指すか掌全体で抑える。

 

5・「ハイ」と「イイエ」がアヤフヤ。

特にいらない時に「いいえ」と言いながら首を縦にふると「どっち?」となる。またいらない時に日本語で「大丈夫です」と言いながら首を縦に振ると「必要です」という意味になる。こういうケースは結構多いんです。いらない時は首は横に。又ははっきり「ノー」と言いましょう。特にいらないときにはっきり言わないとお店や物売りとのトラブルになります。ノーと首を横に振ることが重要です。相手の気持ちを考える必要なしです。

 

6・レストランで

高級店は必ず予約をして行きましょう。予約もマナーです。座る時は女性が先です。扉を入るのも出るのも女性が先。ワインを注ぐのは男性の仕事。絶対です。手を伸ばして遠いところのもの、塩とかを自分で取らず相手にとってもらいましょう。取ってもらうのが申し訳ないと日本人は手を伸ばすのですがこの方がマナーが悪いのです。支払いはあとで割り勘でもその場は1人が払いましょう。普通は男性が払う方が綺麗です。レジまで払いに行くのではなく席で座って会計を済ませましょう。あとナフキンはクチャっとして出ましょう。丁寧に折りたたむと美味しくなかった意味だそう。

 

7・お店に入って店員さんに挨拶しましょう。

先ずはどこでも「¡Hola!」「オラー」「何かお手伝いできますか?」「¿En que puedo ayudar?」と聞かれたら「見てるだけです。ありがとう」「Estoy mirando gracias」で大丈夫。

日本の都会ではお店に入って挨拶をしない方が普通ですがこちらは人がいたら簡単に挨拶をするのが礼儀です。バルに入ったりエレベーターで一緒になったり等オラーと挨拶するだけでそこから会話が広がったりします。

10.我慢して想像の中で処理しない

日本人は自分が我慢すればこの場は解決すると内側に貯めこむ事が良くあると思います。でもそれでは何も解決しない。何故違うのかをしっかり言葉で表現しましょう。「なぜ言わなかったの?」と後から言われる事が有る。その時は口論になるかもしれないけれどしっかり自分の考えや何故それが嫌なのか等を言葉で表現して相手に伝えましょう。かなりの事が解決します。

お客様も偉くはない「神の前にすべて平等」

日本ではお客様は立場が上という風潮がありお金を払う人が威張っても良いようなところがありますがこちらでは人間はみな平等です。時々随分と相手に対して尊大な態度の日本の方が有るのですが人間はみな平等というのが原則です。お店やホテルやレストランで何か間違いがあっても「本当に大変申し訳ございませんでした」と「頭を下げてお詫びいたします」のようなことを期待してはいけません。「人間は皆間違いを犯す」という事を思い出しましょう。そして怒ってはいけません。

 

 

まとめ


簡単な事を知っているだけで相手に不快感を与えない。外国人と接する時は少し相手の事も知っておきたい。ほんの短い旅行や長期に滞在する場合、スペイン人の友達が出来たとき等に気にしてみてください。意外な事もあったと思いますが少し知っているだけでお互いが大変快適です。

カディス

カディス

なんとも旅情をそそる名前の街だ。

南スペイン、アンダルシア州の西側。

周りは大西洋に囲まれた港湾都市。
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太陽の光は垂直に街を照らし
白壁に反射して眩しい。
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ヨーロッパ最古の街
紀元前1100年頃にフェニキア人がやって来て造った。
フェニキアはいまのレバノンからシリアの一角。
イスラエルのすぐ北側にある。
エジプトやバビロニアに挟まれているので
高度な古代文明の影響を受け都市国家を作っていた。
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貿易商人で交易で栄えた民族だ。
直線距離で5000キロは離れている。
物が動くと文化や文明も一緒に移動するのは今も同じだ。
彼らが今に残したのがフェニキアン・アルファベット。

 

それまでの表意文字を音を表す表音文字に変えた。
後のローマ人が取り入れたのがいまのローマ字になる。

 

街の考古学博物館に行くとフェニキア人の見事な石棺が残る。
海に囲まれているので古くからの船乗りの街で
コロンブスもここから2度出航している。
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スペイン黄金時代のインディアス艦隊はセビリアを出航すると
カディスを経由して新大陸へ向かった。
タバコや絹や金銀宝石が本国へ運ばれスペインを豊かにした
200年続いた超進んだ輸送システムだったらしい。
時々イギリスやオランダの海賊にやられたけど。

マグロ漁

海沿いを60キロくらいでバルバテBarbateという漁師町
「アルマドラバ」というマグロ漁をやっている。

 

2000年の歴史のある漁でかなり野性的。
何隻もの船でマグロを囲い込んで行き
ジャックナイフを持った漁師たちが海の中にジャンプしてマグロを仕留める。
格闘技型漁師。
この仕留め方が魚の味を左右するらしい。
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解禁は5月中旬頃
捕獲したマグロはあっという間に最新冷凍技術で東京の築地市場へ移動する。
お寿司食べる時スペインの格闘技型漁師達に思いを馳せて下さいませ。

 

そろそろ対岸にアフリカが見えてくる。
ジブラルタルはあと少しだ。
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行き方

マドリッド・アトーチャ駅から Alivia 特急一部新幹線で4時間

イベリア航空  Jerez dela Frontera 空港から50キロ

 

一体どこまで歩くつもりだったのか。

本当にあった話です。

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彼は普通の感じの若者だった。
ツアー中は特に目立つ事もなく

礼儀正しくちょっとシャイだったけど
あまり記憶にも残っていない。

 

そんな人だった。

 

毎日「チェックのシャツにキャップ。」
日本ならどこにでも売っていそうな。
約1週間の旅行
何の問題も無くツアーは「明日は日本へ」という日の事……

夕方からフリータイム。

夕食も付いていないのでもう明日の朝までみんな各自で行動だ。
それぞれ三々五々お買い物へ美術館へと散っていった。

宿泊ホテルから徒歩5分のところにスーパーマーケットがある。ホテルを出て暫く歩いて一度右に曲がるだけの至近距離。

そこへ何人かが一緒に又はバラバラと行ってお買い物を楽しんだ。

「そこに彼は来ていた」

それが最後の目撃情報

出発当日の朝
出発時間になって1人足りない
何度数えてもいない
誰だろう・・・・
「1人参加のあの彼いなく無いですか?」
「そうだ、そうだ」
「彼居ないねえ〜〜」
「朝から見てないよね〜」
「まだ寝てるんじゃ無いの?」
いろんなデマが飛び交う中とりあえず部屋のチェック

 

「…………」
部屋はまるで「すぐ帰ってきます」状態
スーツケースは広げられ、
乱雑にバラバラと色んなものが部屋中に散らばっている。
「これって……???」

 

ツアーの最優先順位は全体だ
そして「安全に帰国する事」
グループは彼を残し帰っていった。

 

残された現地は大混乱
警察、日本大使館、ホテル、周辺住民、行ったはずのスーパー
帰ってくるかもしれないホテル。

 

寝ずの捜索をした担当ガイド君は
交代命令が出て約7キロは離れた家に帰り休んだ
もう既に出発の朝から30時間は経っている。
前日の夜からだと40時間以上
現地の不安も心配もピークだ

 

真夏のスペインの昼間の太陽は強烈。
影が出来ない位真上から容赦無く照りつける。
担当ガイド君、暑い時間に外を歩く事はあまりしないのに
何故かその日は誰かに呼ばれたように外へ行った。
お昼寝を中断して。

 

そして彼の家はかのホテルから7キロは離れた普通の住宅街。
決して観光地でも無くもちろんガイドブックにも載っていない。

 

そこに何と、
「チェックのシャツにキャップをかぶった男性」が歩いている。
普通なら気にも止めないくらい普通に。

 

「も、も、もしかしてoxさん?」
「あ、は、はい、そ、そうです、、、」

 

彼は発見された。
偶然にも……

 

そしてとにかく家に入れて飲み物飲ませて休ませて話を聞けば
ーースーパーを出てから迷子になって歩いていた。
ホテルの名前も分からないのでとにかく歩いていた。
何も持たずに出たのでただ歩いていた。
夜は地下鉄の駅で寝て朝になったら又歩いた。ーーー
それにしても

 

いつまで歩くつもりだったのかなあ〜

 

教訓:知らない街で出かけるときは必ずホテルの住所が書かれた何かを持ちましょう。

(これは本当にあった事を何人かの関係者から聞いて私がまとめた物です)

スペインの現在、GDP世界14位EU5位、昼寝に帰れないスペイン人たち

スペイン人は働かないと思っているのは日本人だけではない。アスタ・マニアーナの国で様々の事はスムーズには進んでいかない。しかし都会に住むスペイン人たちはお昼寝には帰れないしサービス残業も無いわけではない。

 

現在のスペイン

本来スペインでは昼食が一日のメインの食事、すなわち家族そろって食卓を囲む。学校にもお昼休みがあり働いている父親も家に戻り母親が作った手料理を家族そろってゆっくり楽しむ、こんな生活をしているのは地方の都市や小さな村。

スペインの都会でお昼休みに家に帰れるビジネスマンは今や少ないのではないか。銀行などでも窓口業務の人は時間で帰るが内部のエリートたちは残業手当なしの居残りは普通になった。と言っても14時に帰れずに15時30分まで残ったというレベルなので日本の終電で帰るエリートたちとはレベルが違うが。

 

BBVA(スペインナンバー2の銀行)の調査によると従業員250人以上の
スペイン企業の生産性はドイツ、フランスと遜色ない。現在GDB世界14位
EU5位

 

実は現在のスペインはインフラ整備、建設産業、エンジニアリング事業の分野では
世界トップレベルに達している。

 

PPPという官民連携事業での受注はスペインが世界ナンバーワンだ。意外と知られていないがスペインの建設業界は世界のトップレベルなのだ。
その活動範囲も5大陸85カ国世界の主な交通事業の40パーセントを請け負っている。

フロレンティーノ・ペレス氏(現レアル・マドリッド会長)の建設会社ASCは世界のトップを行く。

更にスペイン12社から成るコンソーシアムはサウジ・アラビアで新幹線の工事を行っている。メッカからジェッダ経由メディナ間を結ぶ。全長450キロ
工事は砂漠の砂嵐で難航していますが。

 

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更にベトナムでスペイン建設会社が大型リゾートホテル建設中だ。
あるバイオの企業が人間の皮膚を再生できる3Dプリンターを作成した。

名ねのない風力発電機を発明したのもスペインの技術者だ。

現在のスペインは新しい分野を開拓しながら技術大国を目指す。

 

スペインの1人あたりのGDPは日本と変わらない。
が。残業ほとんど無し、産休4か月から1年(有給)疾病や怪我でも有給で休める

週働36時間、バカンス4週間、日本の労働時間と比べて随分短いのに一人当たりのGCPほぼ同じという事

スペインは医療費無料、教育費保育所から高校まで無料、大学も文学部なら授業料年間10万円程。政府が医療や教育に税金を投入している。所得税平均15パーセント、住民税なし、相続税無です。消費税は物品によって違い最高額21パーセントから4パーセントまで。

 

スペインの南にあるジブラルタルは今もイギリス領、その歴史のお話

スペイン南部にある「ジブラルタル海峡」。ヨーロッパとアフリカが一番近い海峡で約14キロメートルしかない。そこに立てばアフリカに手が届きそうだ。地中海と大西洋の入り口で今も多くの船が行き交う重要な地点。そこにあるジブラルタルト言う町は今もイギリス領だ。何故スペインにイギリス領があるのかという歴史のお話です。

ジブラルタルは今もイギリス領


ジブラルタル海峡

ジブラルタル海峡はたったの14キロメートルでもうそこにアフリカが見える。
地中海と大西洋の入り口になっている重要な海峡で対岸はモロッコ。

ジブラルタル海峡
筆者撮影

古代にはギリシャ人がヘラクレスの柱と呼んでいた。フェニキア人たちはここを通り抜けブリテン島の錫やアフリカ西海岸から金を手に入れ商売をしていた。後にカルタゴ人ローマ人ゲルマン民族と様々な民族たちが通って行った。その後この地に遠征して来たイスラム教徒ウマイヤ朝の司令官のターリク・ブン・ジヤードの名前からターリクの山=ジャバル・アル・ターリク=ジブラルタルになった。

ここは昔からマグロ漁で有名。今も大西洋から地中海に入るマグロと地中海から大西洋に出ていくマグロを捕る。すでに古代ローマ人がここのマグロを捕って塩漬けにしていた遺跡が残っている。写真はジブラルタルすぐ横にあるカルテイアの遺跡。かなり綺麗に残る遺跡だ。

<カルテイアのローマ遺跡>

ローマの遺跡、マグロの塩漬け
carteia san roque  筆者撮影

ローマ人たちは四角い石の入れ物でマグロの塩漬けを作り本国へ船で運んだ。

ジブラルタルは1713年からイギリス領

海峡の岩があるあたりは現在イギリス領でスペイン側から入るには今もパスポート検査がある。毎日スペイン側から労働者が歩いて出勤している面積7平方キロメートルの小さなところに3万3000人のイギリス人が住んでいる。と言っても醸し出すムードはアンダルシア人で人々は英語とスペイン語のバイリンガル。政治的に非常にデリケートなところで今も両国の扁桃腺になっている。

 

ジブラルタル海峡写真
筆者撮影
スペイン・ハプスブルグ家の終焉

ここがイギリス領になったのは約300年前の事。スペインにカルロス2世という王様がいた。写真下はプラド美術館にあるカルロス2世の肖像画。不幸の始まりは王子はどこかの王女としか結婚できなかった。スペイン・ハプスブルグの王達は子供達を親戚王族同士で結婚させ続けその結果が遂にこの王の元へやって来た。カルロス2世は3歳まで歩けず8歳まで話せなかった。癇癪もちで2度結婚するが世継ぎを残さず39歳で他界しヨーロッパ全体を巻き込んだ戦争の原因になった。(スペイン王位継承戦争)

<カルロス2世、カレーニョ作プラド美術館>

カルロス2世

 

プラド美術館に有名なベラスケスのラス・メニーナスという作品がある。ベラスケスの大作で中央に王女と奥の鏡の中に国王夫妻がいる

<ラスメニーナス、ベラスケス作プラド美術館>

ベラスケス
Las meninas
VELÁZQUEZ, DIEGO RODRÍGUEZ DE SILVA Y
Copyright de la imagen ©Museo Nacional del Prado

奥の鏡の中の国王フェリペ4世は若くして即位した国王だ。ヨーロッパの強国スペインも少し陰りを見せ始めた頃の王で2度結婚している。鏡の中の隣の王妃は2度目の結婚の王妃マリアーナ。マリアーナは王の妹の娘なので叔父と姪の結婚にあたる。

フェリペ4世の最初の結婚はフランスの王女でフランス王アンリ4世とマリード・メディシスの娘イサベル・デ・ブルボン。

<イサベル・デ・ブルボン、ベラスケス作プラド美術館蔵>

ベラスケス、イサベル・デ・ブルボン
De Diego Velázquez – See below., Dominio público, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=15587965

 

フェリペ4世の最初の妃との間の8人の子供が生まれている。大切な皇太子として生まれたのがバルタサール・カルロスだった。(写真下)

<バルタサール・カルロス、ベラスケス作プラド美術館蔵>

museo del prado
wikipedia public domain

ところが大切な皇太子が若くして亡くなってしまいイサベル王妃は1644年に42歳で亡くなっている。

さらに複雑になるのがフェリペ4世とイサベル・デ・ブルボンの末娘マリア・テレサがフランス王ルイ14世に嫁いでいる。

<マリア・テレサ、ベラスケス作ウィーン美術館蔵>

wikipedia public domain

 

この2人の結婚式が行われたのがスペイン・フランスの国境にあるサン・ジャンド・リューズ。今はフランス・バスク側の綺麗な町で観光客に人気がある。マリーはいつまでもフランス語をうまく話す事が出来ず夫のルイ14世には多くの愛人がおり孤独な人生をベルサイユ宮殿で44歳で終える。彼女がスペインからチョコレート(カカオ)をフランスに持って行った。

 

さて父王フェリペ4世に話を戻そう。国王の大切な仕事のひとつは世継ぎを残す事、皇太子が無くなり王妃もこの世にいない。「では次」と王の再婚相手に決まったのが亡くなった息子の婚約者オーストリア・ハプスブルグの王女マリアーナ。

<マリアーナ、ベラスケス作、プラド美術館蔵>

ベラスケス、マリアーナ・デ・アウストリア
By ディエゴ・ベラスケス – The Yorck Project: 10.000 Meisterwerke der Malerei. DVD-ROM, 2002. ISBN 3936122202. Distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=159947

 

親戚のオーストリア・ハプスブルグ家はカルロス5世以来の親戚関係。マリアーナの母親はフェリペ3世の娘、という事は叔父と姪の関係になる。もとは息子の嫁になるはずはバルタサール・カルロス皇太子が無くなったのでその父親と結婚したというわけだ。そして生まれた長女がマルガリータ王女。

<王女マルガリータ、ベラスケス作ウィーン美術史美術館>

ベラスケス、青い服のマルガリータ
De Diego Velázquez – pAHSoRgE1VSx2w en el Instituto Cultural de Google resolución máxima, Dominio público, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=22003519

マルガリータ王女の次に待望の男子が誕生した。カルロスと名付けられるが生まれた時から様子がおかしい。先天性疾患を数々持ち合わせ癇癪を起し知的障害も有ったようだ。父王亡きあとスペイン国王となる。

<カルロス2世、カレーニョ作プラド美術館>

カルロス2世
museo de prado

国内は経済破綻が続き戦争もある中ルイ14世の弟の娘と結婚しているが子供無く妻は先立つ。再婚もするがカルロス2世の行動はますます怪しくなり1700年に後継者を残さず決まらずに没した。結果スペイン・ハプスブルグ家の最後の王となった。

スペイン王位継承戦争

カルロス5世から続いたスペイン・ハプスブルグ家は巨大な帝国を築いてきたがここに終焉。その結果ヨーロッパ大混乱の末戦争になる。親戚のオーストリア・ハプスブルグとこちらも親戚のフランス・ブルボンの戦い「スペイン王位継承戦争」は約13年間も戦った。代々のハプスブルク支配を嫌った各国がフランスに味方をしてこのときイギリスが上手く立ち回り戦略上重要な地中海と大西洋の入り口の片足を持って行った。

ジブラルタル海峡
筆者撮影
複雑な住民の民意と近辺の人々

未だにイギリス領土です。毎日7千人のスペイン人が国境を越えて働きに行く。
Brexitのときは95,9パーセントがEU残留に票を投じた。イギリスがEUから離脱するとスペイン側からの労働者は仕事を失う。ジブラルタル側のイギリス人も陸の孤島となってしまう。

スペイン側は直ぐ「ジブラルタルのスペイン返還でもわが政府は構わない」
と発表したがジブラルタル首相は「見当違いも甚だしい。絶対スペインの一部にはならない」という声明。

 

ただ国境を封鎖されれば往来は船か飛行機のみの孤島。イギリスのBrexitが再びこの辺りを揺らしている。今後の展開に目が離せない状態だ。この辺りのスペイン側海岸線には多くのイギリス人リタイヤー組が別荘を持っている。今後のBrexitの準備でスペイン在住イギリス人がスペイン国籍を取るケースが増えているという。

スペイン食事メニュー<スペイン語と写真で>レストランのメニューをスペイン語で

 

スペインのレストランのメニューをスペイン語で注文できるようにスペイン語と写真で料理を紹介します。魚介類中心に定番のおすすめ料理です。これらの知識があればあとはポイント会話で美味しいものを食べていただけると思います。スペイン料理は素材を生かしたものがほとんど。定番スペイン料理、これで絶対失敗なし。ここではマリスケリア(魚介類レストラン)で私たち日本人がうれしい物をピックアップしています。

 

 

スペイン料理


今日はマリスケリア(魚介類レストラン)に行った時においしい定番おすすめメニューを御紹介。これらはガスパチョ以外は全部シェアー可能でバル、メゾン、マリスケリア(魚介類レストラン)などに大抵あるもので構成してみました。

席に着いたらまずは飲み物を聞かれます。飲みながらメニューを考えると良いですね。

まずは挨拶です

レストランに入るとまずはスペイン語で「オラー」と挨拶をしてください。日本の都会には無い習慣で戸惑うかもしれませんが知らない人にもレストランでもコンビニでもまずは挨拶から始まります。一番簡単な挨拶は「オラー」。レストランに入ったらまずはにっこり笑って「オラー」と言いながら入ります。

挨拶:オラーHOLA!

最初に飲み物

席に案内されるとPara beber?/パラ・ベベール?Que desea tomar ?ケ・デセア‣トマール?等とドリンクを聞かれる。

*ビール:セルベッサ Cerveza

お願いします:ポル・ファボールPor favor

ビール2個下さい:ドス・セルベッサス・ポルファボール=Dos cervezas por favor

レストランなら瓶ビールが出てくるケースが多くスペインの瓶ビールの通常サイズは33dl、日本の小瓶サイズ。

*発泡性白ワイン:カバCava

食前酒にいただくならグラスなのでグラス2杯のカバ=ドス・コパス・デ・カバス・ポルファボールDos copas de cavas por favor

食前酒ではなくボトルで頼む場合=ウナ・ボテージャ・デ・カバ・ポルファボールUna bottella de Cava por favor

ボトルで注文すると通常ワインリストを持ってくる。見てもわからなければお薦めをお願いします=ウナ・レコメンダシオン・ポルファボール=una recomndacion por favor

カバは辛口、甘口、中辛があるのでそれを伝えるといいですね。

辛口=セコ=Seco

甘口=ドゥルセ=Dluce,

中辛=セミセコ=Semiseco

 

*ワイン:ビノVINO,

赤ワイン:ビノ・ティント Vino tinto

白ワイン:ビノ・ブランコ Vino blanco

グラス:コパ COPA

ボトル:ボテージャBotella

*水:アグアAgua/

ガスなしsin gas/ガスあり/con gas

ガスなしの水をボトルで頼む場合(グラスは無いので通常ボトルになる)

ウナ・ボテージャ・デ・アグア・シン・ガス・ポルファボール

Una botella de agua sin gas por favor

 

食前酒無しでワインに行く場合はテーブルワインで良ければビノ・デ・ラ・カサ=Vino de la casaの白=Blancoか赤=Tintoを注文。

赤ワインをボトルで:ウナ・ボテージャ・デ・ビノ・ティント・ポルファボール=una botella de vino tinto por favor

ワインリスト:カルタデビノCarta de Vino

水:アグアAgua

ガスなしの水:アグア・シン・ガスAgua sin gas

ガス入りの水:アグア・コン・ガスAgua con gas

ガスなしの水を一本ください:ウナ・アグア・シン・ガス・ポルファボールUna agua sin gas por favor

前菜又は冷たいもの

トマトの冷製スープ「ガスパチョ」gaspacho
夏の定番で家庭でもよく作ります。(シェアー出来るものと書きましたがこれだけ例外)
トマト冷製スープ、ガスパチョ
これは中にカット野菜とパンのフライが入ったものです。最初はガスパチョだけ持ってきて「何入れますか?」と持ってきてくれます。
希望のものを指差しても良いし私は大抵「全部少しずつ 」「ウン ・ポコ・デ・トドス」

冬だったら前菜にニンニクスープSopa de ajo はいかがでしょう。

 

スペイン語で~ありますか?の聞き方

知っておくと便利なスペイン語Hay?~ありますか?

Hay ~?アイ?

Hay sopa de ajo? アイ・ソパ・デ・アホ?

Hay gaspacho? アイ・ガスパッチョ?

Hay Jamon Iberico?アイ・ハモン・イベリコ?

イベリコ豚の生ハム「ハモン・イベリコ」 Jamon Iberico
イベリコの生ハム

写真は生ハムハーフポーション(media racion=メディアラシオン一皿ならウナ ・ラシオン=Una racionと言います。
2-4人で一皿位を前菜に。ベジョータbellota があれば最高級。同じイベリコ豚でも豚の餌でカテゴリーが変わります。一番の高級品はどんぐりだけ食べて放牧で育てた黒豚をイベリコのベジョータと呼びます。

スペイン語で注文の仕方

ウナラシオン・デ~una racion de~を覚えると便利

*ウナ・ラシオン・デ・ハモン・イベリコ・ポル・ファボール=Una racio de Jamon Iberico Por favor=イベリコの生ハムを一皿ください

生ハムは手で食べて大丈夫。フォークの金属に触れないほうが美味しいので手で取りましょう。

定番で良くある人気メニューはパドロンのピーマン・フライ 「ピミエント・デ・パドロン」Pimiento de padron
パドロンのピーマンのフライ
しし唐からしの大きいみたいなピーマン。カラッとフライにして岩塩だけで食べます。時々ピリッと辛いのがあります。

*ウナ・ラシオン・デ・ピミエント・デ・パドロン・ポル・ファボール=Una racion de pimiento de padron por fabvor=パドロンのピーマンを一皿ください。

 

いわし酢漬け 「ボケロネス ・ア・ラ・ビナグレタ」Boquerone a la vinagreta

 

お酢とニンニクでしめてある定番中の定番料理。
イワシの酢漬け

ウナ・ラシオン・デ・ボケロネス・ア・ラ/ビナグレタ・ポルファボール=Una rcion de boquerones ala vinagreta por favor=イワシの酢漬けを一皿ください。

メイン料理または暖かいものPlatos Calientes

ここではメイン料理もシェアーしますのでそれを伝えます。

シェアーしていただきます:バモス・ア・コンパルティール・トドスVamos a comparti todos

マテ貝の鉄板焼き 「ナバハス・ア・ラ・プランチャ」Navajas a la plancha
マテ貝の鉄板焼き
タコのガリシア風 「 プルポ・ア・ラ・ガジェガ 」Pulpo ala gallega
タコのガリシア風

タコを茹でて岩塩と赤ピーマンの粉を振ってある。ジャガイモを一緒に茹でるのでいつもタコはジャガイモと一緒に出てきます。柔らかくて美味しいです。

鰯のフライ「 ボケロネス ・フリート 」Boquerones frito
イワシのフライ

カタクチイワシは夏の定番。サクッとフライにレモンで。

イカのフライ 「カラマレス・ア・ラ・ロマーナ」Calamares a la romana
イカのフライ

イカも種類によって名前が違う。カラマレスは少し大きめのイカ

ホタルイカのフライ 「 チョピートス・ フリートス 」Chopitos fritos
ほたるイカのフライ

蛍イカは地方で呼び名が変わる。チョピートとかプンティージャが一般的

豚肉で野菜とチーズ巻い「 フラメンキン」Flamenquin
フラメンキン
小さな貝アヒージョ 「コキーナス ア・ラ・プランチャ」Coquinas a la plancha
小さな貝のアヒージョ
アサリより小さなしじみくらいの貝
太陽海岸やバルセロナ周辺など海辺の定番です。

エビのアヒージョ 「ガンバス・アル・アヒージョ」gambas al ajillo
エビのアヒージョ
残ったオリーブオイルはパンに浸して全部召し上がれ。

 

割と一般的な物で魚介類のレストランにあるものばかり選んでみました。
バルでもキッチンがついているところなら割とあるメニューです。バルで注文なら一皿と飲み物でも大丈夫ですがレストランだとある程度の量の注文がマナーです。

シェアーして食べるときも前菜・メインというのが習慣です。
一旦前菜系が終わるとお皿を変えて温かいものをどうぞとなります。

お支払いは座ったまま

お支払いの時のスペイン語

精算お願いします:ラ・クエンタ・ポル・ファボールLa cuenta por fabor

バルだったら:クアントcuanto? 

チップ

スペインのレストランでは税金込でチップは含まれていません。レストランで全体の5パーセント以下で大丈夫。私たちは80ユーロくらい食べて3ユーロくらいしか置きません。ちょっといいお店だと見栄張り5ユーロ位置いて来ることもある。200ユーロの請求で10ユーロ位。バルではおつりの中から小銭程度。金額と感じが良かったとかによりますが30ユーロ位の請求で1ユーロ位です。アメリカみたいに沢山置かな久手大丈夫ですが少額おきましょう。カードで払ってもチップだけ現金の方が喜ばれます。

小さなお皿にチップだけ残して立ち去ってください。

¡Que aproveché ! 「ケ・アプロベチェ 」良いお食事を〜

スペインの食事の時間が遅いので注意:昼食13時~夕食20時~以降です。通常スペイン人がお昼を食べるのは14時30分頃から、夕食は21時からです。

美味しいもの食べて帰ってくださいね~

ローマ時代2000年前に水は無料だった、セゴビアで古代ローマ人の土木技術インフラ堪能

今のスペインが約2000年前にローマの支配下にはいり約200年間かけてローマ化していった。ローマ人たちは熱心に土木工事をやり続け現在もスペイン国内に多くのローマの遺跡が残る。主に沿岸地帯に街を作ったのがローマ人たちだが内陸にも道路を作り橋を架け水を運んでいる。

ローマの水道橋とは


水道橋とは水を運ぶもの

町を建設する時にローマ人はその街にどこから水を運ぶかにこだわった。山を歩きまわり村人の健康状態を調べ質の良い水を街へ供給するために努力を惜しまなかった。そしてローマ人は水を運ぶためにこんな凄いものを作った。

セゴビアの約2000年前の水道橋。橋の一番上が水路になっていた。

セゴビアの水道橋
山から街に水を引くために近くの山、水の出そうなところを探索し水の透明度や水量、味を見ただけではなくその付近の住民の健康状態や肌のツヤまで記録に取って質の良い水を探した。

地形を利用しながら街に向けて勾配を保って水を運んできた。

セゴビア水道橋
筆者撮影

水が流れていた水路の部分。内側にはローマ人が考えたコンクリートが塗られていて水が乗れない仕組みになっていた。

導入部

水勾配

実は水道橋は実はほとんどが地中を通っていて見えない。絵的に迫力があるので写真集で紹介されるのは大きな橋の部分だが地上に出ている部分は全体の20パーセント位と言われる。

水には自然に流れる水勾配というのがあって今も土木の人達は町を作ったり家を建てる時に水をどう流すかを考える。

 

水が自力で流れるギリギリのゆるい勾配が0,5パーセント。
気にならない最大勾配が2パーセント。ちょうど良いのが1パーセントだそうだ。セゴビアの水道橋の地上部分813メートルの水勾配は1パーセント。

セゴビアの水道橋、勾配
途中でいびつに水道橋は曲がっている。まっすぐ作ったほうが石は少なくすんだはずこの絶妙な勾配を守るためにほとんど直角に曲げて作っている。

セゴビア水道橋、直角に曲がっている所

水源

約18キロ離れたレベンガに水源がある。
そこから水は供給されていて今もちゃんと残っている。

レベンガ、水源
最近の修復できれいになりすぎていますが今もたっぷり水が流れていた

レベンガ、水源
水を低いところから高いところへ上げるためにはスクリューやサイフォンのシステム。2000年前に別料金を払えば自宅へ水を引くことも可能だったらしい。
水と道路は無料というのがローマ人の考え。インフラに対するローマ人の情熱だった。

スペイン国内のローマの遺跡

あまり知られていないがスペイン国内に多くのローマの遺跡が有る。エストレマゥーラ州のメリダやカタルーニャのアンプリウス、北部にあるラス・メドゥーラス等数えきれない。その中でセゴビアの水道橋はマドリードから近く行きやすく完璧に残るローマの遺跡のひとつだ。

セゴビアの行き方と観光。世界遺産の水道橋と白雪姫の城<行き方とモデルコース付き>

これは鳥肌モノ<レオン大聖堂聖ステンドグラス>

レオン大聖堂

教会に入ってステンドグラスの光の中に身を置くとまるで音が聞こえる。

レオン大聖堂がまさにそれでの渦の中に入るとそれが音に変換される。

レオン大聖堂、ステンドグラス
建築は13世紀
ロマネスクからゴシックへと建築様式が発達した頃

それまでの壁構造から柱構造に変わって
窓を大きく開けて色ガラスを入れた。
レオン大聖堂、ステンドグラス
まだまだ中世
サンティアゴ道全盛期。
当時の人たちはきっと神を感じたに違いない。
中央入り口のタンパン
レオン大聖堂、入り口タンパン、最後の審判
最後の審判
悔い改めよ天国は近づいた。
レオン大聖堂、ステンドグラス
ガラスの歴史は古いけどステンドグラスは比較的新しい。
キリスト教が登場するより前には無かったらしい。
キリスト教を広める為
光を通した物語が人々の心を掴んだと思う。



テーマは下のほうが植物
その上に人間
レオン大聖堂、ステンドグラス植物

さらに上に聖職者たち
そして聖人、最上部に神。
レオン大聖堂、ステンドグラス、聖人
元々ここにローマ人の「レジャーセンター」
ローマ風呂があったらしい。
約1000年後そこに厳粛な教会が作られた。

ここはサンティアゴの道の街道の街で古くから多くの人が何かを求めて旅をして祈りをささげたところ。大聖堂の中に入ってこの光に何かを感じて伝えてきたに違いない。

サンティアゴの道についてはこちらの記事 サンティアゴ・デ・コンポステーラ
スペインに数々有る教会堂の中で私が一番好きな大聖堂です。

プロの仕事だ。

 

これも本当にあった話です。。

image.jpeg
その日は少人数の個人のお客様達
日本からの長旅でマドリッドには夜のご到着。

多分ご自宅を出て20時間近くは経ったと思う。
お疲れもピークだろう。

年輩の優雅なご夫妻ふた組だ。

とにかく奥のロビーbarで座っていただく事に。
ホテルは5つ星、瀟洒なヨーロッパらしいムード。

置いてある家具も年代物でセンスも良い。
従業員も全員とても丁寧で定評のあるホテル。
ホテルの周りは高級ショップや地元の優雅な高級マンション。
ロビーは夜という事もありあまり人はいなかった…はず。

 

今日の登場人物はこの2組のお客様と前回の
「本当にあった不思議〜〜な話1」のガイド君

 

あ、そしてそこには「誰か」がいた、はず。

 

ガイド君チェックイン手続きを終えてお客様が待っているロビーへと急ぐ
今回はお客様2組とガイド君なので合計5名
お客様4人は輪になる感じで向かい合って歓談していた。
全員が全員の顔が見えている状態で……
ガイド君は立ったままでお客様の方を見ながら質問に答えている。

 

しばらく……と言っても5分だったか10分だったか
現地情報やら明日のことやらお天気やらどうでも良い事やら
とにかく明日までに必要な最小限の情報のやり取り。

 

話も終わってそろそろお部屋に行きましょう〜〜
と、ザワザワと皆さん動き始めた
すると

 

「えっ?これじゃ無いわ〜」
「これ、私のカバンじゃない」

 

1人の女性のお客様が自分の横に置いていた小さなカートが
似た様なサイズの別のカバンに変わっていた。
それは横の自分の視界の片隅にずっとあった。

 

それが何だか安いスポーツバッグみたいな物になっていた
似ているのはサイズだけだ。

 

「い、いったいいつ?」

 

全員が全員の顔が見える状態で座っていて
ガイド君は全員の方を見て立っていたのに……

 

まるでこれは魔法だ
ちなみにロビーにはホテルのセキュリティの人もいたんです。
全員しばらく当然「沈黙」…

 

ホテルのセキュリティ用のビデオを見せてもらった。
すると「そのカート」に似た物を持って
出口を堂々と出て行くカップルが写っていた。
上手に顔は写らないように。

 

全員口を揃えて「プロだ」…

幸い消えたカバンには機内用のスリッパとか洗面用具しか入っていなかったので
お客様は問題無くご旅行を続けられました。(パスポートは無事でした)

 

教訓: 高級ホテルのロビーには天才的なプロの置き引き屋がいる。
(これは当事者のガイド君から直接聞いた話を私がまとめた物です。)

 

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スペイン人の挨拶はキス。両方のほっぺにチュッチュッです。

せっかくスペインに来たらスペイン人を理解して文化や習慣も楽しんで帰ってください。スペインで街行く人々を見ているとあちらこちらでほっぺを合わせて挨拶しているのが目に入ると思います。日本だとお辞儀にあたるのがこれ。挨拶はキスなんです。ちょっと知り合いになれたらかわいいセニョリータと是非この挨拶して帰って下さい。

ただの挨拶です

スペイン人の挨拶はキスなんです。文化や国によってパーソナル・ディスタンス(人と人の距離)が違いラテンは近くゲルマンは遠い。向かい合わせで話していると顔の距離の近さに時々めまいがする。しかしその距離の近さにえらい驚かれるのがこのキス。そんなに知らない人でも初めて会って紹介された時も挨拶はキスなんです。

 

スペイン語でベソスbeso はキス。複数形になってbesosベソス。2回のキスだからドス・ベソスdos besos

 

ちょっとした知り合いに会った時にほっぺに軽くベソスをする。複数形なのは片側だけでなく両方だから。普通は右、左の順だけど時々反対の人がいて顔がぶつかる。だけど頬を合わせてチュッと音を出すだけです。

 

そういえばフランス人は3つだよって(右、左、右)聞いたけど今もやってるのかなあ?と言っても軽く頬を合わせて小さく音を(チュッ)とたてるだけで実際にブチュッとはやらないし、やったら嫌がられるどころか殴られます。

 

その時に軽く腕をつかんだり肩を持ったり手を触ったりは普通。男性同士はハグハグハグハグこれもすごい力でギュー。そのときに背中を掌でバンバンバン、又はガンガンガンとたたく。親密なほど激しく。

昨日会ってたのにまるで戦争から生還したくらいの挨拶。なのでこれが久しぶりだったりしたら頬っぺた両手挟まれてムグーってされたりものすごい力で抱きしめられたり。

 

街で5人で歩いていて5人グループの知り合いに会ったとする全員が全員にドス・ベソス(2回のキス)か男性同士はギューッとハグをやり終わって初めて話が始まる。

 

これはまるで厳粛に行わるなければいけない儀式。相手が外人の時はスペイン人もちょっと戸惑う様子で、「どうしよ」な風の時もある。
あなたが構わなければちょっと顎を上げて右のほっぺを相手の方に差し出すと大丈夫合図になります。いやだったら握手の手を差し出せばそれで大丈夫。

基本ベソも握手も女性側が構わないなら先に頬を差し出すか手を差し出します。女性が何にもしなかったらやりません。

挨拶がキスと聞いて空を見上げるドン・キホーテ
バルなどで座っているところに人が来たら必ず立ち上がって近くまで行ってベソス。基本男性は立ち上がる運命で女性はそのまま座ってベソでも大丈夫。向こうが来るから。

空港の到着ロビーはいつも大変な騒ぎで戦争から戻って来た人を迎えているほどの大喜び。待っていた人にみんなで寄ってたかってベソの嵐です。

私の銀行は係りの人が必ずデスクから出て来てドス・ベソスで「どう、元気?今年はバカンスはどうするの?」なんてちょっとプライベートなことも話してご挨拶。仕事の手を止めて申し訳ないと思うのは私のような日本人なんだろうなあ。もちろんすごい高額預金者では全くありません。

 

とにかくこれが普通の挨拶で日本のお辞儀にあたるんです。いつも思うのが人との距離が近い。

街を歩いていて知らない人との距離なんて近くて近くてびっくりします。日本じゃ親戚でもこんなに近くない。

 

 

そして忘れてはいけないのはひとしきりお話しして、「あ、行かないと」がなかなか言い出せないけど、とりあえず言えたとして別れるときに・・・もう一度全員とドス・ベソスです。

別れのあいさつの後…まだまだ話が終わらないスペイン人多いですが。